(祐樹パート)

 

 

俺の名前は、唐沢裕樹(からさわゆうき)。ちなみに男。

 千葉県在住、県立天王剣(てんのうつるぎ)高校に通う、高校3年生だ。

 そして−−−実は、伝説の勇者の生まれ変わりだ。

 いや、冗談じゃないって。

 俺は約3000年もの昔から転生を繰り返してきた、れっきとした転生勇者なん

だ。

 今まで約15回程、ファンタジーな世界に転生しては、数え切れない程の魔物や

魔王を倒してきた。

 それがどういう訳か今回、ファンタジーな世界とは程遠い、現代の日本に転生し

ちまった。

 当然、この平和な現代日本に魔物や魔王の類(たぐい)が存在するわけもなく、

退屈な日々を余儀なくされている。

 全く、神様も何を考えて、俺を現代の日本に転生させたのか。

 そりゃ、次に転生する時は多少平穏な世界がいいな、とはちょっと思ったよ。

 でも、それだったらなんで、勇者としての記憶を、完全に消してくれなかったん

だ?しかも、勇者としての力も、完全ではないが戻っている。

 平和な現代日本において、勇者としての記憶や力は、邪魔になるだけだ。

 自分が勇者だと思い出さなければ、この平和な現代日本の生活を、満喫すること

も出来ただろうに。

 全く、神様も中途半端に願いを叶えてくれたものだ。

 

 

 

「おはよう、裕樹。」

早朝、学校に行くため自宅の玄関を出た俺を、そう言って1人の少女が出迎えた。

 白いセーラー服が良く似合っている。

 彼女の名前は天野深雪(あまのみゆき)。

 ご近所さんで、俺が生まれた頃からの幼なじみ。同級生でもある。

 背中まで伸びたロングの黒髪が良く似合う、スタイルも良い美少女だ。

 そして−−−実は彼女も、俺と同じく伝説の勇者の生まれ変わりだ。

 俺と彼女は運命共同体。今までも必ず、同じ時代、場所に生まれ変わり、共に戦

って来た。

 もっとも、俺は攻撃専門で、彼女は回復や補助が専門だったけど。

 俺達は2人で一つ。よきパートーナーであり、恋人同士でもあった。

 もっとも、今の彼女は俺のように、転生する前の勇者の記憶も、力も戻ってはい

ないようだけどな。

 とはいえ、俺達が惹かれ合うのは必然だったようだ。

 俺は勇者の記憶が戻る前−−−戻ったのは3年ほど前だが−−−から、深雪のこ

とが異性として気になっていた。

 幼なじみという壁があり、なかなか告白出来なかったが、勇者としての記憶が戻

ってからは、特に焦ることはなかった。

 深雪も勇者としての記憶を取り戻せば、自然と結ばれると思ったから。

 しかし、深雪に勇者としての記憶がなかなか戻らず、再び焦り始めた時。

 今から半年ほど前だっただろうか。

「裕樹・・・私達、ただの幼なじみじゃなきゃ駄目?」

そう言って、深雪の方から告白してきたのだ。

 ようするに、俺達は運命共同体だからとかは関係なく、単純にお互い惹かれ合っ

ていたからこそ、恋人同士になっていたんだ。

 3000年もの転生を繰り返し、今更のように俺はそのことに気付いた。

 ま、そんな訳で現在、俺と深雪は、晴れて公認のカップルとなったんだ。

「・・・どうしたの?裕樹。」

玄関の前で考え込んで立ち尽くす俺に、深雪が不思議そうに声を掛けた。

「あ、わりい。」

俺はそう謝って、深雪の側まで歩いていく。

「どうしたの?ぼーっとして。」

「俺も高校3年生。将来の事とか、考えることもあるわけよ。」

「ふーん・・・。」

深雪は俺の言ったことを信じた訳では無いようだが、それ以上は突っ込んでこなか

った。

 学校へと向かいながら、話は自然、進学のことになる。

「裕樹は、大学に進学するんでしょ?」

「うーん、正直迷ってる。」

「え?じゃ、就職?」

「具体的にまだ決めてないんだ。俺のやりたいことってのが見付からなくて。」

俺の場合、勇者としての記憶が戻ってるから、尚更なんだけど。

「裕樹、何でも出来るから。選択の余地が多くて困ってるでしょ?」

「ま・・・ね。」

そう。俺は元々頭も良かったし、スポーツも万能だったが、勇者としての力が戻っ

てからは、それこそ勉強もスポーツも敵無し状態だ。

 もっとも、それは深雪も同様で、ルックスも良い俺達は、学校じゃお互い、結構

モテる。

 ただ、俺と深雪が既にできてしまった今、さすがに面と向かって告白してくる奴

等はいなくなったけど。

「深雪はどうなんだ?」

「私も正直・・・迷ってるかな?」

「深雪もか。」

「っていうか、私達と同じ年齢で、自分のやりたいことが分かってる人なんて、そ

うはいないんじゃない?」

「・・・そう、だよな・・・。」

自分が何より好きなこと、得意なことを持っている奴なら−−−。

 そう、例えば歌うのが何より好きなら、将来歌手になろうと思うかもしれない。

 野球が得意ならプロ野球選手、政治に興味があるなら政治家、漫画を描くのが好

きなら漫画家−−−。

 しかし大半の高校生は、自分の好きなこと、得意なことが見付からず、取り敢え

ず大学に進学する。

 そして勉強の優劣でのみで、大学を選び−−−結局大学でも自分のやりたいこと

が見付からず、流されるように普通のサラリーマンやOLになるのだ−−−。

「やりたいことが見付かった奴は・・・幸せだよな。」

俺がしみじみとそう洩らすと、深雪も大きく頷いた。

 しかし、自分のやりたいことが見付かったからといって、必ずそれを実現出来る

とは限らない。

 お金の問題、才能の問題、環境の問題−−−様々なしがらみで、自分のやりたい

こと−−−高尚な言い方をすれば夢−−−を、実現出来ずに終わることも多い。

 諦めずに頑張れば、いつか−−−なんてロマンチズムは、現実には通用しないの

だ。

 だからといって、最初から諦めろ、という親達も好きではないが。

 最初から諦めるにしろ、自分のやりたいことを追い続け、結局挫折してしまうに

しろ、選ぶのは本人の自由だが−−−必ずしも選択が本人の意志の結果とも限らな

いのも、また現実だ。

 考えてることが高校生らしくないって?

