奮闘記その4=インターネット世界に突入

パソコンを導入してしばらくたった。数々の失敗から、いろんな経験を積んだ僕は、インターネットの世界に首を突っ込むことにした。まずは、インターネットのプロバイダー(自分のパソコンを世界中のパソコンとつないでくれる専門業者)を選択。メール・アドレスを取得しなければならない。この部屋では、メールアドレスやパスワード、さらには、テキスト・ファイルの重要性とテキスト・エディタについて述べたいと思う。僕は「オアシスポケット3」で、ワープロ通信(ニフティ)の経験があった。そこから話を始めよう。


■「ワープロ通信」時代の驚き            
                   
  1994年の6月ごろ、僕は富士通の日本語ワープロ専用機を買ったといった。この機械は、およそ10キログラムはあったと思う。買った目的は、いろんな文書作成ばかりではなく、その専用機のMS・DOS領域の活用であった。僕は、この愛機を使いこなし、そのMS・DOS領域で「仕事のデータ管理」や「デジタル業務日誌」をつけ始めていた。MS・DOSのバッチ・コマンド(いろんな作業を行う命令文を組み合わせた、一つのファイル。自分の構想どおりに動くので、あたかもプログラマーになった気分を味わった)を工夫し、検索に効果が出た頃、「持ち運び可能な機械」はないものかと、あれこれ探し、その年末に「オアシスポケット3」を6万円で購入したのである。これは名機であった。しかもメインの専用機とのデータ互換性があり、しかも親指シフトのフルキーボードであった。僕は、出先での記録とワープロ通信のために、この700グラム弱の機械を購入したのである。僕は、当時、今はやりの「モバイル環境」を不満足ながらも手に入れていたことになる。
                   
  当時のワープロ通信は、今で言うインターネットの超小型版だったと思う。僕は何万人もの会員をも抱え、しかも、教室(フォーラム)の多さで、「ニフティ」を選んだのである。さっそく、「オアシスポケット3」専用のモデム・カードを購入して、ニフティに加入することにした。ザッツ談の部屋で話したように、ワープロ通信の決済には、カードが必要であり、僕はアメックスと契約をして、準備に入ったのである。僕は暗い玄関の電話機の側に、みかん箱の即席のテーブルにポケット3を置いて作業を開始した。当時の液晶は、今ほど明るくはなかったし、モデムの速度は、今の携帯電話の3分の1程度であり、とても、時間がかかったし、電話料金も気になった。
                   
  1週間かかって、なんとかニフティにつながり、僕は幾つかのフォーラムにアクセスし、その教室のリーダーに、今で言うメールを送ったところ、なんと数10分位で、僕のアドレスに返事が来たのには驚いた。しかも北海道からであった。その後、半年ぐらいは、様々なフォーラムを覗いたが、いつのまにか遠ざかってしまった。その大きな理由は、僕自身が「閉じこもってしまった」からだ。ワープロ通信でも、「情報の収集」はもちろん、「ある程度の情報の発信」もできたと思う。「発信」は言うまでもなく「収集」も、「閉じこもる」ので、意味がない。要は、「あなたが何を求めるのか?」である。
                   
「通信環境」について一言・・・            
                   
  「ワープロ通信」の接続に1週間もかかったといったが、インターネット社会の現在も「同じ状況」のようであった。「IT(情報)革命」といわれるだけあって、通信速度も飛躍的に向上したし、パソコンの処理能力も比較にならないほど「進化」したらしい。だが、何故、「接続」が難しいのか?僕は、パソコンを導入して、プロバイダーに接続する(どのプロバイダーを選ぶのかの決断も含む)には、1ヶ月もかかったのである。そればかりではない。接続にも丸2日間はかかった(それでもワープロ時代より短縮された)のである。
                   
  接続に困難等がある主な原因は、「通信環境」に問題があるのではないかと思っている。この問題は、パソコン初心者の僕にとり、困難な課題であり、今も研究中である。初心者の僕の理解では、「パソコンはデジタル、通信はアナログ」が主流であり、通信に、デジタルが登場はしたが、まだ「発展途上」の状態にあるのではないかと思っている。要するに「パソコンの性能アップした能力を生かす、通信環境がまだまだ未熟(発展中?)」といえるのではないだろうか。
                   
