[金沢大学の官舎]
 母の友達のMさんのご主人は金沢大学の法文学部の先生で、フランス文学が専攻だった。四十年程前の、大学が金沢城の中にあった時のことで、その頃は、城内の木立の中に大学の建物が散在していて、先生の官舎は小さな木造だった。
 私も子供の頃、母に連れられて何度か遊びに行った。今でも辺りの真夏の情景を思い出す。森のように深い木々と、勢いよく伸びた夏草の中に埋まるようにして、数棟の官舎が並んでいた。向日葵や立葵が明るく強い色で咲いていて、蝉の声が雨のように降っていた。カマキリを見つけて草むらに入っていくと、青く夏の匂いがした。
M先生は若い頃よく太宰治の許に通っていた。太宰は怖いくらいに優しく、M先生の無理な願いも聞いてくれた。その時の太宰の何とも言えぬ心優しい表情が忘れられなかったという。それが太宰という人の魔力だったのだろう。太宰の若い晩年のことだから、その頃の作品を読むと彼の表情の意味が分かるような気がする。
 金沢時代のM先生は不眠症に悩んでいた。睡眠薬が欠かせなかったが、良い薬を手に入れるのは難しかった。私の父が薬品関係に勤めていたのでサンプルを集めて届けたこともあったらしい。
 M先生は在職中に、フランス文学の研究にはその植民地を知らなければ、と決心してアルジェリアに行き、その地で急病に罹り客死してしまった。
 後に森本哲郎氏のエッセイを読んだ時、彼の若い時の友達としてM先生のことが書いてあった。愛惜の思いのこもった文章だった。
 太宰治、睡眠薬、アルジェリアの植民地、客死、といったものから想像する儚さの影を持った世界と、あの夏の盛りの、溢れるような生命力の中にあった官舎の風景が、今も私にはうまく結びつかないでいる。



(右)三鷹市による太宰治展のパンフレット

写真は中央大学渡部研究室さんのHP
よりお借りしました。
太宰をはじめ日本文学についての
内容豊富なページです。
http://comet.tamacc.chuo-u.ac.jp/dazai/DAZAI
















(左)金沢城の本丸跡

金沢大学が城外に移転していったので
本丸跡も本当の草むらになってしまいました。

写真はAtsuさんのホームページよりお借りしました。
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/flow/menu.htm

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