ブリギッドの受難 3



 闇の中、街灯に照らされる緋色のケープに向かってハルカは片手をあげた。
「よう。先に始めてるぜ」
 用心深く歩を進めてきた緋色の魔術師、アンナ・バーンスタインはそこにいるはずのない人物の姿を認めて目を丸くする。
「ハルカちゃん!? こんなところで何してるの!?」
 着くやいなや『村人が襲われている』との一報を受けて駆けつけてはみたが、そこに居るのは村人のはずもない自分の伴侶。何がどうなっているのか、頭が混乱しかける。
「話せば長いんだけど、とりあえずこれ片付けないと」
 アンナはうなずきハルカに歩み寄りつつも詠唱を開始する。 
「回る回るはうつしよの 今は失せたる物ばかり。猫の足音、おうなの御髭、岩の根っこに熊の腱。今は聞かざる魚の吐息、叫びて飛ばぬ鳥のつば。回り回って縒り合えばやがては解けぬ細い糸」
 童謡のような詠唱に伴って、アンナの両手から魔力が流れ出し、鎖を形成する。浄化の魔法を極限まで圧縮し、物性をも備えるほど高密度に形成した魔法の 鎖。陣と儀を使用した大規模な祓魔式を必要とせず、物理的手段でもって魔を祓う近接格闘浄化式。善なる魔法使いが魔との対立で編み出した一つの極致。
 アンナは鎖を鞭のように大きく一度しならせて勢いを付けた後、氷の棺ごとブラックドッグを縛り上げる。アンナの魔力に呼応して鎖は限りなく伸び続け、棺を幾重にも覆った。
「砕け!」
 アンナの命令で青白い魔力の奔流が棺を粉砕する。
 気づいたのはハルカの方が先だった。地を蹴ってアンナを抱きかかえる。
 地面から飛び出したそれが、アンナのいた場所に着地したのは一瞬の後だった。
 二人は地面を転がりつつもすぐに体勢を立て直す。
 土中から現れた黒い犬は燃える瞳で二人をねめつけていた。
「穴を掘って逃げたってわけね」
「意外と器用な奴なんだよ」
「褒めてどうするのよ。ここは」
「そうだな」
 示し合わせたようにアンナがハルカの後ろに回る。アンナの手から生成されたその浄化の鎖をハルカが握りしめた。
 かつて炎を操り、6人の魔法少女の中では攻撃の要を担っていたハルカ。だが成長しきった彼女の身には、もはや一片の魔力も残されてはいない。それは魔法 によって相手を浄化することが出来ないという事を意味する。いかに打撃を叩き込もうと、本質的に相手を打ち倒すことは出来ない。
 ハルカただ一人では。
 アンナのもつ浄化魔法をその拳に巻き付ければ、話は別だ。
「久しぶりだな、二人羽織作戦」
「後で理由をみっちり聞かせてもらうからね」
「浮気じゃないから心配すんな」
 鎖から魔力が供給されハルカの拳を包み込む。その流れは透き通った水のように清冽で心地よい。砕けた拳も癒されていくようだった。萎えていた足はしっかりと体を支え、震えも吐き気も収まっている。
 それでも満身創痍には違いなかった。
 弱った獲物から、とばかりにブラックドッグがハルカを狙う。
 ハルカはブラックドッグの引っ掻きを、拳で打ち払った。魔力が反発し、接触面から火花が散る。明確な手応え。
 警戒の唸りをあげるブラックドッグへ、ハルカは笑いかける。
「浄化魔法のメリケンサックってとこかな」
「油断しちゃ駄目よ」
「判ってる」
 浄化の方法は二つ。
 相手を浄化魔法で丸ごと包み込む。あるいは、相手の魔力の核へ直接浄化魔法を叩き込む。
 前者はカレンが、後者はバーバラが得意としていた方法だ。かつてのハルカやアンナも、分類的には魔法で外部から浄化する形式にあたる。外部式の利点は、 広範囲に浄化出来ることと打撃との親和性が高いことだが、欠点として浄化には僅かなロスが存在し、先ほどのように相手に逃げられる可能性がある。
 ブラックドッグのように自分の体を非実体化させられる相手にはやや不利だ。
「核の見当はつきそうか、アンナ」
 ブラックドッグに触れたのは打撃の一瞬のみ。だが『知覚の伸長』という固有魔法を持つアンナにはそれで充分だった。
「たぶんお腹の中心ね。でも打ち抜くのはちょっと難しそうよ」
