[報恩講]
 十一月二十八日の親鸞聖人の命日の行事をいう。ほんこさんと呼んでいた。
 子供の頃はほんこさんといっても何の事か分からず、後になって報恩講と書くことや、行事の由来を知った。
 その日は親類が集まり、お坊さんがやって来た。座敷の仏壇を開け、ろうそくを灯してお経を上げた。聞いている間、私は正座して、足が痛いのを我慢しながら、ろうそくの明かりが仏壇の古びた金箔や仏具をゆらゆら照らすのを眺めていた。
 坊さんの説教の後、黒塗りの膳で食事をした。燗をした酒とひろうずの匂いがした。
 ひろうずも飛龍頭と書き、がんもどきともいうことも後で知った。
 坊さんは大きな体に袈裟を着け、剃った大きな頭が青々として、お経で鍛えた声のよく響く元気な人だった。酒も強く、酔うと赭い顔になり賑やかにしゃべっていた。
 昔、徴兵された時に、上官を殴って営倉にぶち込まれたとか、酔って線路で寝て汽車を止めた、とかの武勇伝もあったらしい。私はそれを聞いて弁慶を思い出した。
 昔の汽車は弁慶の狼藉を見て止まれる程のんびり走っていたのだろう。
 その頃の私にしてみれば、お経は退屈で、足はしびれるし、酒は飲めないし、ひろうずはおいしくもなかったが、金沢にはあんな時間も流れていたのだなと今は思う。







「報恩講」のお膳

写真は兵庫県の浄土真宗光輪寺さんの
HP「坊さんの小箱」よりお借りしました。
報恩講の行事の解説も載っています。
http://www3.justnet.ne.jp/~tanahara/index.html


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