[裁判所]
 兼六園下の金沢地方裁判所は、今のコンクリート造になる前は煉瓦造だった。
 橋場町からの大通りが右に曲がり、緩い登りの道になって突き当たった正面にその赤い建物はあった。東京駅を小型にしたような左右対称の形をしていて、青緑色の銅板で葺いた台形の屋根が安定した感じを与え、堂々とした風格があった。
 正面脇の桜の花が満開の頃は明治時代の錦絵を見るようだった。
 少年時代の室生犀星は、その中で給仕として、うっ屈した気持でふくれっ面をして働いていた。
 ある時、その建物の取り壊しが始まった。私は始め、こんな美しい建物をただ壊す筈が無い、きっと修理か移築をするのだろうと思っていた。
 しかし、やがて屋根が無くなり、厚い煉瓦の壁も上のほうから崩されていくのを見ているうちに、これは本当に壊しているのだと覚らされた。
 明治の建築だけあって頑丈に出来ていたのか、破壊作業はなかなか進まず、私は毎日学校の行き帰りに、その崩れていく姿を傷ましい思いで見ていた。



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