◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 上編 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(瞬の声)

 

 

「・・・誰?あなた・・・。」

8年振りに会った幼馴染みの彼女の一言は、俺にとってすげーショックだった。

 そりゃないよ、京香(きょうか)。

 確かに8年振りだし、当時まだ9歳だった君が、覚えてないのは無理ないのかも

しれないけど・・・。

「俺だよ、俺。瞬(しゅん)だよ。小さい頃、君の近所に住んでた・・・。良くこ

の辺で、一緒に遊んだじゃないか。かくれんぼしたり、鬼ごっこしたり、釣りした

り・・・。」

俺の必死の説明に、京香は少し考え込む素振りをすると。

「・・・ああ、あの瞬君か。」

ああ、やっと思い出してくれた!

「確か、北海道に引っ越したんじゃ?」

「戻ってきたんだよ。昨日、着いたばかり・・・。」

「ふーん・・・。」

う、冷たい反応・・・。

 お互い懐かしさに目を潤ませ、

「京香!」

「瞬君!」

とお互いの名前を呼び合いながら、勢いのまま抱き合う・・・。

 そんな映画のような感動的な出会いを、俺は期待していたのに。

「私、用事があるから・・・。」

「え?あ、ちょっと・・・!」

京香は躊躇いもなく、去ってしまった。

 ふう・・・現実はこんなもんか。

 ま、いいさ。

 俺だって、期待通りになると思ってた訳じゃないし。

 いや、なってたら嬉しいんだけど・・・。

 それにしても京香、綺麗になったなあ。

 お嬢様風の、ちょっと童顔な顔。

 癖の無いロングの髪が、良く似合っていた。

 スタイルも抜群だったし・・・。

 特に、胸・・・。

 そういえば、当時から目鼻立ちの整った、可愛い子だったっけ。

 もしかしたら、京香がそうなのかもと思ったけど、さっきのあれじゃ、絶対有り

得ないな・・・。

 俺がこの町に戻ってきた理由(わけ)。

 それは、他人が聞いたら笑うだろけど。

「あなたの運命の人が、この町にいる。」

夢の中で、そうお告げがあったからだった。

 

 

(京香の声)

 

 

 あーん、なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・。

 私はさっき瞬君と出会った時のことを、激しく後悔していた。

 本当は声を掛けられた瞬間、瞬君だと分かった。

 懐かしさと感動のあまり、涙が出そうになったのも事実だ。

 8年振りの再会だったけど、私が瞬君を忘れるはずが無い。

 だって・・・私は当時、瞬君のことが好きだったから。

 子供の頃の、他愛無い、淡い恋心。

 ラブというより、ライクに近いものだったかもしれない。

 どちらにしても、当時の私は、彼と一緒にいる時間が、一番楽しかった。

 泣き虫で甘えん坊だった私は、同じ歳なのにちょっと大人びた、近所に住む瞬君

に、まるで妹のように懐いていた。

 同じ歳なのに、兄と妹のような関係。

 さすがに「お兄ちゃん」とは呼ばなかったけど、瞬君が私を「京香」と呼び捨て

るのに、私の方だけ「瞬君」と君付けして呼ぶのは、少しだけ敬意を込めた、私の

気持ちの表れだった。

 そんな彼が、親の仕事の都合で、急に北海道に転校することになった時は、彼に

しがみついて泣きじゃくったっけ。

「京香をおいて、行っちゃやだ〜〜!」

って。

 それなのに、さっきのあの態度・・・。

 うう、自己嫌悪。

 瞬君、怒っただろうな・・・。

 何時の頃からだろう、本音と違うことが口に出るようになったのは。

 そう、私は天邪鬼。

 昔からそうだった訳じゃない。

 少なくとも瞬君と別れるまでは、自分でいうのも何だけど、素直な良い子だった

と思う。

 気が付いたら、こうなっていた。

 ・・・とにかく、今度彼に会ったら、謝らないと。

 って・・・ちょっと待って。

 良く考えたら、瞬君が何処に住むのか、何処の学校に通うのか、さっき全然聞か

なかったじゃない!

 小さな町とはいえ、この町には高校が4つあるし、町の端から端まで10キロは

ある。

 つまり偶然でもなければ、もう会うことさえないかもしれない・・・。

 あーん、そんなのやだ。

 あんな終わり方で、永遠のお別れなんて。

 お願い、神様。

 どうかもう一度、彼に会わせて・・・。

 

 

(京香の声)

 

 

 ・・・神様は、思ったより気前がいいのかもしれない。

 朝のホームルームで、転入生として紹介された瞬君を見て、私はそう思った。

 まさか同じクラスに転入してくるなんて、神様もかなりサービスしたものだ。

 もっとも後で瞬君に聞いた話では、私がいる高校を狙って編入したということだ

から、偶然でも神様の力でもなかったらしいけど。

 でも同じクラスになったのは、何か運命的だった。

 −−−それにしても。

 昨日も思ったけど、瞬君、一段と格好良くなった。

 精悍さを備えながらも、どこか幼さを残す顔。

 背も高いし、足も長い、肩幅もある・・・。

 そういえば、当時から女の子にモテてたっけ。

 そんな彼に、私は良く焼餅を妬いていたな・・・。

 朝のホームルームが終わると、1限目が始まるまでの時間に、瞬君はクラスの皆

(主に女子)から、質問攻めに遭っていた。

 

 

(瞬の声)

 

 

 −−−しかし驚いたな。

 まさか、同じクラスとは・・・。

 ま、この学校は一学年に3クラスしかないから、一緒のクラスになる確率が高い

のは確かだろうけど。

 俺は質問に適当に答えながらも、京香の座る席へと目を向けた。

 京香も俺の方に目を向けていたが、俺と目が合うと、何故か慌てて目を逸らす。

 俺、彼女に嫌われるようなことしたかな・・・?

 俺がこの高校を選んだのは、京香がいたからだ。

「あなたの運命の人が、この町にいる。」

夢の中でそうお告げがあった時、俺は真っ先に京香のことを思い出した。

 当時の彼女に対し、恋愛感情があったかどうかは分からない。

 でもとにかく、彼女との思い出は俺の心の中に深く残っていたし、この町で運命

の人といえば、京香しかいないと思っていた。

 −−−昨日、京香に会うまでは。

 ・・・取り敢えず、運命の人探しは出直しだな。

 良く考えたら、運命の人が恋人だとも限らない訳だし・・・。

「瞬ちゃん、久し振り!」

考え込んでる俺に、そう言って、いきなり抱き付いてくる少女。

 京香、ではない。

「・・・!?誰?」

俺は少女を身体から引き剥がし、そう尋ねた。

「あーーー、忘れたのか?ほら、神奈(かんな)だよ。」

顔を膨らませる少女。

 男っぽい話し方だが、ポニーテルの愛らしい姿に、人懐っこい目。

 グラマーといっても良いぐらいのスタイル。

 ・・・胸は、京香以上かもしれない。

 ・・・待てよ?この娘・・・神奈って・・・。

「ひょっとして・・・ナッチ?」

「あ、思い出したな。」

俺の言葉に、満面の笑みで微笑む神奈ことナッチ。

 京香と同様、俺の幼馴染み−−−ナッチだった。

 まさか・・・ナッチが俺の運命の人?

 

 

(京香の声)

 

 

 昼休み。

 神奈に半ば強引に誘われ、私と瞬君と神奈は、校舎の屋上でお弁当タイムとなっ

た。

 まあ、瞬君とゆっくり話すには、ちょうどいいけど。

 このメンバーで再び集まる日が来るなんて、夢にも思わなかった。

「それにしても瞬ちゃん、一段と格好良くなったな。京ちゃんもそう思うだろ?」

う、神奈。

 天邪鬼の私に、そんな話振らないでよ。

「・・・それ程でもないと思うけど。」

天邪鬼の私には、それが精一杯の返答。

「・・・素直じゃないなあ。」

そんな私の性格を知っている神奈は、そう言って微笑んでくれたけど。

 私の性格を知らない瞬君は、少し寂しそうな顔をして、私から顔を逸らした。

 う・・・謝るどころか、余計に彼を傷つけちゃった。

 ホント、この性格どうにかなんないかなあ・・・。

「京香とナッチも綺麗になったよな。大人になったって言うか・・・。2人とも、

結構モテてるんじゃないか?」

瞬君の言葉は、とても嬉しかった。

 あの瞬君が、私に魅力を感じてくれている・・・。

 何だか、胸の中が熱くなった。

 それなのに。

「お世辞言っても、何も出ないわよ。」

口を突いて出たのは、そんな憎まれ口。

「・・・正直な気持ちなんだけどな。」

瞬君はそう言って、憮然とした表情になった。

 何か、どんどん気まずい雰囲気になっていくよ〜〜。

 私は助け舟を求めるように、神奈の顔を見た。

「瞬ちゃん、気にするな。京ちゃん本当は嬉しいんだ。照れてるだけ。」

私の意を察してくれた神奈の、ありがたい言葉。

 ああ、ありがと神奈。

 後で何か奢るからね。

「へ?そうなの?ふーん。昔はこういう時、素直にお礼を言ってたような気がする

けど・・・。」

・・・それを言わないで、瞬君。

 そのことは私自身が一番、感じてるんだから。

「2人は、彼氏とかいるのか?」

瞬君の言葉に、私と神奈は一瞬顔を見合わせる。

 どうしてそんなこと聞くんだろ?

「私も京ちゃんもフリーだよ。言い寄ってくる男子はいっぱいいたけど、その気に

なれなくてさ。おかげで、2人とも未だバージン。」

「ちょ、ちょっと神奈・・・。」

何もそこまで言わなくても。

 神奈はもともと開けっ広げな性格だけど、瞬君の前ということで気が緩み、更に

拍車が掛かってるみたい。

「・・・そこまで聞いてない。」

さすがの瞬君も、そう言ってちょっと赤くなる。

 私も勿論赤くなる。

 あーん、恥ずかしいよお。

「でも・・・そっか。2人とも、フリーか・・・。」

瞬君が意味ありげにそう呟いて、考え込んでいる。

 ひょっとして・・・。

「瞬ちゃん・・・ひょっとして、私達のこと狙ってる?」

神奈の言葉に、瞬君は言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にしている。

 ・・・やっぱ、そうなんだ。

 やだ・・・何か私まで、顔が赤くなってきた・・・。

「ひょっとして・・・。この町に戻って来たのは、私達に会うためか?」

神奈の言葉に、瞬君の返答を期待している、私がいる。

 どうしちゃったんだろ、私・・・。

「・・・まあ、そうなるのかな・・・。」

瞬君は照れて頭を掻きながら、そう答えた。

 一瞬、私の胸の鼓動が高鳴る。

 私・・・まさか・・・。

「ご、ご両親は元気?」

私は胸の鼓動を打ち消すように、瞬君にそう尋ねた。

 ちょっと無理のある振りだけど・・・。

「・・・父さんと母さんは、半年前事故で死んだんだ。」

思ってもみない、瞬君の言葉。

「父さんと母さんの働いていた化学薬品工場で爆発があってさ。父さんと母さんを

含めて、そこで働いていた従業員約50名が、焼死体で発見された。」

淡々と話す瞬君の口調が、逆に悲しい。

「・・・ごめんなさい。」

私は悪いことを聞いたと、素直に謝った。

 こういう時は、素直に言葉が出るのよね。

「いいよ、別に。まあ、だから生まれ故郷のここに戻って来た・・・ってのもある

んだけどね。俺、一人っ子だったし・・・。」

瞬君はそう言って、明るく笑った。

 私は小さい頃、両親が用事で留守の度、瞬君の家に押し掛けていた。

 ほんの数時間のことなのに、寂しさに耐えられなかったからだ。

 今の瞬君の寂しさは、その時の私とは、比較にならないはずだ。

 それなのに、明るく笑っていられる・・・。

 瞬君は・・・強いな。

「そっか・・・。でも、それじゃ今はどうやって生活してるんだ?」

神奈は重苦しい雰囲気にならないよう、瞬君に明るくそう尋ねた。

 ま、確かに私も知りたい話ではある。

「両親の残した財産がそれなりにあってさ。今はそれを使っての、悠々自適の一人

暮らし。俺、親戚とかもいなかったしさ。」

「ええ?それじゃ、この町でも一人暮らしを?」

瞬君の言葉に、私は驚いて聞き返した。

 高校2年生で一人暮らしなんて、自分では想像も出来なかったからだ。

「ああ、京香の家の近く−−−愛和荘ってアパートに住んでる。」

「あ−−−知ってる。」

確か、学生から単身赴任者まで、一人暮らしをする人達が集まってるアパートだ。

 何だ、すぐ近くなんだ・・・。

「自炊とかしてるの?」

「たまにね。週に2回程度かな。」

どんな料理を作ってるんだろ?

 見てみたいなあ・・・。

「あ−−−そうそう。話は変わるけど。瞬ちゃん、あっちゃんを覚えてるか?」

「あっちゃん・・・って、敦司(あつし)兄ちゃんのことか?勿論覚えてるよ。」

神奈の言葉に、思い出しように頷く瞬君。

 敦司さんは私達より3歳年上のお兄さん。

 私達と同様、幼馴染みの1人。

「せっかく瞬ちゃんが戻ってきたんだし。今日の放課後、皆で出会いに行こう?」

 

 

(瞬の声)

 

 

「敦司兄ちゃんは・・・今大学生か?」

「それも会ってからのお楽しみ。」

俺の問いに、出し惜しみするようにそう答えるナッチ。

 ということは、大学生じゃないのか・・・?