  何れにせよ、僕は次の3点を基準にプロバイダーを選んだのである。第1に、自分の周りで「バリバリ、パソコンを使っている仲間」が加入しているプロバイダーを選ぶこと。その理由は、なにかとアドバイスを得ることができるからだ。第2に、そのプロバイダーの内容(今はやりのカタカナ文字で言えば『コンテンツ』)である。第3に、通信料金である。通信料金に関しては、競争が激しく、次第に安くなっているようだ。それはともかく、インターネット環境を確立するのは、メールアドレスとパスワードを設定しなければならない。以下、この2点について話そう。
                   
「メールアドレス」の決め方            
                   
  メールアドレスを決める場合、僕は「間違い易い文字や記号類を使わない」ことを強調したい。たとえば数字を組み込む場合、「1」と「i」は間違い易いし、「0」(ゼロ)と「o」(オー)にいたっては、もっと紛らわしい。また「-」(ハイホン)でイニシャルを組み合わせたアドレスもあるが、ハイホンを打ち込まず「−」(マイナス記号)を入れるおそれもあるので、僕は「記号」類をも使わないほうが良いと思う。「_」(アンダー・スコア)も、できれば使わないほうがよい。パソコンに打ち込まれた「文字」では、良くみると、今述べたものは、「区別」できるが、手書きで教えてもらうときに間違いやすいなのだ。
                   
  また「~」(半角のチルダ)は、良く出てくる(/~)が、その打ち方に苦労する。直接入力で「Shift+^(ひらがなの「へ」)を押す。「わ」のところにある「〜」は、ダメである。よく使う記号なのに、キーボードにないのである。僕は、このマークを「旗マーク」と読んでいる、なんともハタ迷惑な文字だが。
                   
  また、単純で覚えやすいアドレスにしたいのだが、あまりにも単純だと、すでに登録済みのアドレスとぶつかり、キャンセルされることがある。かといって複雑すぎるのも、覚えにくいし、入力しにくいので問題である。僕は「個性+単純文字列」で決めることにしている。このページのアドレスは「短気太郎」(tannkitarou)であり、「短気な僕」(個性)と「太郎」(単純)の組み合わせとなっている。この組み合わせで幾つかの候補を用意しておくと良いと思う。
                   
「パスワード」の考え方と管理について            
                   
  「パスワード」はインターネット社会では必須のわりには、安易に考えて設定している人が多いと聞く。そういう僕もパスワードを忘れてしまい、パソコンのあちこちに、「開けないファイル」が存在している。そのほとんどのケースは、「急場」(思いつき)でパスワードを決めたことだった。事前の準備を怠り、「用意周到」に設定しなかったからだ。よく雑誌に「パスワードはメモをしておく」というけれど、「どこにメモを書いて保管するのか」。これまた問題だと思う。忘れっぽくて整理べたな僕には、無理なことである。そこで「パスワード」についての僕の考えを書いてみる。
                   
  「パスワード」は、「自分が自分であることをパソコンに知らせるもの」だと考えている。デジタルな機械であるパソコンには、パソコンの所有者である僕の顔、声、匂いもわからない。だから、自分だけの「暗号めいたもの」が必要になるのだろう。従って、「誰にも知られない」ことが必要条件となる。しかし、「誰にも知られない」といっても、自分が忘れるようでは意味がない。「複雑な」パスワードは、「誰にも知られない」反面、覚えにくく「忘れやすい」。だから「どこかにメモ」し、そのメモを見ながらパスワードを打ち込むことになる。これは、場合によっては極めて危険でもある。すなわち、メモをどこかに置き忘れる可能性が大。では、どうしたらよいのだろうか?
                   
  「パスワード」は、どんなに工夫しても「破られるのも」だと僕は思っている。だから、僕は、目的に応じて、3段階のパスワードを組んでいる。第1段階は、パソコンの起動を制御するパスワード(フリー・ソフト)であり、「比較的単純」(従って、コロコロと変えることも簡単)である。第2段階は、各々のファイル(フォルダ)やインターネットを制御するパスワードであり、「基本的には数字」である。第3段階は、ハードディスクを制御するパスワード(市販のセキュリティソフトを導入)であり、「数字と半角ローマ字の組み合わせ」の3つである。僕のパソコンは、3つのバリアによって「保護」されているのだが、どんな対策をしても「完全なる安全」はないと思う。
                   
