第二十四話 対決!バレンタインデー!


 街にはちらちらと雪が降りはじめ、往来はうっすらと白く染まりつつあった。
 恋人たちで埋め尽くされた大通りから離れた小さな公園。
「たかし君、はい。これ」
 女は頬を紅に染めながら、後ろ手に隠していたチョコレートを手渡す。
「えっ?俺に?」
 たかしは驚きの色を隠せない。憧れの、あの娘が俺にチョコを……?
「手作りだからあんまり形がよくないかもしれないけど……」
「でも、一生懸命作ってくれたんだろ?ありがとう、喜んでいただくよ」
「たかしくん……」
「マネージャー………」
 見つめ会う二人の顔はやがてその距離を縮めていき……

「宇宙パァァァァンチ!」

 気合とともに放たれた正拳は、テレビのブラウン管を木端微塵に破壊し、逆流した電流は奥州天龍会の首領 笹瓦邦彦のときめきメモリアルのクリア寸前のデータを完全消滅させ、彼を再起不能に追いやりつつ組を壊滅させた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 宇宙番長は荒く息をつく。
 忌まわしい。宇宙番長にとって全てが忌まわしかった。
 人間には、二種類ある。
 それは、バレンタインにチョコレートを貰える者と貰えない者である。
 東京都世田谷区に住む、宇宙番長もその一人であった。
 すなわち、チョコを貰ったことがないのである。それは隣に引っ越してきた美人のOLの陽子さんにも貰ったことがないのだった。
「こんな理不尽が許されていいのか……」
 挫折感と敗北感に打ちのめされつつ、宇宙番長は息を吐いた。
「この、宇宙最強となった俺様がチョコを貰ったことがないとは……!」
 しかし、宇宙番長はその考えを振り払う。
「いや……そんな筈はない。やつらは踊らされているのだ、全国菓子店舗連合(仮名)に!
  フ、そうか。ということは、俺は賢い消費者というわけだな…………フ、フフ、フハフハハハハハハ!」

 宇宙番長は哄笑を上げる。
 しかし、次の瞬間一層強い敗北感に打ちのめされた。
「虚しい……なんだ、この心をおおいつくすような敗北感は……」
 宇宙番長のビッグバン的宇宙頭脳はその答えを探し、一秒間に約1.2回の推論処理を行った末、ある一つの答えにたどり着いた。
 それは聖バレンタインを讃えるはずのこの日を、不埒な若者どもが勝手に解釈し、全国菓子店舗連合(仮名)に踊らされることによって発生した流行の波に乗り遅れたことによる敗北感であり、論理的に解釈してその感覚は理不尽極まりなく、すなわち宇宙番長は敗北してなどいない、というものである。
 宇宙番長は決意した。
 この理不尽な敗北感を与えた世間の若者に正義の鉄槌を下し、聖バレンタインデーがいかなるものか支配者である彼が天下に知らしめるべきであると。
 宇宙番長は若者の街、渋谷へと向かった。
 迷惑なことに。

「ねーチョコとか上げたー?」
「えーホワイトデーに返すんならっていう約束であげたよー」
「それってひどくないー?」
「どうせ義理だしー」

「ミ・ラ・ク・ル・怪光線!」

 突如発せられた虹色の光線は、悪の女子高生を粉砕した。
 何も女の子に、という人もいるかもしれないが、宇宙番長は男女差別をしないのである。いわゆる国際派だ。
「ひどい……」
「いくらなんでもそこまで……」
「やりすぎだろう」
 周りに人だかりが出来、宇宙番長に非難の声が上がる。
 宇宙番長は一言いった。
「国賊に男女の区別、無し!」
「ハハハハハ!愚かなり、宇宙番長!」
  頭上から高笑いが響く。
「誰だ!」
「あそこだ!」
  やたらに乗りのいい一般市民。
 その指は小さなビルを指していた。
 屋上の看板の側にタキシード姿の男が立っている。
 しかし、その色はピンク。シルクハットとも山高帽ともつかない帽子もピンク。背中のマントもピンクで真っ赤なハートマークのアップリケが縫い付けられている。見た目は変態一歩手前、というところである。しかし、こういう恰好の人は渋谷では全然珍しくなく、七色のモヒカンとかパンツ丸見えのミニスカート嬢の氾濫する町なので別にどうということはない。でも凄く恰好悪い。
「なんだ、ただの変態か」
  宇宙番長は相手にもしない。
「誰が変態だ!」
  その見るからに怪しい男は憤慨する。
「ふん、仕方がない。お前如きに名乗る名など無いが、わたしの名はジェームズ・バレンタイン。人よんでバレンタイン男爵だ!」
 名乗る名など無いといっておきながら、しっかり名乗っているのである。そもそも完全に日本人と分かるのに横文字の名前とはどういうことか。時々電車のなかでこういう事を真顔で話す奴がいるので血祭りにあげてやろうかと思う。
「俺と戦いたいのか?ならば、降りてこい!」
「よかろう、ちょっと待ってろ!」
  男爵は姿を消す。
 待つこと数分。
「はぁはぁはぁ。待たせたな」
  どうやらバレンタイン男爵は階段を駆け降りてきたらしく、激しく息を切らしている。見た目通り体力はなさげ。

