戦慄のハロウィン
「ジョニー、後は頼む」
ボビーは下半身を泥水に浸しながら僕にそう告げた。
今日はハロウィンだ。
僕たちはボーイスカウト仲間と仮装して家々を訪ね、お菓子をねだっていた。
イタズラグッズを持ち歩いていたけども、使ったことは一度もない。
もし使う相手が居るとすればそれは一人だけだ。
その相手に挑むため、僕たちは戦いを繰り広げていた。それがリデル婆さんの家……いや要塞だった。
リデル婆さんは一人暮らしで、普段見る限りはただの老女だった。この日を除いては。
婆さんの家を取り囲む10メートルほどの庭。だが、誰も無傷で婆さんの玄関にたどり着いたものは居ない。
そしてイタズラされた者が、菓子をねだるのは恥だ。
僕らはこの3年間婆さんの巧妙な罠に阻まれ続けていた。
今年は婆さんの家を交互に見張り、様子を探った。
婆さんはたまに買い物に出かけるくらいで、別段対策しているようにも見えない。
今年は罠を仕掛けていないかも知れない。
僕らの楽観的な予想は、庭に入った瞬間落とし穴にはまった仲間によって覆された。
恐ろしい庭だった。落とし穴だけではない。草を結んで作られた罠、絵の具入りのバケツ、飛び石にはグリースが塗られている。
僕は時に迂回し、時に犠牲となった仲間の身体を文字通り乗り越えてついに玄関へとたどり着いた。
高鳴る胸を押さえて呼び鈴を押す。その一瞬、妙な手応えを感じた。
上か!
僕はとっさに飛び退いてバケツの水を避ける。
危ないところだった。
安堵しながらもう一度呼び鈴を押すが反応がない。
どこかで様子をうかがっているのか。
「ジョニー! ガレージを見ろ!」
仲間の叫びに僕は頷き、そちらへと慎重に足を向けた。
家と見せかけてガレージとは。
それはリデル婆さんが仕掛けた最後の罠だった。
そしてそこで僕が見たものは。
「車がない!」
そう。
リデル婆さんは外出中だった。
僕たちは無人の家に突貫し、罠にかかり、そして肝心のリデル婆さんにすっぽかされるという、究極の敗北を喫したのだ。
「なあジョニー。来年からここに来るのやめねえ?」
オイルまみれのトムが情けない声で言ったので、僕はヤツの胸ぐらをつかんで言い聞かせた。
「いいか、よく聞け。負けることが恥なんじゃない、戦いを放棄するのが恥なんだ。僕は絶対諦めないからな」
他のメンバーも一様に頷く。
ボーイスカウト魂というものを、あの婆さんに見せつけてやるのだ。
そして一年後。
さらなる恐怖が僕たちを襲う。