中庭に出た二人を待っていたのは、天に向かってそびえ立つホウキ頭をした学ランの男だった。
「六道、貴様その弁当を賭けて俺と勝負だ!」
「誰だお前は」
「俺の名は宇宙番長…………人呼んで宇宙番長だ!」
 ちなみに宇宙番長は本名も宇宙番長。
「…………世界観が違いすぎないか?」
「最近出番がないんで出張だ!しかも番長だから全然違和感ねぇぜ!ビーム!」
「ギャー!」
 会話の途中で突如放たれた破壊光線は避ける間もなく六道の胸を貫いた。
 もんどり打って倒れる六道。
 心臓を僅かにそれたものの、その傷から溢れる血は確実にその生命力を奪っていく。
 しかし噴き出す鮮血は学生服が黒いので目立たない。
 お茶の間のみんなも安心だ。
 六道、死にそうだけどな。
 だがその時である!破壊光線に含まれるちょっといけない成分の放射線によって刺激してはいけないDNAとかオルガネラとかが刺激された結果!
 瀕死の六道の秘められたパワーが爆発した!
 瞳孔散大!
 歯牙先鋭!
 体毛増殖!
 理性崩壊!
 皮膚硬質化!
 あまつさえ巨大化!
 ここに、質量保存の法則は崩れ去った!生命の神秘は物理学さえ超えるのか?
「変身しやがった!特別編だからって!」
 宇宙番長もビックリ!
「あんぎゃー!」
 凶暴化した六道…………いやここでは敢えて怪獣リクドンと呼ぼう…………は怒りの咆哮を上げ、その巨躯でもって宇宙番長を押しつぶそうと迫る。
 強烈な前足の一撃を大きく飛び退いて避ける宇宙番長。
「くそっ…………相手がでかすぎる」
 リクドンのプレッシャーで額に汗が滲み出る。
 リーチ、破壊力、どれをとっても宇宙番長に勝っている。戦力的には圧倒的に不利だ。
「こうなったら俺も…………巨大変身!」
 高らかに叫ぶ宇宙番長の肉体に光が集まり、その粒子がシルエットを肥大化させていく…………ような事は全然無くて元のまま。
 高く突き上げた拳も虚しく哀愁を誘う。
 変身と叫んで変身できないことほど寂しいものはない。
 これは経済的自立を手に入れた大人が幼少の頃の叶わぬ願いを叶えるために新規変身ベルトの玩具を購入、何とかして腰に巻き付けたあと高らかに変身ポーズを取って何事も起こらず「ケッ。変身できねーことは判ってたよ」と呟くのに似ている。
 あまつさえ大人用変身ベルトなど買った挙げ句やっぱり変身出来ないのだが、脳内で変換して変身変身とやっている姿は見ていてどうかと思うのだが本人は凄く楽しいし満足なので放っておいて欲しい。
「何で俺だけ!?巨大化したっていいじゃん!」
 不公平だ、とばかりに抗議の声を上げる宇宙番長。
 しかしビームが撃てるのだから十分ではないか。
 かくして怪獣リクドンvs正調宇宙空手総代宇宙番長の戦いが始まった。
 ここにきて明香とか置いてけぼりだが気にしてはいけない。
 宇宙番長は仕方がないのでそのままの大きさで闘うことにした。
 巨大怪獣の弱点は光線技。
 ならば、この技しかあるまい。
 全身のエネルギーを額の一点に集中させ、チャクラから放つ必殺の奥技。
「ミラクル怪光線!」
 七色に輝く破壊光線がリクドンの体を貫く!
 と思いきや、絶大な破壊力を持つはずのミラクル怪光線はそのまま体表で分散し、効果を発揮することなく散ってしまう。
「なにい!弾き返しただと!」
 奴の体毛には光学攻撃への反射耐性があるのか。
 宇宙番長は驚愕する。
 ここで解説せねばなるまい。
 怪獣化した六道の体毛は突入してきた光線の反射角を(略)によって分子レベルでの乱反射を起こさせビームを減衰させるのだ!
 すごいぜ、怪獣リクドン!
 必殺の破壊光線を破られた宇宙番長は思案する。
 同系統の光線技しか持たない自分としては、違う技を用いても有効打とはなるまい。
 となると有効なのは打撃系のみか。
 相手の巨体に対してダメージ源となるのは、それはやはり跳び蹴り以外にはあるまい。
 パンチ系では危険すぎる。
 思うのと、体が跳び上がるのは同時だった。
 屈伸のみの跳躍で10メートルも跳んだ宇宙番長はその身に循環する宇宙エネルギーを蹴り足の一点に集中させた。
 その一撃はビルをも砕く。
「宇宙キック!」
 それを本能で察知していたのか。
 リクドンは腕を振り払ってあっけなく迎撃した。
 必殺技はいきなり出すと破られる、と言う定番である。
 宇宙番長の体は凄まじい勢いで吹っ飛んでいき、電柱三本をへし折ったあと高架橋にめり込んだ。
 意識が酩酊するのもつかの間、すぐさま飛びずさった宇宙番長のいた場所をリクドンの爪が抉り、高架橋をズタズタに引き裂く。
 振り向きざまにリクドンが大きく息を吸い込むと、体内で(中略)した超高熱の火炎が吐き出された。宇宙番長は再び大きく飛んでそれを避けるが、背後の民家がかなりの勢いで炎上した。なんか大変なことになっている様子。
 それはさておき、高々とジャンプした宇宙番長は空中で回転を加え超高速で錐もみしながらリクドンに突撃する。
 名付けて空中旋回錐もみ反転宇宙キック。
 その威力は通常の宇宙キックの数倍にも達する!
