諺と格言の社会学
Every man has his price.(だれにも賄賂は効くものだ)
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"Every man has his price." 直訳すれば、「人に
は皆値段がある」となる。しかし、この格言は、英和
辞典では「買収できない人はいない」とか「だれにも
賄賂は効くものだ」と訳されている。このように訳さ
れるようになった理由は簡単に想像がつくと思う。
人には値段がある。その値段の金額を出せば、そ
の人を買うことができる。したがって、それ相当な賄
賂を贈れば、人は買収に応じるのである。しかし、
人に値段がある、だれにも賄賂は効くとは、聞き捨
てならない格言であるが、腹を立てずに、格言の内
包する社会学的な意味を考えてみたい。
この言葉を最初に使ったのは英国の首相であっ
たサー・ロバート・ウォルポール(1676-1745)であったと言われている。彼は政治の
座を貴族中心の上院から下院に移し、22年間の長期の政権を担当した。彼の長
期政権は、彼の編み出した新しい議会操縦法によるところが大きいと言われる。
それは「買収」という方法であった。彼は党内の批判的な連中を黙らせるために、
現ナマを使った。彼の頭の中には、うるさい連中を黙らせるために「誰にどれだけ
の現金を払えばいいか」という値段表ができており、その値段表に従って賄賂を
贈り、議会で自己の欲する法案を通過させた。その経験から、「人には値段があ
り」、その値段を払えば、「人はその節操を売り」、こちらの思う通りに動いてくれる
という確信をウォルポールは得たのである。しかし、もちろん、少数であったが、お
金より政治理念(正義)を価値あると考える人には賄賂は効かなかったと言う。ウ
ォルポールは使わなかったようであるが、現ナマではなく、大臣などの椅子の提供
によっても、「買収」できたであろう。
行動を研究する者にとって特に関心のあることは、ウォルポールがその値段
表をどのようにして作成したかである。しかも、当人たちの納得のいく公正な値段
表をどのようにして作ったかである。多分、家柄、年齢、在職年数、政治家として
の業績などの、いわゆる公認の地位次元のそれぞれに沿って評価し、その評価
を総合して、その人の値段を決めたであろう。例えば、家柄でも年齢でも在職年
数でも政治的業績でも最高評価を得た人には最高の値段をつけ、そして、ウォル
ポールは最高額の賄賂を贈たであろう。もし間違ってそれより少ない賄賂を贈っ
て買収しようとすれば、それはその人を不当に低く評価し、侮辱したことになり、ホ
ーマンズの定式化した《攻撃是認命題》より、その人の怒りと、攻撃的な行動を呼
び、逆効果をもたらすことになろう。公正な値段をつけることが重要となる。しか
し、家柄は低く、年齢は中年で、在職年数は中程度で、業績は高い人の値段を決
めることは難しいであろう。こんな時は、奮発して多目の賄賂を贈ってやるといい
かもしれない。身に余る賄賂を得た人は、《攻撃是認命題》に従って、嬉々として
買収に応じ、過剰な忠誠を見せるであろう。ここで言う値段とは、その人の国会に
おける地位の高さを意味するであろう。
話は現代に飛ぶが、この格言を示唆する、こんな川柳がある。
ローン借りて自分の値段を知らされる
人は住宅などローンを借りに銀行に行ったとき、「お宅様には、これだけのロー
ンがお組できます」と言われて、自分に対する世間の評価(すなわち、自分の値
段)はこの程度かと思いしらされる。大学生は就職したときの初任給で自分の値
段を知らされる。その値段とはその社会におけるその人の地位の高さを意味する
であろう。
ウォルポールの使用によって有名になった、Every man has his price. という
格言は、人間社会における地位分化や不平等に言及した重要な社会学的な経験
則である。
この経験則を説明することが、すなわち、なぜ人に値段が付けられるのか、な
ぜ人々の間に地位の分化が起こるかを説明することが社会学の仕事である。
参考文献
1 渡辺昇一『腐敗の時代』 文芸春秋社 1977.
2 『平成サラリーマン川柳傑作集』 第1巻 講談社 1991.
3 拙著『交換の社会学』 世界思想社 2005.第7章「地位体系」、 第9章「分配の
公正さ」。
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インバスケット
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