 放課後。

 俺と京香とナッチは、敦司兄ちゃんに会う為、彼がいるという場所へと向かって

いた。

 その場所も着いてからのお楽しみということで、京香とナッチだけがしたり顔を

して、俺を案内しているといった状況だ。

 2人とも、フリーか・・・。 

 俺は昼休みの会話を思い出していた。

 京香かナッチ、どちらかが俺の運命の人かもしれない。

 最初に再会した時の態度から、京香は有り得ないと思ったけど。

 これからどう転ぶかは、分からないしな。

 それに、2人ともいろんな意味で、恋人にするには申し分ない・・・。

「−−−あなたの運命の人が、この町にいる。」

夢の中であったお告げ。

 どうして俺が、その夢にこだわるのかは分からない。

 しかしその夢は、2週間も続いた。

 最初の頃は只の夢だ、と気にもしなかった俺だけど、それだけ続けばさすがに、

只の夢とは思えなくなる。

 だからって信じるか?と他人は思うだろう。

 しかしそのお告げをした、夢の中の女性。

 俺は確かに、彼女に見覚えがあった。

 夢の中で像がぼやけていたせいか、誰だったか、未だに思い出せないけどな。

 しかも、何の根拠も無いけど。

 その運命の人ってのは、やっぱり恋人だという気がする。

「・・・何ボーっとしてるの?」

京香が振り返り、そう声を掛けてきた。

 振り返った瞬間揺れる長髪に、一瞬色気を感じてしまう俺。

 うーん、やっぱり京香はいい女だ。

「いや。敦司兄ちゃん、変わってないのかなあって。」

俺は、今考えていたことを正直に話しても馬鹿にされるだけだと思い、そう嘘を吐

いた。

 ま、実際気になってることではあったし。

「まあ、良い意味で変わっていないよ。」

ナッチがそう答えた時。

「あ・・・ほら、ここよ。」

京香がそう言って立ち止まった。

「−−−喫茶店?」

目の前には、アンティーク調のお洒落な、こじんまりした喫茶店。

 「リコール」という看板が出ている。

 ここで敦司兄ちゃんと待ち合わせか?

 2人に導かれるように、俺はその喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ。」

ウェイトレスらしきお姉さんが、俺達を営業スマイルで出迎える。

 歳は俺より、2歳程上だろうか?

 セミロングの髪に、抜けるように白い肌。

 ふくよかだが、決して太り過ぎではない身体つき。

 フランス人形のような綺麗な顔立ちが、ウェイトレスの制服とアンティーク調の

店の雰囲気に、良くマッチしていた。

 ・・・この町には、美女を引き寄せる何かがあるのか?

「あら、京香さんに神奈さん。」

京香とナッチに目を留めたそのウェイトレスは、そう言って素の笑顔になった。

 何だ?2人ともここの常連か?

「いらっしゃい、2人とも。」

カウンターの奥から、マスターらしき男性も、そう言って顔を出す。

 マスターといっても、若い。

 歳はウェイトレスのお姉さんと変わらないぐらいか、ちょい上だろう。

 精悍さ備えた、大人の男の顔。

 少しスレンダーだが、決して痩せ過ぎてはいない身体つき。

「おや、そちらの方は新顔だね・・・。」

マスターが俺を見て、そう口にする。

「マスター、覚えてない?ほら、瞬ちゃんだよ。」

ナッチがマスターに、俺をそう紹介した。

 ・・・え?

「・・・え!?あの瞬ちゃんか!?大きくなったなあ。そうか、戻ってきたのか瞬

ちゃん。」

そう声を上げ、懐かしそうに目を細めるマスター。

 はあ?どういうこと?

「瞬君、分からない?ほら、あのマスター。敦司さんだよ。」

「はあ!?」

京香の言葉に驚いた俺は、思わず素っ頓狂な声を上げて、マスターに向き直る。

 そう言われれば、何処となく面影が残ってるような・・・。

「・・・本当に敦司兄ちゃん!?何で喫茶店なんかやって・・・。」

「何でって・・・ここ、俺の両親がやってた喫茶店だから。両親が引退して、俺が

引き継いだんだ。コーヒー入れたりするの、好きだったし・・・。」

俺の言葉に、笑顔でそう答える敦司兄ちゃん。

 両親が喫茶店やってたなんて話、初めて聞いたぞ・・・。

「それじゃ・・・大学とか行かなかったの?」

「ああ。高校卒業と同時に、この店を継いだからな。ある意味、進学する奴等より

恵まれてたよ、俺は。自分の店をいきなり持てたんだからな。」

俺の質問に、あくまで笑顔で答える敦司兄ちゃん。

 こういうとこ、昔と変わってないな・・・。

 俺が記憶する限り、敦司兄ちゃんは普段から、笑顔を絶やさない人だった。

 怒った顔なんか、ほとんど見たことがない。

「どーでもいいけど、座ってもらったら?敦司・・・。」

ウェイトレスのお姉さんが、敦司兄ちゃんにそう声を掛ける。

 ん?呼び捨て?

「おっと、そうだな。瞬ちゃん達、そっちのテーブルに座ってくれ。」

敦司兄ちゃんに促され、俺達はテーブルに着いた。

 

 

(瞬の声)

 

 

「そっか、君が瞬ちゃんか・・・。敦司から、良く話は聞いてたわ。」

テーブルに俺が注文したカプチーノ、京香が注文したシナモンティー、ナッチが注

文したチョコパフェを置きながら、先程のウェイトレスのお姉さんが癒し系の笑み

を浮かべ、俺にそう話し掛けてくる。

 何だ?敦司兄ちゃん、ウェイトレスのお姉さんにまで、俺のこと話したのか?

「話に聞いてた通り、なかなかハンサムじゃない。敦司といい勝負かな・・・?」

ウェイトレスのお姉さんがそう言って、興味深そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 何か、落ち着かないなあ・・・。

「よせよ、成美(なるみ)。瞬ちゃんが困ってるじゃないか。」

見かねた敦司兄ちゃんが、ウェイトレスのお姉さんをそう咎めた。

 ん?敦司兄ちゃんまで呼び捨て?

「随分フレンドリーな喫茶店だなあ。マスターとウェイトレスが名前で呼び合うな

んて・・・。」

思わず口を突いた俺のその一言に、京香、ナッチ、敦司兄ちゃん、ウェイトレスの

お姉さん−−−成美さんだっけ−−−は、一瞬お互いに顔を見合わせると。

「アハハハッッ!」

「瞬ちゃんおかしい!」

「くす、そう言えばまだ言ってなかったけど・・・。」

「はははは、鈍いなあ、瞬ちゃん。」

とそれぞれに俺を見て笑い出した。

 な、何なんだよ一体・・・。

「敦司さんと成美さんは、夫婦なのよ。」

「ええ!?」

京香の言葉に、店の表まで届きそうな声を上げてしまう俺。

「敦司兄ちゃん、結婚してたのか・・・。」

喫茶店のマスターというだけでも充分驚いたのに、まさか結婚まで・・・。

 そりゃあ、確かにお似合いの2人だけど・・・。

「確かに言ってなかったけど・・・。普通2人の会話や雰囲気を見て、気付かない

かなあ?2人とも、指輪だってちゃんとしてるのに・・・。」

ナッチの言葉に、俺は初めて、2人が指輪をしていることに気が付いた。

 

 

(京香の声)

 

 

 ・・・ひょっとして、瞬君って鈍感?

 私は目の前でオタオタしている瞬君を見て、そう察した。

 普通初対面の人でも、敦司さんと成美さんが夫婦または恋人だと察するのに、そ

う時間を要さないのに。

 鈍感な男と天邪鬼な女なんて、決して相性が良いとは言えない。

 つまり、私と瞬君の相性は最悪ってこと・・・?

 そんなあ・・・。

 さっきの屋上での一時で、私は自覚した。

 瞬君に、改めて恋心を抱いてしまった自分を。

 別に、変じゃないよね?

 幼い頃から好きだったし、実際瞬君、格好良くなってるんだもん。

 瞬君だって私達に脈有りみたいな感じだったし、期待してたんだけど・・・。

 これじゃ、神奈に瞬君を取られてしまうよ〜〜。

 ・・・でも、変だなあ。

 瞬君って昔、細かいところまで鋭く気が付いて、そういうところが大人な感じだ

ったのに・・・。

 何時から鈍感になったんだろ?

 私が天邪鬼になったのと関係あるのかな?

 ってそんな訳ないか。

「どうした京ちゃん?ボーっとして。」

注文したシナモンティーに手を付けず考え込んでる私に、神奈がそう声を掛けてき

た。

「べ、別に・・・。」

慌ててシナモンティーを手に取る私。

「瞬ちゃんがあまりに鈍感なんで、呆けちまったか?」

「俺って・・・そんなに鈍感か?」

神奈の言葉に、瞬君がそう返す。

 どうやら、自覚が無いみたい。

「かなり鈍感なのは、確かね。」

そんな瞬君に、成美さんが追い討ちを掛けるように、鋭い突っ込みを入れる。

 瞬君はちょっと落ち込んだように、考え込んでいた。

 

 

(敦司&成美の声)

 

 

「瞬ちゃん、戻ってきたか・・・。これから色々と、忙しくなりそうだな。」

俺は瞬ちゃん達が帰ったテーブルを拭く彼女に、そう声を掛けた。

 そう・・・これから忙しくなる。

 あの2人も、もう年頃なのだから。

「そうね・・・。時間制限がある訳じゃないけど、そろそろあの2人の関係、ハッ

キリさせないとね・・・。この機会を逃したら、もう永遠にこのままかもしれない

し・・・。」

私はテーブルを拭く手を止め、彼にそう返した。

 私は私の役目を果たすことしか出来ないけど・・・。

「お前は・・・あの2人に、上手くいって欲しいのか?」

俺はちょっと意外な気がして、彼女にそう聞き返す。

「あなたはどうか知らないけど、私はあくまで傍観者よ。客観的にあの2人を見た

ら、上手く行って欲しいと思うのは当たり前じゃない?」

そう。

 私はどちら側でもない、夫に付いてきただけの、中立者。

 あの2人の問題に、直接立ち入ることは許されない。

 だけど・・・応援はしてあげたい。

「俺は、そう単純にいかない。一応俺には・・・監視者としての役目が与えられて

いる訳だしな・・・。」

俺だって本心では、あの2人を応援してやりたい。

 だが立場上、それを公然と行うことは出来ないのだ。

「・・・あなたの立場と気持ちは、よく分かってるわ。」

私は敦司を、背後からぎゅっと抱きしめた。

 

 

(瞬の声)

 

 

「そういえば・・・ナッチも昔と同じところに住んでるのか?」

喫茶店「リコール」からの帰り道、俺はナッチにそう尋ねた。

 その隣には、勿論京香の姿も。

「まあね。今は兄貴と、2人暮らしをしてるんだ。」

「ええ?両親はどうしたんだよ?」

意外な返答に、更にそう聞き返す俺。

「両親は1年前から海外赴任中。後2年は帰ってこないらしい。私も兄貴も今更学

校変わりたくなかったから、残ったんだ。」

「へえ・・・。」

「そうそう、話は変わるけど。実は瞬ちゃんが北海道に引っ越した2ヵ月後ぐらい

に、私も親の都合で、北海道に引っ越してたことがあるんだよ。知ってた?」

「ええ!?」

またもやの意外な言葉に、思わず俺は大声を出す。

「私は釧路の方だったけどさ。瞬ちゃんは札幌だったっけ?同じ北海道といっても

結構離れてて、小学生だった私達が、簡単に会える距離じゃなかったけど。」

「そっか・・・。何だ、それじゃ結局、京香と敦司兄ちゃんだけ残された形になっ

てたのか・・・。」

「京ちゃん、その時凄く泣いてたもんな。まあ、幼馴染みが急に2人もいなくなり

ゃ、当然かもしれないけど・・・。でも結局私は、2年ぐらいで戻ってきたんだけ

どさ。」

戻る・・・か。

 俺も確かに、そう表現した。

 結局この町が、俺達の戻るべき場所−−−故郷なのだろう。

 生活した時間は、北海道も大差無いのにな・・・。

「でも、2年振りに戻ってきたらビックリしたよ。京香、随分変わってたからさ・

・・。いろんな意味で・・・。」

ナッチがそう言って、意味ありげに京香の顔を見る。

 確かに・・・そうかも知れない。

 少なくとも、以前のような泣き虫で甘えん坊といった印象は、現在全くない。

「だって・・・2年も1人だったんだもん。瞬君も神奈もいなくて、何でも1人で

やらなきゃいけなくなったから・・・自然に、成長したのよ。そりゃ、敦司さんが

いたけど、その頃私は小学生で、敦司さんは中学生。そのせいで会う機会も減って

たから・・・実質1人だったのよ。新しい友達も、なかなか出来なかったし。」

「・・・そっか。京香も苦労したんだな。」

つい憐れむような目で、京香を見てしまう俺。

「やめてよ、そんな目で見るの。両親が亡くなった瞬君の方が、ずっと辛い目にあ

ってるはずでしょ?」

「まあ・・・そうなのかな?」

そう返す京香に、やはり昔とは違うな、と俺は素直に感じた。

 人間、成長するのだ。良かれ悪かれ・・。

 しかしせっかくの京香の言葉だが、正直俺は両親が死んでも、それほど悲しいと

は思わなかった。

 特に酷い親だった、という訳ではないのだが、絶望する程、溺愛していた訳でも

ない。冷たいと思われるかも知れないけど・・・。

 身寄りも無く1人になった不安と現実で、悲しんでる余裕が無かったのも事実か

も知れないが・・・。

「それじゃ、私こっちだから。」

考え込んでると、京香がそう言って、三叉路で立ち止まった。

「え?ああ・・・そうか。京香の家はそっちだっけ。」

京香とは、ここから別ルートだ。

 と言っても、京香の家は右の道を100メートル。

 神奈の家は、真っ直ぐ行って100メートル。

 俺の家は、神奈の家から更に100メートル真っ直ぐ歩いたところと、3人とも

ご近所さん状態だ。

「それじゃ・・・明日の朝8時、ここで待ち合わせして登校ってことでどう?」

「そうだな。」

ナッチの言葉に、俺は素直に同意した。

「それじゃ、また明日。」

俺は手を振って京香と別れ、ナッチと一緒に歩き出した。

 

 

(神奈の声)

 

 

