諺と格言の社会学


Familiarity breeds contempt.(慣れすぎは侮りを生む)

 マーク・トウェイン ユーモアの名人マーク・トウェイン(Mark Twain 1835-1910)は、この諺に一言加えて、「親しさはそれが昂じると軽蔑を生む、そして、子供 も」(Familiarity breeds contempt - and children.)と言った。し かし、親しさが軽蔑と子供を生むと言っても、それらは同時で はないと思う。社会学に、「相互作用すればするほど、それだ けお互いに好意を持つようになる」という知見がある。したが って、当初は、親しさが好意を産み、そして愛を生み、その結 果として、子供を生むであろう。子供は愛の結晶である。しか し、子供が生まれ、夫婦生活も長くなり、馴れ親しむと、お互いに飽き飽きし、倦怠 感も生じ、そして、お互いに疎ましくなるであろう。「畳と女房(あるいは亭主)は新 しいほどいい」のである。この時点で、親しさが軽蔑を生んでも、多分、子供は生 まれないであろう。(こんな社会学的な理屈を言って、マーク・トウェインのユーモア を台無しにして申し訳ない)。

 ところが、彼のこの『ちょっと面白い話』を受けて、パン ダ飼育の専門家は、「パンダにとっては、親しさはそれ が昂じると軽蔑を生むが、子供は生まない」(For  pandas, familiarity breeds contempt, not cubs. )と述べ ている。パンダは生まれつき孤独な動物であり、あまり にも慣れ親しむとオスの繁殖への関心が減退すると言 われている。そこで、飼育の専門家は、普段はパンダを別々に生活をさせ、繁殖 期を迎えたときに、一緒にさせるそうである。(このパンダの生き方は私たち人間 にとっても一考に値するかもしれない。「亭主元気で留守がいい」にも一理ありそ う)。

 この諺の一般的な意味は、互いに慣れ親しんでくると、お互いに飽き飽きし、お 互いのかつての魅力も色あせ、反面、欠点の方が気になり、軽蔑するようになる ということである。多分、私たちの一般命題である《剥奪飽和命題》が大きく作用し ていると言えるであろう。

 ところが、地位が高くリーダーシップを発揮している人々、例えば、船長や社長 や学長やスポーツの監督などのリーダーと言われる人々がこの諺を口にすること を多く耳にする。ここでは、この諺はリーダーシップ論と関係してくる。
 
 私の社会学の師 ジョージ.C.ホーマンズはボストン・ブラーミンという上流階級の家庭に生まれた。ボストン・ブラーミ ンにはノブレス・オブリージュ(位高ければ徳高きを要する) という規範があった。その規範に従って、彼の父は第一次 戦争が勃発すると、仕事も家庭も棄てて、志願し、ヨーロッ パ戦線に従軍した。息子ジョージも、この規範に従って、第 二次大戦が始まると、やっと手に入れたハーバードの講師のポジションを棄てて、 志願し、小さな戦艦の船長として戦線に出た。ジョージ・ホーマンズは、この小さな 戦艦の船長として、「親しさは軽蔑を生む」という諺を心に留め、孤高に耐えながら 指揮をとったと回顧している。
  
 リーダーとは集団目標を達成するために、集団成員に命令や指示を下す人であ る。命令や指示されることは、成員にとって、自由を奪われることであり、強制され ることである。また、その命令に従って行為しても、間違えば罰せられる。正しく服 従しても、報酬はすぐには来ない。そこで、成員はそのようなリーダーを避けようと する。その結果、リーダーは孤独になる。このような事実が繰り返されると、リーダ ーは孤独であることが当然であり、いかに孤独が淋しくつらいことであっても,リー ダーたる者はその孤独に耐えることが期待される。また、リーダーは成員間の争 いがあれば正しく解決し、また、成員の扱いにおいて公平であることが期待され る。
 多くの人々がリーダへのこのような期待を抱くようになっているとき、もしリーダー が部下と慣れ親しめばどのようなことが起こるであろうか。リーダーが孤独に耐え られなくなって成員と親しくしたとしても、また、権威主義を嫌い民主主義的な信念 からそうしたとしても、成員には、彼が孤独に耐えられないひ弱なリーダあると写 り、あるいは、一部の部下をえこひいきするフェアでないリーダーであると写るであ ろう。彼の部下と慣れ親しむ行為は、部下から見れば、期待を裏切る行為であ る。攻撃是認命題より、部下はそのようなリーダーに腹を立て、落胆し、軽蔑する ようになり、さらには、命令に服従しなくなるであろう。
 このことを知っている賢明なリーダーは、孤独に耐え、部下との温かい人間関係 を敢えて断ち切ろうとするであろう。そして彼は自分に言い聞かせる。「親しさは軽 蔑を生む」と。そして、目標を達成するためにも孤独に耐えねばと決意する。
 アメリカでの調査では、部下と仲良くしているリーダーの統率する集団より、孤独 に耐えているリーダーの統率する集団の方が、集団目標の達成において、集団 の生産性において優れていることが実証されている。

 栄光の椅子の代価は孤独である。

参考文献

  マーク・トウェイン(大久保博編訳) 1980 『ちょっと面白い話』 旺文社文庫 83頁
  G.C. Homans, 1974、Social Behavior, Harcout Brase Javanovich. 
    (橋本茂訳 『社会行動』 誠信書房 1978 第12章 リーダーシップ)
       1984,  Coming to My Senses : The Autobiography of a Sociologist
  Transaction books. 
  橋本茂  2005 『交換の社会学』 世界思想社 10章 リーダーシップ 




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