「焦げたー!」
だめだ。なんか火が強すぎたようだ。
しかし煮詰めるってどうすればいいんだ。煮詰まる=密度が向上=焦げるではないのか?
何故焦がさずに出来るのだ? わからん。料理の本を書いている奴らはまるで悪魔のようだ。
南美はあせる。
落ち着け。まだ勝負が決まった訳じゃない。
鍋一号の犠牲をもとに、新たに鍋二号で実験を再開すれば。
ダメだった。
卵焼き。いやそんな物では馬鹿にされてしまう。
もっとこう、料理らしい物でないとダメだ。明らかに時間を掛けて作った物でなければ。
肉じゃがは男性が最も好む料理とのことだが、材料が多すぎる。3つ以上の材料を用いるなんてダメだ。
簡単で、誰にも出来るが、聡をぎゃふんと言わせる物でなければ。
必死でページをめくるが、解決策は見つからない。
時間は過ぎていく。
間に合わない。
こうなれば最後の手段だ。
もう、これしかない。
私に出来る唯一のこと。
たった一つの冴えたやり方。
南美は家を飛び出した。
その夜。
南美と聡はテーブルを挟んで向かい合っていた。
二人の前には鍋三号。
そして蓋を開ければ。
「おでんかー。寒いときは確かにいいよなー」
「でしょ?腕によりを掛けたんだから」
「見た目はまともそうだな」
「味も、よ」
聡はどこか疑わしげに幾つかの具を取り、箸を運んだ。
その表情は、懐疑的なものから驚きに変わる。
「本当だ。美味いな」
聡は箸で大根を四つに割って中を確かめる。
「大根も良く煮えてる。けっこうやるもんだ」
「どう?」
「疑ったりして悪かった」
聡は笑顔で答えた。
「ま、まあね。あたしだってやれば出来るんだって見直してくれたかな?」
「見直した。これは本当に美味しいよ。プロ顔負けだ」
それはそうだ。
中身はコンビニで買ってきたおでんなのだ。
それにめんつゆちょっと足して味付けを少し変え、温めなおしただけ。
煮えてて当然、そして味もそれなりで当然なのだ。
食えないわけがない。
聡はまんまと騙されているのだ。
ククク、驚きひれ伏すがいい。
この勝負、貰った。
「ふふっ。まあ熱燗でもどうぞ」
「これはどうもご丁寧に。いやー、しかし南美にもちゃんと出来る料理があって安心したよ。改めて惚れ直したなぁ」
「そんなお世辞なんか言っちゃって、もう」
たとえ贋作に近くても、手間を掛けたのは事実。そして成功しなかったとはいえ、努力したのも事実。
物が途中ですり替えられているが、聡を見返してやろうという気持ちは一緒。
褒められて嬉しくないはずがない。
どこか間違っているかも知れないが、満足感は本物だ。
あたしは今、幸せだ。
そして二人の夜は更けていった。
翌朝、聡は満足して仕事に行った。
鍋にはもう何も残っていない。聡が全部食べていったのだ。
朝も絶賛の嵐だった。そう、つきあい始めてから初めて食べた、ちゃんとした手料理なのだ。聡としても嬉しかったのだろう。
勝負には勝った。
聡を見返すことは出来た。
策は成功し、汚名は返上した。
だが。
「釈然としねー」
南美は呟いた。