彼と二人で歩き出した私。

 こんなシチュエイション、慣れてた筈なのに・・・。

 何だか、ドキドキする。

 彼女が彼に会うずっと前から、私は彼のことが好きだった。

 でも、彼は・・・。

「?どうしたナッチ?」

彼が、押し黙った私を心配して、声を掛けてくれる。

「うん・・・瞬ちゃん、進路はどうすんだ?」

私は話を逸らす為、どうでもいい話を振った。

 高校3年生の私達にとって、進路は大事なこと。

 でも、私にとってはどうでもいいことなのだ。

 もし望むなら、どんな進路先でも用意してもらえるし・・・。

「うーん・・・。取り敢えず、成績と相談しながら、理系の大学を目指すつもりだ

けど・・・。」

「そっか・・・。」

どうでもいい話に、真面目に答えてくれる彼。

 何だか罪悪感を感じて、私はまたも押し黙る。

 そうこうしているうちに、いつの間にか100メートルの距離は詰まり、私の家

に到着した。

「相変わらず、立派な家だよな。」

彼が私の家を見上げ、そう感嘆の声を漏らす。

 3階建ての白亜の家に、100坪はある英国風の庭園。

 私の父親は外資系の会社の重役であり、庶民の生活水準を遥かに超えるのだ。

 兄貴と2人となった今、この家は少々広過ぎるかもしれない。

「良かったら・・・何時でも遊びに来てよ。」

私が半分期待の混じった声で、彼にそう勧めると。

「ああ・・・一人暮らしに困ったら、食事付きでお邪魔させてもらうよ。」

彼は冗談混じりの声で、そう応えた。

 私は笑顔でそれに応えながらも。

「・・・ねえ、瞬ちゃん。」

「ん?」

「私と京ちゃん・・・どっちに決めるつもり?」

「えっ・・・!」

私の質問に、目に見えてうろたえる彼。

「あ・・・いや、どっちって・・・急に言われても・・・。」

彼はしどろももどろになっている。

 そんな彼にガッカリしながらも、私はホッとしていた。

「・・・いいよ、ゆっくり考えな。それじゃ。」

私は彼に背を向けるように、家に飛び込んだ。

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

朝8時。

 待ち合わせ場所に最初に来たのは、瞬君でも神奈でもなく私だった。

 ほとんど快晴と言って良い程良い天気だけど、それ程暑くは感じられない。

 夏ももう終わりね・・・。

 幾分日差しも弱まり、風が涼しくなってきている。

 私は秋が、一番好きだった。

「おはようございます、京香様。いい朝ですね。」

不意に、そう声を掛けてくる誰か。

 振り向くと、そこには羽を生やした赤毛の妖精の姿が。

 大きさは手のひらサイズってとこかな。

「あら、おはよう。良い天気よね。」

私は驚くでもなく、そう応えた。

 私にとって、これは昔からの日常。

 私は妖精や精霊といった類のものを、見ることは勿論、話すことさえ出来た。

 何故かって聞かれると困るけど・・・。

「あら・・・あれは瞬様?」

目の前の妖精がそう声を上げた先に、瞬君が現れた。

 少し眠そうな目を擦りながら、こっちに向かってくる。

「・・・おはよう、京香。ふあ・・・。」

俺はアクビ混じりに、京香に朝の挨拶をした。

「おはよう、瞬君。」

「おはようございます、瞬様。」

何故かハモるように、2つの挨拶が返ってくる。

「ん・・・?何だ、妖精もいたのか。」

俺は驚くでもなく、京香の少し後ろに浮かぶ、妖精の姿に目を留めた。

「あ・・・やっぱり瞬君にも、まだ見えるんだ。」

「あ?ああ・・・ってことは、京香もか。」

昔から俺は、妖精や精霊といった類のものを、見ることは勿論、話すことさえ出来

た。

 何故かって聞かれると困るけど・・・。

「お久し振りです、瞬様。戻ってこられたんですね。」

俺との再会を喜ぶかのように、愛らしい笑みを浮かべる妖精。

 お久し振り、ということは、地元の妖精らしい。

「ああ、久し振り。」

俺は適当に返事を返した。

 8年前この妖精に会った記憶など、さすがに無い。

「おはよう、2人とも。」

そこへ、ナッチもやって来る。

「おはよう、神奈。」

「おはよう、ナッチ。」

「おはようございます、神奈様。」

今度は3つの声がハモッた。

「あ・・・妖精もいたのか。」

神奈も私や瞬君同様・・・以下略。

 私達3人にだけそういう力がある理由は、ホント分からない。

 よく子供の頃は大人に見えないものが見えるって言うけど、他の子達には全然見

えてなかったし、大人になっても私達には見えている・・・。

 しかも妖精や精霊達は、何故か私達に敬語を使う。

 何度か妖精や精霊達に理由を聞いたけど、何も答えてはくれなかった。

「瞬様、帰ってきたんだね。」

「お久しゅうございます、瞬様・・・。」

「またお会い出来て嬉しいですわ、瞬様・・・。」

考え込んでいるうちに、次々と辺りの妖精や精霊達が回りに集まり、瞬君に挨拶を

している。

 瞬君は少し困ったように、挨拶を返していた。

 

 

(京香&神奈の声)

 

 

「女2人連れとは良い身分だな、おい。」

先頭を歩く瞬君の前に、そう言って突然立ちはだかる、柄の悪い3人組。

 繁華(はんか)高校の制服を着ている。

 繁華高校は、素行の悪い生徒が多いって聞いてたけど・・・。

「・・・朝の気分の良い登校を、邪魔しないでくれ。」

彼はあくまで丁寧に、しかし強気にそう言って、柄の悪い3人組を睨んだ。

 彼はずっと昔から、こうだった。

 彼のこういうところが、私はたまらなく好きだ。

「・・・すかしてんじゃねえぞ、コラ。」

3人組の1人が、何の工夫も無いお決まりの台詞を、瞬君に向かって吐く。

「2人もいるんだから、1人ぐらいこっちに回してくれよ。」

「いや、いっそ2人でも引き受けるぜ?」

他の2人は下卑た笑いを浮かべ、私と神奈をいやらしい目で撫で回した。

 う、寒気が・・・。

「・・・行こう。」

彼が私と彼女を促し、3人組の横をすり抜けようとすると。

「シカトしてんじゃねえぞ、コラ!」

3人組の1人が、そう言って彼に殴り掛かった。

 馬鹿なことを・・・。

「ぶっ!?」

そいつは、彼のカウンターの肘打ちを顔面に食らい、仰け反って転倒する。

「こ、この野郎!」

「やりやがったな!」

残り2人も、彼に襲い掛かったが。

「がっ!?」

「げほっ!?」

それぞれ顔面にパンチ、腹に膝蹴りを食らい、結果は同じ。

 当たり前だ。彼に勝てる訳がない。

「・・・相変わらず、強いね。」

私は瞬君の足下に転がる3人組を見下ろしながら、瞬君にそう声を掛けた。

 私は小さい頃から、瞬君が喧嘩に負けたところを、見たことが無い。

 泣き虫だった私は、瞬君のその強さに憧れていたのだ。

 やっぱ瞬君、格好いいなあ・・・。

 例え神奈でも、瞬君を渡したくない・・・。

「当然だよな。」

私はそう言って、彼の肩を叩いた。

 そう、彼は強い。

 今は全力を出せないとはいえ、こんな連中に負けるわけがない。

 やっぱり、彼は最高だ。

 例え彼女でも、彼を渡したくない・・・。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 中編 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(老人の声)

 

 

「・・・あやつ、戻って来たのか・・・。」

「あの女の仕業だ。全く、余計なことをしおって・・・。」

「約定違反じゃないのか?」

「それに関しては、儂等も強くは言えん。儂等自体、約定違反を起こしているのだ

からな・・・。」

「証拠は無かろう?」

「だからこそ。約定違反であの女を訴えれば、向こうも逆に、儂等のやったことを

引き合いに出してくる。そうなれば、追求されるだろう・・・。」

「ち、忌々しい女だ。自分だって本心は、戻って欲しくなかったくせに・・・。」

「それこそ、女心の不思議さ、というものだろう。」

 

 

(瞬の声)

 

 

「瞬君、一緒にお弁当食べよ!」

「あ、ずるい。私が一緒に食べるの!」

「何よ、割り込まないで・・・!」

昼休み。

 弁当を持ち、先を争うように俺の周りに集まる、クラスの女子達。

 ・・・まあ、慣れてるけどな。

 札幌にいる時も、似たようなものだった。

 悪い気はしないが、正直困ったもんだ。

 他の男子に言えば、贅沢な悩み、と突っ張られるだろうが。

 ・・・ま、確かに贅沢な悩みだよな・・・。

「ちょっと、瞬ちゃんは私達と一緒に食べるんだ。引っ込んでな!」

ナッチが京香を引き連れ、進み出た。

「何よ、神奈。幼馴染みだからって、横暴じゃない?」

「そーよ、そーよ。」

女子達からナッチに浴びせられる、非難の嵐。

 京香は後ろの方で弁当を持ったまま、ただ黙って俺を見ている。

「ごめん、皆・・・。俺、京香達と食べるから・・・。」

「えーーー!?」

俺の言葉に、非難と失望の混じった声を上げる女子。

 悪いことをした気はするが、こういうことはハッキリさせた方が良い。

 俺のターゲットは、あくまで京香とナッチなのだから・・・。

「さ、屋上に行こうぜ。」

俺は女子の痛い視線を背中に感じながらも、2人を促し、屋上へと向かった。

 

 

(京香&神奈の声)

 

 

「京ちゃん、ああいう時は、ちゃんと自分の気持ち言わなきゃ。私は瞬君と一緒に

お弁当食べたい、って。」

私は彼女にそれが出来ないのを知りながら、意地悪を言った。

 どんな返答が返ってくるかも分かっているのに・・・私は卑怯だ。

「わ、私は別に・・・一緒に食べたいなんて思ってないわ・・・。」

私のその言葉を聞いた瞬君は、少し寂しそうに微笑みを返した。

 うう、ひどいよ神奈。

 私がそんなこと言えないの、知ってるくせに。

「・・・そう。」

予想通りの返答。

 彼女の恨めしそうな目が、胸に突き刺さる。

 ごめん・・・こんなやり方、フェアじゃないのは分かってる。

 でも・・・最初から勝負は、こっちに不利なんだから。

 これぐらい、許してくれよな。

「・・・ん、うまい。」

鈍感な瞬君は、私達2人の様子に気付きもせず、弁当を頬張っている。

 えーん、少しは察しなさいよお。

 やっぱ、鈍感と天邪鬼って、相性良くないのかな・・・。

「京香、その卵焼きと俺のウィンナー、交換してくれ。」

無邪気な顔で、私の弁当箱に入ってる卵焼きを、箸で指し示す瞬君。

「別に構わないけど。」

こんなことでは、天邪鬼は発動しない。

 私は素直に瞬君の弁当に、自分の卵焼きを乗せた。

 瞬君も、ウィンナーを私の弁当箱に乗せる。

 ん?

 そういえば、瞬君って1人暮らしよね・・・。

 ってことは・・・弁当は瞬君の手作りだから、このウィンナーも当然・・・瞬君

の手料理!?

 思わずそう叫びそうになった私を、天邪鬼な私が制した。

「なあ、その弁当、ひょっとして瞬ちゃんの手作り?」

神奈が何の躊躇いも無く、瞬君にそう聞いた。

 神奈のその性格、時々羨ましい・・・。

「ああ、そうだよ。ま、まだまだ簡単なものしか作れないけど。両親が死んでから

半年間、ずっと1人だったからな。嫌でも料理を覚えるさ。」

そういえば、彼が料理したところなんか、今も昔も見たことがない。

 まあ思えば私自身、今回のことがあるまで、自分で料理なんて、めったにしたこ

となかった・・・。

 彼女は昔から、彼にいろんな手料理を、ご馳走してたみたいだけど・・・。

 今の私なら、彼の為にお弁当を作ることぐらい、出来る。

 でも・・・それをやったら、さすがにフェアじゃなさ過ぎる。

 天邪鬼な今の彼女は、彼に手作り弁当なんて、渡せないのだから・・・。

 天邪鬼になったのは、彼女のせいではないのだから・・・。

 

 

(神奈&敦司の声)

 

 

「お前・・・どういうつもりだ?自分の立場、分かってるのか?」

俺は彼女を、そう咎めた。

 閉店後の喫茶店「リコール」。

 俺と彼女の2人きりで、誰も聞き咎めることはない。

「・・・彼を呼び戻したこと?」

「それだけじゃない。お前・・・あの2人の間に入って、恋愛を邪魔しようとして

ないか?」

「あっちゃん達にとっては、願ったりだろ?」

私はちょっと突き放すように、あっちゃんに返した。

 いくら仲が良くても、あっちゃんは彼女側の監視者。

 彼側の監視者である私とは、立場が違う。

「別に俺は、2人の恋愛を邪魔するつもりはない。監視者はあくまで、約定違反を

しないよう、見張るだけの立場だからな。だからこそ・・・彼を呼び戻したり、2

人の恋愛を邪魔するお前の違反行動は、見過ごせない。」

「彼を札幌に追いやったのは、元々そちら側の約定違反だろ?証拠は無いけど・・

・。私はそれを、元の状態に戻しただけだ。それ以外にもそちら側で、色々と暗躍

してるみたいだし・・・。」

「・・・長老連中が勝手にやってることだ。だが、それは2人の恋愛を邪魔する理

由にはならない。確かに2人の恋愛が上手くいかないことが、こちら側の人間の、

大半の願いだが・・・。」

「・・・私だって、2人の恋愛を邪魔しようと思ってやってる訳じゃない。だけど

・・・恋愛は自由のはずだろ?私が彼を彼女から奪いたい、という想いは、違反に

は含まれないはずだ。」

「・・・!!お前、彼のこと・・・。」

「ああ・・・。彼女が彼に会うずっと前から、私は彼が好きだった。」

「・・・・・・。」

なるほど、そうだったのか。

 今更気付く俺も、相当鈍いな・・・。

 もしかしたら、妻は気付いていたのかも知れない。

 ん?でも・・・。

「それじゃあ・・・どうして、彼を呼び戻したんだ?札幌に追いやったままにして

おいた方が、お前には都合が良かったんじゃ・・・。」

「・・・そうだけどさ。でも私、あまりにフェアじゃないのは嫌いなんだ。対等の

立場で、彼女と勝負したい。彼女は今、天邪鬼というハンデも抱えているし。」

「・・・お前らしいな。」

こいつは昔から、一本気というか、実直というか、真面目というか、とにかくそう

いうところがあった。

 そういう立場にいたから、ということもあるだろうが。

「・・・まあ、そういうことなら、お前の言う通り恋愛は自由だし、俺も敢えて邪

魔はしない。しかし・・・俺にとっては、お前も、彼女も大事な友達だ。勿論彼も

・・・。だから、監視者という立場上は勿論、友達としても、お前を・・・誰かを

特定して応援、なんて出来ない・・・。」

「分かってる。ごめん、余計な悩みの種を増やしちゃって。」

私はあっちゃんに、心から謝った。

 同じ監視者でも、彼女側は保守派、彼側は革新派と、対極な関係にあった。

 あっちゃん自身は、友達として、2人のことをそっとしておきたかったのだ。

 それなのに、2人の恋愛を上手くいかせまいとする保守派の連中のせいで、この

ような状況になってしまった。

 あっちゃんの苦しい立場は、少なからず察することが出来る。

「・・・謝るなよ。」

お前の方こそ辛いくせに、という言葉を、俺は飲み込んだ。

 2人の恋愛を上手くいかせようとする、革新派側の監視者である彼女ゆえに。

 恋愛は自由とはいえ、彼を彼女から奪うことは、立場的に苦しいはずだった。

 

