はぐれ随感雑記 17シリーズ


9/28 17シリーズ 最終回スペシャル
 テレ朝のはぐれ公式サイトのあらすじにはこうある

>安浦と田崎(岡本麗)の“別れ”、
>さらには須藤(国広富之)と謎の逃走犯・戸田(松崎しげる)の
>“トミーとマツ”対決

 まず、別に安浦刑事と田崎巡査について別れは特になかった。“トミーとマツ”の対決なんて、冒頭の数分間だけじゃん。「昔の相棒に似ている。」って小ネタだけじゃん。松崎しげる、ただのちょい役じゃん。

風呂敷を大きく広げすぎ

 内容的にも、展開的にもオーソドックスなスペシャルだったが、最後の鹿踊り、五十嵐刑事の「太鼓を聞かせてあげて」の台詞はあったものの、実際に寺山は太鼓を聞くことができたのだろうか? とくにそのような描写がなかったように記憶しているが。
 それに関連して、逮捕の当日が少年が保存会のメンバーと踊る日だったようなので、例の「課長、もう一日だけ逮捕を待ってもらえませんかね」的な展開になるかと思ったのだけれど・・・。

 ところで、ほほえましかった田崎巡査と男子小学生の世代を超えた友情、逆のパターンを思考実験してみる。即ち、真木刑事と少女。真木刑事の携帯に少女から相談の電話がかかってきて、安浦刑事に「なんか楽しそうだな、彼女か」と聞かれ「ひ、み、つ」と答える真木刑事。。。
 世間一般でなるべくなら立ち入らない方がよいとされている系統の問題だと認識した。なお、あくまで私の思考実験であり、真木刑事を貶める等の意図は全くないことを付記しておく。



 寺山の出所をいつまでも待つという、江口麻子。だが、母である麻子の出所をも待たねばならぬ真一少年の存在を考えると、いつもの「女が男を待つエンド」で本当に良かったのかどうか。
 寺山と麻子は心が通い合っていただろうが、「お父さん」の言葉に表れるように、真一とも通うようになったのだから。
09/20 17シリーズ 第11話
 15日の水曜は残業でリアルタイムで見ることができなかった。ので、土曜にワイシャツにアイロンをかけながら見ました。チャプター編集しながら。
 さて、以前の話にあった「安浦家が旅行用に積み立てていたお金を安浦刑事が使い込んでしまった」という話題をもってきてクスッとさせたり、中盤で今井刑事が悪酔いしているなどの小ネタを使いつつ、さらに安浦刑事が口で説教せず、その行動をもって信頼を得たり、刑事達の頑張りによって道を踏み外しかけた若者が改心してまじめに生きてみようと思ったり・・・
 他の人はどうかは分からないけれど、「私の好きだったはぐれ刑事」がこの回で垣間見た気がする。
 昔はもっと、安浦刑事をはじめとする刑事達とのふれあいによって事件を起こしたり、巻き込まれた人が「まじめに生きてみよう」と考え直す話が多かった気がするし、それによって私はカタルシスを得て、ストーリーに満足した回が多かった気がする。
 そして、それは放送回数の問題でも無いと思う。
 事件の発端となった老女の死、他殺かと思われたが、自殺に失敗の末心臓発作による病死だった。音に聞く現代の鑑識技術や司法解剖の技術ならばそのくらいのことは判別つきそうな気もするが、このストーリーのためならばその程度のことにツッコむのは野暮だと思う。
 そして、死因を聞いた課長の「そうか、気の毒だな。」という言葉に深みを感じた。
9/13 17シリーズ第10話
 のっけから、安浦家家族で一つの保険証。掲示板でも話題になっていたが、謎の多い安浦家の保険証を少しでも理解するために、健康保険制度の上っ面をなぞってみた。
 父の扶養に入っていたときも、就職して得た私自身の保険証も健康保険組合のものだったので、保険証は健康保険組合のものしかみたことがなかった。そのためか、健康保険は国民健康保険と、健康保険組合の存在しか知らなかった。
 正しく言うならば、公務員の共済や、政管健保の存在に意識を巡らしたことがなかった。自分の生命健康に深く関わるものなのに。
 それらの存在が意識に上っただけでも私にとっては大きな進歩だった。
 今回のストーリーは、断ち切ろうとしたが、結局断ち切れなかった家族の絆といいあらわすことができようか、最後の病室のシーンもおおよそ予想通りの展開で安心した。多少、沢村娘の口調がきつすぎた様な気もするけれど。

「時には甘える勇気も必要じゃないかな」(安浦)

 ところで、安浦家はなんで、保険証が一つなんだ? 本当にエリ&ユカは安浦刑事の扶養に入っているのか?
 安浦家って、予想以上に大変なのかも。
9/6 17シリーズ第9話
 マンネリなどといわれるはぐれ刑事。話に既視感を感じることは少なくないが、どうも今回は既視感を感じ続けたような気がする。
 ところで、夫婦の記念写真撮影に感動したらしい(よくわからん)真木刑事。あの演技が放送で流れていると言うことは、監督はOKを出したと言うことなんだろうなぁ。

