第十一夜
スタンド以外の異能力

 風の動きがわかる。道に無造作に散りばめられたイチョウの葉が細波と化して風を伝えてくれる。黄色い波だ。縫希(ぬうの)はしばしの間、その光景に見とれた。

「縫希、何ボーッとしてんの?」

 立ち止まった縫希を振り返って季子(きこ)が声を掛けた。

「あぁ、いや…何でもない」

「フフ…いくら場所が場所だからって変な気持ちにならないでね…」

 10メートル程の幅の街路の両側に規則正しく並んでいるイチョウが、秋も深まってくると黄色の葉を振り撒く。道にほとんどの黄葉を渡し終えたイチョウの枝のただずまいは、見る者に何とも言えない寂しさを呼ばせる。そこでついた名前が「センチメンタル・ブルヴァード(傷心の並木道)」であった。

「そんなワケないだろ、少し景色を見ていただけさ」季子の言う通り少しセンチになっていたと言うのも気恥ずかしいので縫希は別の言い訳をすることにした。
「ほら…ジョナサンとツェペリさんが木の葉に「波紋」を流してグライダーを造っていただろ。それを思い出していたのさ」

 縫希を待っている季子の顔に興味を持った表情が現れた。

「波紋といえば、羽仁(うに)は第2部が一番好きだと言っていたわ。第2部が一番好きという人は多いわね」

 羽仁とは季子と縫希の共通の友人である。小柄で童顔のため確実に最低5歳は若く見られるが実年齢は縫希より2つ下でる。HIPHOPが好きであり日本の有名なラッパーをリスペクトしている。

「スタンドを漢字で書くと「幽波紋」になるけれど、スタンドと波紋って関係あるのかしら?」

「いや、無いだろう。単純に考えてもスタンドは精神から生じる力だし波紋は肉体から生まれる力だ。呼吸が弱まると両者ともパワーが落ちるという共通項がたまたまあるから、そう名付けたのかもしれない。このアイディアでいくとスタンドを見れる、つまりスタンド使いであると同時に波紋使いでもある人物が必要になるけれどジョジョの中の登場人物では、この条件に合うのはジョセフだけだ。「幽波紋」とはジョセフが名づけたと考えるのが自然かもしれないな…まぁ、本人も「名づけて幽波紋」と言っているけれど」

「波紋は肉体の鍛錬から生まれるからイワユル超能力とは違うかもしれないけれど…スタンドを除くと最もポピュラーな異能力ね。そして波紋の正反対の能力とされる「吸血鬼」も異能力の1つと考えていいわね」

「人間が持つ潜在的なパワーを引き出した結果と考えるなら、そうだね。どちらもパワーの源は血液だし。波紋の効果として驚異的な回復力、痛覚の軽減、肉体の自在操作が挙げられるがこれらは吸血鬼の特徴でもある…ただし吸血鬼の方がその能力は強力だけど」

「でもその分、波紋法の方が様々なテクニックがあるわ。プラスとマイナスの2種類の波紋、関節外しなど体術への応用…威力で劣るところを工夫で補ったって感じかしら。ジョナサンの「信念があれば人間は成長する、してみせる」の言葉通りね……そして波紋と体術にさらに手品を応用したジョセフは波紋使いの極限タイプと言えるワ」

「人間の脳からパワーを引き出した結果、太陽…詳しく言えば「紫外線」に弱い生物となってしまったのに対して「柱の生物」であるカーズが石仮面を被った結果は太陽を克服するものになった。この正反対の現象も面白いね。まぁ、カーズの場合は「エイジャの赤石」をはめ込んだ特別製の石仮面だったからね。それを吸血鬼が被ればカーズのように「究極生物」になるのかもしれない」

「人間→柱の一族(吸血鬼)→究極生物という進化の仕方なのかもしれないわね。究極生物の特徴としては「不老不死」と「あらゆる生物への変身」ね」

「肉体的な異能力を挙げると、後はブラフォードの髪というところだろう。劇中では髪自体が伸縮できるため筋肉のような状態になっていた。生前ではここまでは行かなくても髪を自在に動かす事はできたのではないだろうか?髪に絡めた剣を自在に振り回すぐらいに」