 

(京香&神奈の声)

 

 

「・・・京ちゃん。私ね、瞬ちゃんをこの部屋に、誘おうと思ってるんだ。」

「え?」

神奈の発言に、私は大きく動揺した。

 学校帰りに遊びに寄った、神奈の部屋。

 そこでこんなことを言われるとは、予想だにしなかった。

「それって・・・この部屋で瞬君と神奈の2人きりになる、ってこと?」

「うん、そう。」

直球で返事を返す神奈に、私の動揺は増すばかり。

「・・・京ちゃんが瞬ちゃんを好きなのは、知ってる。でも私だって・・・瞬ちゃ

んが、好きなんだ。京ちゃんが瞬ちゃんに会う、ずっと前から。」

「・・・!」

そんな・・・。

 神奈も、瞬君が好きだなんて・・・。

 ハッキリ言って、神奈は同性の私から見ても、凄い魅力的だ。

 その神奈が本気になったら。

 瞬君もすぐに、神奈の虜になるだろう。

「今までは京ちゃんに遠慮して、この気持ちを抑えてきた。でも・・・これからは

遠慮しない。瞬ちゃんは・・・私のモノだ。誰にも、渡したくない。例え京ちゃん

でも・・・。」

私は過激なまでの言葉で、彼女に宣戦布告した。

 彼女は何も言い返せず、ただ口をパクパクさせている。

「京ちゃん・・・1つだけ、忠告してやる。」

「え?」

「京ちゃんは天邪鬼だから、口で彼に想いを伝えるのは、難しいかも知れない。で

も・・・思いを伝える手段は、口だけとは限らないぜ。」

「!!」

「敵に塩を送るのは、ここまでだからな。後は自分で、何とかしな。」

「・・・・・・。」

私は神奈の言葉を、頭の奥で噛み締め。

 言い聞かせるように、何度も何度も、反復した。

 

 

(瞬&神奈の声)

 

 

「瞬ちゃん。今夜私の家で、夕食でもどう?」

「え?」

学校の昼休み。

 いつものように俺と京香、ナッチの3人で弁当を食っていると。

 京香が教室に忘れたジュースを取りに行った隙に、ナッチが突然そんなことを言

い出した。

「いいけど・・・京香も一緒にか?」

「違うよ。だったら、京ちゃんがいなくなった時に言う必要ないだろ?瞬ちゃんと

2人きりで、夕食を取りたいんだ。兄貴は今日、幸い留守だし・・・。勿論、私の

手料理だぜ。」

「・・・そりゃあ、ありがたいけど。」

幸い、とはどういう意味かと、俺はちょっと頭を傾げる。

「よし、それじゃ決まりだな。京ちゃんには、内緒だぜ。」

「なんで?」

ナッチの言葉の意味が分からず、そう聞き返す俺。

 ナッチは何故か一瞬、呆れた顔をする。

「瞬ちゃんって・・・ホント、鈍感だな。」

私は思わず、溜息を付いた。

 まあ、しょうがないか。

 鈍感になったのは、彼のせいではないのだから・・・。

「とにかく、内緒・・・な!」

「あ?ああ・・・分かった。」

俺は訳も分からず、納得させられた。

 

 

(瞬&敦司&成美の声)

 

 

「いらっしゃい、瞬君。」

「いらっしゃい、瞬ちゃん。」

学校帰り。

 喫茶店「リコール」に入った俺を、敦司兄ちゃんと成美さんが出迎えた。

 しかし、他に全然客いないなあ・・・。

 本当に、儲かってんのかな?

「今日は1人なの?」

テーブルに付いた俺に、成美さんがそう尋ねる。

「ああ、これからナッチの家に行くとこ・・・。あ、カプチーノね。」

「かしこまりました。敦司、カプチーノ一つ。」

俺の注文を敦司兄ちゃんに伝えた成美さんは、他に客がいないことを確かめると、

俺の向かいの席に座った。

「ナッチって・・・神奈さんのことよね?どうせ帰り道なんだから、一緒に行けば

良かったのに。」

「ついそこまでは一緒だったよ。先に夕食の準備しとくから、ここで時間を潰して

くれって言われたんだ。」

・・・夕食の準備?

 それって・・・。

「夕食の準備って・・・ひょっとして一緒に夕食を?」

「うん。」

「京香さんも一緒に?」

「いや、神奈と2人で。」

「・・・・・・。」

そっか。

 彼女もついに、行動を起こす気に・・・。

 夫に聞く前から、彼女が彼に気があるのは、気付いていた。

 だけど・・・そうなると。

「京香さんは・・・そのことを知ってるの?」

「いや・・・ナッチが内緒にしてくれって言ったから・・・。」

「・・・そうでしょうね。」

「は?」

「ううん、何でもない。」

彼自身で気付かなければ、意味がない。

 私は敢えて、口にしなかった。

「・・・カプチーノ、お待ちどうさま。」

何故か敦司兄ちゃん自ら、注文を運んできた。

 そしてそのまま、俺の隣の席に座る。

 俺はカプチーノに口を付けた。

「・・・瞬ちゃんは京ちゃんとなっちゃん、どっちが好きなんだ?」

敦司兄ちゃんのあまりにストレートな質問に、思わずカプチーノを吹き出しそうに

なった。

 そういえば敦司兄ちゃんは、俺とナッチの2人ともちゃん付けで呼んでたっけ。

 ・・・ってそんなことはどうでも良くて。

「な、何だよいきなり。」

「真面目な話だ。ちゃんと、答えてくれ。」

有無を言わせぬ真っ直ぐな目で、俺を射抜く敦司兄ちゃん。

 そりゃ、俺もいい加減にするつもりはないけど・・・。

「まだ俺、ここに戻ってきたばっかりだぜ?正直・・・どっちかなんて、今は決め

られないよ。2人とも、いい娘だし・・・。」

優柔不断だが、俺は正直な気持ちを、敦司兄ちゃんに返した。

「・・・そうか。」

それが彼の正直な気持ちだというのが分かったので、俺は笑顔でそれを受けた。

 そうだ。

 周りが焦っても、しょうがない。

 決めるのは、彼と彼女等なのだから・・・。

「今すぐとはいわんが・・・。必ず、2人に結論は出してやれよ。」

それが俺に言える、精一杯。

「うん、分かってる。」

敦司兄ちゃんは、昔からいい兄貴で、いい相談相手だった。

 それは今も、変わっていないって訳か・・・。

「あ、私から2つだけ忠告。」

成美さんがそう言って、横から身を乗り出してくる。

「・・・我慢するのは、ほどほどにね。それと・・・自分が鈍感だって、自覚する

ように。」

「は?」

俺は意味が分からず、思わず馬鹿面のまま固まる。

「いいから、心に留めておきなさい。」

私は言い聞かせるように、彼に告げた。

 そう。

 それが彼にとっても彼女達にとっても、結果的にいいことなのだ。

 例えそれが原因で、一時的にこじれたとしても。

「う、うん・・・。」

俺は反論も出来ず、ただ頷いた。

 

 

(瞬&神奈の声)

 

 

なかなかの美味だった夕食を終え、ナッチの部屋で食後のコーヒーがてら、談笑し

ていた俺とナッチだったが。

 突如、ナッチの顔が目の前に迫ってきた。

 ナッチのベッドに背中を預けた状態だった為、これ以上下がれない。

「お、おい!よせナッチ!」

俺は思わず、ナッチを突き飛ばした。

「きゃっ!」

ナッチが尻餅を付く。

「あ、悪い・・・ナッチ。つい・・・。」

ナッチが上げた女の子らしい悲鳴に、俺は戸惑った。

「・・・・・・。」

ナッチが、恨めしそうな目で、俺を睨む。

 だって・・・しょうがないだろ?

 この場合、誰だってああするさ・・・。

 俺がそう口にしようとすると。

「やっぱり瞬ちゃんは・・・私のこと・・・。」

ナッチは突然、落ち込んだように、顔を伏せた。

「やっぱり・・・京ちゃんじゃなきゃ駄目なのか?」

「!!」

ナッチの目が、潤んでいる。

 こんなナッチを見るのは、初めてだった。

「い、いや・・・そういう訳じゃ。ただ、ビックリして・・・って、え?」

俺はこの時、初めて気が付いた。

 ナッチは俺のこと・・・。

 「自分が鈍感だって自覚するように」か・・・。

 成美さんの言う通りだ。

 全く、俺って奴は・・・。

「ナッチ・・・お前、俺のこと・・・。」

「うん・・・。ずっと前から、好きだった。」

私は初めて、その言葉を口にした。

 彼に会ってから長い間、一度も口にしなかった言葉。

 一生、言わないつもりでいた言葉。

 まさかこんな形で告げる日が来るとは、夢にも思わなかった・・・。

「え・・・と。」

彼は混乱しているようだった。

 無理もない。

 彼は昔から、恋愛事に関しては奥手だった。

 そんな彼だから、好きになったのだけど・・・。

「ナッチのこと、好きだけど・・・。俺、まだ京香とナッチ、どっちにするか決め

てなくて・・・。その、だからいきなり、キスってのは・・・。」

俺は精一杯の言葉で、ナッチに応えようとした。

 するとナッチは、クスリとおかしそうに笑う。

「・・・分かってる。瞬ちゃんの気持ちも考えず、いきなりキスしようとした私が

悪いんだ。私はただ、瞬ちゃんの気持ちが知りたかっただけなんだ。」

ナッチは何か吹っ切れたように、先程の落ち込んだ表情とは打って変わって、晴々

とした表情をしていた。

「ま・・・今まで待ったんだ。今更焦ってもしょうがないよな。じっくり行くこと

にするよ。でも・・・。」

私は一旦言葉を切ると。

「・・・女の子は、待つのにも限界があるってこと、覚えといて。」

彼に、そう突き付けた。

 

 

(瞬の声)

 

 

「ん?」

朝、登校すると。

 俺の下駄箱の中に、一通の手紙が入っていた。

 ・・・まさか、ラブレターって奴じゃないだろうな?

 ・・・差出人は・・・京香!?

 何であいつが手紙なんか?

 俺は周りに人がいないことを確かめ、その場で手紙の封を切った。

 

 

 「 瞬君へ

 

   いつも、意地悪なことばかり言ってごめんなさい。

   ホントは8年振りに再会した時、すぐに瞬君だと分かったし、

   会えて凄く嬉しかったの。

   昼休み、一緒にお弁当が食べれるのも、内心では凄く喜んでた。

   でも、私何時の頃からか、天邪鬼になってしまって・・・。

   思ってることとは逆のことが、つい口に出ちゃうの。

   ホントにホントにごめんなさい。

   瞬君のこと、いっぱい傷付けたかもしれない。

   これからも、意地悪なことを、口に出しちゃうかもしれない。

   でもそれは、私の本心じゃないってこと、分かって欲しいの。

   それは天邪鬼故の言動だってこと、理解して欲しい。

   ・・・そして。

   手紙だからこそ言えること、勇気を出して。

   今ここで、ハッキリと伝えます。

 

   私は、瞬君が大好き。

 

   小さい頃も好きだったけど、8年振りに再会して、改めて瞬君

   のことを好きになったの。

   だから・・・誰にも瞬君を渡したくない。

   それが、例え神奈でも。

   瞬君を、私だけのモノにしたい。

   瞬君が、私に同じ気持ちを感じてくれれば、嬉しいな。

 

   これが、私の本当の気持ちです。

 

   京香より 」

 

 

「・・・・・・。」

その文面は、丁寧でいて情熱に溢れていた。

 俺は改めて、筆跡を確かめる。

 間違いない、京香の筆跡だ・・・。

「・・・そうか。そうだったのか。」

俺は思わず、そう口に出していた。

 自然、顔が緩んでしまう。

 何だか、とても嬉しかった。

 ナッチに告白された時は、戸惑うばかりだったのに・・・。

 この文面に掛かれていることが本当だとすれば。

 意地悪なことばかり言っていた京香が、何だか可愛く思えてしまう。

「・・・やばいな。京香に会ったら、俺抱きしめてしまうかも。」

 

 

(老人&敦司の声)

 

 

「・・・まずいことになった。このままではあの2人、くっ付いてしまうぞ。」

「だが・・・これ以上、妨害する訳にもいくまい?」

「そんな悠長なことを言っとる場合か。こうなったら手段を選んでおられん。2人

が喧嘩するように仕向けて・・・。」

「・・・そうはさせませんよ、長老。」

「ぬ?」

3人の長老達が、いきなり現れた俺に、一斉に目を向けた。

「貴様・・・どうしてここに!?」

「俺の仕事は監視者ですよ。あなた方保守派が悪さしないよう、監視するのも俺の

役目でしてね。」

俺の言葉に、明らかな敵意を返してくる長老達。

 なぜ、同じ一族同士で、こうも敵対しなければならないのか・・・。

 あの2人は、一族を越えて愛し合ったというのに・・・。

「青二才が・・・。我が一族を、裏切る気か?」

「裏切るも何も、元々そういう取り決めでしょう?あなた方も、全て納得済みのは

ず。今更、因縁を付けられてもね・・・。それとも、正式に抗議しますか?」

「・・・ぬう。」

長老達は何も言い返せず、口を噤んだ。

 当然だ。

 こっちが正論なのだから。

「・・・彼の北海道への引越しは、止められませんでしたが・・・。ああいうこと

は、二度とさせません。」

「儂等がそれをやったというのか?」

「証拠もなく、言い掛かりをつけるでない。あれはただの、偶発的な出来事だ。」

「どうですかね・・・。2人が「鈍感」と「天邪鬼」という、ハンデを背負ったの

も、あなた方の仕業でしょう?」

「そんなことは知らん。」

この期に及んで、しらを切るか・・・。

 まあ、いい。

「2人に何かしたら、今度こそ見逃しません。正式に抗議しますから、そのつもり

で。」

「・・・・・・。」

長老達は俺を恨めしそうに睨みながら、その場を去っていった。

 −−−取り敢えず、こっちはこれでいいか。

 これだけ釘を刺せば、滅多なことは出来ないだろう・・・。

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「きゃあ!」

教室で瞬君と顔を合わせた私は、いきなり瞬君に強く抱きしめられた。

 それを見た周りのクラスメイトが、キャーとかウワーとか、戸惑いとも、羨望と

も、嫉妬とも取れる声を上げる。

 うう、嬉しいんだけど、凄く恥ずかしいよお。

「ちょ、ちょっと瞬君!何するのよ!」

「あ、ごめん・・・。」

私の声に、ようやく私の身体を離す瞬君。

 ちょっと残念な気もするけど、これだけの公衆の面前で、さすがにこれ以上は恥

ずかしい。

「・・・京香。手紙、読んだよ。」

「!!」

瞬君の言葉に、一気に爪先まで赤くなるのを感じる。

 自分で書いといてなんだけど、凄く恥ずかしい文面の手紙だったんだもの。

「昼休み、そのことについてよーく話そうな。」

赤くなっている京香に、俺は少し意地悪な感じで、そう言った。

 更に赤くなった京香が、凄く可愛く思えてしまう。

 また抱きしめたくなる衝動を抑え、俺は席に着いた。

 

 

(京香&神奈の声)

 

 

「・・・朝は、ビックリしたよ。いきなり京ちゃんを、抱きしめるんだもんな。」

昼休み、私が屋上で発した第一声が、それだった。

 半ば嫉妬の入り混じった声だったが、彼は気付いただろうか?