  ここで認知心理学の「7±2」(セブン・プラス・マイナス・ツー)の法則をご紹介しよう。これは、人間が「パッとみて暗記できる文字や数字の数」を意味しているそうだ。商品名(ネーミング)や新聞の見出し、電話番号などにも当てはまる法則らしい。ちなみに、東京都の電話番号は、「2+4+4」=10文字。朝日新聞の見出しは「9文字」がほとんど。ぼくの場合、最も複雑なパスワードでは、「ローマ字+数字」の組み合わせであり、「7±2文字(ローマ字)」+「7±2文字(数字)」=「14±4桁」まで可能という理屈になる。なぜなら、ローマ字部分にはローマ字部分の「一定の法則」(ここが味噌だ)があり、また、数字部分には数字部分に「別の一定の法則」(ここも味噌)があるから、それぞれ分離して覚えることができるからである。残念ながら、ことの性質上、このページでは公開できない。とにかく「異質な法則」を組み合わせれば、14±4桁の暗号を管理できるのである。「一定の法則」は、パスワードをコロコロ変える場合の法則なのである。この法則さえ忘れなければ良いわけである。
                   
  一つだけ、具体例をあげよう。6桁の数字のパスワードである。キーワードを「たんきたろう」とする。携帯電話の文字盤で「たんきたろう」は、数字キーでは「402491」となり、これをパスワードにするのである。この方法は昔からある方法であり、「キーワード」が、第1段階、次に、その「変換方法」が第2段階の暗号である。もちろん、何度も変換したほうが「破られない」けれど、実用的ではない。
                   
  さて、時々、特定された(与えられた)パスワードを打ち込まねばならない場面がある。このとき厄介なのは、大文字と小文字を区別して打ち込む場合であり、入力方式をいちいち変えねばならないときがある。最近は、大文字・小文字を厳密に打ち込まねばならないことが多くなった。この場合、入力方式の変更をキーボードを使って変えることになる。平素、日本語変換タスクバーが表示されており、そのツールバーで変更しているので、なおさら厄介になる。また、パスワード画面に直接打ち込む場合、*マークがでるだけで、果たして正しく打ち込んだかを目で確認できないことが多い。こんな場合、事前に「メモ帳」(Windows98についているテキスト・エディタ=文字コードだけの文書を作成するソフト)を起動させ、そこに「大文字・小文字」の文字を「苦労しながら」打ち込み、「Ctrl+v」(これは「コピーするコマンドのショートカット・キー)でコピーする方法をお勧めしたい。この方法は、パスワードを事前に目で確認できるので、間違うことはない。念のために申し上げたいが、このメモ帳のデータは「削除」される運命にある。
                   
「3つ」のメールアドレスが必要か・・・            
                   
  お金を出して確保したメールアドレスのほかに、無料のアドレスがあることを知ったのは、パソコンを導入してからまもないころであったが、実際に手に入れようと思ったのは、このホームページを開設するときであった。この必要性について、少し話そう。
                   
  インターネットを通じて、僕は雑誌や友人から「これはと思うホームページ」にアクセスし始めた。中には「ご意見や感想を」と称して、そのページの作者のアドレスが記せられていることが多い。そこにメールを送ったところ、幸いにも返事が来た。その返事に、またもや返事(しつこいようであったが、どうしても聞かねばならない質問であった)をしたら、返事がない。不思議に思い、アドレスを調べたら、もうこの世には存在しないことになっていたのである。
                   
  「ストーカー規制法」という法律ができ、「つきまとい行動」が処罰の対象になった今、このインターネットの世界にも「ストーカー」があるらしい。そういえば、携帯のアドレス(iモード)に「出会いサイト」のメールが殺到し始めたのは、今年1月ごろからであろうか。これは、あきらかにモラルに反する行動であり、僕はいちいち削除していたが、アドレスの変更で「このつきまとい行動」を防ぐ方法を知った。電子メールアドレスにも、これと同じことがあてはまるようだ。ホームページに公表するアドレスは「無料アドレス」を使うのは、このためだそうだ。ぼくのページのアドレスも、その類である。しかし、僕はなんとなく寂しい気がする。
                   
  僕は現在3つのメールアドレスが必要だと思う。第1のアドレスは、近しい仲間(家族や親戚)むけのもの(丸秘的?)。第2には、仕事向けのもの(仕事の名刺に公表するもの)。第3に「無料アドレス」(ホーム・ページの類)の3つである。しかし、今の僕には2つしかない。3つめの無料アドレスは、サーバー上で管理される。従って、他人のパソコンからでも、そのサーバーにつなげればみることができる利点がある。
                   