 季子がしばし歩みを止め、洋服が飾られているウィンドウをのぞき込んだがすぐに歩みを再開した。

「精神的な異能力はスタンド能力を除くと、本来は心の病気である「多重人格」…精神医学では「解離性同一性障害」と呼ばれるものを完全に自分で制御していたディアヴォロの、ドッピオへの変身とも言える能力ね。なぜそんなことが可能になったかは永遠に語られない謎でしょうね、元々の人格はドッピオだという説もあるわ」

「その他の異能力として「占い」が挙げられる。「占い」の使い手としてはアヴドゥルや第5部に登場した占い師が挙げられる。この占い師はかなりの実力者だったネ。ズボンについた泥という何気ない日常から真実を言い当てる能力は拍手ものだ。もっとも、その能力の高さゆえにディアヴォロに殺されてしまったが…」

「人生は何が災いするか解からないわね……」
 季子は大きく溜め息をついた。

「そしてジョジョの世界で見方によっては最も強力な異能力が「家族の絆」だろうな。血の繋がる相手を離れていても感じることができる」

「視聴嗅味触の五感、そして第六感…いわゆる超能力をスタンド能力だとしたら、この血縁の間だけに作用する感覚は他の6つを越えたウルトラ・フィール(超感覚)といえるわね」

「確かにジョジョの世界ではウルトラ・フィール…血縁による感覚共有は原理不明な分だけスタンド能力よりも神秘的で強力かもしれない。共振律に入れる事柄だな」縫希はしばし考えて…
「ジョナサンのボディによるジョセフ、承太郎、ホリィ、仗助へのスタンド発現の影響。J.ガイルの最期を聖痕として感じとったエンヤ婆。お互いの存在を感じとるディアヴォロとトリッシュ。承太郎の生存を奇妙な感覚として感じた徐倫…」

「でも、こうして並べてみるとスタンド使いだけの現象のようね。ウルトラ・フィールとスタンド能力の間には何か関係があるのかもしれないわね」

「約100人のスタンド使いの中で血縁関係があるスタンド使いは18人に及ぶ。ジョースター家、ガイル親子、DIO親子、ディアヴォロ親子、吉良親子、ダービー兄弟、オインゴボインゴ兄弟、虹村兄弟。全体の約1/5だ。これは、個人的には高い確率のような感じがするのだが…」

「スタンド能力は遺伝するのかもしれないわね」

 風に吹かれたイチョウの葉が縫希の足元にまとわりついた。それをカサカサと縫希は踏んでいく。
「逆に恋人同士が心が通い合うという現象はないな。ドライに言えば他人だからだろうな」
 足元の葉ッぱが気になるのか縫希はうつむき気味で言葉を発した。

「ちがうわよ、縫希。他人同士でも心は通い合うわ。ジョジョは少年マンガだからよ。縫希の言うようにどんなに愛し合っていても最初は他人だから、心を通い合わせるまでにはそれなりの時間がかかるわ。でも家族ならその時間を短縮する事に比較的抵抗は少ないのよ。これは作者自身も言っているわね」

 血が繋がっていても心の通わない家族もいる…と言おうと思ったが縫希は止めた。

「僕たちもウルトラ・フィールを得られるのかな」

「さぁ、わからないわ。でも…少なくても私たちは憎みあってはいないわ」

 そう言うと季子は歩みを止めて縫希の方に振り向いてジッと縫希を見つめた。そしてニコリと微笑むと縫希の方に右手を差し出した。
 季子の芝居がかった態度に少し面食らったが、縫希は右手で季子の手を握りしめた。

「Let us cling together(手を取りあって)……だネ」

 縫希の言葉に黙って季子は首を少しかしげ微笑んだ。



(終わり)