 言ったろ?俺は3000年もの昔から転生を繰り返してきたんだって。

 精神年齢は、はっきり言ってそこらの大人よりずっと上だぜ。勿論、高校生らし

い部分も同居しているけど。

 まあ、その辺は転生体を味わったことの無い人に話してもしょうがないので、説

明を省かせてもらう。

 実は俺も、やりたいことはあるのだ。それは、魔物や魔王と戦うこと−−−。

 俺は戦闘狂ではないが、魔物や魔王と戦う時の緊張感が、正直好きだった。

 そして魔物や魔王を倒した後の達成感、プラス勇者として民衆から崇められる優

越感−−−。

 俺を生み出した、神の作為によるものかもしれないが、とにかく良かった。

 でも、こればかりはいくら望んでも、現代日本では実現不可能だろ?

「何か・・・結構真剣に悩んでるみたいね。」

深雪が考え込んでる俺の顔を覗き込み、そう言った。

「そりゃまあ・・・一生の問題だからな。」

俺はそうはぐらかしたが、深雪はそれで納得してくれたようだ。

「結局は悩んだ末答えが出ず・・・適当な大学に進学、ってことになりそう。」

「まったくだ。」

深雪の意見に心から同意し、俺達は学校へと急いだ。

 

 

 

「はよっ、唐沢。数学の宿題、見せてくれよ。」

「おはよー、深雪。英訳の宿題、見せて。」

U−Cの教室に登校した俺らを、そう言って取り囲む数人のクラスメイト。

 いつもの朝の光景だ。

 俺らをあてにして、全く宿題をやってこない輩も多い。

 ま、いいけどね。

 俺らは無言で宿題のノートをクラスメイトに差し出すと、そのまま席に着いた。

 ちなみに、俺と深雪の席は隣同士だ。

「裕樹、後で私にも数学の宿題、見せて。」

深雪がそう声を掛けてきた。

「なんだ、珍しいな。深雪も宿題忘れたのか?」

「ちゃんとやってきたよ。でも、どうしても一問だけ解らないとこがあるの。」

「ひょっとして、問5?」

「あ、やっぱり裕樹も難しかった?」

「実は、俺も解らなかった。」

「なんだ、裕樹も駄目だったの。」

「っていうか、あれ質問の内容がおかしいぜ。ひょっとして誤植じゃないの?」

「やっぱそう思う?私もそう思った。」

「取り敢えず、そこは先生に聞いた方が良いんじゃないか?どうせ解ける奴なんて

いないだろう・・・・し!?」

俺は突然不意に目眩に襲われ、その場に倒れてしまった。

「裕樹!?」

 

 

 

「ん・・・。」

俺が目を覚ました時、そこは学校の保健室だった。

 傍らには、心配そうに俺を覗き込む、深雪の姿が。

 目眩を起こして倒れた俺を、誰かが保健室に運んだのだろう、と俺は瞬時に理解

した。

 時計を見ると、倒れてからほんの20分ほどしか経っていない。

「大丈夫?裕樹・・・。」

深雪が本当に心配そうに、俺に尋ねる。

 好きな娘の不安そうな顔は、正直あまり見たくない。

 俺は保健室の先生がいないことを確認すると。

「・・・大丈夫だよ。」

「きゃっ!?」

俺は深雪の腕を掴むと、強引に引っ張り、横になっている自分の胸元へと、深雪の

身体を引き寄せた。

 そして目の前にある深雪の顔を自分の顔に引き寄せ、その唇を半ば強引に奪って

やる。

「ん・・・。」

俺は10秒ほど柔らかい唇の感触を堪能した後、やっと深雪を開放してやった。

「もう、ばか・・・。」

深雪は怒ったように、それでいて照れて嬉しそうに、そう言い放つ。

 真っ赤な顔が、怒っているからなのか照れているからなのか分からない。

「ごめんごめん。我慢出来なくて。」

俺はそう言って頭を掻く。

 キスしたかったのは嘘ではないけど、深雪に大丈夫であることをアピールするた

めの芝居でもあった。

「これなら、大丈夫みたいね。」

案の定、深雪は俺の思惑通り、安心したように笑顔になる。

 実際、俺が目眩を起こすのは珍しいことじゃない。

 勇者としての記憶と力が戻ってから、頻繁に目眩を起こすようになったんだ。

 いわゆる、勇者である自分と裕樹である自分の、精神的、肉体的ずれによる障害

が形に出たもの−−−とでもいおうか。

 今までの転生なら、魔物や魔王と戦う内に自然と無くなっていたのだが−−−。

 しかし学校で目眩を起こしたのは、初めてだった。

 これが毎日のように起こったら、さすがにまずいな・・・。

「本当に大丈夫?裕樹・・・。」

考え込んだ俺に、深雪がまたも心配そうに、そう尋ねる。

 おっといかん、せっかくごまかしたのが台無しになっちまう。

「大丈夫大丈夫。今朝しっかり朝ご飯食わなかったからな。そのせいだろ。」

俺が笑顔でそういうと、深雪は何とか納得してくれたようだ。

「ま、保健室の先生も特に問題はないって言ってたし・・・。でも、ホント身体に

は気を付けてよ。裕樹にもしものことがあったら私・・・。」

「ああ・・・分かってる。深雪を悲しませるようなことはしないよ。」

そんなラブラブムードの俺達だったが。

「起きたんならさっさと教室に戻りなさい!」

いつのまにか戻ってきていた保健室の栗原先生(勿論女性)が、そう怒鳴った。

「は、はい。」

「失礼します。」

俺達はその場から逃げるように、教室へと急いだ。

 

 

 

放課後、友人達と一緒に帰宅する俺。

 深雪は担任の仲本に用事を頼まれ、一緒に帰ることが出来なかった。

「唐沢。お前、天野とは何処までいってんだよ?」

「・・・。」

悪友:原田の失礼な質問を、俺は無視することにした。

「おい、無視すんなよ。教えてくれたって良いじゃねえか。」

しつこい原田を、俺は軽く睨み。

「そんなの、答えられるか。」

と言い放った。

「・・・ケチ。」

原田はそう言ってふて腐れる。

 だけど、答えられないのが当り前だろう?

