婦人力
〜世界を支えるおばさんパワー〜



 タイを旅していると、おばさんが本当によく働いている。
タイの場合、家でも一番の権力を持っているのは、ポー(父)ではなく、メー(お母さん)だ。
で、このおばさん達、言葉が違うというだけで、基本的には日本のおばさん達とちっとも変わりがない。
「我が道を行きますよ、誰が何と言おうと。私は!」
というポリシーのもとに生きている。
この人達に言わせると、僕が外国人であることや、タイ語があまりわからないなどといったことは、
ほとんど関係のないことで、とにかく自分の都合や、興味のもとにしゃべりまくる。(けっこう、たまらない)
五年ほど前のことになるが、僕はタイ東北部のシキウという町に、皆既日食を見に行った。
その帰り、バスのチケットを購入し、大渋滞で遅れているバスを待っていると、一人のおばさんが、話しかけてきた。

 最初はすごく遠慮がちに
「どこから来たんですか?」
などと聞いてきたのだが、僕がタイ語を話せるのがわかった途端、彼女は突然、大きな声で
「みんなぁ、この人は日本人なんだけど、タイ語がわかるのよぉ!」
などとのたまいた。
と、今まで外国人だと思って遠巻きにしていた人達が集まる、集まる。もう、すっかり見世物状態。
(みんな、バスが来なくて暇だったしね)

 さらに、このおばさんがみんなを仕切って
「なんか聞いてごらん」「ほらほら!」
などと言うもんだから、出てくる質問はもう、くだらないのばっかし。
「コーラは日本でいくらするんだ?」
とか、
「日本にもカオ・パット(焼き飯)はあるのか?」
とか。
しまいには
「桜を持って来てほしい」
なんてことを言い出す奴まで出て来て、
「俺、もういい。歩いて帰る」
という心境だった。

 僕が当時、転がり込んでいた家にいたおばさん、テオもすごい人だった。
親戚が多く、すべての人の名前を覚えられない僕は、彼女を勝手に「チャキチャキおばさん」と命名していた。
元々が声のおっきな人なのだが、仕事をしてないので暇らしく、
「グッチィー!」
と大声で僕を呼んでは、
「市場へ行くよ」
とか、「誰々さんちへ行くから一緒に行こう」
とか、果ては
「ご飯だよ」
「風呂入んな」
てなことまで、まるで自分の息子みたいに、僕のことを仕切ってくれた。
 性格は「大雑把ア〜ンド豪快」で、話をしていても、よく冗談を言っては、
「ガッハッハ」
と大声で笑う。
トランプ博打なんかも大好きで、勝ってる時は上機嫌。負けた時は近寄らないほうが無難。と、大変わかりやすい人ではある。
僕の髪の毛なんかも、よく彼女が切ってくれたのだが、ハサミの切れ味が最悪で、むちゃくちゃ痛い。
でも
「痛い、痛い」
なんて言うと、
「我慢しろ」
と怒られてしまうので、僕としては、歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 ある時、いつものように彼女に髪の毛を切ってもらっていると、突然、切るのを途中で止め
「バイクに乗れ」
と言うので、どこに行くんだろうと思っていたら、連れて行かれた先は、なんと「美容院」だった。
彼女は、僕になんの説明もしなかったのだが、どうやら失敗したらしい…。
 また、彼女は買い物も大好きな人で、派手な服を好んで買う。
しかも、まとめて何着も買ったりするので、買い物に付き合ってしまったが最後、僕は完全な荷物持ちと化す。
 人の服も勝手に「これがいい」とか言って、選んでくれるのだが、どれも(絶対、日本では着れない)派手なものばかり。
今でも僕が遊びに行くと、彼女は
「遊びに行こう」
と言って、僕を誘ってくれるのだが、最近は僕のほうが、あんまり時間的な余裕がなくなってしまったので、
相手ができないでいる。本当は、大好きなんだけどね…。

 ところで、みなさんは「タイ式マッサージ」というのをご存知だろうか?
「オイオイ、俺の体はそっちには向かないって!」
「イタタター! 誰か助けてー!」
というあれである。
この「タイ式マッサージ」のマッサージ師達が、これまた「おばさん」(太っちょ系多し)なのである。
たっま〜に、ごくごくたっま〜にだが、「若いお姉ちゃん」っていうことも、ないことはないのだが、
せいぜい鼻の下が伸びるぐらいで、ちっとも効きません。
やっぱりマッサージは、畑仕事で鍛え上げた「おばちゃんのぶっとい指」に限るっ!
 マッサージは、だいたい一時間単位になっていて、一時間、もしくは二時間のコースが一般的だ。
つまりこの間は「ぶっとい指の太っちょおばさん」との差しの勝負になるわけだ。
もちろん、まったく会話をしないという手もある。しかし、けっこう間が持てないもんだぞ。あれは。
「あっち向け」
とか
「こっち向け」
なんてことは、当然言われるしねー。
それに、ただマッサージだけするというのは、おばちゃん達にとっても、退屈なものであるらしい。
毎日毎日、同じことしてるわけだし…。
 おばちゃんたちもあんまり暇だと、テレビをつけたりして、そうなってくると今度は、
客として、なんだか「てきとうな扱い」を受けてるような気がして、腹立たしくもなってくる。(悪循環の法則)
 それで一言、二言話してみると、まあ、それはそれは、日本のおばさんの会話、
そのまんまだったりして、トホホな気分にさせられる。

「うちの亭主ったら…」
の「愚痴こぼし型」から始まり、
「誰々さんはねえ…」の「噂大好き型」。
 さらに
「女っていうのはねえ…」
とか言う「下ネタ大好き型」。
どこの国のおばさんも、基本的には変わらない。ということを強く認識させられるところである。

 ただ、一度仲良くなっちゃうと、すごく面倒見がよく、親切なのも、このおばさん達の特徴。
前に、チェンライという街でマッサージをしてもらったら、そこのおばさんは
「僕の目が赤いから」
と言って、目薬を買って来てくれた。マッサージ代が二百バーツ。目薬は六十バーツぐらいだろうか?
店にもマージンとして百バーツぐらいは払うから、ん? 彼女はこの時、ほとんど稼ぎにならなかったということになる。
 同じく一昨年、やっぱり同じチェンライで、マッサージ店のおばさんにホテルを紹介してもらったこともあった。
バスの乗り継ぎに時間があったので、
「少し、どっかで横になって休みたいんだけど…」
と言ったら、わざわざ自分のオートバイで、町外れのモーテルまで連れて行ってくれた。
しかも三時間後、ちゃんとバスの時間を覚えていて、僕を迎えに来てくれ、今度はバスターミナルまで送ってくれたのだ。
本当に心優しきおばさん達である。

 タイでは男の子は神様。小さいうちから欲しい物はなんでも買ってもらい、大事にされて育つ。
(タイのバスに乗ると、大人が子供(男の子)に席を譲っているのをよく目にする)
だから男は、大人になっても基本的には「わがまま」で、「自己中心的」。
田舎に行くと、日がな一日、男達は酒を飲んで、木陰で賭けトランプをやったりして、ゴロゴロしている。働かない。
 これに対して、女の子は小さいうちから家の手伝い、自分より小さい子の子守り、果ては畑仕事までさせられて育つ。
だから、とてもしっかりしている。

 最近では「サムロー」(三輪タクシー)の運転をする女性も増えてきた。
「あんたが働かないんだったら、あたしが働くわっ!」てなことなんだろうけど、こういうおばさんを目にする度、僕は
「ああ、世界はおばさんが回している」
と、つくづく思ってしまうのだった。