「メール送信のエチケット」            
                   
  ところで、僕はなかり長文のメールを送る場合がある。これは「相手」に応じてのことであるが、実は非常に頭にきたことがあった。「Re」(リターン・メール)の乱用である。あるとき、仕事先の担当に苦情のメールを送ったのだ。苦情であるから、その理由を箇条書きして、長々と送信したところ、その「大企業」の担当は、「Re」メールで返事をくれた。ところがどうだろう。開いたメールは、僕が送信した「苦情メール」のすべてが引用され、一番最後の方に「今後気をつけます」とあった。しかも、メールの題名までもが「Re:苦情を申し上げます」であった。この神経に驚きであった。安易なリターン・メールは使わないほうがいい。
次に「題名のないメール」はよくないと思う。最近、僕は初めてメールを送る場合、題名に「千葉県Y市の短気太郎です。初めてメールを送信します」と書くことにした。こうすれば、メールをもらう相手も少しは安心だろうと思う。特に、後ほど述べるが「添付フアイル」を送信する場合、ウイルスが潜んでいる恐れがあり、自分の名前を題名に入れるだけでも、安心だろう。
さらに、短文であることも必要だと思う。また、メールの世界では「半角カナは使わない」とか、「使用できない文字」があるというから、やっかいだ。しかし、あまりに神経質にならないほうが良い。この点、文章論の部屋を作りたいと思っている。また、返事は、なるだけ早めに出すことも必要だと思う。また「HTMLメール」は、テキストファイルの一種であるが、データ量が多くなるので使わないほうが良いと思う。
                         
    ★「使用できない文字」(機種依存文字)
マニュアルの索引などで、「機種依存文字」を調べて欲しい。それらの文字を使うと、相手側のパソコンでは読めなくなるという。特に、マック・マシンとウインドウズ・マシンの間で起きるという。しかし、重さの単位なんか、使いたいものが機種依存とは、不便である。○付数字は駄目で、括弧付数字にしたほうが良いらしい。僕はメールで箇条書きする場合多いが、注意したい。僕が今使っているメーラーの「鶴亀」は「秀丸エディタ」と連動しており、この機種依存文字を入力すると警告してくれる。
                         
    ★「HTML」メール
「HTML」は、タグ言語で書かれたテキストファイル。ホーム・ページの作成のときに活躍している一種のプログラム言語のようだ。タグにより、文字に色をつけたり、大きさや書体を変えることができる。「<コマンド名>文字列
/コマンド名>」が基本のようで、太文字の部分をタグといい、文字列(文章)をこのタグでくくるのである。これを外すと、テキスト文書となる理屈。
                         
■「ラブ・ウイルス」とテキスト・ファイル            
                   
  ■おまけの「ウイルス対策ソフト」は使い物にならない                
                         
  ところで、僕が電子メールを本格的に利用しはじめたのは、2000年の7月ごろであった。そのころ、コンピュータ・ウイルスの「ラブ・ウイルス」が突然、話題となった。僕のパソコンには「ウイルス対策ソフト」がついていた。いろいろとウイルスについて調べると、ウイルス対策ソフトが最新版でないと効果がないことがわかり、僕は自分の愛機に組み込まれている対策ソフトのマニュアルを読み、さっそく「バージョンアップ」しようとしたところ、なんということか、対策ソフトそのものが壊れてしまった。困った僕は、ソフトメーカーに問い合わせた結果、「CDがないおまけのソフトなので、バージョンアップはできない。パソコンを初期化してすべてをインストールし直すか、製品版を購入していただくか、そのどちらかです」とのことであった。「こんな話は聞いていないぞ」と腹を立てたが、ラブ・ウイルスは連日、新聞をにぎわせているので、僕は製品版をしかたなく購入したのである。
                   
  ■「おまけソフト」=期間限定の「試用版」に過ぎない                
                         
  この事件から僕は一つの教訓を得た。パソコンを選択するときには、「おまけソフトの豊富さに惑わされるな」ということである。「おまけソフト」は、期限限定の「試用版」であるらしい。実際に使用してみて気に入ったら「製品版」を買えということらしい。しかし、なんだか腑に落ちない気持ちである。
                   
  ■「ウイルス」送付は犯罪、知らぬまに共犯者?                
                         
  さて、ここで「ウイルス」についての僕の理解をまとめよう。ウイルスは、感染すると、ハードディスクを破壊したり、自分の管理している友達などのメールアドレスに、ウイルスを送りつけるという悪質なしろものらしい。特にハードディスクを破壊されるのでは、たまったのもではない。自分がこつこつ積み重ねてきたデータが破壊されることは、膨大な損失であり、これはもう犯罪である。しかも、知らぬうちに自分が共犯者になっていることになりかねない。
                   
