「どうにかしろ。仮にも神なんだろうが」
「仮じゃなくても神ジャン」
「神は万能なんじゃなかったのか」
「万能だけど時間が無いジャン。そろそろ帰らないと、スモーキーの肉体が崩壊するのねん」
「崩壊って何だよ」
「文字通り、神であるあちきらを受け入れているにしても、あちきらが神としての力を振るうにはスモーキーの肉体は狭すぎるジャン。
 よって、外部に擬似的な神経網を作って一時的にスモーキーの脳領域を拡張させる事で今我々は神として力を振るってるジャン。
  だから当然外部組織である神経網はすごい勢いで死んでいくし、いずれはスモーキー自身の脳と肉体も破壊されるジャン」
「つまらない漫才やってるからだ」
「あれは実時間にして1虚空秒にも満たない時間ジャン。ほとんどは再構成にちゃんと使ってるのねん」
「で、結局どうなるんだ俺は」
「あれこれせっかちな人間ジャン。最低限の仕事はしたから後で聞かせるジャン」
「アディオスー、アミーゴー」
 去っていく。
 妙な心地よさがあった。
 俺の世界が帰ってきた。涙が出そうだ。
 結局、精神攻撃に対抗するための処置は不完全ながらもどうにかした、と言うことらしい。
 それにしても。
 アレが、神の一部か。知らない方がよかったなぁ。
 宇宙意志? 嫌な意志だなぁ。
 精神の基底からして異なる概念の持ち主であるから、理解しようという行為自体が無意味なものなのであろうが、やっぱり知りたくなかったなぁ。
 何だってスモーキーはそんなものと意志を通じ合うんだろうな。
 きっと物好きの最終形態なんだろうな。
 しかし、あれだな。どうやって戻ればいいんだ。
 視覚化されているとはいえ、俺の意識は深層心理の領域に向けられたままで、つまり昏睡しているのと変わりがない。
 さすがにこんな状況から目を覚ます方法は思い当たらなかった。
(心配しなくても、今から戻すジャン)
(スモーキーも戻したしねー)
 電波を送らなくてもいいから、行動で示してくれ。
 と、奇妙な浮遊感に包まれた。遥か彼方に白い光が明滅したかと思うと、そこに向かって引き寄せられる。
 現実に近づくに連れ伴う重圧。肉体と同化する時の苦痛。
 肉体とは、これほど重いものなのか。
 その光が瞼の隙間から差し込む光だと気付き、酩酊感を払拭するようにゆっくりと目を開けた。

