それから俺達は具体的なプランを練った。
如何にして、ダグラスを孤立させるか。
今すぐ突撃してダグラスをぶち殺す、というのは双子の能力をもってすれば造作もないだろうが、双子が全開で能力を使うと都市そのものが吹っ飛ぶ。
冗談抜きで。
頼りにはなるが、こいつらと一緒に居るぐらいなら、正直に言って核兵器でも抱いていた方がマシだ。
こいつらははっきり言って非常手段であり、自爆を覚悟で使う強力な爆薬のようなものだ。出来れば正面きっての揉め事は避けたい。
都市を管理しているエクスィードと真っ向からやり合えば、関連企業はおろか保安局や治安維持部隊とも争う羽目になる。
そんな方法では真実には到達しないだろう。
ランクZの行方。
俺の半身の所在。
そしてダグラス自身の目的。
あいつ自身が優れた能力者であり、また策略家であることは認めるが、それでもエクスィードの中核にまで潜り込み、あれだけの私兵を揃えるなどということはどう考えても不可能だ。
エクスィードが子供番組に出てくる悪の秘密結社などというものではなく営利組織であることを考えればダグラスの暴走が黙認されるはずがない。企業全体でダグラスの企みに賛同していることは間違いないだろう。
問題は、それが何なのか、という事だ。
今回の一件は相当根が深い。
まだるっこしいのは好きではないが、からめ手で少しずつ切り崩していくしかないだろう。
嫌がらせの域から、エクスィード中枢に直接働きかけるものまでいろいろ案が出されたが、結局決まったのは、意外なことに双子の出した案だった。
「あいつの部署を奪っちゃおー」
無茶な、と俺は思ったが、このメンバーにそんな意見は通るはずもない。最初に興味を示したのはいつものようにマリィだった。
「面白いね。それで行こうか、諸君」
「どうやってそんなことを実行するつもりだ」
「非合法な方法が、まっとうな手段で達成されるわけが無いじゃないか。まぁ取り敢えずは明日の重役会議ででも、新部署設立を働きかけてみることにするよ」
「必要なのは、その社員と実行部隊……か。それが俺達というわけだな」
「それで、どこから始めるの?」
「手始めに、この部署を頂こうか」
マリィの話によると、ダグラスはエクスィードの暗部を司っているらしい。そのせいか、ヤツの担当部署は結構な数がある。マリィが指差したのも、もちろんリストの中の一つだった。
「カンナビス・マーケティングリサーチ? そんな下請けに意味があるのか?」
「もちろんだよ、ムッシュー。カンナビスは、表向きはエクスィードの市場調査をしているけど、その実、エクスィードの人事権を独占している企業なんだ。人事顧問が言うんだから、間違い無いよ」
「誰が言ったんだよ」
「僕」
……。こんな奴が人事顧問やってるくらいだから、社内はさぞかし引っかき回されていることだろう。
エクスィード人事課の連中のことを思い、かすかに同情する。
「ま、人事顧問が言うんだから間違いはなかろう。取り敢えずはエクスィードに入社、からだな」
「私たち、どう考えても顔を知られてるわ」
「他人の空似って事だってある。なぁ、ゴールディ」
そう持ちかけると、奴は鷹揚に頷いた。
「社員証を二人分、だな。本物を調達しておこう」
いつもの横柄さが戻っているので、どうやら家族の治療の目処が立って復活したらしい。
キザでスカして偉そうな上に金に汚い奴だが情報戦では頼りになる男だ。プロの潜入員のお手並み拝見、といったところだな。
調達の方法がどんなものかはしらないが、ただ、確実に本物を取ってくるだろう事は確かだ。奴は今まで潜入員としてのミスを一度も犯さなかったのだから。
……どうせ、凶眼だろうが。こいつには他の取柄らしいもの、ないし。知覚を操作できる、という奴の能力は人間でもコンピュータ相手でも効果を発揮するらしい、と耳に挟んだことがある。
あ、でも、ハッカーとしての腕も一流なのか。なんといっても、マリィのとこの情報を盗んだぐらいだし。
「それで、カンナビスで何をすればいいの?」
『そうだ〜』
「残念ながら、あそこは女社長の趣味で、男性社員のみなんだよ。だから、マドモアゼルたちは裏工作をお願い」
ハーレムか。やな予感がする。
「で、俺たちの任務は?」
「あの会社は、内部査察が仕事なんだ。だから、査察のための移動は、人事も口出しできない。それを良いことに、ダグラス君は、配下の三下で人事課を独占しかけている」
なるほど。マリスたちに社員を消させ、俺たちが代わりに入る。まず、自分のシェアを拡大していくというわけか。
「違うよ、ムッシュー。君たちの仕事は、彼らの攪乱、妨害、およびヘッドハンティングだ」
「ヘッドハントって……文字通り、の意味じゃないよな」
「引き抜いた後はこき使ってボロクズのように捨てるけどね」
堂々と言うなって。
「で、それと平行して人事を動かし、マドモアゼル達をエクスィードに引き入れる。もちろん別の部署に、だけど」
「気の長い計画だな」ゴールディが感心とも揶揄ともとれる発言をする。
「人一人も社会的に抹殺しようと言うんだ。然るべき備えはしておくべきだと思うけどね」
「一つ質問が有るんだが……いいか?」
「何なりと、ムッシュー」
「その、女社長の年齢を教えてくれ」
それは、俺たち二人にとって文字通り生死の鍵を握るのだ。尊厳、という名の生死を。
「なるほど、ヘッドハントする相手の情報は必須だよね」
「え!? 女社長を引き抜くのか?」
「当然だよ、ムッシュー。先人もこう言ってるよ。馬が欲しけりゃ、将ともども……」
「全然、違う。大体、誰が馬なんだよ」
「誰でもいいよ。全部、潰すんだから」
微笑ながら、マリィはワインを一口含んだ。空恐ろしいことを。
「ちなみに、僕の記憶が確かなら、ニーナは還暦ではなかったかな?」
……もっと空恐ろしいことを。
「大丈夫。外見は妙齢の女性だよ。年齢不詳の妖艶な美女と評判だから」
……なら、誤魔化せよ。本当の歳を知ってて欲情してしまったら、自己嫌悪の嵐だろうが。
「もう一つ質問していいか?」
「なんだい?」
「その女社長を落とすのは、俺の役目じゃなくて、こっちの金髪優男君だよな?」と、 俺はゴールディを指す。
「ムッシュー、彼女はエキゾチックな東洋系の美男子が好みらしいよ」
「そういうことらしい。良かったな、還暦を超えていても美人だそうだ。ナイトの役目はお前に譲るよ」
嵌められた。こいつら、変にコンビネーションをとりやがる。
「良かったわね、がんばって」
「十六夜、年増好みだったんだ〜」
やめてくれ。
「ちなみに、副社長はアーリア系の美男子がお好みらしいよ」
「……へ、へぇ。……でも、副社長は要らないんじゃ……」
「ものには順序があるよ、ムッシュー」
くっくっく、ざまぁ見ろ。お前も道連れじゃ、ゴールディ!
