玉葱


 

「たまねぎ、か…………」
  彼女がそれを丁寧に剥いていくのを見て、私はそう呟いた。
「何?」
「いや、昔のことさ」
「気になる言い方じゃない」
「そうか? まあたいしたことじゃないのさ」
 
そう、それは大したことではなかった。
あの日、餓えた私たちは農家に忍び込んで食料を奪うつもりだった。
こちらには武器があり、相手には無い。私たちは人殺しで、相手はただの家畜だった。
私たちはただひたすらに生きたかった。
生きて、生きて帰りたかった。そのためにはこの国の人間なんてどうでもよく、ここに居るのは人の形をした家畜だけだった。
奪うなんて事はどうって事はなかった。
実際、私たちはたくさんの人間を殺してきたケダモノだった。
今日もそれだけだ。
それだけだ。
 
慎重にノックをする。男が居るなら即座に撃つ。女なら、話し合う余地がある。あるいは別の楽しみも。
だが、私たちの期待ははずれた。
構えた銃の引き金を引くまでもなく、相手は無力な相手だったのだ。 
そこには、老婆が居るだけだった。
銃を持った私たちを、その老婆は何の警戒もせずに家に招き入れた。
 
そこから先のことはあまりはっきりと覚えていない。
餓えて、疲れ切った私と仲間は、老婆の差し出したタマネギの前には無力だった。
それは、少し酸味のあるワインとかび臭いチーズで煮込まれた、素朴な料理だった。
味も素っ気もなく、丸のまま浮いているタマネギを、貪るように掻き込み、それから私たちは泣いた。何故泣くのか判らなかったが、私たちは子供のように泣きじゃくった。
あれは忘れることの出来ない味だった。
いや、忘れることの出来なかったのは、あの暖かさだ。
自分の生活も苦しいはずなのに、あの老婆は何も聞かず、ただ与えてくれたのだ。

あれからもう何年が過ぎただろうか。
ともに国境を越えた仲間は、今では農家をやっているらしい。
戦争は終わったのだ。
私たちは相変わらず貧しく、相変わらず弱く、どうしようもないが、それでもあの老婆のタマネギを忘れたことはなかった。
こうして彼女とともにささやかな暮らしを営めるほどに、この国も立ち直りつつある。
もう一度、あの老婆に会いたいと思うときがある。
しかし、それは叶わぬ願いだろう。
ひょっとしたら会うべきではないのかも知れない。そんな風に考えることもある。

「なに?台所に立つなんて珍しい」
「たまにはそんな日もあるさ。特に、タマネギのある日なんかは」


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