  ■「ウイルス」の進入経路は「外部」から・・・                
                         
  ところで、ウイルスは、僕のパソコンの「外部」から入ってくる(といっても、ウイルスに感染されたソフトが販売されたことも聞くが、一応、ここでは除外して考えよう)。その大きな経路は、インターネット世界である。とくに電子メールに添付された「添付ファイル」が感染源と聞く。そもそもウイルスは、悪質な「プログラムファイル」であるから、添付ファイルの拡張子が「exe」などであったならば、警戒すべきと思う。また逆に言えば「txt」(テキストファイル)であったら、ウイルスは潜んでいないことになる。Windows98の初期設定では、ファイルの拡張子が見えないように設定されている。したがって、拡張子が見えるように設定したほうが良いことになる。
                   
  ■「テキスト・ファイル」の安全性                
                         
  ところがワード文書の「○○.doc」ファイル(これはMS・DOS時代は、テキストファイルに付けられる拡張子であったが、マイクロソフトのワード文書の拡張子になっている。これには驚いた)には、「マクロ・ウイルス」があると聞いた。僕はパソコン初心者であり、このマクロ・ウイルスとは何か、いまも完全に理解していない。現時点での理解は、ワード文書には「マクロ」と呼ばれる一種のプログラムファイルを組み込むことができ、そこにウイルスを密かに組み込むのであろう。「doc」ファイルは「テキストファイル」だと勘違いしている人も多いので気をつけよう。結局、純粋な文字コードだけのファイル(テキストファイル)が、安全だということができる。
                   
「アウトルック・エクスプレス」とテキスト・ファイル            
                   
  ■「アウトルック・エクスプレス」から「メールをエキスポート」                
                         
  僕は今、「テキスト・ファイル」の安全性について簡単にふれた。ところで、僕は電子メールやインターネット世界を経験し、ワープロ通信時代とは質的にことなることを実感したのは言うまでもない。メールマガジンの購読、インターネットからのソフトのダウンロードや書籍の購入。いつの間にか、僕の受信メールは数百通をあっという間に超え、アウトルック・エクスプレスの起動時間が長く感じられるようになった。はじめは、いらないメールを削除して対応していたが、大事なメールは削除できない。そこで僕は大事なメールをメーラーからの「エクスポート」を試みたことがある。いやはや、大変な試みで、成功はしたのだが、2度目の挑戦時には、「前はどうしたのか、思い出せない」作業なのであった。結論を言おう。「やめとけ、やめとけ。やらんほうがましだ」といいたい。「前の作業手順が思い出せない」ということは、その手順にこそ問題があると僕は思う。つまり、アウトルック・エクスプレスは、メールのエクスポートを本来予定をしていないのではないだろうか?うがった見方かもしれないが。
                         
    ★「エクスポート」
「ポート」は港。「エクス」は出口の意味か。メールソフトを港とすると、「出航」という感じかな?要は、港の倉庫に保管されているメールの数々を、船で他の島の保管場所に移動するイメージのようだ。この逆が「イン・ポート」。なかなかムードのある言葉だが、アウトルックエクスプレスでは、港の倉庫の位置(メールの保管場所)もどこにあるのか探しにくいし、「出航」先の島も、いったいどこなのか、わかりにくい。
                         
  ■「メールの保管場所」が、そもそもわからなかった                
                         
  僕は電子メールの世界もテキスト・データだといった。しかし、アウトルック・エクスプレスのメールには、特殊な拡張子が付けられており、そのフォルダ(保管場所)がどこにあるのか、初心者には先ず一苦労であった。どうせ無駄な作業だから、どこが不満かを述べよう。これは僕が未熟なのかもしれないが。どうにかこうにかエクスポートして、他のフォルダに移したが、それを開くには、インポートしなければならないのである。僕は、エクスポートしたメールデータは、簡単に開けると思っていた。何度も言うが、僕がその方法を知らないのかも知れない。開くソフト(ツール?)や裏技があるとも聞いた。しかし、アウトルック・エクスプレスは、良く似た名前の統合ソフトの「アウトルック」(日程等スケジュール管理ソフトであり、僕も便利そうにおもったので使ってみたが、とんでもないソフトであった)との連動を重視しているようで、簡単には他のメーラーに乗り換えられないようにしているとしか考えられない。アンケート調査などをみると、約8割近いユーザーが、アウトルック・エクスプレスを使っているらしい。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というギャグがあったが、「みんなが使っている」ということが、どうも「安心感」になるようだ。しかし、これこそ危険信号、赤だ。
                   