「これ、写真」
……何ぃ! どこぞのスーパーモデルの写真だ!
ゴールディは嬉しそうに席を立った。鏡の前で、髪のセットをしている間に刺されちまえ。こん畜生。
「……ねぇ、マリィ。社員は男だけじゃなかったの?」
トイレに向かったゴールディを横目で見ながら、マリスが呟いた。不覚にも、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「もちろんだよ、マドモアゼル。彼は、頼りになるお兄さんが好みだそうだ。不思議だね、同性愛って」
「どう見ても女なのになぁ」俺は写真をまじまじ見て呟く。
「心は紛れもなく女性なんじゃないかねぇ」
いつもながら無責任な発言だ。
「トランスジェンダーというわけでもあるまいに」
「人の心なんてどうでもいいんだよ、ムッシュー。解釈によってどうにでもとれるんだからね。大切なのは過程と結果さ」
「つまり、お前はこういいたいわけだな。『俺たちに犠牲になれ』と」
「要約するとそういうことだね」
俺はマリスの制止を振り切って、マリィを張り飛ばした。
「お前に俺がこれからしなくちゃならないことの苦労が分かるか!」
「……いや……涙ながらに語られても……そんなに?」
「マリスぅ、俺が汚れる前に、お前の身体で清めてくれぇぇぇぇぇぇ」
「……キーちゃん、コーちゃん」
『らじゃ〜』
熱と光の本流に包まれ、暴走した俺の意識は途切れた。その暗闇は、永遠にも似た安息に満ちていた。
「……どうかしたのか?」
前よりも一割増カッコ良くなったゴールディが、その惨状に目を丸くした。
「壊れたね〜」
「燃え尽きてるしね〜」
くそ……パーマがかかっちまった……。
熱で縮れた髪に手をやる。
アフロというほどではないが、ボリュームは増したような気がする。
「凄い技を持っているな、十六夜。びっくりしたぞ」
「お前には、これが技に見えるのかっ!」
「怒るな、ただのジョークだ」
「大人げないわね」
「十六夜、アフロ〜」
もとはといえば貴様らのせいだろうが、この脳味噌プリン!
とは思っていても口には出せなかった。
口に出すと、死ぬ。殺される。
「……まあ、泣くほど嫌なら、この幻覚剤を使うといいよ」
俺はマリィの出したものを奪い取った。どうやらゴールディの分も含まれているようだが、俺は瞬間アフロの技を体得させられたのだ、彼には男スケコマシの妙技を体得してもらうとしよう。
「くっくっく」
「……最低ね」
『最低ね〜』
そうだ。ものは考えようだ。俺の相手は、生物学上はまだ女だ。
……いや、究極の選択か。見た目のいいババアと見目麗しい男。
どっちも嫌だ!
「泣くなよ、十六夜」
「これが泣かずにいられるか!」
「お前の相手は女だ。年齢など些細な問題だろう」
……?「お前の相手は女」ということは?
「ひょっとしてお前……自分の担当が誰だかご存じ?」
ゴールディは頷いた。
「社長以外は全員男と聞いている。性別上は、男なんだろう」
「よく冷静でいられるな。」
「それが仕事というものだ。それに、別に肉体関係に及べとは命令されていない。容易な仕事だ」
これからはゴールディに対する評価を改めなければならない。
……こいつ、スケコマシでも十分食っていける。
母親も弟も病気だったから、きっと仕事の選り好みなどなかったのだろう。苦労人だなぁ。
だが!
「嫌なものは、イヤー!」
「薬を使っていいのなら、良い方法をあとで教えてやるが」
「ゴールディさん! 師匠と呼んでもいいですか!」
嫌そうに突き放してくるゴールディが、俺の目には後光が差して見えた。彼がいれば、俺も貞操とプライドを保ったまま、任務をまっとうできるだろう。
出来ることならこんな仕事自体、したくないが。