「というと」
「足止めして。私がやるわ」
「OK」
 静かに息を吐く。一意専心、迷いなし。成し遂げるための、この拳だ。
 体格差によるハンデを考慮し受けの一手で来たハルカではあったが、今までとは逆に左足を前にして半身になった。すなわち、打つための型。
 乱打の必要はない。一撃必殺である必要も、だ。
 ハルカの動きに追従するためアンナが鎖の長さを延長する。
 ブラックドッグは混沌から生まれ出でて以来の奇怪な感覚にとらわれていた。眼前の女傑からは感じ取れるのは、岩の如き圧倒的存在感とそれに反するような静かな鬼気だ。
 それはただ単にちょっと歯ごたえのありそうな獲物でしかなかったはずだ。彼自身の細工によって弱り、多少の消耗こそしたものの罠にも掛けてやった。後はそれを囓り取って、久々の血肉と恐怖の感情を飲み込むだけで済んだ。
 だが獲物だったはずのそれは、今や狩り手と変貌していた。
 あり得なかった。どんな生き物も傷つけば逃げるか、諦める。だがこの生き物は傷つき、血を流し、呪いによって制約を課せられてなお挑んでくる。
“この生き物は一体何だ? 何故逃げない? 何故怯えない?”
 ブラックドッグの逡巡は命取りとなった。
 構えたままのハルカに動きがあったようには見えない。実際、彼が見るところではハルカの上体には微塵の揺らぎも感じられない。それでいて、実のところ距 離は一歩分縮まっていた。上半身の揺れを抑制し、そこにすり足での歩法が加われば、相手に悟られることなく距離を詰めることができる。
 一足一刀の間合いにハルカが届いたとき、すでに勝負は決まっていた。
 噛みつく。切り裂く。突進する。そのためには顎を開く、振り上げる、膝を曲げて重心を落とすといった最初の一動作が必要だ。
 だがすでに練り上げられたハルカの構えはその全てより速い。
 ブラックドッグにもう少しだけ知恵があれば、あるいは慎重さがあれば気づいたかもしれない。アンナ・バーンスタインという名の炸薬を背負ったハルカはもはや人ではない。そこにあるのは5フィート6インチの生ける砲弾。
 右正拳上段突きが乾いた音を立ててブラックドッグの顎をとらえる。全力、全体重、完璧なストローク。鍛錬と克己の果て、積み重ねた血と汗のこもる錬鉄の一撃は、正拳ではなく破城鎚。その異様な重さに頭蓋を揺さぶられ、ブラックドッグの巨体が明らかに浮く。ハルカは踏み込んだ右足を軸にして懐に潜り込む。 上半身を反らして勢いを付けつつ、浮かせた頭部への掛け蹴り。腿の傷口が開くのも厭わず生み出した回転力と脚力で蹴り抜く。
 ブラックドッグの上体が捻れるほどの打撃がもたらす間隙。それはハルカがブラックドッグの真横への打撃を可能にするのに十分な時間。振り上げた足を地に降ろして踏みしめる。両手を腰溜めにし、左足で踏み込みながら放つ諸手突き。
 本来集中すべき力を二つに分けるため、当てた瞬間のダメージは少ない。一撃で瓦数十枚を砕くハルカの突きといえども、核を貫くほどにはなり得ない。
 しかし、打撃とはすなわち波に他ならない。
 体重と加速によって作り上げた衝撃を対象に伝達することで破壊する。波をいかに効率よく伝えるか、打撃の神髄とはそこだ。一つの波は小さくとも、体内で生じた二つの波が中心でぶつかり合えば、波の高さは衝突点で倍以上。
 コンマ数秒の差で放たれた両手の突きがそれを成す。時間差で生じた衝撃波を浸透させ、甲冑の上から相手の内部へ打撃を与える打法『屠龍双雷』。
 ましてや浸透させたのは浄化魔法を込めたものだ。魔力核に直接浄化魔法が浸透するということは、魔力によって身体を形成しているブラックドッグの存在そのものを揺るがすこと。足止めするには十分すぎる破壊力を生む。
 自分の出番はここで終わりだ。
 ハルカは鎖から手を離すと、苦悶の唸りを上げるブラックドッグの脇腹に跳び蹴りを放ち、反動で飛び退いてアンナのために視界を確保する。
「アンナ!」