 自分もやってもらいたい、と思ったが、さすがに口には出さなかった。

「いやあ・・・つい、な・・・。」

瞬君は照れながらも、私の手紙のことを話した。

 恥ずかしさのあまり、瞬君と神奈の顔をまともに見れず、手に持った弁当を食べ

ることに集中する。

「・・・そっか。ついに京ちゃんも告白したのか。」

彼女をたきつけたのは私。

 こうなることは予期しなかった訳じゃないけど、いきなり抱きしめるなんて。

 やはり彼は、私より彼女のことを・・・。

 彼女をたきつけたのは、失敗だったかな・・・。

「も・・ってことは、やっぱり神奈も、瞬君に・・・?」

「うん。告白した。今からは、ライバルだな。」

分が悪い勝負だとは分かっている。

 元々彼は、彼女を選んだのだから。

 私なんて、ただの・・・。

「うん・・・。でも、神奈は親友だよ。これからも、ずっと・・・。」

私の気持ちを知ってか知らずか、罪の無い笑顔でそう返してくる彼女。

 そんな彼女が私は好きだったし、彼女のそういうところに、彼も惹かれたのだろ

うと思う。

「・・・分かってるよ。」

複雑な笑みを浮かべ、そう返してくる神奈。

 ま、しょうがないか。

 これからは、瞬君を取り合う仲になるのだから。

 割り切れない気持ちが、あるに違いない。

 神奈はストレートな性格ゆえ、融通の利かないところもあった。

「ま・・・選ぶのは瞬ちゃんだけどな。」

「・・・ああ。」

神奈に話を振られた瞬君は、何ともいえない曖昧な笑顔で、そう応えた。

 おそらく瞬君は、まだ迷っているのだろう。

 −−−でも、負けない。

 瞬君は、絶対誰にも渡さない。

 瞬君は私のモノ。

 今も、昔も・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・あれ?

 昔って何時のことだっけ?

 

 

(京香の声)

 

 

「良かったですねえ、京香様。」

瞬君も神奈も用事があるということで、一人で下校中。

 不意に、そう声を掛けてくる誰か。

 振り向くと、手のひらサイズの、羽を生やした青毛の妖精の姿が。

「あら、こんにちは。良かったって・・・何が?」

「とぼけなくてもいいですよ〜〜〜。瞬様といい感じなんでしょう?」

どこからそんなことを嗅ぎ付けたのか、妖精はからかうように、そう答えた。

 妖精は基本的に陽気で意地悪な性格なので、しょうがないけど。

「いい感じって・・・。そこまでいかないよお。取り敢えず、気持ちが伝わったっ

てだけで・・・。」

そう。

 あくまでそれだけの話。

 瞬君をモノに出来るかは、これから次第だ。

 神奈っていう、強力なライバルもいるし。

「大丈夫ですよお。そこまでいけば、後は時間の問題。だって2人は・・・。」

妖精はそこまで言うと、急に慌てたように口を抑えた。

 言い過ぎた、というように。

「・・・・・・。」

突っ込んで聞こうかとも思ったけど、どうせ今までのようにはぐらかされるだけだ

と思い、口を噤むと。

「・・・俺は、神奈様を応援するがな。」

今度は、背後からの男の声。

 振り返ると、白い着物を着た、美しい青年が立っていた。

 ・・・人間、じゃない。

「何よお、松の樹の精。」

ムッとしたようにそう青年に返す、青毛の妖精。

 美しい青年は、どうやら松の樹の精らしい。

「あなたも、保守派って訳?」

「そうじゃない。」

「だったら何で、神奈様の肩を持つのよお?」

「革新派だろうが保守派だろうが、恋愛は自由だろう?神奈様にだって、瞬様と結

ばれる権利は、あるはずだ。」

「そりゃそうだけど・・・。あんた、神奈様に借りでもある訳?」

「個人的に、神奈様をお慕いしているだけだ。」

「えー!?あんた、神奈様のこと好きだったの!?」

「・・・そういう意味じゃない。尊敬や親愛に近いものだ。」

「ふーん、ホントかなあ?」

「別に、信じてもらわなくても構わんが。」

「あの・・・。」

訳の分からない、妖精と松の樹の精のやり取りに、私は思わず口を挟んだ。

「革新派とか保守派って・・・どういうこと?」

どうせ、はぐらかされるとは思ったけど。

 聞かずにはいられなかったことを、私は素直に尋ねた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

案の定、口を噤む妖精と松の樹の精。

「・・・もう、いいわ。」

やはり聞くだけ無駄だったと悟った私は、家路へと急いだ。

 

 

(瞬&京香&神奈の声)

 

 

 朝8時。

「おはよう、瞬君。」

「おはよう、瞬ちゃん。」

いつもの待ち合わせ場所に、少し遅れて到着した俺を、京香とナッチが出迎えた。

「悪い、遅れた。」

「朝弱いのは、相変わらずね。」

京香に即座にそう返され、俺は苦笑して頭を掻く。

 ホント、こればかりは、直らないんだよなあ・・・。

「なんなら私が、毎日起こしに行こうか?」

「お、そりゃありがたいな・・・。」

私の申し出に、本気とも冗談とも付かない言葉で答える彼。

 実際昔から、彼を起こすのは、私の役目だったのだ。

「それなら私が・・・。」

瞬君にそう言いかけて、私は口を噤んだ。

 私の天邪鬼は、未だ直っていない。

 手紙では素直に出る言葉が、いざ口に出すとなると、口を出る寸前で、止まって

しまう・・・。

「京香でもナッチでも、どっちでもいいよ。起こしてもらえるなら。」

我ながら優柔不断な台詞だな、とも思ったが、フォローしてもらえたことで喜ぶ京

香の顔を見て、これで良かったんだと、俺は納得する。

「・・・?」

不意に、神奈が立ち止まった。

 辺りをキョロキョロと見回す神奈。

 どうしたのかな、一体・・・?

「ナッチ、どうした?」

神奈の奇妙な行動に、瞬君も声を掛ける。

「・・・2人共、感じないか?」

「?何を?」

ナッチの言葉の意味が分からず、顔を見合わせる俺と京香。

「ん・・・いや、何でもない。気のせいだ。」

私は適当に言葉を濁すと、また歩き始めた。

 彼と彼女は、何だか納得いかない表情で、私の後を付いて歩く。

 どうやら今の2人では、他人の気配を察することは出来ないらしい。

 でも、私はハッキリ感じた。

 私達3人に向けられた、数人の怪しい視線。

 好意とは言い難い、まとわりつくような視線を。

 私が気付くと同時に、すぐに消え去ったみたいだけど。

 何だか、嫌な予感がする・・・。

 

 

(謎の声)

 

 

「・・・まさか、こんなところにいるとは。」

「舐められたもんだな。力を失ったまま、こんなところで暮らしているなんて。」

「俺等のことなんか、気にもしてないってか?」

「後悔させてやろうぜ。」

「慌てんな。一応、護衛がついてる。まずは、1人になったところを狙うんだ。」

「何だ、ビビってんのかよ。あんな護衛の1人や2人、俺1人で・・・。」

「だからお前は、馬鹿だと言われるんだ。」

「な、何!?」

「あの護衛の2人が、何者だか知ってるのか?アッシュとジェンナといえば、聞い

たことぐらいあるだろう?」

「!!あの2人が・・・?」

「そうだ。勿論、奴等に遅れを取らない自信はある。しかし、せっかくのチャンス

だ。失敗しないよう、1人1人、確実に葬るんだ・・・。」

「・・・分かった。だけど、ジェンナの担当には、俺も入れてくれよ。結構、俺の

好みのタイプなんだ。」

「好きにしろ。」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 下編 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(京香の声)

 

 

「京香。今日、お前ん家に寄って良いか?」

「え!?」

学校の帰り道。

 瞬君にいきなりそう声を掛けられた私は、嬉しさと戸惑いでドギマギした。

「す、好きにすれば?」

天邪鬼な私は、素直に「ぜひ」とは口に出せない。

 でも瞬君は、私の気持ちを察してくれたようで。

「じゃ、お邪魔するよ。」

そう言って、嬉しそうに頷く瞬君。

 今日は敦司さんに用事があるということで、神奈はいない。

 両親も、確か留守のはずだ。

 ということは、瞬君と2人きり・・・。

 よーし、頑張るぞ。

 

 

(神奈&敦司の声)

 

 

「あっちゃん。この間、妙な気配を感じたよ。」

喫茶店「リコール」。

 他に客がいないことを確かめ、私はあっちゃんにそう語り掛けた。

「妙な気配?」

「ハッキリと断言は出来ないけど・・・。おそらく、邪神族だと思う。」

「何!?」

彼女の言葉に、俺は思わず大声を上げた。

 −−−邪神族が、こっちの世界に来ている?

 だとすれば、色々と面倒だぞ・・・。

「あの2人は?」

「今頃、家に戻ってる頃だと思うけど・・・。」

あっちゃんが、不安そうな顔をしていた。

「大丈夫さ、あの2人には、念の為式神を付けてる。何かあれば、すぐに私が気付

く。」

あっちゃんを安心させるように、私はそう声を掛けた。

「そうか・・・。なら、心配ないな。」

ただそれだけで、あっちゃんの顔から不安の色が消えた。

 あっちゃんと私は、それだけ信頼し合っているのだ。

「あの2人も、本来の力を出せるなら、何の心配もいらないんだが・・・。今は、

な・・・。」

「だからこそ、私達がいるんだろ?」

そう。

 私とあっちゃんには、監視者としての役目だけでなく、2人のボディーガードと

いう役目も、同時に与えられているのだ。

 本来の2人なら−−−まあ、彼女は危ないかもしれないけど−−−あっちゃんの

言うように、そんな必要など無いのだけど・・・。

「まあ、奴等もアッシュとジェンナ・・・俺等2人が付いてるとなれば、迂闊には

手を出すまい。」

「うん、確かに。」

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「あら、お帰り。」

「え?」

帰宅した私を、お母さんが出迎えた。

 何で・・・?

 確か、親戚の家に行くって・・・。

「お母さん、親戚の家に出掛けたんじゃ・・・?」

「ええ、そうよ。ついさっき、戻ってきたとこ。」

「あ・・・そう。」

はあ・・・もっとのんびりしてきて、良かったのに。

 せっかく、瞬君と2人きりになれると思ったのに・・・。

「京香・・・そちらの彼は?」

瞬君に目を留めたお母さんが、そう聞いてきた。

 さすがに覚えてないか・・・。

「瞬君だよ、お母さん。ほら、昔近所に住んでた、羽山さんとこの・・・。」

私の言葉に、考える素振りのお母さん。

 さすがに、これで思い出すと思うけど。

「・・・あーあー、あの瞬ちゃん!?まあ、大きくなって・・・。」

おばさんが、懐かしそうに俺に駆け寄ってきた。

「ご無沙汰してました、おばさん。」

「まあまあ、こっちに戻ってきてたのね。ご両親はお元気?」

お、お母さん・・・!

 悪気が無いのは分かるけど、それは禁句・・・!

「ちょっと、お母さん・・・!」

私は慌ててお母さんの袖を引っ張り、そっと耳打ちした。

(彼のご両親は、半年前事故でなくなったのよ。)

(ええ・・・!?)

私の言葉に、驚きを隠せないお母さん。

 と同時に、バツが悪そうな表情へと変わる。

「えっと。ごめんなさい、瞬ちゃん。おばさん、知らなくて・・・。」

おばさんが俺に向き直り、頭を下げた。

「いえ・・・別に気にしてませんから。」

俺は本心からそう言ったのだが、おばさんが申し訳なさそうな態度を消すことは無

かった。

「と、とにかく瞬君、私の部屋に・・・。お母さん、お茶お願いね。」

その場の雰囲気に耐え切れなくなった私は、半ば強引に、瞬君を私の部屋へと引っ

張っていった。

 

 

(謎の声)

 

 

「おい、チャンスだぜ。今ならアッシュとジェンナがいない。ただの人間が、部屋

で2人きりだ。」

「ヴォルフとカルラか。」

「どういった事情で、力を失ったまま、こんなところで暮らしているのかは知らん

が・・・。確かに、チャンスだな。」

「よーし。それじゃ・・・うわっ!?」

「どうした!?」

「ち、結界が張ってある・・・。抜け目ねえぜ。」

「アッシュとジェンナの仕業か・・・。さすが、だな。」

「敵誉めてどうすんだよ。」

「真に強いものは、相手の強さも認めるものだ。」

「・・・けっ。」

「やはり、アッシュとジェンナから、どうにかした方が良さそうだな。」

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「やっぱ、子供の頃とは違うなあ・・・。」

俺は京香の部屋を見回した。

 子供の頃と同じ様に、クマやネコといったぬいぐるみが置いてあるが、やはりど

こか、大人向けのぬいぐるみに変わっている。

 子供の頃はピンクだったカーテンは、上品な白いカーテンに。

 絨毯も、ペルシャ絨毯のような模様のものに変わっている。

 そしてベッドは。

「・・・高そうなベッドだな。フランスベッドか?」

そう言いながら、瞬君はベッドの縁に腰を下ろした。

 これが見知らぬ男なら、何してんのと怒るとこだけど。

「・・・・・・。」

私は無言で、瞬君の隣に腰を下ろした。

 私のその行動に、戸惑った表情の瞬君。

 私の肩に手を回そうか迷ってるらしく、瞬君の腕が中途半端に浮いている。

 意外と純情なのね、瞬君・・・。

(え!?)