「宇宙キィィィック!」

 炸裂。
「むがぁっ」
 バレンタイン男爵は不意打ちを受けてのけ反り、そのまま仰向けに倒れる。肺のなかの空気が押し出され、男爵は悶絶した。
「とどめだ!ミラクル怪光線!」
「フッ!効かぬ!」
  台詞とは裏腹にズタボロになりつつも、男爵は懐から悪趣味なハート形の手鏡を取り出し、ミラクル怪光線を反射させる。
 反射されたミラクル怪光線は角度を誤ったため、宇宙番長には命中せずに渋谷駅上空を通過し、綺麗な放物線を描いて虹のように変化し人々の心を和ませた。なお、落下したミラクル怪光線は公園近くの雑草を直撃し、10年後ビオランテとなって元気に育つがそれはまた別の物語である。
「宇宙番長!貴様は私には勝てない!」
  バレンタイン男爵は宣言する。
「なんだと?」
「この世でもっとも強いもの……それは愛だ!」
  バレンタイン男爵は興奮して唾を飛ばしながらなおも続ける。
「今日はバレンタインデー。すなわち私の誕生日だ。世界中の人間が私を祝福してくれる……今日という日は私のためにあるのだ!」
「…………そんなわけねーだろ」
 宇宙番長のツッコミも耳に入らない。
「世界中の愛をこの身に受けた私が負けるはずがないのだ。そうとも負けるはずがない!見よ!この体にみなぎる愛の力を!」
  バレンタイン男爵の手に握られた悪趣味なショッキングピンクのハンカチは、愛の力か手品かどうかは不明として、一本のステッキと化した。
「この『素敵なステッキ』を受けてみろ!」
  男爵のかけ声とともに『素敵なステッキ』に強力な桃色のオーラが収束し、宇宙番長へと向かう。

「奥義ステッキめった打ち!」

 『素敵なステッキ』を文字通り振り回し、宇宙番長へと肉薄する!
 しかし次の瞬間。

「ぬん!」

 気合とともに宇宙番長から禍々しくも、どす黒いオーラが立ちのぼる。

「ダークネスいいかんじカウンター!」

「なにい?」
 次の瞬間、バレンタイン男爵の体を強力な衝撃が突き抜けていった。
 錐揉みしながらハチ公前を上昇したバレンタイン男爵は、地球の引力によって墜落、激突、埋没し、動かなくなる。
「バカな……愛の力を得た私が負けるとは……!」
「どんな愛もこの力に打ち勝つことは出来ないぜ!この嫉妬の力にはなぁ」
 解説しよう。ダークネスいいかんじカウンターとは、世界中のモテない男たちの嫉妬心を拳に収束し、カウンターで相手にたたき込む恐るべき必殺技である。
  この技は、2月14日と12月25日に最強の破壊力を見せるのだ。その威力はいいかんじカウンターの数十倍にも膨れ上がる。
「嫉妬心だと……ぐふっ」
 かくしてバレンタイン男爵は倒れた。だが我々は愛と勇気の使者バレンタイン男爵を忘れることはないだろう。男爵、フォーエバー。
「勝った……」
  宇宙番長は束の間の満足感にひたる。
「あれってさ、ただの八つ当たりだよなー」
 背後からの呟きに、宇宙番長は振り向いた。
「なんか、あの人かっこ悪ーい」
「暴力で解決しようなんて野蛮だよなぁ」
「男爵とかいう人かわいそう……」
 この場面で、宇宙番長は既に悪の手先ということになっていた。
「勝負には勝ったが、闘いには負けたということか……」
  宇宙番長は呻く。
「あの人ってさ、きっとモテないからひがんでるのよ」
 それがとどめとなった。
 宇宙番長は人込みをかき分けて走りだす。
「く、くそぅ。チョコレートを貰ったぐらいでみんないい気になりやがって……」
 宇宙番長は一路、自宅に向けて走る。
「そんなにバレンタインが楽しいか。ちくしょう!」
 もうひたすら走る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「それなら、俺がこの日を一生忘れられない日にしてやるっ。部屋にある宇宙エコロジー砲(総制作費2980円)でこの街を火の海にして恐怖のどん底にたたき落とし、人々はこの日を思い出すたびに恐怖に打ち振るえるのだ! フハハハハ」
 宇宙番長は自らの暗い欲望を達成するためにいま、その手に自宅のドアのノブを握りしめた。
 危うし、全世界!
「あら、番長君」
 その呼び声に宇宙番長は振り向いた。隣に住んでいるOLの原子 陽子(二十五歳 独身)である。
「あっどうもこんにちは」
  宇宙番長はぺこぺこ頭を下げる。
「ちょうどよかった。遅くなったけど、はい。チョコレート」
  陽子の手から綺麗にラッピングされたチョコレートの包みが渡される。
「ど、どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして。じゃあね」
  陽子は家のなかに入る。
 チョッ、チョッ、チョコレートだっ!
  宇宙番長の手は歓喜にわななく。
 周囲に誰もいないことを確認すると宇宙番長は素早く自宅に滑り込み、包みを開ける。
 やや大きめのハート形チョコレートを両手に掲げ、5分ほど踊り狂ってから一息に口に放り込んだ。
 宇宙番長の目から涙が溢れる。
 たぶん義理チョコだろうと分かっていても、凄く嬉しかった。
「フ、フフフフ、ハハハハハ」
 笑いがこみ上げる。
 ふと窓を見ると、もう陽が沈みかけている。
「フッ仕方ない。二月十四日を惨劇の舞台にとするのはもう一年待ってやるか」
 宇宙番長は黄昏に向かって呟く。
 来年もチョコレート貰えるといいなぁ、と思いながら。

 かくして無事にチョコレートをゲット(死語)することによって地球の平和は守られた。
 しかし宇宙番長の野望はとどまることを知らない。
 世界中からチョコレートを貰うまで!
 行け宇宙番長!
 戦え宇宙番長!


第24話、完