俺はアブソリュートの軌跡をたどって歩く。
 敵の居場所は知らないが、別れた闇は俺の分身だ。
 記憶をたどるように歩けば自ずと道は開けてくる。
 古びたオフィスビル。持ち主がいるようだが別に断る必要もないだろう。
 階段を上って屋上にでる。
 夜風に、生臭さが混じる。
 成る程こりゃあ凄い。
 我が事ながら俺は少し驚いた。
 敵は姿を隠すために「黒い」戦闘服を着ていたのだろう。
 残されているのは、僅かな遺留品と「赤い」レーザーサイトだけだ。
 えぐられた肉と血の痕跡が僅かに残っているが、それが人であったかどうか知っているのは俺だけだろう。
「ちょいとやりすぎたかな」
「ああ、まったくだ」
 気配には気付いていたが、聞き覚えのある声には驚いた。俺は視線を声のほうへと移す。
 闇の中から男が現れた。
 ネオンを反射していた丸眼鏡から射るような視線が俺に向けられる。
 ダグラス。
「まさか、自らお出ましとは思わなかったな」
 ダグラスは、それには答えず、躯となった部下の姿を見下ろしていた。
 その首が、左右に揺れる。
「お前は、やり過ぎた。手持ちの兵隊も、有能な方から欠けてしまった」
「それで、アンタが相手をするのかい?」
 ダグラスはもう一度かぶりを振った。同時に、頭上から気配が迫る。
 俺が横に飛びのくのと同時に、落下してきた何かは元居た場所を灰燼に変えていた。 古いとはいえ、鉄筋コンクリートを、だ。
 砂塵の中から現れたのは、悪夢だった。ランツエンレイターという名の。
「いきなり切り札とは豪気なことだ」
「邪魔な芽は早めに摘む。君から学んだことだ」
「授業料をもらってないぜ」
「葬式がいらない身体にはしてあげよう」
 ダグラスはパチンと指を鳴らす。
 それに反応して、ランツエンレイターが動いた。
 速い!
 眼前に迫った腕をかわす。こいつの能力は判らないが、捕まれたらまずいということだけは判る。
 逃げよう。
 即座にそう判断する。体裁は、あとで取り繕おう。
 踵を返そうとしたした刹那、眼前を何かが通り抜けた。
 恐る恐る視線を戻すと、ランツエンレイターの手首の辺りから生えた何かだった。
 それが何かより、射程が伸びたことが問題だった。逃げにくい事この上ない。
 棒状の突起が、手首へと吸いこまれていく。肘の辺りから別の先端が突き出ていた。
 俺は身体を捻った。その部分を貫くように、突起が射出された。
 確か、マリィのデータによれば槍使いだったはずだ。パイルバンカーも槍に入るのか。
 装着系能力、ってとこか。割とレアなタイプの能力者だが、興味深く見入っている場合ではない。
 黒影が視界から消えた。チッ、下か!
 身体が反応するより先に宙に浮いた。見事な足払いに、弧を描いて頭から落下する。
 それを紙一重で避け、素早く横転して射程から逃れた。はずだった。
 早過ぎる!
 首筋になま暖かい感触がある。出血は大したことはない。本当にかすった程度だ。
 右手にそれを塗りつける。
 血の赤に喚起され、急速に闇がにじみ出す。
 試すわけではないがやってみる価値はある。
 可能な限り、闇を広げていく。辺り一面を覆うように。
 普段よりも苛烈な能力の使用に、胸の辺りが痛む。だが死ぬよりマシだ。
 ランクZとはいえ、この闇を突破できるか。
 一面に広げ、俺はビルから飛び降りる。
 落下の衝撃はかなり激しかったが何とか受け身を取って見上げる。
 濃密な闇。しかしそんなものに望みを託さなければならないとは。
 それにしても、試してみる価値はあるものだ。
 「アブソリュート」は、血の赤を極端に忌避する。だから、普段は血から「アブソリュート」が生じることはなかった。多分、血そのものではなく、「血に染まった肌」であったことが「アブソリュート」を中途半端に生じさせた要因なのだろう。
 その代わり、血で呼び出した力には、通常にはない効果があった。
 普段は、食欲しかない闇だ。けれど、この闇は命がない。
 命がないから、俺の意思で自由に操れる。
 自由とは程遠い作品を見上げながら、俺は体勢を整えた。
 その闇が、光に切り裂かれる。
 光源が炎だと気づく頃には、大音響とともにビルが灰燼と帰した。
 警報が、今更ながら頭の中に響き渡った。


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