独り言bP

義父の引き合わせ

    義父が亡くなった。平成12年10月28日の朝のことだった。
     翌29日、しめやかに告別式を済ませた。
 慌ただしく一連の諸行事を終えて、
昼の飛行機で牛久に帰るという31日の朝の出来事。
鹿児島市内の義兄宅近くにある寿康(じゅこう)温泉に出かけた。
朝が早いせいか男湯のお客は3人。
湯船に浸かっていると種子島時代の義父母のことが,
思い出されて仕方ない。 
帰り際、私の様子が気になったのかどうかわからないが、
退屈そうな番台のご主人が話しかけてきた。 
手にしていた紙切れを見せる。 

  念彼観音力 (ねんぴかんのんりき)

と書かれていた。
「念ずれば観音様の力があなたに及ぶ」  と。
ひとしきり温泉の効能と浴室に観音様を祭っている経緯を語る。
観音様の由来に続き、浴室に観音様は不謹慎だと批判されたこと
を長々と語り始めた。番台の前でじっと聞き入る。

長くなった。

やおら売り物のヨーグルトを2本取りだし、一本はご主人がとり、
もう1本を私に差し出した。
うまかった。
「合掌することは、手のひらと手のひらを合わせることです。
手のひらのしわとしわを合わせることが合掌であり、
幸せ(しわ・あわせ)になることが出来る」というのである。
鳥肌が立った。何かを話さなければと思った。

「義父が亡くなってお葬式を済ませてきたところです」

「それはそれは。お父さんが引き合わせてくれたのでしょう」

「信じることは念ずることですか」

訳の分からないことを聞いていた。
話は続く。

「入り口に建っている真ん中の石は何に見えるか帰るとき見て行きなさい」

丁重にお礼を言い、感動したことを告げて外にでる。
下着と石鹸の入ったレジ袋を提げて、石碑のあるところに向っ た。
石碑の隣に鎮座している観音様に手を合わせる。
お線香を一本あげた。お線香は一本だけでいいらしい。
線香は世上の汗の臭いをとり、
体を清めて
仏様に対面するためだという。
レジ袋をブロックの上に置き、まじまじと中央の石を見る。
すると突然、レジ袋が落ちた。
石鹸がアスファルトの上に飛び出し、コロコロと転がった。
拾い上げていると、ご主人が駆け寄ってきて、
「何に見えましたか」

「人の顔のように見えます」

「この仏様があなたを見守っているのですよ」

観音様を拝みながら、右の石碑を見上げると私を見つめていた。
いや、そんな気がした。
やはり、義父が引き合わせてくれたのだろうか。
不思議な出来事だった。
今でも鮮明に残っている。
 
平成12年10月
風月法師