 台詞は棒読みだったけど、ウルトラマンガイアの高山我夢役の吉岡毅志のほうがまだましだった気がする。多分に美化された記憶だろうけど。
8/28 17シリーズ第8話
 どんな理由があろうと、万引きや窃盗は犯罪です。母のために化粧品を万引きした件については、100円ショップという点から考え十分購入できたはずなのに。
 自分の店を持っていた寿司職人というプライドに縛られて、仕事を決められない父親。そして息子にまで「騙されている」と思われている。寿司を握るのなら回転寿司でも可能だったろうが。そうはできなかったのもプライドか
 息子の万引きを気づいていながら、「子供のことを見てあてあげられなかった自分には叱る権利がない」という母親。権利ではなく、義務だと思います。私は。
 須藤刑事の息子が鞄の中の3万円を出所を告白するシーンの「どうせお父さんは信じないだろうけど」という言葉にあの親子の問題の重さを知りました。
8/24 17シリーズ第7話
 はぐれの今シリーズ折り返し地点は2時間スペシャルだった。
 何が良かったって、島崎家で小鳥が死んだとき(これは不幸なことだが)の文字通り説いて教えた説教とそれを聞いた刑事二人が思わずとった「今日はお茶で我慢」という行動であった。餌の世話をしなかった以上、水の世話もしなかっただろうからとか、飢餓そのものよりも脱水症状の方が・・・とかそういう野暮なことは抜きにしたい。

 ただ、真木刑事は寿司ごときにはしゃぎすぎ。

 主演者がカンヌ映画祭で、最優秀男優賞を受賞した映画「誰も知らない」を見てくる。母親が子供をおいて出て行ったという点だけなら今回のストーリーと同じだ。特に意味はないが。
 見ているものに対して同情を誘うように誘うようにというような演出ではなく、お金が尽き、やがて電気や水道が止まり、部屋はどんどん汚れ、生活が荒廃していく様をリアルに、静かにえがいて、心が重くなるが響く映画であった。救いもカタルシスもなく終わっていく見ていて楽しくなる映画ではない。でも、良い映画だったと思う。万人に勧めることができる映画ではないけど。
 でついでに、というよりも映画館に足を運んだ主目的であった、年末公開のゴジラFINALWARSの前売り券を購入。オマケのトランプをゲット。ダイヤのJがゴジラ×メガギラスのワンシーンでQがメーサーだった。こんなんで、ジャックフォームになれるか!
 11月3日からの前売りも買っておまけのDVDもゲットしようと思う。
8/16 17シリーズ第6話
 相手が如何にチンピラ風で、相手が如何にご町内でも人望のある人でも、その印象にとらわれることなく、公平な目で事実を確かめようとする姿勢、さすが安浦刑事。
 「当然の姿勢」でしかない気もするのだが。
 その「当然の姿勢」が話の根幹を成してしまうくらい、世の中は印象によって有利不利が決まってしまうのだろう。

 お盆休み中「目撃証言(エリザベス・ロフタス、キャサリン・ケッチャム著 岩波書店)」を読む。
 刑事ドラマでは「目撃者探し」を捜査のはじめの段階として行い、その証言をもとにして犯人を捜していくわけだが、その「目撃証言」=「目撃者の『記憶』」の『記憶』がいかに誤りやすいかを、法廷で記憶についての専門家証言を何度もしている著者がその法廷での経験などを織り交ぜながらスペンス小説さながらの迫力で書いている。

 読んでいると、実に恐ろしい気分になる。

 「記憶」はビデオに記録されるかのように脳に記録され、再生されるように一般的には思われているが、脳に記録される段階ですでに正確であるというわけでなく、記憶が再生されるときにも解釈や記憶の付け足しが行われて不正確である。このような事実と記憶の不整合は少し考えれば自分自身が正しい(事実だ)と思っている思い出にも容易に見いだされるし、また起こりもしなかったことを「実際に起こったこと」として記憶していることもあるだろう。
 それが、犯罪の目撃者にも起こりうるわけだし、その目撃証言によって無実の人間が捕まることもあろう。
 今週のはぐれ刑事でも、目撃者は刺された後の逃走部分しか見ていなかったわけだが、いつの間にか刺される瞬間やどちらが先にナイフを出したかという点まで『思い出す』のかもしれない。見もしなかったことが頭の中で構成され「実際に見た真実」になって警察に証言する可能性もある。『目撃証言』には見なかった記憶が思い出されるという現象についても触れられている。
 日本でも再び陪審員制を取り入れようかという話があるが、陪審員は目撃証言を重要と感じる傾向があると学生時代に聞いたことがある。
 物的証拠では無罪であるのに、誤った目撃証言(証言した者にとっては事実)によって有罪とされてしまうかもしれないし、当の本にはその例も載っている。
8/9 17シリーズ第5話
 以前にも「シクラメンのかほり」や「桜坂」などの歌謡曲をテーマにした回があったが、エンディングテーマをテーマに据えて、最後にCDプレゼントの告知までした前編広告のようなものがあった、記憶にない。

