[遠足]
 小学校から高校時代まであちこちに遠足に行った。
 いつ、どこに行ったのかというと、三子牛山、別所、二俣といった地名が浮かぶだけではっきりしない。
 ともかく、弁当とお菓子を詰めたリュックを背負い、番茶の入った水筒を肩にかけて、列になってまだ自動車のあまり通らない春の道、秋の道をのんびり歩いていた。
 磁石のついた蓋を兼ねたコップに冷えた番茶を注ぐと泡立っていて、飲むとコルクの栓の匂いがした。
 海に行ったこともある。小学校の頃に確か粟ケ崎にバスに乗って行った。
 前方の道が砂丘を切り取っていて、その切れ目から小さく海の青い色が見え始めた時は車内の皆が「海や、海や」といって歓声を挙げた。
 まだカラーテレビは無かったから、海の色は自分で行かなければ見ることの出来なかった頃のことだった。
 中学の秋に倉ケ岳の池に行った。
 室生犀星の「幼年時代」では姉の語る昔話として、白山山系の端にあって、富樫政親が佐々成政に攻められて乗馬ごと沈んだ池ということになっている。
 どうも富樫政親と佐々成政では時代が違う。政親を攻め殺したのは一向一揆だから、姉さんの記憶違いだろう。
 従って、歩いている我々も間違った。山道をわいわい歩いていたが、やがて道が狭くなり、棚田の畝のような細い道を一列になって歩くことになった。とうとう木の天辺に登りつめた蛇のように列が動かなくなってしまった。
 なんだか変だなと思っていると、先駆けの先生の「道間違ごうた」の声がして、一揆勢は口々に「間違いや、間違いや」と後ろの列に声を掛けながら元の道へと引き返した。
 辿り着いた池は、山と木々に囲まれ、水は冷たい緑色で、辺りはしんと静まっていた。
 言い伝えではうら盆の七月十五日には政親の乗馬の鞍が水面に浮かび上がるという。
 帰り道では、山の小学校の子供たちが紅や黄に染まった葉枝を腕一杯に抱えたり頭にかざしたりして、さわさわと駆け下りてきた。
 高浜虚子の句、
  遠足の  おくれ走りて  つながりし





倉ヶ岳の大池
初夏の写真です。
写真は「白山の自然」のHPより
お借りしました。


http://www.asahi-net.or.jp/~fq8t-ski/index.htm



二俣の医王山小中学校の秋景色 向こうは医王山(いおうぜん)
四季のパノラマ写真の1枚です。
「金沢桜百景」のHPよりお借りしました。
金沢の桜の見所を網羅したサイトです。
http://www.sakane.net/cherry/che_esio.htm

このページを訪ねていただいたbochibochiさんのHPをご紹介します。
bochibochiさんは金沢にお住まいで、里山歩きを趣味にしておられます。
http://kanazawa.cool.ne.jp/bochibochi/

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