  ■「テキスト・エディタ」と連動したメーラーを探す                
                         
  昨年の夏ごろだったろうか。僕は、何とか、電子メールをテキスト・ファイルで管理できないものかとメールソフトを調べたとことがあった。とある雑誌に「電信八号」(通称、デンパチ)というメーラーの紹介があり、そのメーラーは「テキスト・エディタ」が使えると書いてあったので、さっそく僕はダウンロードして使ってみることにした。このデンパチ君、ある一定の資格要件を備えたグループが、デンパチ君を育てるという精神のもと作られており、フリーソフトでもあった。最近「リナックス」というOSが注目されているが、ソフトの根幹部分を公開して、ある指導者のもと、よりよいソフトにしようというというものであり、デンパチ君も同じ精神だと思い、僕は気にいった。しかし、送信はできるのだが、受信が出来ず、今もって、使えこなせずにいる。しかし、テキスト・エディタを使えるメーラーがあることを知っただけでも成果であった。
                   
    ★「根幹部分を公開」
「オープン・ソース」というらしい。つまり、あるソフトのプログラムの源(ソース=味の決め手のソース)を公開(オープン)することらしい。公開とは、「自由に使えて、自分なりに改善できる」ことらしい。しかも、この改善が、ある指導者のもとに持ち寄られ、より良きものにされるということらしい。思えば、現在は「無から有は生まれない時代」であり、「有から有の時代」なのである。つまり、「あるものがある」、これを前提に、また「あるもの」が生まれるのである。全く「独創的な」ものはなく、なんらかの「前提」がある。僕は思う、これこそ「民主主義」ではないかと・・・。
                         
■「テキスト・エディタ」を知らないと損をするよ・・・            
                   
  ■メル友とのパソコン談義・・・                
                         
  パソコンを導入して2年あまりたった今、僕には何人かのメル友が出来たし、パソコン論議もすこしではあるがするようになった。アルファベットを並べた新用語に、ついていくだけでも大変であった。たとえば、CD-ROM、CD-R、CD-RW。CD-ROMぐらいは僕にもわかったが、あとの二つには驚いたものであった。思えば、レーザーディスク(大きなレコード盤)がCD-ROMの走りだったと思うが、1980年前後と記憶している。御茶ノ水駅前にあった楽器屋のテレビ画面にロックシンガーの画像が移りだされていた。僕は、虹色のにじみのある画面に「なんだこれ、見栄えのしない画面だな、テレビが悪いんじゃないの」と思い、画面下の説明文を読んだ。「レザー・ディスク」。ディスクは円盤、円盤には画像とともに音声がデジタル記録され、それがレーザー光線で読みだされるらしい。今思えば、最先端技術との出会いであったのだ。ここで言いたいことは、デジタル・データの記録メディアのとどまるところを知らない発展である。話をもとに戻そう。
                   
  ■「テキスト・ファイル」は過去の用語?                
                         
  パソコン仲間との話の中で、僕は「テキスト・ファイル」という言葉を使ったとき、その後の話が、なんとなくかみ合わないことに気がついていた。僕が「テキスト・ファイルの管理を研究中」というと、仲間は、データ・ファイルの保存方法(フォルダ名・ファイル名のつけかたや保管場所など)と勘違いするのである。もっとも「データのテキスト化」も保存方法の一つなのであるが。そこで『テキストファイル』とは何かを聞いたところ、知らないか、もしくは、「聞いたことがある」程度の理解だった。もう過去の用語ぐらいとしか考えていない仲間が多く、僕はとてもビックリした。テキスト・ファイルについては、度々ふれたことがあるが、もう一度、僕なりの理解を示そう。なんの飾りもない、全く、文字のコードだけで作られた文書である。僕が、この言葉を知ったのは、日本語ワープロ専用機を買った時であった。当時のマニュアルは膨大なもので、そこには日本語の文字コード番号がズラリとならんでいることを知ったことが事の始まりであった。確か「日本語JISコード」とあった。当時、僕は、機関紙の発行に専用機を使っており、デジタル入稿にとても興味があったことも幸いした。「印刷原稿はテキストで入稿」という大原則を知ったのである。
                         
