凍えそうな夜。
 寒い寒い風が外に吹き込んでいましたが、少年は布団の中で温々と眠っていました。
 両親に散々念を押しておいた新しいゲーム機。
 少年の目論見通りなら、明日の朝にはそれが枕元に置いてあるはずでした。
 そのことを想像して、少年はほくそ笑みます。
 そろそろ、両親のうちどちらかがプレゼントを持ってくるはずでした。
 はたして、ドアがゆっくりと開き、誰かが部屋に入ってきます。
「パパ?プレゼントは何?ゲーム機買ってくれた?」
 人影は答えません。
 手には大きな袋を持っていましたが、中身は空っぽのようでした。
「メリークリスマス。君にプレゼントを持ってきたよ」
 それは少年の知っている声ではなく、しわがれて枯れた声でした。
「パパじゃない!」
 少年は悲鳴のような声で叫びました。
「泥棒!」
「おやおや、パパのふりをしようと思ったけれど、ばれてしまったね」
 ゴムで出来たマスクを剥がすと、そこにいたのは少年の父親ではなく、薄汚れた赤い服を着た、大きな男でした。
「泥棒ではない。本当にサンタクロースなんだよ」
「嘘だ!サンタクロースなんているもんか!」
 少年はサンタクロースなんて信じていません。
 毎年プレゼントを買ってくれるのは両親でしたし、しつこくねだっておけば必ずそれを買って貰える、と言うことを知っていました。
 お年玉だってそうです。
 甘えて、ねだっておけば、だいたいのものは手にはいるのでした。
「君のようにサンタを信じない子供が増えるのは大変嘆かわしいことだ」
 にたり、と笑った男は、しかし全然悲しそうではありませんでした。
 口調も何処か冷たい響きを秘めています。
 それは、昼間いつも虐めている隆司少年に言ったのと同じような調子であるということを、しかし少年自身は気づいてはいません。
「誰かー!!」
「ハハハ、叫んでも無駄だよ。サンタなんて居ない。君のお父さんもお母さんもサンタの存在を信じない。だからサンタクロースなんて居ないし、君の部屋にはサンタクロースなんて居ない。サンタクロースが居るなんて叫んでも、誰にも聞こえない。判るかい?ここにいるのはもうサンタクロースじゃないんだよ」
 男は爛々と輝く瞳で少年をのぞき込み、それから意地の悪い笑みを浮かべました。
「サンタクロースはプレゼントを持ってきてくれるが、サンタを辞めた私はプレゼントなどあげない。だが、変わりに君を連れて行こう。クリスマスプレゼントに、私は君を貰うのだ」
 垢じみた手でベタベタと少年を触りながら、男は笑いました。
「ハハハハハ、これは良い悪い子だ。いや、良い悪い子というのは変かな、ハッハッハ。ワハハハハハハ」
 少年には全然面白くありません。
 しかし男は笑い続けます。
「こりゃあ良いぞ。今年は良いプレゼントを見つけたものだ。ハ、ハハ、ゲァハハハハハハ」
 少年は男の手を振り払い、ドアの方へ駆け込みました。
 しかしいくらノブを捻ってもドアは開かず、まるで鍵でもかけられたかのようにしっかり閉じています。
「たすけてー!」
 必死でドアを叩いても誰も来ません。
 外には全く聞こえていないようです。
「おやおや、君は人の話を聞いていないのかね、外には聞こえないと言っただろう。いやいや、しかし悪い子なのだから人の話は聞いていなくて当然かな、これは見込みのある子だ」
 猫でも掴むように少年の襟首を捕まえると、男は物凄い力で少年を持ち上げます。
 あっ、と思うまもなく少年は袋の中へ放り込まれました。
 男は少年を袋に詰め込むと、口紐を頑丈に縛って出られないようにしました。
 袋は生臭いにおいのする革で出来ていて、引っ掻いても暴れても破れそうにはありません。
「出してよ、出してよー!」
 少年は泣き出しましたが、袋の中からでは前にもまして声は小さくなり、外には聞こえなくなるようです。
 突然ふわっと軽くなったかと思うと、袋は宙に浮いたまま止まっています。
 少年は、自分が担ぎ上げられているのだ、といことを知りました。
 男が囁きます。
「君は悪い子だから新聞など読まないだろう。
 だから教えてあげよう。
 クリスマスにはこうやって何人もの子供がさらわれているのだ。
 しかし、クリスマスの幸せなニュースに隠れてそんな事件は新聞の隅の方にしか載っていないのだ。
 さらわれるのは悪い子ばかり、そんなニュースをしても仕方がないだろう?
 そして今年は君の番というわけさ」
 男は窓を開けて、外に止めてあったそりに袋を載せました。
 主人が帰ってきたことを知ると、繋がれていた8頭のトナカイはうれしさで鼻を鳴らしました。
 月光の下で見えたそのトナカイの瞳は、まるで山羊のように黄色く光っていましたが、もちろん袋に入れられている少年はそんなことを知りません。
 男はムチを鳴らしてそりを走らせます。
 そして大きな声で歌を歌うのでした。

 
「サンタクロースはもう居ない
 サンタクロースはもう居ない
 サンタを辞めた人さらい
 悪い子さらって闇の中
 悪い子さらって闇の中」

 


めでたしめでたし。