G・K・チェスタトンにおける探偵小説の地平

 結語

 法月綸太郎は、柄谷行人を援用しつつ、二十世紀初頭の形式化運動の一環として「本格推理小説」誕生を捉えている(1)。こうした形式化運動を支えていたパトスは、一切の意味を欠いた項と項との形式的関係に依拠することで欺瞞に満ちた市民社会的秩序を完膚無きまでに破壊したいという願望と、むしろ無意味な抽象の中にこそリアルがあるという感覚であった。この意味では、本格ミステリという文学形式もまた、虚無の中で新しい美を見いだそうとするモダニズム運動の、ひとつの文化的所産であったと言える。
 ここで本格ミステリ成立の精神史的背景にまで筆を進める余裕はないが、少なくとも、チェスタトンの探偵小説が時代と格闘する模索の中から形成されたということは、本稿で明らかにできたのではないかと思う。チェスタトン・ミステリがどのようにフォロワーたち(代表格がジョン・ディクスン・カーである)に受容され、本格ミステリというジャンル形成に寄与したのかについては今後の検討課題である。
 混沌とした現実を一瞬でおとぎ話に変えることができるのは、夜の夢を紡ぎ出す精神の強靱さである。チェスタトンは、悪夢を楽しい夢に変えて、日々、新しい意味を創造しつつ生きていく人間の力を信頼していた。実際の社会改革に結びつかないこうした観念論的発想によって、従来、チェスタトンは保守主義者と見なされてきたし、実際、現実政治の場において、彼は筋金入りの愛国者であり伝統を愛する英国紳士であった。しかし、本来、モダニズム芸術の根本は観念の飛翔に身を任せる点にあったことを思えば(例えば、「純粋にして永遠なる芸術性」を唱えたカンディンスキーは、芸術に政治的目的を負わせることを痛烈に批判している)、チェスタトンの中にモダニズムの刻印を認めることは容易である。探偵小説がその草創期において、理性への素朴な信頼ではなく、むしろ不信を背景に生み出されたということは、非常に重要である。


註.
(1)法月綸太郎「初期クィーン論」『現代思想』1995年2月号、149-171頁。


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