 そんなことを他人に言ったら、自分が恥ずかしいのは勿論、深雪を傷付けること

になるんだ。

 実際のところ、俺と深雪はキスまでしかいってない。

 俺も男だし、それ以上を望まないと言えば嘘になる。

 深雪自身もそれを拒んでる訳ではないし、キス以上までいきそうになったことも

何度かある。

 しかし・・・その度に俺の方から、身を引いてしまったんだ。

 何故かって?

 それは・・・俺に勇者の記憶が戻っているせいだ。いや、それは単なる勇気が無

い言い訳かもしれない。

 だけど正直、深雪を抱こうとすると、前世での彼女を思い出してしまう。

 彼女に前世の記憶が戻っていない今、それは深雪に対して凄く失礼なことだ。

 前世の彼女とは、いくとこまでいってた−−−というか、結婚して子供もいた。

 だからこそ、現代に転生した深雪は勿論好きだが、前世での彼女への思い入れも

いまだかなり強い。

 何だか二股掛けているようで−−−俺は、前世の彼女を忘れるか、深雪が勇者の

記憶を取り戻すまで、キス以上は我慢しよう、と心に決めたのだ。

 もっとも前者も後者も、一朝一夕ではどうしようもないのだけど。

 

 

(深雪パート)

 

 

私の名前は、天野深雪。れっきとした女。

 千葉県在住、県立天王剣(てんのうつるぎ)高校に通う、高校3年生。

 そして−−−実は、伝説の勇者の生まれ変わり。

 あ、冗談じゃないの。

 私は約3000年もの昔から転生を繰り返してきた、れっきとした転生勇者。

 今まで約15回程、ファンタジーな世界に転生しては、数え切れない程の魔物や

魔王を倒してきたわ。

 それがどういう訳か今回、ファンタジーな世界とは程遠い、現代の日本に転生し

ちゃったの。

 全く、神様も何を考えて、私を現代の日本に転生させたんだろ。

 そりゃ、次に転生する時は多少平穏な世界がいいな、とはちょっと思ったけど。

 でも、それだったらなんで、勇者としての記憶を、完全に消してくれなかったの

かしら?勇者としての力は、戻っていないみたいだけど。

 平和な現代日本において、勇者としての記憶は、邪魔になるだけ。

 自分が勇者だと思い出さなければ、この平和な現代日本の生活を、満喫すること

も出来たでしょうに。

 全く、神様も中途半端に願いを叶えてくれたものね。

 

 

 

「おはよう、裕樹。」

早朝、学校に行くため自宅の玄関を出た彼を、そう言って私は出迎えた。

 黒いブレザーが良く似合っている。

 彼の名前は唐沢祐樹。

 ご近所さんで、私が生まれた頃からの幼なじみ。同級生でもあるの。

 精悍でいて整った顔。足が長く、スタイルも良い。

 そして−−−実は彼も、私と同じく伝説の勇者の生まれ変わり。

 私と彼は運命共同体。今までも必ず、同じ時代、場所に生まれ変わり、共に戦っ

て来たわ。

 もっとも、私は回復や補助が専門で、彼は攻撃専門だったけど。

 私達は2人で一つ。よきパートーナーであり・・・恋人同士でもあった。

 もっとも、今の彼は私のように、転生する前の勇者の記憶は戻っていないようだ

けど。

 とはいえ、私達が惹かれ合うのは必然だったみたい。

 私は勇者の記憶が戻る前−−−戻ったのは実は4ヶ月ほど前だけど−−−から、

祐樹のことが異性として気になってた。

 幼なじみという壁があり、なかなか告白出来なかったけど、今から半年ほど前だ

ったかな。まだ勇者としての記憶も戻っていない時だった。

「裕樹・・・私達、ただの幼なじみじゃなきゃ駄目?」

そう言って、思い切って告白してみたの。

 幼なじみという関係自体が崩壊するんじゃないかって怖かったけど、祐樹は嬉し

そうにOKしてくれた。

 ようするに、私達は運命共同体だからとかは関係なく、単純にお互い惹かれ合っ

ていたからこそ、恋人同士になっていたのね。

 3000年もの転生を繰り返し、今更のように私はそのことに気付いた。

 ま、そんな訳で現在、私と祐樹は、晴れて公認のカップルになったの。

 ・・・あれ?

