南美は後悔していた。
  なぜなら彼氏に料理がまずいと言うことを指摘されて逆ギレしたからである。
  それだけならいい。
  我が儘を通すのは得意だし、彼氏である聡を口先だけでこき使うのも慣れている。
  しかし、だ。
  出来ないことを、出来ると言い張るのとは違う。
  事実、南美は料理が出来ない。それは天地開闢以来の厳然たる事実であり、何がどうひっくり返っても人に喰わせて賛辞を得るような物を作ることは出来ない。
  どうしてかなー、とは思うのだが、南美は努力や我慢とは縁遠い性格である。欲しい物があり、金がなく、どうしても手に入れなければならない物があるときは、諦めるより店員に襲いかかる方を選ぶ。
  材料を買い、それを包丁で切り、味を付け、煮るなり焼くなりするのは手順が多すぎる。
  基本的に南美のやることは買ったものを焼くかそのまま食べることである。2つ以上の手間は掛けない。
  そして待つのが苦手だ。
  よって生焼け上等、煮るなんてもってのほか。そんな時間を掛けるくらいなら焼いてある物か煮てあるものを買ってくる。
  それが正義だ。
  それが文明だ。
  それが都会人だ。
  手間が掛からず、見栄えが良く、人の受けがいいもの。そんな魔法のような料理はないものか。
  南美の手は真新しい料理本をめくる。
  そして彼女は見出した。
  お袋の味、家庭の象徴。
  里芋だ。里芋の煮っ転がしなら何とかなる。
  いまや冷凍で調理済みの里芋が売っているのだ。
「ハ、アハハハハハハ!」
  勝った。あたしは勝ったぞ!
  味付けさえあたしのオリジナルでやればそれは誰がどう見ても料理!
  そんなわけで早速近所のスーパーで冷凍里芋を入手し、あとはこれをめんつゆで煮詰めれば完璧だ。
  完全犯罪だ。
  ククク
  聡が面食らう顔が見えるようだわ!
  ポットの湯、そしてめんつゆ。里芋。全てが一体となり、あとはコンロの火が全てを結びつけ。

「焦げたー!」

  だめだ。なんか火が強すぎたようだ。
  しかし煮詰めるってどうすればいいんだ。煮詰まる=密度が向上=焦げるではないのか?
  何故焦がさずに出来るのだ? わからん。料理の本を書いている奴らはまるで悪魔のようだ。
  南美はあせる。
  落ち着け。まだ勝負が決まった訳じゃない。
  鍋一号の犠牲をもとに、新たに鍋二号で実験を再開すれば。

  ダメだった。

  卵焼き。いやそんな物では馬鹿にされてしまう。
  もっとこう、料理らしい物でないとダメだ。明らかに時間を掛けて作った物でなければ。
  肉じゃがは男性が最も好む料理とのことだが、材料が多すぎる。3つ以上の材料を用いるなんてダメだ。
  簡単で、誰にも出来るが、聡をぎゃふんと言わせる物でなければ。
  必死でページをめくるが、解決策は見つからない。
  時間は過ぎていく。
  間に合わない。
  こうなれば最後の手段だ。
  もう、これしかない。
  私に出来る唯一のこと。
  たった一つの冴えたやり方。
  南美は家を飛び出した。

  その夜。
  南美と聡はテーブルを挟んで向かい合っていた。
  二人の前には鍋三号。
  そして蓋を開ければ。
「おでんかー。寒いときは確かにいいよなー」
「でしょ?腕によりを掛けたんだから」
「見た目はまともそうだな」
「味も、よ」
  聡はどこか疑わしげに幾つかの具を取り、箸を運んだ。
  その表情は、懐疑的なものから驚きに変わる。
「本当だ。美味いな」
  聡は箸で大根を四つに割って中を確かめる。
「大根も良く煮えてる。けっこうやるもんだ」
「どう?」 
「疑ったりして悪かった」
  聡は笑顔で答えた。
「ま、まあね。あたしだってやれば出来るんだって見直してくれたかな?」
「見直した。これは本当に美味しいよ。プロ顔負けだ」
  それはそうだ。
  中身はコンビニで買ってきたおでんなのだ。
  それにめんつゆちょっと足して味付けを少し変え、温めなおしただけ。
  煮えてて当然、そして味もそれなりで当然なのだ。
  食えないわけがない。
  聡はまんまと騙されているのだ。
  ククク、驚きひれ伏すがいい。
  この勝負、貰った。
「ふふっ。まあ熱燗でもどうぞ」
「これはどうもご丁寧に。いやー、しかし南美にもちゃんと出来る料理があって安心したよ。改めて惚れ直したなぁ」
「そんなお世辞なんか言っちゃって、もう」
  たとえ贋作に近くても、手間を掛けたのは事実。そして成功しなかったとはいえ、努力したのも事実。
  物が途中ですり替えられているが、聡を見返してやろうという気持ちは一緒。
  褒められて嬉しくないはずがない。
  どこか間違っているかも知れないが、満足感は本物だ。
  あたしは今、幸せだ。
  そして二人の夜は更けていった。

 

  翌朝、聡は満足して仕事に行った。
  鍋にはもう何も残っていない。聡が全部食べていったのだ。
  朝も絶賛の嵐だった。そう、つきあい始めてから初めて食べた、ちゃんとした手料理なのだ。聡としても嬉しかったのだろう。
  勝負には勝った。
  聡を見返すことは出来た。
  策は成功し、汚名は返上した。
  だが。
「釈然としねー」
  南美は呟いた。
  


おしまい。