第17話 炸裂!新必殺技!


「完成したぞ」
 笹川航空力学研究所の一室。
 歓喜の叫びはそこで上がった。
「出来たのか?オヤジ」
「ああ・・・・見ろ。この軽量改良型大出力多目的万能高速飛行用旋回性能重視型無放射能常温熱核融合反応炉搭載特殊合金レアメタルハイブリッド多層材製ジェットパックユニットを」
「なげぇよ」
「むう。しかしこの軽量改良型多目的万能高速飛行用(中略)ジェットパックユニットは画期的とも言える発明だぞ」
 見た目、小学生用ランドセルに酷似したそれを持ち上げ、笹川邦彦博士は勝ち誇った。
 何故こんな形をしているかといえば、ランドセルは空力的に優れたデザインだからである。
  全開にネジの巻かれたチョロQの様な機動力を発揮し続ける小学生のためにデザインされたランドセルは、その機動力を損ねないようにするため数々の試験の成果によって生まれたハイブリッドデザインであり、その製作過程に置いて数多くの航空力学博士が関わっている。
 このように前衛的で先鋭的ですらあるランドセルのデザインは、世界のトップデザイナー達を常に魅了し続けていると言うことはあまり知られていない事実だった。
「これが量産された日には、世界中の子供達が自由に空を飛び、きっとこう呼ばれるだろう。飛行しょ……」
 笹川タケシは父親の言葉を遮った。
「その先はやめとけ」
「ともかく、これで特許を取ればこの貧乏暮らしからもおさらばだ」
「そうだな。だがその前に………」
「わかっておる。性能が万全であるかのテスト、そしてその性能をアピールしなければな。準備は整っている。ゆけい!息子よ」
 笹川邦彦の一人息子、笹川タケシは父親の用意したスーツに身を包んだ。
 航空力学に基づいて設計され、ライフジャケットと戦闘にも耐えうる強固な構造したスーツ=学ランを元にデザインされたそのスーツを身に纏ったとき。
「お前は今日、たった今、この瞬間から笹川タケシではなくなる。お前の名は………飛行番長! 大空を制する無敵の超人だ」
「飛行番長か。悪くない響きだな」
 そして飛行番長(旧姓笹川タケシ)は軽量改良型(中略)ジェットパックユニットを背中に装着した。
「コントロールは脇のレバー。姿勢制御は慣性が働くから注意しろ」
「よし。………いくぜ!」
 スイッチを押すと、軽量型(中略)ジェットパックは背後から猛烈な噴射炎を吐き出し、その身体を天へと運んでいく。
 天井のガラスをぶち破り、降り注ぐガラス片は下にいた笹川博士に多大な被害を与えたが、飛行番長は知る由もない。
 ついでに、このときの噴射炎で笹川航空力学研究所は大火災となったが、こういう時はそっとしておいてあげるのが懸命だ。
 大丈夫、大丈夫。

 ということで、飛行番長は高速で練馬の空を飛んでいた。
「アレは何だ?」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや……人間だ」
「しかし、人間が空を飛ぶことは考えられない」
「だが実際に飛んでいたぞ」
「人間の力じゃない。機械の力を使って、だ。だからアレは厳密には飛行機というべきなのではないか」
「それはおかしい。機械の力を使って空を飛ぶことが飛行機に定義されるとすれば、彼の人間としてのアイデンティティはどうなる」
「それは飛ぶこと自体が彼のアイデンティティなのではないか。つまり、飛べない鳥がいたとしてもそれは鳥だ。彼は飛行するものにして人間なのだ。もつろん、たとえ彼が飛翔する人間だとしても彼の人権は最大限に尊重されなければならない」
「だが、それは飛行機としての側面を持つと?」
「そうだ。飛行機は厳密には生き物ではない。だが、飛行機は、飛行機としてその存在を確立した、独立した存在としての地位を持っている。それをカテゴリとして当てはめるならば、彼は飛行機なのではないか」
「しかし、それは彼という存在を機械というカテゴリに当てはめようとする、無意味で人権を無視した行為ともとらえられる。人は人であり、機械ではない。カテゴリとしてその範疇に彼の存在を当てはめるのは間違いではないのか?」
「我々は、まず確かめねばならない。彼はヒトなのか。それとも機械なのか。彼のアイデンティティがどちらに傾き、そしてどちらとしての立場を貫くのか。それによって、この論は意義或るものにも机上の空論にもなり得よう」
 という熱い論議を醸していることも、飛行番長には判らない。
 知らない方がいいこともある。
 忘れよう。