 結構必死なのかもしれない

 さて、ノンタンである。私がまだ幼児だった頃何冊も読んでいた記憶があり、親の話から察するに当時出ていたノンタンのほとんどが揃っていたはずであり、おそらくそれらは今でも実家に存在するだろう。
 オンライン書店で検索すると40冊近い件数ヒットしたので、やはり今でも人気の絵本なんだろうとおもう。
 お盆が近いし、実家に帰った際に昔を懐かしんで読もうと思うとでも書こうと思ったが、特にそんなことをしようとも思わないのでやめておく。
7/28 17シリーズ第4話
 さて、オスの三毛猫はほとんどいないという事実を私は、船のお守りという知識とともにを小学生か中学生の時に雑学読み物で読み、高校の生物科目の図説でその理由(人間でいうところのクラインフェルター症)と知った。猫好きには常識らしいが、この生きていく上で役に立たない知識はやはり「トリビアの泉」で取り上げられていた。3月頃。

 だからどうというわけではないが

 駐在所に派遣になった真木刑事が不満そうでしたが、初登場の時、それまで勤務していた交番に挨拶に行き、刑事課を去るときに立派な警察官になるために交番勤務からやり直すことを選択した林刑事を知っているはぐれ刑事ファンの真木刑事に対する好感度は大暴落(予想)。田崎巡査も内心は結構いらついていたのかもしれない。
 と、いうわけで山岡刑事の死について久しぶりに触れられたことには、賛否両論ありそうな第四回の視聴感想。
 あと、報告書に(泣)、(笑)は常識のない若者以前に、

 人として大切なものを欠いている

としか私には思えない
07/21 17シリーズ3話
前回の日記が昨日になっているけど。日付がかわった頃に前回の日記を書いていたから何だけれど、心情的には一昨日である。
 先週のはぐれの予告では安浦刑事が「辛口人情で接する」ようなことを述べていたので気を取り直して期待してみました。
 あえてつらい現実に直面させるというのは、私の予想していた人情と幾分食い違うものではありましたが、とりあえずありかなぁと。安浦刑事が「君はだまされている」と説教するよりは現実をより直接的に認識できたという点はあるのかも。とりあえず、藤田朋子がはぐれ刑事ファンで宮川一朗太が制作側の暗喩でないことを信じています。  刑事課のシーンで刑事たちが並んで課長に意見していたシーンはおもしろかったんだけれど、いったい何だったんだろうかなと。サーイエッサー。あと、エリのオチは読めた。たいしたことではないが。
 来週は真木刑事が駐在所のお巡りさんに扮するそうです。林刑事のことを思い出しました。
07/20 17シリーズ1,2回
 はぐれ刑事の今年のシリーズを占うのが、スタートの一話だとするならば、今年はもうダメかもしれない。それくらい思った。
 「生みの親より育ての親」がストーリーの骨子だと予想をつけるのは簡単だったが、きっと今年の正月スペシャルのように意外な事実があったりするのだろうと思い、二週目に期待していた。一週目を観た後は。
 まさか、何の工夫もない「生みの親より、育ての親」系の話だとは、思いつきもしなかった。通常その手の話は、「生みの親があまり感心できない理由で一度子供を捨てたが都合により再び手元に戻したいと思い育ての親と衝突する」という様な、育ての親の方が支持されやすいストーリーになっているという印象があるが、今回のストーリーは育ての親が終始身勝手だったというのが、工夫があった点とすることもできないことはないだろう。ストーリーが不可解で不愉快になっただけだけれど。
 誘拐という手段で手に入れた娘であったにしろ20年間育てた親として、実父の家族のところに返したくないという気持ちは理解できる。20年親と信じていた親の側にいたいという気持ちも理解できる。
 そして、一度は実父のところへ行った娘が育ての親を選んだことで単純に「めでたし、めでたし」にしてしまったストーリーが理解できない。はじめからうどん屋夫婦よりの安浦刑事にも疑問を持った。彼自身が育ての親という点を考えても。それが彼の人情なのだろうか。昔の安浦刑事ならばうどん屋夫婦のエゴを厳しく一喝していたと思うのだが。
 はじめからハッピーエンドにできない話を、演出で無理矢理ハッピーエンドにしてしまった気がしてならない。2件の殺人もストーリー上「うどん屋夫婦が怪しまれるため」と「刑事たちが能登へ行くため」だけのもので、殺人である必要もなかったのでは無いかと思うし、うどん屋の主人が女性探偵を殺害してしまったために、エンディングで楽しそうに仕事をしているうどん屋のシーンが不可解に感じた。
 「ルールがなんだ、法律がなんだ、そんなものに構っていられるか。あの人の無念を晴らせないで、なにが刑事だッ!」と、テレ朝公式サイトの安浦刑事の紹介には書いてあるけれど、私はこういう安浦刑事がみたいと思う。
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