「・・・どうしたの?裕樹。」

玄関の前で考え込んで立ち尽くす祐樹に、私は声を掛けた。

 ま、私も人のこと言えないけど。

「あ、わりい。」

結城はそう謝って、私の側まで歩いて来る。

「どうしたの?ぼーっとして。」

「俺も高校3年生。将来の事とか、考えることもあるわけよ。」

「ふーん・・・。」

私は祐樹の言ったことを信じた訳では無かったけど、それ以上突っ込まなかった。

 学校へと向かいながら、話は自然、進学のことへ。

「裕樹は、大学に進学するんでしょ?」

「うーん、正直迷ってる。」

「え?じゃ、就職?」

「具体的にまだ決めてないんだ。俺のやりたいことってのが見付からなくて。」

「裕樹、何でも出来るから。選択の余地が多くて困ってるでしょ?」

「ま・・・ね。」

そう。祐樹は頭は良いし、スポーツも万能。

 もっともそれは私も同様で、ルックスも良い私達は、学校じゃお互い、結構モテ

る。

 ただ、私と祐樹が付き合い始めてからは、さすがに面と向かって告白してくる人

はいなくなったけど。

「深雪はどうなんだ?」

「私も正直・・・迷ってるかな?」

「深雪もか。」

「っていうか、私達と同じ年齢で、自分のやりたいことが分かってる人なんて、そ

うはいないんじゃない?」

「・・・そう、だよな・・・。」

自分が何より好きなこと、得意なことを持っている人なら−−−。

 そう、例えば踊るのが何より好きなら、将来ダンサーになろうと思うかもしれな

い。

 水泳が得意なら水泳選手、科学に興味があるなら科学者、絵を描くのが好きなら

画家−−−。

 しかし大半の高校生は、自分の好きなこと、得意なことが見付からず、取り敢え

ず大学に進学する。

 そして勉強の優劣でのみで、大学を選び−−−結局大学でも自分のやりたいこと

が見付からず、流されるように普通のサラリーマンやOLになる−−−。

「やりたいことが見付かった奴は・・・幸せだよな。」

祐樹がしみじみとそう洩らし、私は大きく頷いた。

 しかし、自分のやりたいことが見付かったからといって、必ずそれを実現出来る

とは限らない。

 お金の問題、才能の問題、環境の問題−−−様々なしがらみで、自分のやりたい

こと−−−高尚な言い方をすれば夢−−−を、実現出来ずに終わることも多い。

 諦めずに頑張れば、いつか−−−なんてロマンチズムは、現実には通用しないの

だから。

 だからといって、最初から諦めろ、という親達も好きではないけど。

 最初から諦めるにしろ、自分のやりたいことを追い続け、結局挫折してしまうに

しろ、選ぶのは本人の自由だが−−−必ずしも選択が本人の意志の結果とも限らな

いのも、また現実。

 考えてることが高校生らしくない?

 言ったでしょ?私は3000年もの昔から転生を繰り返してきたんだって。

 精神年齢は、はっきり言ってそこらの大人よりずっと上かな。勿論、高校生らし

い部分も同居しているけど。

 まあ、その辺は転生体を味わったことの無い人に話してもしょうがないから、説

明は省かせてもらうけど。

 実は私も、やりたいことはあるの。それは、祐樹と一緒に、魔物や魔王と戦うこ

と−−−。

 私は戦闘好きではないし、血を見るのも、正直好きじゃない。

 でも、魔物や魔王と戦う時は、いつも祐樹と一緒にいられるという喜び−−−運

命を共にしているという実感があった。

 そして、助けた民衆から感謝される時の、例えようも無い充実感−−−。

 私を生み出した神の作為によるものかもしれないけど、とにかく良かった。

 でも、こればかりはいくら望んでも、現代日本では実現不可能だし・・・。

 もっとも、力が戻っていない今の私では、魔物や魔王と戦うことは出来ないか。

 ふと祐樹を見ると、彼も同じように悩んでいる。

「何か・・・結構真剣に悩んでるみたいね。」

私は考え込んでる祐樹の顔を覗き込み、そう聞いた。

 ま、人のこと言えないんだけど。

「そりゃまあ・・・一生の問題だからな。」

祐樹の返答に、私は頷いた。

「結局は悩んだ末答えが出ず・・・適当な大学に進学、ってことになりそう。」

「まったくだ。」

祐樹は私の意見に心から同意してくれたみたい。

 私達は学校へと急いだ。

 

 

 

「はよっ、唐沢。数学の宿題、見せてくれよ。」

「おはよー、深雪。英訳の宿題、見せて。」

U−Cの教室に登校した私達を、そう言って取り囲む数人のクラスメイト。

 いつもの朝の光景だ。

 私達をあてにして、全く宿題をやってこない人達も多い。

 ま、いいけどね。

 私達は無言で宿題のノートをクラスメイトに差し出すと、そのまま席に着いた。

 ちなみに、私と祐樹の席は隣同士なの。

「裕樹、後で私にも数学の宿題、見せて。」

私は祐樹にそう声を掛けた。

「なんだ、珍しいな。深雪も宿題忘れたのか?」

「ちゃんとやってきたよ。でも、どうしても一問だけ解らないとこがあるの。」

「ひょっとして、問5?」

「あ、やっぱり裕樹も難しかった?」

「実は、俺も解らなかった。」

「なんだ、裕樹も駄目だったの。」

「っていうか、あれ質問の内容がおかしいぜ。ひょっとして誤植じゃないの?」

「やっぱそう思う?私もそう思った。」

「取り敢えず、そこは先生に聞いた方が良いんじゃないか?どうせ解ける奴なんて

いないだろう・・・・し!?」

祐樹が突然、その場に倒れてしまった。

「裕樹!?」

 

 

 

 学校の保健室に運ばれた祐樹を、私は傍らで見守っていた。

 保健室の栗原先生は特に問題ない、たたの貧血だろうって言ってたけど・・・。

「ん・・・。」

倒れてから20分後、祐樹が目を覚ました。

「大丈夫?裕樹・・・。」

私は心から心配し、祐樹にそう尋ねる。

「・・・大丈夫だよ。」

「きゃっ!?」

祐樹は私の腕を掴むと、強引に引っ張り、横になっている自分の胸元へと、私の身

体を引き寄せた。

 そして私の顔を自分の顔に引き寄せ、私の唇を半ば強引に奪ってしまう。

「ん・・・。」

10秒ほどのちょっと長いキスの後、やっと祐樹は私を開放してくれた。

「もう、ばか・・・。」

私は内心嬉しかったけど、ちょっと怒ったようにそう言った。

 もっとも顔を真っ赤にしていたので、祐樹にはばればれだったかも。

「ごめんごめん。我慢出来なくて。」

祐樹はそう言って頭を掻く。

 そりゃあ、私もキスしてくれるのは正直ちょっと・・・いえ、かなり嬉しいけど

・・・。

「これなら、大丈夫みたいね。」

私は安心したように、祐樹に微笑みかけた。

 しかし、急に何やら考え込む祐樹。やっぱりどこか悪いのかな?