    ★「テキスト・ファイル」という言葉
これは過去の言葉にしてしまったのは、「マイクロソフトのビル・ゲイツ」ではないかと僕は思っている。書籍の部屋でも紹介したが、「テキストファイルとは何か」という本を読んで、あらためてそう思うようになった。僕は、MS・DOSの開発者がビル・ゲイツだと思っていたが、この本によれば、そうでないらしい。Windows95以来、マイクロソフト社の覇権はすごいことであり、またパソコン普及に貢献したことは評価できるにしても、「デジタルなデータそのものをどう扱うのか」という基本を軽視したのは許せないことだ。僕は、この奮闘記にも何度か書いているが、ワード君の拡張子が「.doc」であったので、テキスト・ファイルだと思っていたのである。この誤解には、Windows98のファウル管理にも問題があった。それは初期設定では、ファイルの拡張子が見えないように設定されていたからでもあった。僕は、パソコン導入後、すぐに、Windows98の設定に関する本を何冊か購入、ファイルの拡張子を見えるように設定したのである。書籍の部屋で紹介した「ファイルがわかればれ見えてくる」という本もその一つであった。僕のようなパソコンの初心者にこそ、この「テキスト・ファイル管理の基礎講座」こそが必要だと思っている。ワードやエクセルをとにかく使えるような講座が多いが、これはこれなりに必要だが。パソコンメーカーやソフトメーカーも「テキスト・ファイル」の基礎講座を推進すべきだと思う。
                         
  ■「テキスト・エディタ」は「文字コードだけの文書と作る」道具                
                         
  「テキスト・エディタ」とは、「文字コードだけの文書を作る専用ワープロソフト」であるといった方がよいかもしれない。エディタとは「編集」という意味らしく、テキスト・エディタは本来、プログラムを開発するための道具であったようだ。奮闘記その1でパソコン導入のきっかけとなった事件を書いたが、その2代目の専用機を使いこなすため、僕は、MS・DOSの本を読み、コマンドの勉強をすすめ、バッチ・ファイルをある程度まで作れるようになった。また検索方法を工夫しているうちに、「grep」という検索コマンドがあることを知ったのである。この「grep」では、単純なキーワード検索ばかりでなく「正規表現」(これは何れはでてくる)という手段をもって、あいまいな検索のできるとあり、この「正規表現」に興味を示し始めていた。それが2代目の故障で、頓挫したのである。
                         
    ★「正規表現」
漢字を見ても何がなんだかわからない「感じ」。こんなところが、パソコンを遠ざける要因の一つになっていると思う。パソコンは、繰り返し作業や探し物を根気良く行うことが得意であるが、「正規表現」は「探し物(検索)はなんですか、みつけにくいものですか」に関係した言葉のようだ。たとえば「わたなべいちろう」という人を捜す場合を考えてみよう。渡辺、濱邊、渡邉等あり、漢字がわからない場合は、どう探したらいいのか。本来、パソコンは「完全一致」を条件とする検索は非常に得意なのであるが、「渡邉一郎」なのに「渡辺一郎」と検索したら、もちろん字が違うので出てこないし、たとえ漢字が同じでも、たとえば「渡邉 一郎」とスペースがあるだけでも出てこないのである。そこで「正規表現」を使い、あいまいな検索ができるようになっている。要は、パソコンに検索を命じる場合の「決められた表現」のようなイメージかもしれない。正規表現で使う「文字」は、本来の意味とは異なる、いわば「記号」のようなものであり、その「記号」を組合せると、複雑な条件で検索ができるのである。あいまいな感じで検索する場合、まず論理的に検索条件を推論することが大事になりそうであり、その推論を正規表現の「記号」を使い「表現」して、パソコンに検索を命ずるのではないだろうか。僕は、「正規表現」について、あたかも数式(記号による演算)のようなイメージを持っている。僕は、この世界に入る前に中断していたが、エディタを使い始めて俄然挑戦したくなった。いや、すでに初めている。
                   