「其は流れる水のごとく あまねく清きに満ちて 穢れを押し流さん」
 久々に聞くアンナの詠唱だった。
 両手の鎖に青い輝きが宿り、蛇のようにブラックドッグへ巻き付いて縛り上げていく。
 アンナの意志によって無限に伸び、何者も引きちぎる事の出来ない魔法の鎖グレイプニル。その頑強さは、彼女の心そのものに他ならない。高密度の浄化魔法は接触面からブラックドッグの四肢を束縛し、分解していく。
「還りなさい、根源へ」
 凛とした声音でアンナが言い放つと、白煙を上げたブラックドッグは実体を失い、静かに闇へと溶けていった。

 アドレナリンが尽きたのか、急速な脱力感に襲われたままハルカは座り込んでいた。極度に集中したあとは時々こうなる。
 ハルカと違い、アンナは大人になっても魔力を維持している。彼女の祖父曰く、それがバーンスタインの血なのだという。浄化の光を帯び、緋色のケープを身にまとった姿は勇ましく神々しい。
 ただし、こちらを見つめるアンナの視線は何処までも冷ややかだ。
「どうしてハルカちゃんはこんな所に来たの」
「手助けしようと思ってさあ」
 まずい。大変なご立腹のようである。
「あのね。私はもう立派な大人で、こういうことに関しては専門家なの。昨日も言ったでしょ」
「わかってるよ。でもひとりじゃ心配だったんだよ」
「たまたま間に合ったからいいようなものの、あのままだったら死んじゃったかもしれないのよ? ハルカちゃんに何かあったら私がどんなに悲しむかわかってるの?」
「う、悪かったよ。一人で行ったってじいさんに話を聞いたから追いかけなくちゃって」
「大体おじい様もハルカちゃんもわたしのこと見くびりすぎてるわ。今度子供扱いしたら 許さないんだからね」
「はい。気をつけます」
「プレゼントしたジャケットは駄目にしちゃうし」
 アンナの視線の先には脱ぎ捨てたジャケットがある。
「でもあれのおかげで助かったよ」
「助かったよじゃありません!」
「ハイ」
「けがは」
「え?」
「けがは大丈夫なの」
「ああ、うん。平気だよ、ピンピンしてる」
「嘘ばっかり」
 何とか膝に力を込めて立ち上がっていたハルカだったが、頬に衝撃を感じるや自分の視界が地面と平行になっていることに気づく。
「私に叩かれたぐらいでそんな風になっているのに、大丈夫なわけがないでしょう。見たんでしょ、あの眼を」
 あの眼、というはおそらくブラックドッグの眼のことを指しているのだろう。
「うん」
 上体だけ起こすと、ハルカは頷いた。実際の所、このまま寝ていたいぐらいだ。もう一度立ってもそれがやせ我慢だと見抜かれている以上、気分が落ち着くまでこうしている方が良かった。
「あれはね、邪眼なの。視線そのものに呪いがこもっているから、絶対に見ちゃいけないものなの。見たら死ぬのよ」
 アンナはハルカの側にしゃがんで、そう告げる。
「そうか。知らなかったよ」
 先ほど村の男たちが倒れたのも、いま自分の体に力が入らないのも、原因はそれだったのか。
「なあ、ひょっとしてあたし死ぬのか?」
「そのままだとね」
「そりゃ大変だ」
「少しは心配しなさい」
「本当に死ぬんだとしたら、アンナがそんなに落ち着いてるわけが無いさ」
「痛くしちゃうわよ」
「それは勘弁してくれ」ハルカは体を投げ出して仰向けになった。「お手柔らかにな」
 アンナはハルカの上に馬乗りになると、両手をハルカの胸の上に置いた。密着した手のひらから魔力が浸透していく。青白い光とは裏腹に込められた魔力は暖かく、解呪の魔法は速やかにハルカの四肢へと広がっていく。
 アンナはハルカの頬に手を当て、唇を合わせる。アンナの吹き込む息を嚥下すると、喉が熱くなった。唇が離れると同時に咳き込み、しばらくそのまま荒い呼吸が続く。
「ああ、酷い目にあった」
 ハルカは目に浮かんだ涙を拳でぬぐった。夜気を肺に含み、人心地つく。上に重なるアンナの重みさえ生の実感があった。
 全く危ないところだった、などと人ごとのように思う。見下ろすアンナの瞳の端に涙の珠を認めると、余計にそんな気分になるのだった。