京香が俺の手を掴み、自分の肩へと回した。

 京香の積極的な態度に、鼓動が高鳴る。

 天邪鬼になった割に、こういうとこは変わっていない。

 普段は大人しいお嬢様なのに、妙なとこで積極的なんだよな、京香って。

 ・・・そういうとこ、嫌いじゃないけど。

「あ・・・。」

瞬君が、私の身体を抱き寄せた。

 顔を上げると、すぐ目の前に瞬君の顔がある。

 鼓動が一気に高鳴った。

 妙に自然な感じで、お互いの顔が近付いていく。

 そして、唇が重なった。

 

 

(神奈の声)

 

 

「・・・・・・。」

喫茶店「リコール」からの帰り道。

 不穏な空気を感じ、私は足を止めた。

「・・・誰だ?」

姿は見えない。

 だけど、敵意を持った何者かが、近くにいる。

「・・・さすがだ、気付いたか。」

ややあと、テレポートでもしたかのように、3人の男が姿を現した。

「・・・邪神族、か・・・。」

今更驚くことではなかった。

 既に、察しは付いていたのだから・・・。

「さすがに余裕だな、ジェンナ。」

リーダー格らしい男が、そう声を掛けてくる。

 一見3人とも、リクルートスーツを着たサラリーマン。

 だけどその邪悪な気は、分かる者には分かる。

「一体何の用だ?って・・・聞くだけ野暮か。どう見ても、友好を求めてはいない

ぐらい、分かる。」

「へへ、その通りだぜ。」

3人の中で一番下品そうな1人が、私の肩に手を掛けた。

「・・・死にたいの?」

殺気を込めた視線で、そいつを射抜く。

「う・・・。」

そいつは怯んだように手を離し、後ろに下がった。

 邪神族3人ぐらいに遅れを取る、私じゃない。

 邪神族に恐れられる「ジェンナ」の名は、伊達ではないのだ。

「・・・ジェンナ、その余裕は大したものだが。」

リーダー格の男が、一歩前に踏み出した。

 他の2人より、話が分かりそうだ。

「生きてる内に、私の前から去れ。」

脅迫、とも取れる言葉で、その男にそう忠告したが。

「・・・残念だな、ジェンナ。」

その男はそう言って、残忍な笑みを返してきた。

 

 

(敦司&成美の声)

 

 

「・・・貴様等は。」

客の入っていない喫茶店「リコール」に、3人組の男が姿を現した。

 一見3人とも、リクルートスーツを着たサラリーマン。

「・・・邪神族か。」

隠し様のないその邪悪な気が、俺を不快にさせる。

「敦司・・・この人達・・・。」

彼女−−−ナナミも3人組の邪気に気付き、側へやってくる。

「アッシュにその妻、ナナミか−−−。まさか、こんなところでお目に掛かれるな

んて、思わなかったぜ。」

リーダー格らしい男が、邪悪な笑みを浮かべ、そう声を掛けてくる。

「すぐに、この店から出ていけ。さもないと・・・。」

俺はそう脅しを掛けた。

 邪神族3人ぐらいに遅れを取る、俺じゃない。

 ナナミだって、一対一なら、決して邪神族に引けは取らない。

「・・・大した自信だな、アッシュ。だが、俺等にはこれがあんだぜ。」

「!!」

3人組の1人が取り出した、赤い魔呪石。

「それは−−−封力魔石−−−。」

一定の周囲に働き掛け、周囲内にいる者の力を抑える魔石。

 私やアッシュも、戦法の一つとして使ったことはあったけど・・・。

「なるほど、その手できたか・・・。」

確かに封力魔石を使えば、俺等の力は抑えられる。

 だが・・・それは奴らも同じ。

 同じ位置にいる限り、結局は無意味だ。

「無駄なことを・・・。」

俺はそう返したが。

「別に、お前等を殺るつもりはない。今は−−−な。少しの間、ここで大人しくし

てもらえれば、俺等の計画は上手くいく・・・。」

「・・・計画?」

リーダー格の男の言葉に、顔をしかめるアッシュ。

 −−−少しの間、ここで大人しくしてもらえれば−−−って、時間稼ぎ?

 −−−まさか!

 私は嫌な予感がした。

「アッシュ、あの2人−−−!」

血相を変えたナナミの顔に、俺はハッとした。

「貴様等の狙いは・・・ヴォルフとカルラか!?」

「へ、やっと気が付きやがった。」

3人組の1人が、そう言って俺等を嘲る。

「ジェンナの方も、別働隊が既に抑えた。お前等を抑えれば、結界も消えるだろう

しな・・・。お前等が動けない間に、あの2人の命は貰う。」

−−−しまった!

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「な、何よあなた達・・・。」

せっかく、瞬君との甘いファースト・キスの余韻に浸っていたのに。

 何なの、こいつらは・・・。

「・・・何だ貴様等は。」

一見3人とも、リクルートスーツを着たサラリーマン。

 そいつ等が突然、京香の部屋へ降って湧いた。

 降って湧いた−−−そう表現するしかないのは、そいつ等がどうやって現れたの

か分からないからだ。

 ドアからも、窓からも入った形跡は無いのに。

 そいつ等は、そこにいた。

「ヴォルフとカルラ−−−。まさかこんな形で、お前等を討てるとは思わなかった

ぞ。」

リーダー格らしい男が、邪悪な笑みを浮かべ、そう声を掛けてくる。

 −−−ヴォルフとカルラ?

 それって・・・私達のこと?

 討つって・・・一体何のこと?

 訳の分からない展開に、頭の中がぐるぐるする。

「・・・・・・。」

訳が分からないながらも、危険な香りを感じた俺は、京香を後ろへ庇うように、前

へ出た。

「へえ、やる気なんだ。何の力も無いくせに。」

スーツ姿に似つかわしくない口調で、3人組の1人が進み出た。

 ムッとした俺は、先手必勝とばかりそいつに殴り掛かったが−−−。

「−−−!?」

俺のパンチは、かすりもせず空を切った。

 −−−そんな馬鹿な。

 この間合いで、不意打ちの俺のパンチが外れるなんて。

 そんなこと、今まで一度も無かったぞ。

「−−−何だ、まじでそんなもんなのかよ。張り合いがねえなあ。」

先程の3人組の1人が、呆れたようにそう吐き捨てる。

 −−−こいつら、強い!?

 本能的に力の差を感じた俺は、京香の腕を掴み、部屋を出ようとしたが。

「おっと。」

3人組の1人が、部屋の入り口を塞ぐように、立ちはだかった。

「しゅ、瞬君・・・!」

怖さのあまり、私は瞬君の腕に縋り付いた。

 訳も分からず、身体が震えてくる。

 −−−この人達は危険だ。

 本能的にそう感じる。

「ちっ!」

京香を守らなければ。

 そんな気持ちで、再度3人組の1人に殴り掛かったが。

「ぐふっ!?」

逆にカウンターのボディブローを食らい、俺は膝を付いて蹲る。

「瞬君!?」

私は思わず、瞬君のもとに駆け寄った。

 瞬君がやられるところなんて、初めて見た−−−。

 瞬君は今まで、まさに無敵だったのに−−−。

「駄目だこりゃ。楽しむことも出来やしねえ。とっとと片付けようぜ。」

「そうだな。まだ、アッシュとジェンナの方も残ってることだし−−−。」

リーダー格らしい男以外の2人が、私達に詰め寄ってくる。

 そしてその2人の手に、不思議な光を帯びた剣が出現した。

 そしてその剣を、ゆっくり振り上げると−−−。

 そのまま、私達目掛けて振り下ろした。

 

 

(老人の声)

 

 

「お、おい。邪神族が出てくるなんて聞いとらんぞ。どうする!?」

「くそ、アッシュとジェンナの役立たずめ。」

「そんなこといっとる場合か。ヴォルフはどうでもいいとしても、カルラにもしも

のことがあれば−−−。」

「そんなことは言われんでも分かっとる。じゃがわし等は、邪神族に対する戦闘能

力など、持ち合わせておらんのじゃ。だからこそ、アッシュとジェンナに2人の守

護を任せておったのだからな。」

「−−−どうすればいいんじゃ?」

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「−−−え?」

振り下ろされた剣に、思わず目を瞑りそうになった私の目に。

 剣を肩口に受けた、精霊の姿が飛び込んできた。

 紫の着物を着た、美しい青年。

 その肩口からは、おびただしい出血が。

「あなたは−−−。」

「お2人共、お逃げ下さい。」

蒼白になりながらも、俺と京香を振り返り、逃げるように促す精霊。

 俺等を庇った?

 なぜ−−−?

 確かに、小さい頃から精霊達とは仲が良かったが。

「ちっ!邪魔しやがって!」

剣を振り下ろした男は、そう毒付くと。

 俺の前に立つ精霊を凪ぎ払うように、剣を横に振った。

「・・・!」

声もなく、消滅する精霊−−−。

 何で・・・そこまでして・・・俺等を・・・。

「今度こそ、終わりだ。」

目の前の状況におたついている俺等を尻目に、精霊を殺した男は、再び剣を振り上

げた。

 今度こそ終わりか−−−。

 そう思った瞬間。

「何だ!?」

3人組のが、驚きの声を上げた。

 もっとも、驚いたのは私と俊君も同様だったけど・・・。

 私達の目の前に、妖精や精霊が多数出現した。

 彼等は私達を庇うように、3人組と私達の間に立ち塞がっている。

「ヴォルフ様、お逃げを。」

「ここは私達に任せて、カルラ様。」

「お2人共、私共が抑えている間に早く!」

口々にそう言って、俺等の逃亡を促す妖精や精霊達。

 どうでもいいけど、精霊達まで俺等のこと、ヴォルフとカルラって・・・。

「あなた達・・・。」

自然、妖精や精霊達に対する愛しさが込み上げてくる。

 彼等を犠牲にして、生き延びるなんて・・・。

 でも、そうしないと皆共倒れ・・・。

 −−−どうしよう、迷ってる暇は−−−。

「−−−うっとうしい奴等だ。」

そう吐き捨てた3人組は、全員先程と同じやり方で、不思議な光を帯びた剣を手に

取った。

 数はこっちが上とはいえ、成す術もなく俺等の方がやられるのは明らかだ。

 犠牲者が増えるだけの話だろう。

「ぎゃあ!」

先頭の精霊が、3人組に真っ先に切り捨てられ、消滅した。

「きゃあ!」

続いて、妖精が。

 妖精や精霊にも、死というものは存在するのかな?

 目の前の現実から目を逸らすように、そんなことを考えていると。

「ぎゃああ!」

「きゃああ!」

「ぐううっ!」

私の目の前で、次々と妖精や精霊が消滅していく。

 −−−何だか、ムカついてきた。

「やめろ!」

瞬君も同じ気持ちだったようで、怒りを露に、3人組の前に出ようとする。

 でもそんな彼を、残った妖精や精霊達が押し止めた。

「駄目です、ヴォルフ様!私達のことは良いですから、早くカルラ様を連れてお逃

げを!」

「お願い、ヴォルフ様〜〜。早く逃げて〜〜〜。」

「我々の犠牲を無駄にせず、お早く!」

瞬君を止めようと、思い思いの言葉を投げ掛けてくる、妖精と精霊達。

 なんで・・・そこまでして・・・私達を・・・。

 私達には、そこまでしてもらう義理はないはず・・・。

「あせらなくても、こいつらを一掃した後、出番は回ってくるさ。」

3人組の1人が、残酷な笑みを浮かべ俺にそう声を掛けると。

 そのまま剣を薙ぎ払い、妖精と精霊を、一気に3体も消滅させた。

 −−−数分後、俺の目の前にいた妖精や精霊達は、全滅していた。

 俺等は逃げるのも忘れ、目の前の惨状に、憤りを感じながら立ち尽くしている。

「−−−さて、待たせたな。」

3人組が手に剣を携え、まず私に近付いてきた。

 そして3人とも、ゆっくりと剣を振り上げる。

 −−−やられる!

 私は思わず目を瞑った。

 

 ザシュッ

 

肉が裂ける嫌な音が耳に入った。

 −−−ああ、私死ぬんだ−−−。

 短い一生だったな−−−。

 これから、瞬君との楽しい生活が始まると思ったのに。

 瞬君と、あんなこともこんなこともしたかったのに。

 −−−あれ?

 でも痛くない?

 あまりに酷い怪我をすると、痛みも感じないって言うけど−−−。

「・・・・・・?」

恐る恐る目を開けた私の目に、血まみれの背中を押さえた瞬君の姿が映った。

「瞬君!?」

そんな−−−私を庇って?

 崩れ落ちそうになる瞬君の身体を、両手で抱き止める。

 息遣いが荒い−−−。

 やっぱ致命傷なんだ−−−。

 私は泣きそうになるのを堪え、瞬君を庇うように、胸に抱え込む。

「−−−殺すなら、一緒に殺して。」

瞬君を抱きしめたまま、ボソリとそう呟く私。

 もはや逃げられないのは分かってたし、私1人生き延びても−−−。

 瞬君がいなければ、生きてる意味なんてない。

「いい心掛けだ。」

そう言って、3人組が同時に剣を振り上げた。

 −−−逃げろ、京香−−−。

 そう口にしそうになったが、今更遅いと、言葉を飲み込む。

 情けねえ−−−好きな女の1人も守れないのか−−−。

 絶望に打ちひしがれたその時。

「なあ・・・。殺す前に、ちょっと楽しまないか?」

3人組の1人がそう言って、京香をいやらしい目で見た。

 −−−まさか、こいつ−−−。

「それもそうだな。」

「そりゃあいい。」

他の2人も、相槌を打つ。

 −−−くそ、こいつら!