 欠点は。
「ウォエー」
 酔う。
 空中にまき散らされた胃液+唾液は絶妙の角度で光を屈折させ、下から見上げるリクドンからは微妙にその像がぶれて見える形となった。
 そんな都合良く行くか、と思う諸兄もいるだろうが、
 何せほら、奴は不可能を可能にする男だ(練馬在住の安曇さん・談)。
 そんなわけで迎撃のために薙ぎ払われたリクドンの鋭い爪は目標をはずし、無防備な脇腹に宇宙番長の一撃を食らってしまう。
 頑丈な表皮に覆われているとはいえ、その威力を減じることは出来ず、数多のビルを巻き添えにしてリクドンの巨体が倒れる。
 一方、明香は完全に忘れ去られているというか置いてけぼりを食っており、戦いに介入するチャンスすら失っていた。
 弁当はとっくの昔に炎上していた。
 もはや消し炭。
 二人とも殴打したいところだったが、一方は超人、一方は怪獣である。一介の市民がどうこうできる問題ではない。
 けれど、六道の身を案じているのも確かだった。
「もう争うのは止めて!」
 リクドンが吹っ飛ばされると、明香は思わず叫んだ。
 というか目の前で格闘しているのに平気なのか?と思うのだがヒロインというものは何故か危険なところに行くのを習性としており、わざわざ近づいて怪我したり酷い目に遭う。もしくは、自分は無事だが関係者を死ぬほど酷い目に遭わせるか、または死なす。
 ちなみに爆音とかで全然二人、というか一人と一匹には聞こえていない。
 ビームとか火炎放射で激烈な砲撃戦を繰り広げており、流れ弾でビルが倒れたり家が飛んだり人が飛んだりしている。今、犬も飛んだ。
「私のために争わないで!」
 ちなみに、「私のために」というのは事件が公になったときに原因として事情聴取されるのが困る、という意味であり、それ以外の喧嘩なら死なない程度に許可する所存。
 また、このような台詞を叫ぶと、大抵叫んだ本人以外が酷い目に遭う。
 果たして宇宙番長のミラクル怪光線とリクドンの超高熱(中略)火炎は大爆発を起こし、何もかもが吹っ飛んだ。
 宇宙番長とリクドンと民家と市民のみはもの凄い勢いで吹っ飛び、一方明香はリクドンの巨躯の影になって運良く爆発から免れた。
 まるで明香をかばったようにさえ見える。
 凶暴化した怪獣の野性にも一編の理性が残っていたのか。
 力を失ったリクドンの体に、爆炎にあおられ思わず滲んだ明香の涙が触れた時!
 時間切れか、はたまた愛の奇跡か?
 怪獣化していた六道の体がみるみる萎み、元の姿へと戻っていく。
「う、うーむ…………」
 しかもすぐ気がつく。
 これは時間の都合であり、番組終盤には良くあることである。
 単なる偶然を運命の力だとか色々こじつける人は何処にでもいる。
 でもみんな判っているけど突っ込まない。それが大人のマナー。判ったかな?
「良かった、気がつかれましたか」
「私は一体…………」
「突然あんな事になって…………」まさか巨大化するとは思わなかったしなぁ。「一時はどうなる事かと…………」
 本当だ。
 巨大化した本人は本能の赴くままに破壊活動をしていたので全然覚えていないらしい。
「どうやら心配をかけてしまったみたいだな…………」
「いえ、そんな…………」
 明香は顔を赤らめて目を背ける。
 目のやり場に困るというか、六道は全裸なのでピー(放送コード)とかが目に入ってしまうため直視出来ない。
 六道自身も若干涼しいな、という認識を抱いてはいるが、まさかオールヌードという自覚は無い様子。
 六道、全裸全裸!
 と突っ込みたいところだが、宇宙番長は呆然、明香は真っ赤になって一言も喋らないので場が停滞していた。
 早速騒ぎの中心に警察やら消防車やらがやってきた。
 現場に到着した三原貴志巡査は遠巻きに三人を見ていたが、おもむろに手錠を出すとの六道に近づき拘束する。
「えっ!?ちょっと待て、逮捕されるのは私の方なのか!?」
 意外な展開に驚き。
 しかし、ボロボロの学生服の男×1、セーラー服の女性×1、全裸×1。
 誰が一番やばそうかと聞かれたら、普通全裸。
 当然の帰結。
 かくして六道は猥褻物陳列罪によって逮捕され、戦いは終わった。
 弁当を賭けた決闘は練馬の街を阿鼻叫喚の渦へと叩き込み、地域経済の活性化に一役買ったのだった。
 今回の被害は負傷2689人、建物火災および倒壊およそ4800棟、なお奇跡的に死亡者はいませんでした。


 めでたし、めでたくもなし。