人目を忍んで読子に会うことが出来るのは週に2回ほど。寮生活であるゆきなと通学している読子の接点は、実は少ない。手芸部の活動がないときはこうして顔を出すようにしているが、読子が図書室のカウンター当番でないときに逢うことはまれだった。
今日も図書室は閑散としていて、人影はない。
文学少女の一人ぐらい常駐していても良さそうなものだが、学園の図書室にいるのはゆきなの思い人ただ一人だった。
人目がないのは好都合だが、若者の読書離れが進んでいるのは本当だな、と自分が若者であるにも関わらずゆきなはそんなことを考える。
「こんにちは、読子」
「こんにちは、先輩」
わずかに頬を赤らめて、赤毛の少女が応える。
ボリュームのある彼女の髪は、指で梳いたときの感触が素晴らしい。
その小柄な体格は標準より少し太めという人間がいるかもしれないが、ゆきなからすればまるで問題にならなかった。
読子の肉付きのいい体は、抱きしめたときの質感が極上だ。
それを知っているのはきっと自分ひとりだと思うと、独占欲が少し満たされる。
「今日は部活じゃなかったんですか?」
「手芸部の活動はないのだけれど、ちょっとした野暮用。少し困ったことがあってね」
「進路のことですか?」
「いいえ。私たちのこと」
口調に緊張感を出さないようにする。
本来部外者である自分がそこに踏みいることは許されていないが、ゆきなはカウンターの中へと入り込む。
読子もそれを咎めたりはしなかった。
ゆきなは我が家のように椅子を引いて読子の隣に座る。
「どうやらここで読子と逢っているのを、誰かが盗み見しているみたい。いずれは突き止めなくてはだけど」
盗み見、という単語に反応して読子は辺りを見回した。
「ひょっとして手芸部の人でしょうか」
「わからないわ。誰であろうと関係ないし、いずれ判ることでしょう。それより、今日は一ついい話があるのよ」
「なんですか?」
「ルームメイトの許可が出たからようやく読子を部屋に呼べるの」
「いいんでしょうか」
「何かやましいことでも?」ゆきなは蒼崎に言われたことを思い出し、つい口にしてみる。
読子はやましいことを想像してしたのか、俯いて頬を染める。
彼女は悩んだり何かを想像するとき、ほんの少しだけ眉根を寄せる。それがサイン。それを見つけて、ゆきなは「何か」を手に入れた気分になる。
「ルームメイト同伴だけど、事の仔細は話してあるから大丈夫よ。それとも二人きりじゃないから、がっかりしたかしら?」
「いえ、そんな……」
そんなことは、無いわけがない。
「我慢なさい。むしろ人目をはばからなくていい分、気は楽だと思うわ。いずれはデートに連れて行ってあげたいけれど」
「はい。えーと、私、何か持って行った方がいいんでしょうか?」
「読子一つ、持ち帰りで」
「も、も、持ち帰りと言うことは、あの、寝間着とか」
「冗談よ。宿泊は認められていないから、パジャマパーティというわけにはいかないわ」
「じゃあ、先輩がうちに泊まりに来ればいいと思います」
「そうね。菓子折り持って挨拶にいかないと」
「どうしてですか?」
「お付き合いするのに、ご両親にあいさつに行かないのも変でしょう?」
「き、気が早いです、先輩」
「冗談よ。……歓迎はされないものね」
「そんなことはないと思いますけど……でも、まだ未成年ですし」
うろたえる読子の頭をくしゃくしゃとなでる。
「ごめんね、読子。私が男だったらよかったのにね」
「先輩は先輩のままで完璧です!」
読子は断言する。微塵の迷いもない言葉。
完璧などあり得ないのに、そう断定するのは盲信ではなく彼女が自分を信頼しているからだ。
目の前の少女は、その大人しげな容貌とは裏腹に確固たる意志を備えているのだ。
ゆきなは繰り返しそれを実感させられる。
読子自身は自覚していないだろう。ゆきなが繋ぎ止めているのではなく、読子が自分を繋ぎ止めているということを。
読子の言葉は細くて丈夫な麻紐のようなものだ。それは少しずつ我が身を縛る。輪になった結び目が少しずつ閉じていくように。わずかずつ、確実に。
ならば。
ゆきなは読子を抱き寄せ、その実体を確かめるがごとく力を込める。
幻でも夢でもない現実の存在。得難いもの。得難いもの。得難いもの。
ならば、自分がこうやってささやかな反撃を試みてもいいではないか。
「先輩?」
腕の中で喘ぐように問う読子の存在を、我が身でもって実感する。
「読子も読子のままで完璧よ」
ゆきなの言葉で読子の身体は熱を帯びる。
年上のアドバンテージ。
読子はそう捉えるかもしれない。
それが実はただの後出しジャンケンだと気づく日が、いつか来るのだろうか。
「完璧なんかじゃないです」
腕の中の読子が言う。
もしかしたら。
それが甘い幻想だと知りつつも、ゆきなは思う。
もしかしたら私たちは二人で一つなのかもしれない、と。   


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