 巡航速度400kmほどで市街地を移動する飛行番長は、一躍街のスポットとなった。
 しかし、わき見運転による交通事故の増加、よそ見による銀行での金銭トラブル、騒音問題等の苦情が宇宙番長の元へと寄せられてきた。
「人が空を飛んでいる?寝言は警察に言え。俺は忙しい」
 市民からの苦情をすっぱりと切り捨てる宇宙番長。
 なぜなら、彼のデスクには現在決裁書類が山積みになっており、とにかくこれに判を押さなければならないからだ。
 宇宙の支配者といえども、義務はきちんと果たさなければならない。
 と、背後の窓から轟音が近づいてくる。
 振り向いた宇宙番長の視界に映ったのは、学ランを身に纏い、ランドセルに酷似したバックパックを背負った男の姿だった。
 男は窓際で急上昇し、宙返りして去っていく。
 衝撃で窓ガラスが割れた。
 宇宙番長はすかさず腕で顔面を守る。
 再び窓をみたとき、男の姿はそこになかった。
「あれが、さっき通報のあった空飛ぶ男、か・・・・・」
 噴射炎の残した残滓だけが白く帯状に残っている。
 成る程、俺のところに話が来るわけだ。
 部屋の片づけを頼もうと電話に手を出したが壊れていた。
 見れば破片によってデスク上の書類も切り裂かれている。
 こりゃラッキー極まりねぇ。
 と宇宙番長は一瞬思ったが、不謹慎な、と責めてはいけない。
 こういうときは素直に喜ぼう。
 ということで、仕事の片づいた宇宙番長は出動を決意した。

 とりあえず話を聞かなければならない。
 宇宙番長が用意したのは巨大な網だった。
 これで飛行番長を捕獲し、説得するのである。
 網は多摩川付近に住む漁師の池田和正氏から借りた巨大な投網である。
 轟音が響いてきた。
 奴だ。
 宇宙番長は網をぶんぶんとまわし、飛行番長めがけて投げつけた。
「でやっ」
 不発。
 投げた網は隣のビルの窓を突き破り、頑固係長として名高い鬼頭英二に絡みついて彼を約2時間拘束したが、本編とは何の関わりがないので後日談はカット。もう二度と出てくることはないと思われるので割愛しよう。
 というわけで、投網作戦は失敗。
「外したか。相対速度が違いすぎて、投網作戦はうまくいかんな」
 隣に住む広告代理店OL、原子 陽子に対空用重火器を借りてくれば事は簡単に済みそうだが、市街地での火器使用は警察と揉め事になる上、銃刀法違反で捕まるのでダメだった。
「なるほど、エンジンを背負っているだけあってたいした速度だ。全速力の俺とほぼ同等のスピードだな」
 なら走って追いつけるか。
 考えると同時に足が出た。
 軌跡を辿り、宇宙番長は走る。
 ビルをも砕く脚力を持ってすれば、飛行機にだって追いつくのは不可能ではないのだ。
 が、迷惑なのは街の人々である。
 宇宙番長が高速で走行することによって巻き起こる突風および衝撃波は飛行番長の比ではなく、地上を走ることによって竜巻等の災害が発生した。オフィス街の窓ガラスは砕け、街の天津甘栗売りは10mも飛ばされたうえ、いつの間にか公園の木の上にいたし、道行くOLのスカートは巻き上げられ、オフィスで疲弊していた中年サラリーマン達に大きな刺激と興奮を与えた。
 これらのサラリーマンの一人、堀川 宗一はこの刺激によって脳細胞が一時的に活発化し、次々と画期的新発明による特許を取得、倒産寸前だった会社を大いに盛り返した。彼は後の回顧録にもその様子を詳細に記しているが、それはまた別の話である。 
 しかし、そんな良いことばかりだったかというとそういうわけでもなく、中には突風によってトランクスのゴムが切れたせいでその場からしばらく動けなかった市川 透のような人間もいた。人生、そんなに良いことばかりではない。
 そんな数々のドラマを生みつつ、宇宙番長はその視界に飛行番長をとらえた。
「貴様、止まれ!」
 宇宙番長は叫ぶが、無論ドップラー効果によって届くわけはない。
 ドップラー効果については専門書にてよく調べてみよう。約束だぜ?
 ということで説得は無理だ、と判断した宇宙番長は、手近な街路樹を引き抜いた。
「止まる気がないなら、いやでも止まるようにしてやる」
 全力で、街路樹を投擲。
 轟音を伴って樹は飛行番長をかすめる。
「あらわれたな・・・・・宇宙番長」
 もうだいぶ前から現れているのだが、気づかなかったのではそう思うしかあるまい。
「貴様、練馬の空を侵略するとはいい度胸だ」
「俺の招待状、気に入って貰えたようだな」
 先ほどの窓ガラスをぶち破った件か。
 いや、気に入った、サンキュー。
 と言いたい衝動をかなり堪え、宇宙番長は極力平静を保つ。
「お前のせいで、執務室は滅茶苦茶になっちまったからな。修理代を貰おうか」
「その必要はないぜ。その部屋は、明日から俺が使うことになる」
「世迷いごとを。領空侵犯および騒乱罪で警察に引き渡してやる」
 敵は空中。
 地上に引きずり下ろせば勝機はある。
 宇宙番長は僅かな溜めから一気に跳躍した。