「本当に大丈夫?裕樹・・・。」

私は再び、祐樹にそう尋ねる。

「大丈夫大丈夫。今朝しっかり朝ご飯食わなかったからな。そのせいだろ。」

祐樹が笑顔でそう言ったので、私は取り敢えず納得することにした。

「ま、保健室の先生も特に問題はないって言ってたし・・・。でも、ホント身体に

は気を付けてよ。裕樹にもしものことがあったら私・・・。」

「ああ・・・分かってる。深雪を悲しませるようなことはしないよ。」

そんなラブラブムードの私達だったけど。

「起きたんならさっさと教室に戻りなさい!」

いつのまにか戻ってきていた保健室の栗原先生(勿論女性)が、そう怒鳴った。

「は、はい。」

「失礼します。」

私達はその場から逃げるように、教室へと急いだ。

 

 

 

放課後、私は担任の仲本先生に大量のコピー取りを頼まれ、祐樹と一緒に帰ること

が出来なかった。

 祐樹は待っててくれるって言ったけど、それも悪いので、私は一緒の帰宅を遠慮

することにしたの。

 ま、たまには一人ってのもいいし。

 ・・・それにしても。

 私は保健室での祐樹の強引なキスを思い出していた。

 あんなに強引に迫れるくせに・・・どうしていつも・・・。

 私と祐樹に、キス以上の肉体関係はない。

 そりゃあ、私は一応花の女子高生だし、それ以上の関係を自分から敢えて望まな

かったのは確かだけど。でも、求められれば拒む気はないし、キス以上までいきそ

うになったことも何度かある。

 でも・・・その度に祐樹は、ためらって身を引いていた。何故かな?

 最初は、私に遠慮しているか、祐樹に自信が無いのかと思った。

 でも、付き合って半年も経つのに、未だそんな状態というのは、健全な高校生と

としては不自然よね。祐樹は、高校生はプラトニックな付き合いでないと駄目って

タイプではないし。

 ・・・ひょっとして、私は祐樹に本気で愛されていないんじゃないか、と不安に

なることもある。

 祐樹に勇者としての記憶が戻っていないから?

 今までの転生では、こんな事は無かった。

 お互い同じ時代、場所に生まれ変わり、すぐに勇者として覚醒し、共に戦うこと

で、自然と結ばれていたから。

 今まで転生した異世界では、現代日本のような肉体関係の規制自体全く無かった

し、自然と子供もすぐに出来た。実際16歳で妊娠したこともある。

 前世の彼とは、出会ってから半年で結婚したし。

 まあ、現代の日本じゃそんなことは不可能だけど。

 ・・・祐樹に勇者としての記憶が戻るまで、待つしかないのか・・・。

 でも、もし戻らなかったら、私達はずっとこのままの関係・・・?

 別に肉体関係を望んでる訳じゃない−−−ううん、正直いえば望んでない訳じゃ

ないん・・・だけど、問題はそこじゃない。

 祐樹に本気で愛されてる、という証が欲しいのだ。

 祐樹に勇者としての記憶が戻るかどうかなんて関係ない。一人の男として、今の

私を本当に愛していれば、自然と私の全てを求めるはずだ−−−。

 

 

(祐樹パート)

 

 