「おはよう。快適な眠りだったかい?」
 スモーキーの顔が近くにある。
 しかし、顔や髪には白い粘着質のものが張り付いており、気持ちが悪い。
 不自由な状態で顔を動かしてよく見ると、俺の身体にも付着している。というか包まれていて、巨大な繭の中にいるようだ。
  顔の部分だけぶち破ってあるのが、棺桶みたいで縁起悪ぃ。
「なんだこれ?」
「エクトプラズムによる繭だよ。まぁ簡単に言うとタンパク質で出来た膜って感じかね」
「タンパク質?」
「タンパク質。100%純タンパク。疑似シナプス形成のために必要なんだよ」
「ぐはーきたねー!」
「大丈夫、不純物はないし、出所も僕の口からだから」
「余計に嫌だろうが!」
 俺はどうにか振り払おうと暴れたが、繭はしっかりと俺の身体を包み込んでいてビクともしない。繭というより、蜘蛛の餌だ。
「興奮するのはあまり身体に良くないよ、ムッシュー」
「で。どうして俺は、この不浄物に捕われているんだ?」
「無視しないでくれないかな、ムッシュー。僕は悲しいよ」
 文句があるなら、視界の外で囀るな。どうせ、このゲロ繭に近付くのが嫌なくせに。
「まさか、そこにマリィがいるのか?」
「そうだよ。僕の復活のためにマリス嬢が呼んだんだ」
 今度は耳元で声がする。ガードレスだな。お前は近付きすぎだから、離れろ。
「まさか、そこにマリィがいるのか?」
「うん、いるよー。やっほー、ムッシュー」
「まさか、そこにマリィがいるのか?」
「だから、いるってばー」
「まさか、ゲロの繭でちっとも見えないが、不純物に近付かない安全圏にマリィがいるのか?」
「……ちゃんと近くにいるよ、ムッシュー」
 なるほど。そういえば、視界はスモーキーの顔で塞がれているな。
「スモーキー、少し離れろ。回りが見えん」
「無茶言うな。一緒に括り付けられているのに」
 想像しようとして、止めた。すげぇ見苦しい。
「で、お前は貼りついて何してるんだ?」
「こっくりさんとエンジェル様を共有してたんじゃないか」
 ああ、なるほど。そういえば、さっきまで俺の精神にも寄生してたな。擬似シナプスを形成してスモーキーと俺に干渉してといると言ったが、こんな密着するほど近くとは。
 とはいっても理由が分かったところで見苦しさが減退したわけじゃない。むしろ、息苦しさが増した。というか、さっきのはこんな見苦しい儀式の結果引き起こされた事象なのか。
 可哀想だな、俺。
「で、どうして俺はまだこんな状況に置かれているんだ? 早く自由にしろよ」
「僕の復活のために必要なことなんだよ」
 見えない姿で喋るな、ガードレス。スモーキーの腹話術みたいで不気味だから。いや、ガードレスのエデンの余波を受けていないということは、本当にスモーキーを媒介に喋っているのか。サルベージした魂に自由意志などやるな。どっか押し込んでおけ。
 ま、マイナスとマイナスを掛け合せるとプラスになるからな。スモーキーが普通に振舞えるわけか。
「ガードレス氏が、きみのと同じ型の身体を所望してね。今、検査中なのさ」
「こんなところにいられるか。ぶち破ってやる」
「ダメだよ、ムッシュー。もうしばらくそこにいてくれたまえ」
「ふざけんな、このファッキンメガネ」
「おや、誰が眼鏡をかけているんだい、ムッシュー?」
「知るか。この世にメガネをかけたヤツが誰一人いないと言えるのか?」
「いや……そこまで言わないけど……」
「別にお前が知ってる必要はない。俺は、お前が知らないメガネをかけた何処ぞの誰かに勝手に悪態をついただけだ。別にお前が気にする必要はないぞファッキンメガネ」
「誰彼なく誹謗中傷するのはよくないよぉ」
「お前に誰彼の判別が出来なくとも、俺にはちゃんと一人の人物を指す固有名詞なんだ。気にするな。あと死ね!」
「……分かったよ、僕が悪かったから、もう少しじっとしててよぉ」
「駄目だ、今すぐだ」
 感情が急激に高ぶる。興奮から激昂に変わるまで、瞬く間に精神が激情する。
 視界が血の色に染まる。脳に負荷がかかる。焼ける。
 それが、急速に萎んでいった。呆気ないほど、急に。
(障壁が働いたジャン。当分、大丈夫なのねん)
 なるほど、また精神干渉か。殺意が膨らむ前で良かった。
 この場合、繭に拘束されていたのは僥倖だったという他はない。
 少し身体がだるさを訴えた。口論を止め、脱出する努力を放棄する。
(助かった、礼は言っておく)
 ずぶぶ、と身体がタンパク質に沈んでいく。嫌な感じだ。
「……うぅ、ごめんよムッシュー。今度から眼鏡は欠かさないようにするから、許してよぉ……」
「別にメガネに興味はない。好きにしろ」 
「……ふぇ?」
 何だってまた、あれほど急速に眼鏡を憎みだしたのか判らないが、たぶん記憶の中にあるマリィの初めての姿が眼鏡をかけた義体であったこととは無関係ではあるまい。
 記憶から喚起されて、精神を暴走させられる。攻撃衝動を操作されて自滅するようにし向ける、そういう干渉だったのだろう。マリィに襲いかからなかったのは、単にいま身動きできないからだ。
  もし自由になっていたなら、誰それ構わず襲いかかっていただろう。
 けだるさは起きあがる気力を無くす。
 タンパクの海に沈むのと、やせ我慢して起きる努力。
 秤に掛けてみるが、時間の無駄そうだ。
 素直に大人しくしていよう。
「俺を閉じこめといてどうしようっていうんだ?」
 スモーキーは、俺とマリィを交互に見やり困惑したように答えた。
「何でこっちに聞くんだ? ま、ガードレスの希望により、君のような身体がいいとのことだったから、DNAサンプルの解析のために拘留しているんだ」
「著作権侵害で訴えるぞ。勝手に解析するな」
「これも発展のためだよ、ムッシュ十六夜」
「人でなしの真似すんなスモーキー」
「失敬だよ、ムッシュー」

 外でマリィが何か言っていたが、無視した。好意的に応対する要素がない。

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