 殴り飛ばしたかったが、もはや立ち上がる力さえ無い俺。

 そんな俺を尻目に、3人組の1人が京香の肩に手を掛けた。

「やっ!離して!」

腕を振り払おうともがいたけど、他の2人に両腕を押さえ付けられ、完全に動きを

封じられた。

 やだ・・・瞬君の前で、犯されるなんて・・・。

 瞬君とだって、まだだったのに・・・!

 絶望する私の上着を、肩に手を掛けた男が一気に引き下ろした。

 白いブラジャーに包まれた私の胸が、露になる。

「−−−おお、相変わらず良い身体してんな。」

男のげひた笑いといやらしい視線に、思わず顔を背ける私。

 男の「相変わらず」という言葉が引っ掛かったが、そんなことを気にしている場

合ではない。

「瞬君、助けて・・・!」

瞬君がそんなことが可能な状態でないことは、良く分かっていた。

 それでも、思わずそう口にしてしまう自分が情けない。

 −−−!?

 何か・・・前にもこんなことあったような・・・。

 −−−そう。

 昔−−−犯されそうになっていた私を、彼が−−−。

「・・・・・・邪神・・・族?」

 俺は何かを思い出すように、そう呟いた。

 3人組が驚いたように、手を止める。

 −−−そうだ。

 こんな光景が、前にもあった・・・。

 −−−確か−−−ファトマ草原で・・・。

 ?ファトマ草原ってどこだ?

 自分で言っておきながら、その場所が分からない。

 だけど、確かに記憶にある−−−。

 あれは−−−。

 

 

(ある男女の声)

 

 

「カルラ様、そろそろお戻りにならないと。」

侍女のエルマが、花を摘む私に、そう声を掛けてきた。

「え〜〜?もう少し良いでしょ?」

「駄目です。今回の外出自体、特別に許可されたんですから。約束の時間に遅れた

ら、ミライラ様に怒られますよ。」

「む〜〜〜。」

まったくエルマったら、頭固いんだから。

 そんなの無視すりゃいいのよ、無視すりゃ。

 −−−何て思ってはみたものの、お母様を怒らせるのは、やっぱり怖い。

 光神族の女皇でもあるお母様が本気で怒ったら、それこそ大地を揺るがすパワー

なのだから。

「あーあ、しょうがないわね。」

摘み取った花を髪に挿しながら、私は渋々と立ち上がった。

「そうおっしゃらないで下さい。そもそもこのファトマ草原は、邪神族や鬼神族の

領地に近く、危険な場所なんですから。」

「平気よ。その為に、護衛がいるんでしょ?」

私はそう言って、少し離れたところに立つ、数名の従者に目を向けた。

 いずれも腕利きの男達だ。

「それに邪神族はともかく−−−鬼神族は好戦的なだけで、決して恐れる対象では

ないって、シエラお姉様が言ってたわ。」

「シエラ様は分け隔てをなさらない、優しいお方ですからね−−−。でもその考え

には、私は賛同しかねます。その甘さが、いつか危険を招くと・・・。」

「・・・・・・。」

−−−ま、ほとんどの光神族は、エルマと同じ考えみたいだから。

 そう思うのは、しょうがないか。

 私はシエラお姉様に育てられたせいか、多種族への妬み嫉み、蔑視や畏怖といっ

た感情が、今ひとつ理解できない。

 理解したいとも思わないし。

 シエラお姉様の初恋の相手は、鬼神族だったという。

 周囲の反対が大きく、結ばれることは無かったらしい。

 でもそんなこともあって、シエラお姉様は種族間の偏見を持たない、光神族でも

稀有な存在。

 革新派の代表的な立場となっている。

「さ、帰ります−−−よおっ!?」

な、何?

 突然妙な声を上げ、倒れ込むエルマ。

 首筋から、多量の出血−−−。

 護衛の従者達を振り返ると、既に全員がエルマと同じ様に、倒れていた。

「−−−第3皇女、カルラだな・・・。」

下品な薄笑いを浮かべ近付いてくる、数人の男達。

う、何この人達・・・。

 凄く嫌な気を纏ってる。

「−−−もしかして、邪神族?」

「御名答・・・。」

私の問いに、茶化すように答える邪神族。

 ごめんね、エルマ。

 もっと早く帰っていれば・・・。

 −−−さて、どうしよっか・・・。

 護衛はもういないし・・・。

「へへ・・・。」

私の胸に、邪神族の1人がいやらしい手を伸ばしてきた。

 −−−ま、こう見えても神界で5本の指に入るぐらい、私の美貌には定評がある

みたいだから。

 その話を聞いて襲いに来たんだろうけど−−−黙って犯られてやる義理はない。

「やめてよ!」

「ぶっ!?」

私が咄嗟に放った光弾を顔面に食らい、そいつは吹き飛んだ。

 皇族の血は伊達ではない。

 戦闘訓練なんて積んではいないけど、そこいらの雑魚に遅れは取らない。

「−−−さすがは皇族ってか。だが、それでこそ犯り甲斐があるってもんだ。」

残りの邪神族が、距離を詰めて来る。

 −−−さすがに、多勢に無勢かな。

 接近戦になれば、腕力勝負。

 女の細腕じゃ勝負にならない。

 何とか、逃げる方法を−−−。

 

 コオオオオッッ

 

「ぐわ!?」

私の目の前にいた2人の邪神族が、光弾を受けて吹き飛んだ。

 私、じゃない。

 私の光弾なんか比較にならない程、強力な光弾。

 それを受けた2人の邪神族は、ダメージの為かなかなか起き上がれないみたい。

 いい気味。

「−−−誰だ!?」

残りの邪神族が、光弾が飛んできた方に目を向けた。

 私もつられるように、そちらに目を向けると。

 立派な黒焔竜にまたがった、これまた立派な身成の青年の姿が目に入った。

 −−−結構好みかも。

「−−−失せろ、邪神族ども。」

そう言って凄むその人の殺気に、邪神族が一瞬怯んだ。

 −−−凄い。

 あの邪神族をびびらせるなんて。

 一体何者?

「な、何だてめえは?」

「−−−鬼神族の第2王子:ヴォルフ。」

邪神族の問いに、その人は堂々と答えた。

 −−−鬼神族の王子:ヴォルフ?

 どっかで聞いたことあるような・・・。

「!ヴォルフ・・・だと!?」

その人の名を聞いた邪神族は、あからさまに怯えた。

「ぐああっっ!!」

その人が右手から放った雷のようなものが、残りの邪神族を吹き飛ばす。

 その人の手に掛かれば、邪神族は赤ん坊同然だった。

「く・・・退け!」

まるで反撃もせず、邪神族は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「大丈夫か?」

その人が、優しく私に声を掛けてきた。

 −−−鬼神族は野蛮だって言うけど。

 この人からは、そんな感じを全く受けない。

「ええ、ありがとう・・・。」

その女の返す綺麗な笑顔に、一瞬俺は見惚れた。

 −−−なるほど、邪神族の気持ちも分からんでもない。

 滅多にお目に掛かれない、なかなかの良い女だ。

「−−−君は光神族か?」

「はい−−−。光神族の第3皇女、カルラといいます・・・。」

「ああ・・・。」

そうか。

 彼女が美しさに名高い、光神族の第3皇女:カルラ・・・。

 噂に偽り無し、だな・・・。

「さっきも言ったと思うが、俺は鬼神族の第2王子:ヴォルフ。」

−−−あ、思い出した。

 確か、シエラお姉様に聞いたことある。

 この神界で、1、2位を争そう武人−−−鬼神族の王子:ヴォルフ。

 彼がその気になれば、1人で一つの神族を滅ぼすことさえ、可能といわれている

らしい。

 −−−そりゃあ、邪神族も一目散に逃げ出すはずよね。

 しかも、結構いい男かも・・・。

 −−−というか、もろタイプ・・・。

「あの・・・助けてもらったお礼をしたいので、良かったら私の城へ・・・。」

「−−−え?」

彼女の意外な申し出に、俺は一瞬驚いた。

 光神族はえてして、鬼神族を忌み嫌ってるはずだ。

 ましてや王族なら、尚更−−−。

「−−−駄目、ですか?」

悲しそうな彼女の顔に、俺は抗えなかった。

「いや−−−是非寄らせてもらう。」

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「−−−な!?」

邪神族が、驚いたように俺達から離れた。

 身体中から圧倒的なエネルギーが溢れ出し、俺の身体を輝かせている。

 −−−そうか、俺は・・・京香は・・・。

「ヴォルフ・・・?」

瞬君の姿を見て、私は思わずそう口にしていた。

 −−−そうか、私は・・・瞬君は・・・。

「この・・・!」

邪神族の1人が、思い切ったように瞬君に襲い掛かったが。

「ぐわあああっっ!!」

瞬君の身体から放たれた電流のようなものに弾き飛ばされ、そのまま蹲る。

「・・・くそ!」

邪神族の1人が、俺の目の前で赤い魔呪石−−−封力魔石取り出した。

 無意味な−−−。

「ぶはっ!?」

俺はジャブ一発で、そいつを吹き飛ばす。

「な−−−効かねえ?」

「馬鹿!王族には、封力魔石は効かねえんだよ!」

「じゃ、じゃあどうすんだよ。」

「逃げるしかねえだろうが!覚醒したヴォルフに、俺等が勝てる訳ねえだろ!」

私達の目の前で、右往左往している邪神族。

 −−−馬鹿ね。

 あなた達は、妖精さんと精霊さんを多数殺した。

 そんなあなた達を瞬君−−−いえ、ヴォルフが許す訳がない。

「−−−贖え。」

ヴォルフがそう呟いた瞬間、邪神族は閃光に包まれ−−−。

「がああああーーー!!」

「うああああっっ!」

それぞれに断末魔の声を上げ、消滅した。

 −−−ごめんね、妖精さん、精霊さん・・・。

 私達がもっと早く、覚醒していれば・・・。

 ヴォルフが敵を取ったから−−−これで許してね。

 

 

(ヴォルフ&カルラの声)

 

 

「ヴォルフ!」

部屋に入ってきたヴォルフに、私は思わず抱き付いた。

 私の城をヴォルフが尋ねるのは、2ヶ月振りだ。

「久しいな、カルラ。」

ヴォルフも、私の身体を抱き返してくる。

 2ヶ月振りの身体の温もりが、心地良い。

 相変わらず、逞しい身体・・・。

「遅いよお、ヴォルフ。私、ずっと待ってたんだからあ。」

カルラが甘えるように、身体を押し付けてくる。

 どちらかというとベビーフェイスなのに、身体は大人の女性顔負けの、ナイスバ

ディなカルラ。

 その身体の感触が、俺に心地良い快感を与えてくれる。

 元々薄手のドレスを着ているので、身体の感触が直に伝わるのだ。

 −−−いかん、我慢出来なくなりそうだ。

「しょうがないだろ、遠征に行ってたんだから。」

そう応えながら、俺はカルラの身体を引き離した。

 何だかカルラは、名残惜しそうだ。

「その気になれば、邪神族なんてまとめて吹き飛ばせるくせに・・・。」

「おいおい、邪神族を滅ぼす気か?」

「いーじゃない。あんな奴等、滅ぼしたって・・・。」

「・・・気持ちは分かるけど。邪神族にだって、生きる権利はある。俺等の都合で

滅ぼすことなんて、出来ないさ。」

「でも−−−彼等のせいで、私は酷い目に会ったんだし−−−。ヴォルフと2ヶ月

も離れ離れになるし−−−。私、邪神族って嫌い−−−。」

「それは同意見だけどな−−−。」

ヴォルフは苦笑しながら、私の頭を撫でた。

 頭を撫でられるのは嫌いじゃないけど、何だか子ども扱いされてるみたいな気が

して、ちょっと面白くない。

「うん?あの彫像は・・・。」

俺は部屋の奥にある石像に、目を止めた。

 何だか、俺に似ているような・・・いや、どう見ても俺だろう。

「フフ、良い出来でしょ?ヴォルフがいなくて寂しかったから、ヴォルフの彫像を

作ったの。」

多少誇らしげなカルラ。

 そういえば、カルラは神界でも指折りの彫刻家だったっけ。

 確かに、良く出来ている。

「・・・変なことに、使ってないだろうな?」

「な、何言ってるのよヴォルフ。」

−−−冗談半分で聞いたつもりだったが。

 カルラの慌てた口調が、何だか怪しい。

「おい・・・。彫像の口のところに、お前の口紅が付いてるぞ。」

「ええ!?」

カルラが慌てて、彫像に駆け寄ってくる。

 −−−カマを掛けただけだったんだが。

 素直な奴・・・。

「!!ヴォルフ、騙したわね!」

良く考えたら、口紅の跡は毎日、こまめに消してた・・・。

 こんな手に引っ掛かるなんて、私もまだまだ未熟・・・。

「冗談のつもりだったのに、図星かよ・・・。」

「だ、抱き付いてキスしただけよ・・・!」

事実、それ以上のことはしていない。

 それ以上は、さすがに虚しい気がしたから・・・。

「しょうがないでしょ?ヴォルフと2ヶ月も会えなくて、寂しかったんだから。」

そう言って拗ねながらも。

「ねえ・・・。今日は、泊まっていくんでしょ?」

期待を込めて、ヴォルフにそう声を掛けた。

「−−−そうして欲しいか?」

「意地悪・・・。」

「ハハ、ごめんごめん。遠征も一区切り付いたからな。2〜3日、泊まっていくつ

もり・・・。」

「やったあ!」

言い終わらない内に、カルラが嬉しさのあまり、またも抱き付いてきた。

 その身体の感触に、俺は我慢の限界を超えた。

 この2ヶ月寂しい思いをしていたのは、カルラだけではない。

「きゃっ?」

ヴォルフが突然、私の身体をお姫様抱っこした。

 ヴォルフはそのまま、ベッドの方へと歩き出す。

 ヴォルフったら・・・。

 まだ真昼間だけど−−−ま、いっか。

 私も正直、待ち切れなくなってるし・・・。

「早く結婚したいな−−−。そうすれば、ずっと一緒にいられるのに・・・。」

「−−−!」

カルラの言葉に、思わず俺は足を止めた。

「あ、ごめん−−−。こんな時に−−−。」

せっかくお互い、その気になってたのに。

 変なこと言って、気分を削いじゃった・・・。

「−−−心配するな。何とかするさ、絶対−−−。」

カルラの身体をベッドに横たえながら、俺は決意を露にそう応える。

 俺等鬼神族が、カルラ達光神族に忌み嫌われているのは、良く分かっていた。

 鬼神族は好戦的で直情的で野蛮、対して光神族は平和的で思慮深く上品。

 −−−あくまで一般論ではあるが。

 対極的なこの2つの種族は、昔からあまり仲が良いとは言えなかった。

 特に光神族の方は、差別的とさえ言える感情を、鬼神族に対し抱いている。

 カルラのような存在は、稀有なのだ。

 だから勿論、俺とカルラが付き合っていることに対し、光神族は良い顔をしてい

ない。

 特に、頭の固い長老連中は−−−。

 付き合うのさえそうなのだから、ましてや結婚なんて、そう簡単には許してもら

えない。

 鬼神族と光神族の婚姻など、過去に例もないのだ−−−。

 まあその気になれば、カルラを強引に攫うことも出来るが−−−それで鬼神族と

光神族の仲が悪化しても困る。

 俺とカルラは、王族という立場もあるのだから−−−。

 革新派の連中や第2皇女シエラが応援してくれてるのが、唯一の救いだ。

「・・・その気、無くなった?」

私をほったらかしにして、何やら考え込んでいるヴォルフ。

 やっぱり気分を削いじゃったか−−−。

 しょうがない。

 今は我慢して、夜に期待を−−−ってえ!?