「誕生日おめでとう、裕樹!」

深雪がそう言って、クラッカーを鳴らした。

 今日は俺の18歳の誕生日。しかも日曜日。

 深雪は俺の家に、プレゼントとケーキを持ってお祝いに来てくれた。

 ハッキリ言って、めちゃくちゃ嬉しい。

「ありがとう。やっぱ、彼女に誕生日を祝ってもらえるのっていいよな。」

俺はしみじみとそう言いながら、深雪が持って来てくれた甘さ控えめのチョコレー

トケーキにかぶりつく。

「その代わり、私の誕生日の時はよろしく。・・・まさか、私の誕生日、忘れてな

いよね?」

「んなわけないだろ。俺の誕生日の2週間後。きっちり覚えてるよ。」

つまり、一応暦の上では、俺の方がお兄さんなわけだ。

「それならよろしい。」

深雪は冗談めかしてそう言うと、自分もケーキに手を伸ばした。

「ところで・・・今日、おばさんと玲奈(れいな)ちゃんは?」

 おばさんというのは勿論、俺の母親のこと。

 玲奈は俺の3歳下の妹だ。そういう時期でもあるのだろうが、最近生意気になっ

てきて、俺も母さんも手を焼いている。

 父親は、俺が小さい頃離婚して、今はいない。

「うん?母さんは買い物に行ってるよ。俺の誕生日だから、夕食を豪勢に買い出す

って張り切ってた。玲奈は・・・多分、友達と東京の方に遊びに行ってるんじゃな

いかな?」

「じゃあ・・・今は私達以外、誰もいないのね。」

「そういうことになるかな。」

深雪が何故そんなことを聞くのか、俺は気付いてやれなかった。

「ねえ・・・祐樹。私の事好き?」

「うん?今更何言ってんだよ。」

「ちゃんと答えて。」

深雪にしては、妙に押しが強い。

「勿論、好きだよ。」

「本当に?」

「おいおい。嘘言ってどうすんだよ。」

「・・・それじゃあ。」

深雪はいきなり立ち上がると。

 おもむろに、着ているブラウスのボタンを外し始めた。

「ちょ、ちょっと深雪!?」

俺は思わず、後ずさった。

 いくら勇者の生まれ変わりとはいえ、その辺は普通の高校生の反応と大して変わ

らない。・・・ま、最近の高校生はそうでもないか。

「誕生日プレゼントに・・・私を受け取って。」

「な、なにどっかの漫画みたいなこと言ってんだよ!」

俺はハッキリ言って、情けないほどうろたえていた。

 彼女がここまで覚悟を決め、自分を捧げてくれるこの状況、本来なら喜んで受け

入れるべきだろう。

 だけど前も言ったように、深雪を抱こうとすると、前世での彼女を思い出してし

まう今、前世の彼女を忘れるか、深雪が勇者の記憶を取り戻すまで、キス以上は我

慢しよう、と心に決めているのだ俺は。

「深雪、無理しなくていいから・・・服を着ろよ。」

俺は既にブラウスを脱ぎ去り、スカートを脱ごうとしていた深雪に、そう言って脱

ぎ捨てたブラウスを差し出した。

「・・・・・・。」

深雪は無言で俺の顔をじっと見ると。

「私のこと・・・愛してないのね。」

ぼそりとそう呟いた。

「な、何言ってんだよ。そんな訳ないだろ!?」

「じゃあ、何で私を抱いてくれないの!?」

「それは・・・。」

俺は言い淀んだ。

 勇者の記憶が戻っていない深雪に、俺の事情を話したところで納得してもらえる

わけがない。

 いや、それどころか何ふざけたこと言ってるんだと怒るに違いない。

「うーーー。」

何も言えず、頭を抱えた俺を深雪はどう思ったのか。

 ブラウスを着直した深雪は。

「祐樹のばかあ!!」

そう言って、俺の家を飛び出して行った。

 俺はその時、全く解っていなかったんだ。深雪がどんな気持ちで、俺に抱かれよ

うとしたのか。

 

 

(深雪パート)

 

 

「誕生日おめでとう、裕樹!」

私はそう言って、クラッカーを鳴らした。

 今日は祐樹の18歳の誕生日。

 私は、プレゼントとケーキを持って、祐樹の家へお祝いに来たの。

 プレゼントは、これだけじゃないけど・・・。

「ありがとう。やっぱ、彼女に誕生日を祝ってもらえるのっていいよな。」

祐樹はしみじみとそう言いながら、私が持って来た甘さ控えめのチョコレートケー

キにかぶりつく。

 祐樹はどちらかというと辛党なの。

「その代わり、私の誕生日の時はよろしく。・・・まさか、私の誕生日、忘れてな

いよね?」

「んなわけないだろ。俺の誕生日の2週間後。きっちり覚えてるよ。」

「それならよろしい。」

私は冗談めかしてそう言うと、自分もケーキに手を伸ばした。

「ところで・・・今日、おばさんと玲奈(れいな)ちゃんは?」

 おばさんというのは勿論、祐樹の母親のこと。

 玲奈ちゃんは祐樹の3歳下の妹。依然は良くなついてくれたのに、最近は年頃の

せいか、友達と遊んでばかりで、私のことはお構い無しだ。

 祐樹の父親は、祐樹が小さい頃離婚して、今はいない。

 昔何度か顔を会わせたことあるが、さすがに今となっては顔を覚えていない。

「うん?母さんは買い物に行ってるよ。俺の誕生日だから、夕食を豪勢に買い出す

って張り切ってた。玲奈は・・・多分、友達と東京の方に遊びに行ってるんじゃな

いかな?」

「じゃあ・・・今は私達以外、誰もいないのね。」

「そういうことになるかな。」

祐樹の返答に私は緊張し、どうしても確かめたかったことを尋ねてみた。

「ねえ・・・祐樹。私の事好き?」

「うん?今更何言ってんだよ。」

「ちゃんと答えて。」

今日だけは、ここで引く訳にはいかなかった。

「勿論、好きだよ。」

「本当に?」

「おいおい。嘘言ってどうすんだよ。」

「・・・それじゃあ。」

祐樹の返答に私は覚悟を決めると、立ち上がり、着ているブラウスのボタンを外し

始める。

「ちょ、ちょっと深雪!?」

祐樹は慌てて後ずさった。

 祐樹のその態度に内心ムッとしたけど、私は続けてボタンを外す。

「誕生日プレゼントに・・・私を受け取って。」

「な、なにどっかの漫画みたいなこと言ってんだよ!」

祐樹はハッキリ言って、情けないほどうろたえている。

 ・・・なによ、そんなに嫌なの?私が覚悟を決め、ここまでやってるっていうの

に、私を受け入れてはくれないの?

「深雪、無理しなくていいから・・・服を着ろよ。」

祐樹はそう言って、既にブラウスを脱ぎ去り、スカートを脱ごうとしていた私に、

脱ぎ捨てたブラウスを差し出す。

 ・・・やっぱり、そうなんだ。祐樹は私のこと・・・。

「私のこと・・・愛してないのね。」

私は認めたくなかったその一言を口にした。

「な、何言ってんだよ。そんな訳ないだろ!?」

「じゃあ、何で私を抱いてくれないの!?」

「それは・・・。」

祐樹が言い淀んでいる。

 ハッキリ言ってくれれば、まだ諦めがつくのに。

「うーーー。」

何も言えず、頭を抱えだした祐樹。

 ・・・もういい。

 ブラウスを着直した私は。

「祐樹のばかあ!!」

そう言って、祐樹の家を飛び出して行った。

 私は心の中で、祐樹にサヨナラを言った。

 

 

(祐樹パート)

 

 

・・・畜生、どうすりゃ良いんだ。

 俺は頭を抱えた。

 誕生日以来4日間、全く深雪と口を聞いていない。

 いや、それどころか顔すらまともに合わせていないのだ。

 当然、朝一緒に登校したり、放課後一緒に帰ることはなくなり、ハッキリ言って

俺らの仲は、危機的状況だ。

 原因は分かっているし、悪いのも自分だと言うことは、重々分かっている。

 あの誕生日の日・・・。俺は深雪を抱くべきだったんだ。

 深雪があの時どんな気持ちであんなことをしたのか・・・今となってやっと分か

った。

 俺の事情なんてどうでもいい。

 あそこで俺が深雪を抱いてやれば・・・全ては上手くいったんだ。

 しかし今更、過ぎた事を考えてもどうにもならない。

 今、どうするのかが問題だ。

 しかし・・・幾多の転生を繰り返し、どんな困難も乗り越えてきた勇者であるは

ずの俺も、今回のような状況は初めて。

 ハッキリ言って、この4日間何も良い考えが浮かばない・・・。

 いっそ本当のこと−−−自分と深雪が実は勇者の生まれ変わりであることを話そ

うかとも思ったが、止めておいた。

 ふざけないで、と余計に溝が開くのが落ちだ。

 謝って済む問題じゃないしな・・・。

 

 

(深雪パート)

 

 

祐樹の誕生日以来4日間、全く祐樹と口を聞いていない。

 というか、顔すらまともに合わせていない。

 当然、朝一緒に登校したり、放課後一緒に帰ることはなくなり、ハッキリ言って

私達の仲は、危機的状況。

 でも、どうしようもない。

 あの誕生日の日・・・。祐樹は私を愛していないことを知ったから。

 おそらく祐樹は、告白してくれた幼なじみに同情して、付き合ってくれたのね。

 別に私の事が嫌いな訳ではないだろうけど、1人の女として私が好きな訳でもな

い。

 ・・・祐樹に勇者としての記憶が戻っていれば、こんなことにはならなかったの

かしら?

