僕のものになればいいのに。



 竜のいない竜騎士なんてきいたことなかったし、いるはずもなかった。
同様に竜騎士のついていない竜だって、いるはずがなかった。
いるはずのない竜を探して旅をする。
というよりは、竜のいない自分に居場所はなかったのだ。
フッチは軽くため息をつくと、じぶんの右側にあるカゴをみた。

「ブライト…。」

 カゴのなかにいる小さな竜の頭をなでる。そう。
いるはずのなかった竜がいたのだ。
いや、正確にはまだブライトが竜だと決まったわけではないのだが。
ブライトはかわいいし、気がきくし、自分の心の支えになってくれている。
そして、とても…愛しかった。

 それなのにこの胸のつかえは何なのだろうか?
ブライトを見るたびにブラックを思いだし、自分の旅の理由を思い出す。
今度は自分の右側で寝ているハンフリーを見る。
ずっと聞けない事があった。
そのことで…同盟軍にきてから眠れない夜が続いている。

「フッチ…?」

 眠っていると思っていたハンフリーに声をかけられてビックリする。
「眠れないのか?」
ハンフリーの手が、軽くフッチの腕におかれる。
胸が切なかった。
わけのわからない切なさで胸が苦しくなる。
「ハンフリーさん…。抱きついてもいいですか?」
一瞬ハンフリーの目が驚いたように見開かれたのに気づいたけれど、
フッチはただじっとハンフリーの目を見つめていた。
「…あぁ。」
ハンフリーが広げた左腕の中に、すっぽりと埋まるように抱きつく。
大好きな胸に頬をすりよせた後に顔を上げると、
「ハンフリーさん…。キス…して下さい。」
今にも消えそうなか細い声でつぶやくようにお願いする。
ハンフリーの目が宙をさまよったあと、フッチの真剣な瞳を見つめる。
軽く鼻の頭を掻いた後、ハンフリーはそっとフッチの額に口付けた。
次についばむように軽く唇に口付けると、フッチの頭を自分の胸に押し当てた。
(あ…テレてる…。)
フッチは口元を緩めるとゆっくりと目をつぶった。
ハンフリーの鼓動が心地よく響く。
寝息をたてはじめたフッチを包み込むように抱きしめると、
ハンフリーのゆっくりとまぶたを閉じた。





「ハンフリーまだ戻らなくていいのか?」

 酒飲み友達でもあるビクトールの言葉に、ジョッキを持つ手を
一瞬止めてからビールを飲み干す。
同盟軍に参加してから、ずっとフッチはあの調子なのだ。
なんとなくだが理由はわかっている。
フッチが何を迷い、何に恐れているのか。
それでもこのことに関しては、フッチの一生にかかわることだし、
自分のわがままでフッチを手元においておくわけにもいかない。
どうしようもないのだ。自分には。
ただじっとフッチが自分で決めるまで待っていようと思った。

「俺は…卑怯なのか…。いや、逃げているのか………。」
「ぶほっ!?」

 ハンフリーのつぶやきにビクトールが思いきりビールを吹き出す。
フリックはゆっくりとそれをフキンで拭きながらハンフリーの方を見る。

「逃げる?お前が?何に?」
フリックとビクトールのわからないといった顔に、ハンフリーは
苦笑するとビールを飲み干した。
「恐れているのだろうな…。」
空になったジョッキを見つめてつぶやく。
おそらく自分はフッチの口から『竜洞に戻る。』と、
『今までありがとう』と…、別れの言葉を聞くのが怖いのだ。
だからフッチのいるあの部屋に戻りたくないのだ。
だから自分からは切り出せないのだ。
フッチにあってから自分はずいぶん変わったものだ。
そしてフッチ自身も変わったところがある。
自分で自分に驚きながら、そしてその自分を良いことだと思う。
フッチが変えてくれた自分と、フッチを変えた自分。
フッチがいなくなったら自分はどうなるのだろうか。
フッチにとって、新しい竜が見つかり竜洞に戻ることが一番良いことだと…
わかっている分その日がいつかくることは否定できない。

「………。」
「………。」
「……あぁ…。」

 静まり返ったその空間を最初に破ったのはビクトールだった。
「ハンフリーお前さぁー。」
ハンフリーのジョッキにビールをつぎながらビクトールは頬杖をすると、
いつものニカッとした笑い顔になる。
「もっと信じろよ。」
フリックが困惑した顔つきでビクトールを見返しながら飲みかけのビールを口にする。
「フッチは別に…。ブラックを失った悲しみやさみしさ。とか、
お前に捨てられたくなくて。とかでお前に惚れたわけでも、抱かれたわけじゃないと思うぜ。」
「ぶほっ!?」
ビクトールの言葉に今度はフリックが吹き出す。
「抱か…って、お前らいつの間にっ…!?」
「………。」
「二人でいた期間を…フッチを、信じるんだな。」
がははと笑いながらビクトールがビールを飲み干す。
ハンフリーは再びジョッキに目を移した。
「ビクトールが恋愛を語るとめまいがしそうだ…。」
眉間にしわを寄せて頭を押さえたフリックの肩を、ビクトールはがしりと掴んで引き寄せる。
「二人でいた期間は大事だよな〜?」
「ばっ……!!」
ビクトールの意地悪そうな、勝ち誇ったような目つきにフリックは真っ赤になって言葉を失う。
いつものように豪快な笑顔を見せる戦友と、真っ赤になって紋章を掲げようとする
戦友を交互に見た後、ハンフリーはゆっくりとビールを飲み干した。