第3話(2003/04/16)
「赤ちゃんが消えた!?人殺しと呼ばれた男」


〜困った人たち〜

●私は子供を持ったことがないのでわからないけど、赤ちゃんを連れて買い物をしているときに見ず知らずの人が突然「かわいい赤ちゃんですねぇ」といいつつ喋りかけてくるのは多いことなのだろうか、そしてその時はどういう気持ちなのだろうかとおもう。

●私は多分、不愉快に感じられるのではないかと思う。自分の子供が褒められるからうれしく思う人の方が多いのだろうか。

●冒頭の安浦姉妹を見てそう思った。エリもエリで、実勢調査といっても個人経営の店が大型のスーパーかデパートと価格面で勝負することは難しいのではないかと思う。だからこそスーパーやデパートにはないものを出して勝負するパターンになると思うのだけれど、エリはそのあたりを考えているのかが心配。

●脱サラして店を持つというのは決して少なくないパターンだと思うけれど、かなり勉強をしなければ成功するのは難しいときく。その辺は大丈夫だろうか。昨年シリーズでは友人と店をやり、アパレルメーカーの人と友人がつながりがある様なことを言っていたが、その共同経営者となるべき友人の姿が見えない。店もまるでエリだけがやっているように思われる。

●接客はエリ担当で経営や仕入れなどの流通面を友人がやっているのかもしれないが、それでもそういうシーンがないのがちょこっと気になる。

●二階に上げて梯子をはずす

●という慣用句があるが、そんな感じを受けてしまう。

●というわけで、がんばれエリ。

●今回は服部妙子演じるおばさんが事件の遠因を作っていたわけだが、実際にそういう人のために迷惑をかけられると言うことはよくあることで、正直腹に据えかねることも少なくないのだろうけど、困るのが悪意がないということ。

●悪意があろうがなかろうが、迷惑を受けている現実は大して変わらないわけだが、悪意があれば非難できようものの、悪意がなければそれもできない。「犯罪」でなく「迷惑」レベルならば、非難した側が攻撃されることもあろう。

●それで結局泣き寝入りになったりすることも。

●安浦刑事は「そういう(困った)人たちとうまくつきあっていくのが大人じゃないか」という。

●それはそうだ。大納得。でも、原因となっている人が誰に気兼ねをすることもなく気ままに自由に生きて行くのに、周りの「大人」は我慢し、配慮し、気を遣って生きていく。「あの人はああだから仕方がない」そう思われながら。

●我慢できる人間が我慢するしかない。それは分かる。でも、問題人物が問題について自覚することもなく、その問題を直すこともないのに、周りが忍ばざるを得ない。こういう現実を癪に思う。

●「あの人はああだから仕方がない」そう思われていることを教えてやりたい気分になる。

●教えてやりたくて、惨めな気分にさせたくて。その人が立っている現実をひっくり返してやりたいと思う。

●でも、やらない。できない。

●それは、意気地がないからか、それとも「大人だからか」

●「ここだけの話だけどさ、うちの課長も変だよ」、課長に聞こえていたぞ、安浦刑事。

●とりあえず、涙を流さずにタマネギを切るときには鼻にティッシュペーパーをつめてガスを吸わないようにするといいとNHKのアニメでいっていました。

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