 でもそうだとすると、私達は運命共同体だからとかは関係なく、単純にお互い惹

かれ合っていたからこそ、恋人同士になっていたと思ったのは、私の独り芝居だっ

たの?

 今回の転生で私が祐樹に惹かれたのは、今回の転生体が幼なじみの深雪だったか

らで、今までの転生で結ばれていたのは、神の手による作為だったの?

 ・・・分からない。分かったところで、事実は変わらない。

 もう私と祐樹はお終いなんだという事実は。

 

 

(祐樹パート)

 

 

俺の誕生日から丁度10日。

 俺と深雪がどうやら険悪な状態らしいと周りの皆も気付き始めた。

 10日もろくに口を聞かなきゃ、そりゃばれるだろう。

 今がチャンスとばかりに、俺と深雪にアピールしてくる奴等もいる。

 勿論その気はないので、その都度丁重に断ったが。

 深雪も、今のところ俺と同じように丁重に断っていたが、このまま俺達の険悪な

状態が続けばどうなるか分からない。

 4日後は深雪の誕生日だし、それまでに何とかしたいんだが・・・。

 

 

(深雪パート)

 

 

祐樹の誕生日から丁度10日。

 私と祐樹がどうやら険悪な状態らしいと周りの皆も気付き始めた。

 10日もろくに口を聞かなきゃ、当然よね。

 そのせいか、最近私と祐樹にアピールしてくる人達が増えた。

 勿論その気はないので、その都度丁重に断ったけど。

 でも、祐樹とはどうせもう終わりなんだし、いっそ他の人と付き合ってみようか

とも思う今日この頃。

 何にしても4日後の私の誕生日、淋しいバースデーになりそう・・・。

 

 

(祐樹パート)

 

 

今日は深雪の誕生日。

 俺は腹を括った。

 本当の事を話そう。自分と深雪が実は勇者の生まれ変わりであると。

 勿論、信じてくれる可能性はゼロに近い。

 でも、このまま終わってしまうぐらいなら、足掻いてみようと思う。

 それで駄目ならしょうがない。

 俺はそう決心して、深雪の家へと向かっているところだった。

 

 ・・・・・・?

 

 俺は不思議な気配を感じた。

 懐かしい、そして現代日本にはそぐわない奇妙な気配。

 

 ・・・まさか。そんなバカな・・・。

 

 それは、今までの異世界での転生では、良く知っていたはずの気配。

 そして現代日本に転生してからは、一度も感じなかったはずの気配。

 

 ・・・こっちか。

 

 俺はその気配が、近くの公園から漂ってくることを確認した。

 

 ・・・ほうっておくわけにもいかないな。

 

 俺は心の中でそう自分に言い聞かせると、公園へと向かった。

 

 

(深雪パート)

 

 

今日は私の誕生日。

 でも、祝ってくれるはずだった裕樹はいない。

 夜になれば、両親がご馳走とプレゼントを用意してくれると思うけど。

 

 ・・・・・・そうだ。せっかくだからファンシー菓房のケーキを買ってこよう。

 あそこのザッハトルテが絶品なのよね。

 

 私は寂しさを紛らわせるため、ケーキを買いに行くことにした。

 

 

(祐樹パート)

 

 

 おいおい・・・嘘だろ?

 

公園に到着した俺は、愕然とした。

 おそらく日曜の昼下がりに近くの団地から遊びに来たのであろう親子の死体が、

辺りに無惨に散乱している。

 まだ生きている者達は、腰を抜かしながら、必死にそいつから逃げようとしてい

た。

 −−−そう。

 そこには、俺の感じた得体の知れない気配の正体の持ち主−−−三頭の蒼毛の狼

:ケルベロスがいた。

 体長は5メートルはあるだろう。

 

 覚悟はしていたが・・・まさか本当にいるとはな・・・

 

 俺は現代日本にそぐわないその非常識な光景に、しばし見とれていた。

 

 しかし・・・真昼間からこれだけ堂々と出現していれば、いいかげん警官の1人

 や2人、来そうなもんだが・・・。

 

 俺がそう思って辺りを見回すと。

 親子の死体に混じって、警官の制服を着た3〜4体の死体が目に入った。

 

 なるほど・・・既に第一陣は全滅って訳か。

 

 第二陣が来るまでは、まだしばらく時間がかかるだろう。

 来たところで、ケルベロスを止められるとは思えないが・・・。

 と、ケルベロスの奴が、俺に狙いを定めた。

 雄叫びを上げて鋭い爪で攻撃してくるケルベロスを、俺は間一髪かわした−−−

と思った。

 

 −−−ちっ!