  「エディタの4つの特徴」=軽快・最小データ量・普遍性・改行の特性                
                         
  ここで「テキスト・エディタ」という道具の特徴を僕なりに述べよう。第1に、ソフトの起動時間は極めて短時間であり、その立ち振る舞いがとても軽快なこと。このことは、使って初めて経験できることである。僕は、情報管理の部屋で、エクセルに似たソフトを紹介しているが、このソフトも基本的にはエディタが活躍していると思う。いわば、同じ文章を書く「ワープロ」でも、「ワード」君は、巨艦ソフトであり、エンジンの掛かりもおそく、舵取りも反応が遅いし、オートインデントというありがた迷惑な行動も目に余る。また書式設定や印刷設定も、これでもか、これでもかと付加されている。一方、「テキスト・エディタ」は、軽快な駆逐艦である。第2に、作成文書の拡張子は「.txt」であり、そのデータ量は最小限のサイズであること。これは「あ」という一文字をワードで保存してみる実験ですぐにわかる。ワードでは、20キロバイトになるが、エディタでは、なんと2キロバイトになる。第3に、テキストデータの汎用性・普遍性である。これはとても重要な論点だと僕は思う。1988年、ワープロ専用機を駆使していたころ、同僚はシャープの書院であり、僕はオワシスであり、データの共有は出来ず、打ち直していたころがある。当時の専用機には、ようやく、MS・DOSが起動できる機種が出始めた程度であった。僕にとり、「データの共有」こそ、パソコン導入の意義である。第4に、エディタには、通常のワープロソフトのように、原稿用紙のような「20字詰め」というような、「1行○○字」という考えがない。とても大事なポイントだが、改行キーから改行キーまでが、いってみれば、一つのつながりのある「行」(段落)なのである。書くという機能に特化した道具と言え、印刷機能にいたっては、最小限度の機能だけしか備わっていないといっても過言ではない。これも実は重要なポイントであるが、「印刷機能が貧弱な代物のどこがいいのか」という声が聞こえてくる。ここでは、結論だけ述べて、詳しくは今後に譲ろう。見栄えのする文書を作りたければ、テキスト・データを「ワード」君に流し込めばいいのである。ワード文書をテキスト化できるが、書くためには、なにも重々しい巨艦ソフトを使う必要はないのである。
                   
■「テキスト・エディタ」活用で環境が変った・・・            
                   
  ■「秀丸」と「鶴亀」を導入=パソコンの環境が激変                
                         
  僕がエディタを実際に使う決心をしたのは、1年ほど前であった。「QXエディタ」というソフトであった。エディタで有名なのもは秀丸エディタであるが、ひねくれ者の僕は、敢えて「台頭しつつある新興勢力」の方を選んだのである。ところが、僕にはエディタを使いこなす基本が出来ていない。QXは、縦書き印刷もできる優れものであり、その印刷機能もすごいらしいが、エディタの基本を学ぶには、ちょっと高度だったと僕は思う。2001年6月11日。僕は悩んだ末、秀丸エディタを4000円で買った(シェアウェイ・ソフト)。と同時に、秀丸並みのエディタを備えるメールソフトの「鶴亀」(秀丸4000円に含まれる仕組み)をも手に入れた。驚いたことに、僕のパソコンの環境は、たった2週間もしないうちに、飛躍的に変化し始めたのである。もちろん、QXも、僕のパソコンに鎮座している。
                   
  ■「3つの効果」=バックアップの体制確立・強力な検索力・書くことが軽快                
                         
  その環境の変化(効果)をまとめ、奮闘記その4を終え、奮闘記その5で、テキスト・ファイルの管理について展開していこうと思う。当初、僕は、奮闘記その5で「だましのテクニック」(仮題)を予定していたが、そんなテクニックは、たいして重要ではなくなったのである。第1に、テキスト・フアイルですべての文書・メールを管理できるので、その大事なデータのバックアップ体制の悩みが消えそうであること第2に、今まで作成したワード文書の幾つかをテキスト化し、テキスト文書フォルダに実験フォルダを作って、実験したが、エディタにある「grep」(検索コマンド)は、効果抜群であることがわかった。このコマンドは、DOSの世界でも有名であった。これが何を意味するかは、奮闘記その5でふれたい。第3に、「書く」という作業そのものが、軽快になったことである。これは精神衛生上、すごい効果だと思う。
                   
  ■「エクセル文書のテキスト化」=CSV形式                
                         
  最後に、文章のテキスト化にふれたついでに「エクセル」文書についてふれよう。よくエクセルで文章をつくる人が多いようだが、それなりの理由があるのだろう。このことについては、ここではふれないが、「表計算文書」のテキスト化が可能であることを知る必要があるということだ。CSV形式」もしくは「タブ切り形式」である。特に「CSV」は汎用性が高いようであり、実際に僕は、エクセルで作った住所録をファックス・ソフトに利用している。「CSV」とは、「一つのセル内データをカンマでくくる」もので、テキスト・エディタで編集できるのである。表計算ソフトは、「CSV」を通して、テキスト・ファイルと結びつくのである。文章の作成と表計算、この二つともテキスト化で結合できるのである。
                   
   
                   

 

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