「もうこんな事しちゃ駄目よ」
「わかったよ」
 傷ついた拳をそっと差し出してアンナの涙をぬぐう。
「ほんとに判ってる?」
「うん」
「絶対しない?」
「絶対しない」ハルカは念を押してそう言うと、それから一言付け加えた。「今度から一緒についてく」
「それは駄目」アンナは悲痛な表情で頭を振った。「駆除や祓魔の仕事は魔法の力のないハルカちゃんじゃ危険すぎる。そんな所には連れて行けない」
「いいや、絶対ついてくね。一人にしない。危ない目に遭うんだったら、二人で遭う」
「頑固者」
「それはお互い様。それにあたしが危なかったらアンナが守ってくれるんだろ?」
「そうね」アンナはもう一度ハルカに口付けしてから言った。「ハルカちゃんは私のお嫁さんだもの」
「いいね、それ」
「たまにはね」
 見つめあって二人は笑う。アンナの魔法の鎖は頑丈だが、二人の間にある絆はもっと強い。ハルカ自身が魔法を使えるようになることはこの先も絶対にない。それでも一緒にいれば出来ることもあるはずだ。
「今日はここでお泊まりして、明日一緒に帰ろうね」
「この村、宿無いってよ」
「大丈夫。テント持ってきたから」
「さすが。準備万端だな」
「寝袋一つしか持ってきてないから毛布借りなくちゃだけどね」
「パラシュートが代わりにならないかな。結構でかいから二つ折りにしても十分だと思うんだけど」
「パラシュート?」
「そう。あたし、空から来たから。パブの入り口に置いてあるから取ってくるよ」そこまで言ってからハルカはふと思い出した。「おっと。そういえばあいつらは?」
「おおーい……」
 ハルカたちから少し離れたところで弱々しい男たちの呻きが聞こえた。正しくはだいぶ前から呼んでいた。
「こっちも何とかしてくれえ」


−エピローグ−


 痛めたものの、ハルカの拳の程度はそう酷いものではなかった。
 両手に巻いた包帯には魔術協会から提供された治癒の呪符が織り込んである。予定していた試合までには何とか治りそうなことに、ハルカは安堵した。
 現地の調査と魔に汚染された土壌の浄化は新米の魔術師達に任せてある。
 若干のハプニングがあったにせよ、事件そのものは円満に解決した。
 問題はそこからだ。
 ハルカとアンナはジョシュアと正対して座っていた。
 部屋の中で無事と言えるのはソファセットとテーブルだけで、あとは部屋の中で竜巻が起きたと言ったら信じてしまうほど凄惨な有様になっていた。
 これはハルカを危険な目に遭わせたと言って大暴れしたアンナと、その攻撃から逃れるためにジョシュアがあらゆる物を引き寄せて盾にしたからである。
 魔力を使い果たすほど暴れてようやく落ち着いたアンナのために、使用人たちがソファセットを運び込んできてようやく話が出来る状況になったのだった。
「相も変わらずお前の癇癪は凄いな」
 ジョシュアは涼しい顔で言った。
「お祖父様がハルカちゃんに余計なことを言うからです。おかげでハルカちゃんは両手を怪我したんですよ。ハルカちゃんに詫びるのが先でしょう」
 足もだ、とハルカは思ったが口には出さなかった。
「そうはいってもなあ。アンナが危ない目に遭うのを放っておけないから追いかけると言ったのはハルカだぞ。わざわざジェット機まで用意してやったのに酷い言われ様だ」
「論点のすり替えです!」
 ハルカがテーブルをたたくとティーセットが浮き上がってガチャリと音を立てた。
「そもそも駆除に行く話さえしなければ済んだことでしょう。ハルカちゃんに話さなかったのは、心配させるにも値しないほど些細な案件だからです! それに一番危険な邪眼のことを話しませんでしたね。いたずら好きにもほどがあります!」
 あれはいたずらだったのか、とハルカはぼんやりと思った。こうなったときは全部吐き出させた方がいいので傍観する。
「まあ、そうカッカするな。孫娘の心配をしない家族が何処にいる」