 

 ケルベロスの爪が、俺の胸を切り裂いた。

 多少なりとも避けたので、深くはなかったが−−−。

 

 やはり・・・力は完全には戻っていないって訳か・・・

 

 俺は歯噛みした。

 相手がゴブリンやオーク程度のDクラスなら、今の俺でも十分勝てるだろう。

 しかしケルベロスはBクラス。そんな雑魚とは格が違う。

 しかもなまじ頭に戦いの記憶が残っているため、身体が勝手に避けられると判断

してしまうのが厄介だ。

 とはいえ、ケルベロスはまさか避けられるとは思わなかったのだろう。

 俺を警戒し、第2撃をすぐには出してこなかった。

 

 −−−剣を出すか

 

 俺は右手に気を集中し、剣をイメージした。

 程無くして、気で具現化した剣が右手に現れる。

 勇者のみが持つ剣:グラディウスだ。

「貴様、何者・・・。」

剣を具現化させた俺を見て、ケルベロスが訝しげに尋ねてきた。

「さてね。」

俺は敵に説明してやる程お人好しではないので、そうはぐらかす。

「まあ、いい・・・。邪魔する奴は殺すだけだ。」

ケルベロスはそう言って、再び俺に襲い掛かって来た。

 鋭い両腕の爪を振り回し、攻撃してくるケルベロス。

 俺は剣を使い、紙一重でその攻撃をかわしつづける。

 そして一瞬の隙を突いてケルベロスの背後に回った俺は、攻撃呪文を唱えた。

「スレイ・ド・ディー・エン・ジャー 火炎華爆(フレイド)!」

俺の手から、炎の玉がケルベロスに向かって放たれる。

「よし!」

炎の玉を食らってひるんだところに、グラディウスを叩き込むつもりだった。

 しかし−−−。

 

 −−−なに!?

 

耐火壁を張って炎の玉を防いだケルベロスが、俺の懐に飛び込んで来る。

 グラディウスを叩き込もうと剣を振り上げていた俺の胸から腹にかけては、完全

に、無防備状態だった。

 

 

(深雪パート)

 

 

「裕樹!?」

ケーキを買いに出てすぐ奇妙な気配を感じた私は、公園へと駆けつけた。

 力が戻ってなくても、気配を感じることぐらいは出来るの。

 そして公園に駆けつけた途端目に飛び込んで来たのは−−−魔法を放った裕樹が

ケルベロスの鋭い爪で吹き飛ばされた姿だった。

「裕樹!」

 私は吹き飛ばされた裕樹の下に駆け寄った。

 裕樹の胸から腹にかけてはザックリと切り裂かれ、ひどい出血だ。

 はっきり言って致命傷・・・。

「裕樹、しっかりして!」

何で裕樹が魔法を使えたのかという疑問はあるけど、今は取り敢えず命の心配が先

決だわ。

 でも、どうしよう・・・。今の私に、治癒魔法は使えないし・・・。

「深雪、バカ・・・。早くこの場から逃げろ。」

裕樹が息も絶え絶えに、私にそう勧めた。

 バカ、そんなこと出来る訳ないじゃない・・・。

「う・・・ごほっ!」

裕樹が、口から血を吐いた。

 どうやら傷は、肺まで達しているみたい・・・。

「しっかりしてよ、裕樹!あなたは伝説の勇者でしょ!?こんなことで死んでどう

するの!」

私の意外な言葉に、一瞬目を見開く裕樹。

 しかし叱咤の効果もそこまでで、裕樹の意識が次第に遠のいていく。

「・・・やだ!死なないで!私を置いて逝かないでよ、裕樹!あなたが死んだら・

・・私が生きてる意味なんてないのよ!」

必死に呼びかける私。

 その時だった。

 

 −−−目覚めの時だ。

 

 誰かが、頭の中でそう囁いた。

 

 −−−今のは。

 

 私はその言葉を信じ、呪文を唱える。

「シャク・ル・ヴァイ・メイ・ディー・フォ 聖精包潤(ヴァティラ)!」

私の手から凄まじい光が湧き出し、裕樹を包みこんだ。

 

 

(祐樹パート)

 

 

 暖かい光を感じ、俺は目を覚ました。

 深雪の手から放たれる凄まじい光量が、俺を包みこんでいる。

 そして傷口が、どんどん塞がっていく。

 

 −−−深雪、お前まさか記憶が・・・。

 

 その時だった。

 

 −−−目覚めの時だ。

 

 誰かが、頭の中でそう囁いた。

 

 −−−今のは。

 

 深雪の魔法によりすっかり傷口が塞がった俺は、ケルベロスを睨み付け、呪文を

唱えた。

「イン・ディー・バ・ボル・シェイ・ド 雷来召還(ヴォルガ)!」

凄まじい雷光がケルベロスを直撃し、ケルベロスは光の中で消滅した。

 

 

(裕樹&深雪パート)

 

 

「全く・・・お互い記憶が戻ってたのに、それに気付かなかったなんて・・・。ホ

ント、間抜けな話だ。」

俺はそう吐き捨て、深雪の顔を見た。

 あの後、騒ぎにならない内に公園を抜け出した俺達は、お互いの誤解を解くよう

に、全てを話した。

 話し終えた瞬間、お互いのつまらない行き違いに、思わず2人して笑ったっけ。

「私の場合、力が戻ったのはついさっきのことだけど。」

私はそう言って、裕樹の顔を見た。

 お互いの顔を見合わせ、またも思わず笑ってしまう俺達。

 お互いの顔を見合わせ、またも思わず笑ってしまう私達。

「深雪・・・愛してる。」

俺は人が聞いたら恥ずかしくなるような台詞を、真面目な顔で言った。

 約3000年もの付き合いだ。今更恥ずかしがるような仲ではない。

「うん。」

聞き慣れていたはずの、でもずっと待っていた言葉に、私は素直に頷き、キスで返

した。

 

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

 

 しかし、話はこれで終わりではなかった。

 どうやら俺が倒したあのケルベロスは、先遣隊だったらしい。

 ケルベロスの出現から約1ヵ月後、大魔王を筆頭に約1000体もの魔物が、現

代日本に蘇ったのだ。

「・・・行くか、深雪。」

「ええ。」

裕樹の言葉に頷き、私は戦う決意を固める。

 まさか現代日本で魔物と戦うことになるとは思わなかったけど、期せずして私と

裕樹の勇者コンビは復活することになった。

 おそらく神様は、この事態を予期して、私と裕樹を現代日本に転生させたのだろ

う。

 え?戦いの結果はどうなったのかって?

 

 決まってるだろう?

 俺達は無敵の勇者だぜ!!

 

 決まってるでしょ?

 私達は無敵の勇者なの!!

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