「宇宙キック!」

 しかし、空中での機動性に長ける飛行番長はそれを楽々とかわす。
 外れた宇宙キックは勢い余って中村商事のビルを半壊させるが、気にする風もなく着地。
 振り向けば、飛行番長はVTOL機のようにホバリングしている。
「ふふふ。貴様の弱点は掴んでいる」
「なんだと?」
「貴様の攻撃は空中の敵に対して無力だ。空中の敵にはパンチもキックもカウンターも有効打とはなるまい」
「くっくっく。はてしてそうかな?」
 宇宙番長の額にエネルギーが収束する。
「食らえ!ミラクル怪光線!」
 額から放たれた光線が飛行番長を襲う。
 弾ける閃光は先ほど半壊させた中村商事のビルもろとも炸裂し、大爆発を起こした。 幸いにして中村商事の人々は社員旅行に出かけていたお陰で人的被害はなかったが、帰ってきて会社がないのを見たらどう思うことか。
 つまりはそれくらいの爆発だった。
「馬鹿め。飛び道具の存在を忘れているとはな・・・・・ぐおっ」
 背後から攻撃を受け、宇宙番長はのけぞった。
「ミラクル怪光線の弱点は射角の調整が出来ないことだ。死角に入り込みさえすればかわすことなど簡単!」
「むう。小賢しいまねしやがって」
「空を制する者は全てを制す・・・・覚悟しろ宇宙番長!」
「ククク・・・フハハハハハハ」
「何がおかしい」
「その程度のことで俺に勝った気でいるとはな。おめでたいやつめ」
「何をっ!・・・・ふ、いいやハッタリだ!」
 空中で加速をつけ、錐もみ状に回転しながら飛行番長が襲いかかる。
 宇宙番長は眼前で腕を交差させた。
「十字受け?それで防ぐ気か。甘いことを」
  音速に近い速度で飛行番長が突撃する。
「見せてやろう。俺の新しい必殺技を!」
 宇宙番長が叫ぶ。

「宇宙ビーム!」

 宇宙番長の両目から放たれた強烈な光線が飛行番長をかすめる。
「なにいっ」
 それをかわせたのは、反射的な行動だった。かすめた光線が、胸のあたりで焼けこげを作っている。
 外れた光線は僅かに残っていた中村商事の外装部を完全に貫いて破壊した跡、成層圏を突破して火星まで届いた。この火星の破壊痕は後にNASAによる調査に微妙な誤差を与えることになるがそんなことは置いといて。
 ここで解説せねばなるまい。
 宇宙ビームとは、第一話において前・練馬市長の使用した必殺技「市長ビーム」をさらに改良したものである。射角の調整がしづらく、発射まで時間のかかるミラクル怪光線の欠点を克服すべく宇宙番長が採用したのだ。合計破壊力係数はミラクル怪光線に及ばないが、焦点あたりの破壊力と貫通力はむしろ向上している。
 原理的には眼球内の水晶体を収束用レンズに使うという荒技中の荒技であるが、インパクトにおいて最強。
 しかし、名前までパクるのはどうか。
「なんて威力だ・・・・だが、それほどの威力の光線、連射は出来まい」
 再びビルの陰に隠れ、死角からの攻撃を敢行する飛行番長。
 しかし。

「そこだっ!」

 宇宙番長は躊躇わなかった。
 振り向きざまの宇宙ビームが、内藤電子株式会社のビルもろとも飛行番長のジェットパックを貫く。
「ぬあっ!?」
 一瞬の間をおくことなく大爆発。
 飛行番長は空に散った。

「愚かな奴・・・・・一流とは、自分の弱点を常に克服すべく努力を続けるものだ」
 しかし、技はパクリである。
「空を制する者は全てを制する?地に足をつけていない軟弱者に俺が倒せるわけが無かろう」
 宇宙番長は空を見上げていった。
 尋常でない被害のような気もするが、やむを得まい。
 と必死で自分を説得しているのがよく判る。
 このときの被害額は30億を超えたが、無論そのツケが宇宙番長のところに来たのは言うまでもない。

 なお、笹川航空力学研究所はこの発明、「トベールX」によって莫大な財産を築いたため、かろうじて生きていた元飛行番長こと笹川タケシ共々、その生涯を終えるまで練馬市長の座を狙うことは二度と無かった。一番得したのはこのオヤジのような気もするが、気にしてはいけない。

 かくして新必殺技で難を逃れた宇宙番長。
 しかし、これからも数多の強敵が彼を狙うだろう。
 無敵の二文字を刻みつつ 
 ゆけ、宇宙番長!戦え、宇宙番長!


第17話、完