「ハルカちゃんもそうですが、私を子供扱いするのはやめてください。私はもう大人で、自立しています。こそこそと様子を探られるほど弱くはありません」
「理解はしておるよ。だがお前を心配するハルカの身にもなってやるがいい。何とかしてやりたいと思うのが人情だ」
 言葉だけ聞いてると良いことを言っている気がするのだが、どうにもこの爺さんの性格からすると信じられないなあ、と思うハルカであった。
「それにハルカだっていい組み手になったはずだ。次の試合の予行にはもってこいだっただろう」
「最初からあたしをけしかけるつもりだったな」
「そんなことはないぞ。まあ別にお前が行ってもいいか、ぐらいには考えていたが」
「確かに乗せられたとはいえ、助けに行くって言い出したのはあたしだからそのことについては何もいわねえよ。だけどアンナを泣かすようなことをするなら、こっちにも考えがあるぞ」
「やれやれ。二人の仲がより親密になるように計らっただけなんだがな」
「「嘘つき」」
 二人が同時に突っ込んだ。
「まあ信じようと信じまいとそれはお前たちの勝手だがな、お前たちは私に二つ借りがあることを忘れてもらっては困る。一つはアンナのこと。もう一つは例の法律を通したことだ」
 例の法律というのは同性婚に相当する権利を認めたシビル・パートナーシップ法の事である。つまりアンナとハルカは法的には結婚しているのに等しい。アンナの話では議会に話を通すのに「それなりの」尽力をしたらしい。それは二人にとって紛れもなく大きな借りの一つだった。
「そもそも、彼の者の復活を予見してアンナを送り出さねば、お前たちが出会うことはなかったし、例の法律を通さなければお前たちが法的に結婚することは出来なかった。年寄りに老後の楽しみを提供するぐらいは安いものだろう」
 ことあるごとに恩を着せるのでなければ、もうちょっと感謝の念も湧くというものだが。
「楽になりたいなら今すぐその首へし折ってやるよ」
「生きるのが面倒になったら頼もうか」
「口の減らないじいさんだぜ」
「前ほど体が動かない分、口ぐらいは動かしていないとな」ジョシュアは悪びれることもなくそう言い、それから付け加えた。「それより早くひ孫の顔を見せてくれよ」
「ぶっ! なんてこと言いだすんだ」
 ジョシュアの発言にハルカは紅茶を吹き出した。
 発言の主はハルカの動揺を意に介した風もなく続ける。
「作り方は教えてやっただろう」
「あんた本当に下品だな」
「別に下世話なことを言っているわけではない。バーンスタインの血は古いが、それだけでは進歩もない。常に新しい血を入れていくべきだ」
「あたしはもう魔法なんて使えないぞ」
 貴族でありながらバーンスタイン家が複雑な混血を続けてきたことはハルカも耳にしている。ジョシュアも、それに連なるアンナもそうした系統と実験の産物 だ。ならばこそ、もはや魔法の力を持たないハルカに魔術師の血統を残す資格があるとは思えない。口にしたことはなかったが、バーンスタインの血を残すため にアンナが別の男の子供を産む必要があるかもしれない、と覚悟さえしていた。
「わかっていないな。魔法というのは可能性の力だ。それは今もお前の中に息づいている。お前は誰よりも強く在りたいと願い、一片の迷いもなく可能性の全てをそこに注ぎ込んだ。形は違えども、それもまた魔法の一つだよ」
「そんなもんか」
「そういうものだ。バーンスタインの歴史には魔の者、異国の者、異界の者、その他さまざまな古い血が混ざりあっているが、今も昔も「女同士で子供を作った」例はない。どうなるか楽しみじゃないか」
 この怪老にあっては、アンナとハルカの子作りですら興味の対象でしかないのだ。
「そういうところが品がないって言うんだよ」
「そうは言うがな。欲しがっているんだろう、アンナは。応えてやるのは伴侶の義務だろう」
 ハルカのシャツの袖をアンナがぎゅっと握った。
 その顔は真っ赤だった。


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