「きゃっ!?」

ベッドに横たわった私の身体に、突然ヴォルフが抱き付いてきた。

「いや−−−余計に燃えてきた。」

俺はそう応えながら、貪るようにカルラを抱き締める。

 2ヶ月振りのカルラの温もり。

 この時間がずっと続けば、どんなに幸せだろう−−−。

 2ヶ月振りのヴォルフの温もり。

 この時間がずっと続けば、どんなに幸せかしら−−−。

 俺達は互いを求めるように、そのまま幾度も愛し合った。

 

 

(瞬&京香の声)

 

 

「−−−全て思い出したよ。」

「私も・・・。」

俺は京香を−−−否、カルラを見つめた。

私は瞬君を−−−否、ヴォルフを見つめた。

色々な想いが込み上げてきて、言葉が出ない俺。

色々な想いが込み上げてきて、言葉が出ない私。

 −−−そうだ。

 俺等は、試練を受けたんだ。

 記憶を消され、この人界に転生させられる試練。

 全ては、あの長老達の企み・・・。

 

 

(ヴォルフ&カルラの声)

 

 

「−−−人界に転生!?」

「そうじゃ。お前達2人の神界での記憶を全て消し、人界に転生させる。その状況

で、お互いに出会いことが出来、結ばれたら−−−。おまえ達2人の愛は本物だと

認め、結婚を許そう。」

「・・・・・・。」

長老連中の言葉に、不安そうに俺の顔を覗き込むカルラ。

 確かに理不尽で過酷な試練だ。

 人界といっても広い。

 出会うだけでも、大変なことだ−−−。

「そんなことしなくても−−−私とヴォルフの愛は本物だもん。」

長老達にそう反論しながら、私はヴォルフの腕を掴んだ。

 不安を打ち消す為に。

「自信が無いか?ならおまえ達2人の愛は偽物だと見做し、結婚を許す訳にはいか

んが−−−。」

「あんた等に、結婚を阻止する強制力はないだろ?」

俺の意見を代弁するように、脇に控えたジェンナが進み出た。

 彼女は俺の幼馴染みであり、側近であり、護衛でもある。

 鬼神族の中でもトップ10の実力を誇る、男顔負けの猛者だ。

 カルラを除けば、俺ともっとも親しい女性だった。

「確かに。儂等はただの規律者過ぎん。儂等の意見など無視し、結婚を押し進める

のも、自由だ。じゃが先祖代々、光神族の王族達は儂等長老の意見を尊重し、政や

その他の取り決めを行ってきた。儂等を無視することは−−−光神族の王族や民衆

を裏切る行為と知れ。」

「−−−ひどい。」

これじゃ脅迫と同じだ。

 結局、私達がこの条件を呑むしかないように、仕向けてる。

 そして条件を呑めば−−−ヴォルフと結ばれることは無いだろう。

 長老達もそれが分かってるからこそ、この条件を出してきたに他ならない。

「別に許して貰わなくても構わないもん!世界中を敵に回したって、私はヴォルフ

と−−−。」

「−−−いいだろう。その条件、呑んでやる。」

半分意地を込めた私の反論をよそに、ヴォルフが突然、そう応えた。

「な、何言ってるのヴォルフ!?そんなことしたら−−−!」

「落ち着け、カルラ。」

俺は慌てるカルラをそう諭すと、長老連中に向き直った。

「但し条件がある−−−。転生する国は、せめて同じにしてくれ。全く反対側の国

に転生させられたんじゃ、さすがに敵わないからな−−−。」

俺の言葉に顔を見合わせ、何やら相談し始める長老連中。

 もし駄目だというのなら、さすがにその時は条件を蹴るつもりだった。

 しかし長老連中にしても、革新派の連中を納得させる、ある程度の理由が必要。

 その為にこの条件を出してきたはずだし、ある程度は譲歩せざる得ないはずだ。

 そこにこそ、俺達の勝機も見えてくる。

「−−−いいだろう。それぐらいは、認めてやろう。」

−−−よし!

 長老連中の代表である最長老の言葉に、俺は内心でガッツポーズを取った。

 これで、勝機が見えてきた・・・。

「転生の儀の日取りは、追って知らせる。それまで待つが良い。」

「−−−分かった。」

最長老の言葉を、恭しく受け止めるフリ。

「ちょっ・・・ヴォルフ!?」

「いいからいいから。それでは、失礼。」

俺は一礼すると、まだ納得のいかないカルラとジェンナを従え、部屋を出た。

 

 

(カルラの声)

 

 

「−−−ヴォルフ!どうするの、一体!?」

私とヴォルフ、ジェンナの3人きりになった瞬間、私は耐え切れないようにヴォル

フに詰め寄った。

「落ち着け、カルラ。」

「だって・・・!いくら同じ国に転生出来ても、その国がとても大きい国だったら

−−−。出会える可能性だってないのよ!」

「ま−−−そうだろうな。長老連中もそう思ったからこそ、条件を呑んでくれたん

だろうし−−−。」

「−−−!」

ヴォルフの妙に落ち着いた態度が、何だか憎たらしい。

 私はヴォルフと結ばれないんじゃないかと、不安でしょうがないのに。

 ひょっとしてヴォルフは、私と結ばれなくてもしょうがないか、程度に思ってる

んじゃ・・・。

 もともと、私の方から熱烈にモーション掛けた訳だし・・・。

 もしかしてヴォルフは、私がヴォルフを想ってる程、私を想ってくれてないのか

も・・・。

「−−−カルラ、心配するな。同じ国に転生することで、2人が出会える可能性は

飛躍的に上がったんだ。もはや絶対、と言って良い程にな−−−。」

「え?」

脇に控えたジェンナの、意外な言葉。

 彼女とはヴォルフを通して、仲良くなった。

 最初はヴォルフといつも一緒のジェンナに、良い感情は持てなかったんだけど。

 波長が合ったのか、今じゃ一番の友達。

 男勝りだけど、美人でグラマーな彼女。

 その気になれば、結構モテると思うんだけど・・・。

 −−−って、そんなこと考えてる場合じゃなくて。

「どういうこと、ジェンナ?」

「転生には、因果応報が強く現れるんだ。」

「−−−?」

「ようするに、転生する前の互いの関係が、転生する場所に影響するってことだ。

親子だったり、恋人同士だったり、深い怨恨関係にあったりすると、大抵の場合、

近くに転生出来る。同じ国であれば、その可能性はかなり高い。」

「ホント!?」

「ああ。運が良けりゃ、血縁関係になることだって−−−。まあ、兄弟とかに転生

したら、それはそれで今回は困るが。」

「−−−そっか。」

何だか、希望が見えてきた。

 出会うことさえ出来れば、ヴォルフと結ばれる自信はある。

 −−−そうか、だからヴォルフは、あんなに落ち着いていたんだ。

 気持ちを疑ったりしてごめんね、ヴォルフ。

「でも−−−どうして長老達は、そのことに気付かなかったんだろ?」

「気付かない−−−というより、知らないのさ。」

ヴォルフの意外な言葉に、私は目を丸くした。

「まさか−−−。知識だけは無駄にある長老達が?」

−−−一言余計かな?

 ま、他の人が聞いてる訳じゃなし、いっか。

「転生自体、滅多に行われるイベントじゃないからな。そこら辺の事情を良く知る

のは、冥神族や死神族だけだ。俺等鬼神族は、幸い彼等と親しくてな。だから、そ

ういう事情に詳しいという訳だ。」

「へえ・・・。いわゆる「蛇の道は蛇」って奴ね。」

ヴォルフの説明に、思わず感嘆の声が出る。

 世の中、まだまだ広い。

 長老達でさえ知らないことが、まだまだきっと、沢山あるに違いない。

「まあ−−−それでも運悪く、結ばれなかった場合は。」

ヴォルフが怖いことを言い出す。

 考えないようにしてるんだから、口にしないでよお・・・。

「神界全部を敵に回したとしても、お前を攫って逃げる。」

乱暴だけど情熱的なヴォルフの言葉に、思わず涙が出そうになった。

 その横で、ジェンナがなぜか寂しそうに笑っていた。

 

 

(ヴォルフ&カルラ&ジェンナの声)

 

 

「−−−思い出したか、2人とも。」

邂逅に酔いしれる俺等2人に、いつの間に来たのか、ナッチ−−−いやジェンナが

声を掛けてくる。

 ジェンナの後ろには、敦司兄ちゃんと成美さん−−−いや、アッシュとナナミの

姿もあった。

「−−−ああ、思い出した。」

感慨深げにそう返した俺は、思わず4人の顔を見つめる。

 長かったようで短かった、人界での17年間。

 色々な思いが湧き上がってくる。

 他の皆も同じ気持ちなのだろう。

 何ともいえない表情で、お互いを見つめ合っていた。

 神界で過ごした数百年の月日に比べれば、ほんの一瞬の出来事でしかないのに。

 −−−この人界での17年間のことは、俺等は一生忘れないだろう。

 −−−まあ、それはそれとして。

「−−−俺等は、賭けに勝った訳だ。」

そう。

 今一番大事なこと。

 それは、長老連中との賭けに勝ったということ。

 それは即ち、誰の干渉も受けず、カルラと結ばれることを意味していた。

「−−−やっとヴォルフと・・・。」

思わず目からこぼれ落ちた涙が、私の頬を伝った。

 転生の儀を受けてから17年間。

 ヴォルフの「鈍感」や私の「天邪鬼」は、おそらく長老達の仕業だろう。

 そして、ヴォルフの引越しも・・・。

 でも−−−私達はやり遂げた。

 賭けに勝ったんだ。

「積もる話はあるだろうが−−−取り敢えずは神界に戻るか。」

アッシュがそう促すと空間が歪み、次元の穴が開いた。

 周りの時間は止めているので、私達以外の他人に見られる心配はない。

「それじゃ、行くか。」

アッシュを先頭に、次元の穴へと進む俺達。

 その先は、勿論神界へと繋がっている。

「−−−ヴォルフ、おめでとう。」

そう言って、俺の横にジェンナが並んだ。

 俺は複雑な思いで、ジェンナを見つめ返す。

「−−−ごめんな、ジェンナ。」

思わず、そう口に出た。

 ナッチの時の態度で、ジェンナの気持ちは痛い程分かっていた。

 小さい頃から、ずっと一緒だったのに。

 今まで気付かずにごめんな、ジェンナ。

 −−−引っ越した北海道で見た夢のお告げも、おまえの仕業なんだろう?

 ありがとな・・・。

「ジェンナ・・・ごめんね。」

私はジェンナの横に駆け寄り、そう声を掛けた。

 ヴォルフとジェンナはずっと一緒だった。

 転生しても、それは同様だった。

 そんな彼女は、私に対しどんな気持ちでいたのだろう。

 気付いてやれなかった自分が、情けなくなる。

「−−−そんな顔をするな、2人とも。」

ジェンナはにこやかに、俺等を振り返った。

「確かに私は、ヴォルフが好きだった。ヴォルフと結ばれたなら、どんなに嬉しい

か−−−。だけど・・・カルラのことも好きだ。だから−−−2人が幸せになれて

嬉しい。これも、正直な気持ちなんだ。」

「ジェンナ−−−。」

「ほら、そんな顔するなってばカルラ。どうしても、私に負い目を感じるというな

ら−−−。私の分も、幸せになれ。いや−−−そうならないと、承知しない。」

「−−−分かったわ。」

そうだ。

 私とヴォルフは、数多の困難を経て結ばれた。

 もしこの先、どんな障害が立ち塞がったとしても−−−私の願いは一つ。

 ヴォルフと結ばれて、幸せになること。

 これは絶対に、変わることのない事実だ。

「−−−幸せに、して見せるさ。」

俺はカルラの肩を抱き寄せ、力強くジェンナに頷いて見せた。

「ああ。心配なんかしてないさ。」

私はそうヴォルフに頷き返した。

 −−−そう、彼は強い。色んな意味で。

 今回、長老連中の企みに乗って転生の試練を受けたが。

 彼がその気になれば、神界全てを敵に回しても勝てるかもしれない。

 長老連中は、ヴォルフを甘く見過ぎたのだ。

 その結果が、これだった。

 ヴォルフに未練が無いといったら、嘘になるけど。

 何だか今は、素直に2人を祝福したい気持ちだ。

「カルラ−−−戻ったら早速結婚式だ。」

「うん、ヴォルフ!」

目の前に、神界への入り口である光が見えてくる。

 それが希望への光であるように、俺には見えた。

 −−−俺は、カルラを抱き寄せた。

 −−−私は、ヴォルフに身体を預けた。

 

 いつまでも一緒にいられるように、願いながら。

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