隆司少年は、いじめっ子の言うことが信じられませんでした。
 しかし、それを確かめるにはなんとしてでも起きていなくてはなりません。
 帰ってからすぐに昼寝をしたり、クリスマスのケーキを食べた後、こっそり戸棚から苦いコーヒーを出して飲んだりしました。
 すぐに眠らないようにするためです。
 ベッドに入る前に隆司少年はお母さんに尋ねました。
「お父さんは?」
「まだ仕事だって。今日は遅くなるからってさっき電話があったわ」
「そう」
 隆司少年の父親はいつも仕事で帰りが遅く、平日は滅多に顔を合わせることがありません。
 休みの日も寝ていることが多いので、最近ではあまり一緒に遊んだり出掛けたりすることもなかったのでした。
 遅くなる、ということはいつものように真夜中に帰ってくる、ということです。
 でも、隆司少年は頑張りました。
 月明かりで本を読んだりしながら、必死に起きようとしました。
 しかし、やはりどうしても、うとうとしてしまいます。
 無理もありません。
 こんな夜遅くまで起きていたのは生まれて初めてのことでしたから。
 瞼がどうしてもくっついて眠ってしまいそうになった時。
 誰かが部屋に入ってきました。
 背広姿のその人影は、足音を立てないようにして静かに近づいてきます。
「お父さん…………?」
 その通りでした。
 月の光で照らされたのは、紛れもなく隆司少年のお父さんなのでした。
「なんだ、隆司。起きていたのか」
「やっぱり、お父さんがプレゼントを持ってきてたの?じゃあやっぱりサンタなんて居ないの?」
 お父さんは、真っ赤の包み紙の大きな箱を抱えていました。
「やっぱり本当だったんだ。サンタの正体はお父さんで、本当はサンタなんて居なかったんだ…………」
 隆司少年は目からポロポロと涙をこぼしながら、お父さんを見つめました。
 けれども、お父さんは微笑んで隆司少年を見つめていました。
「そんなことはない」
 お父さんは背広の内ポケットからキラキラと光るカードを取り出しました。
「ごらん」
 そこにはなにやら難しい漢字でたくさんの文字や数字が書かれていましたが、隆司少年にも読める部分がありました。
『サンタクロース』
 どういうことなのでしょうか。
 隆司少年には判りません。
「これはサンタクロースの免許証なんだよ」
 お父さんは優しい顔で続けます。
「子供が生まれると、お父さんか、もしくはお母さんがサンタクロースの免許を取りに行くんだ。そして、子供がサンタを必要としなくなるまで、毎年サンタクロースになってプレゼントを届けるんだよ」
「みんなに?」
「いいや、お父さんがプレゼントを届けるのは隆司にだけだ」
「じゃあ、他の人には?」
「その家の、お父さんやお母さん、あるいはお爺ちゃんやお婆ちゃんがサンタクロースになってプレゼントを届けるんだ。例え、地球の裏にて居てもね」
「赤鼻のトナカイは?」
「トナカイは、うちじゃ飼えないからね。ガレージにそりも置けない。そこは隆司に謝っておかないとな」
 お父さんは笑いました。
「でも、お父さんは正真正銘のサンタクロースなんだよ」
 隆司少年は、部屋がうっすらと明るいことに気がつきました。
 そしてそれが電気の光ではないことにも。
 光っていたのはお父さんでした。
 背広を着たお父さんの姿がぼんやりと光っていたのです。
 白いひげも、トナカイもいないけれども、サンタの衣装は着ていないけれども、お父さんはサンタクロースなのでした。
「さあ、もうお休み…………」
 お父さんが手をかざすと、隆司少年は急に眠くなっていきました。
 サンタの正体がお父さんなんじゃなくて、お父さんの正体がサンタクロースだったんだ。
 隆司少年は嬉しさと安堵心に満ちた表情でゆっくりと眠っていきました。
 目を閉じるほんの一瞬、隆司少年は自分の体もぼんやりと光っているのを見ましたが、すぐに眠くなって目を閉じました。
「メリークリスマス、隆司」
 隆司少年が完全に眠ると、お父さんはそういって部屋を出ていきました。
 ぼんやりと光る足跡を残して。

 翌朝。
 よく晴れた、冬の朝でした。
 隆司少年は何も覚えていません。
 けれども、ベッド枕元には、隆司少年が欲しがってやまなかった、赤いスポーツカーのラジコンがおいてあります。
 隆司少年は目を輝かせ、階段を躓くようにして駆け下りていきます。
「あかあさん!見て、サンタさんが来た!おとうさん、サンタさんがラジコンくれたんだよ!」
「おお、そうか。よかったなぁ」
「よかったわねぇ」
 お父さんとお母さんはにっこり笑い、それからお互いの方を見てウインクをしましたが、隆司少年の目は抱えたラジコンの方を見ていました。
「よし、じゃあせっかくだから外に走らせに行くかい?」
「行こう!」
「ほらほら、まずは朝ご飯食べてからにしなさい」
「はーい」
 大事そうにラジコンを抱えたまま、隆司少年は食卓へと向かうのでした。


おわり。