[本郷台]
 私の今住んでいる所は、上野台地と本郷台地の間の谷底にあたる。
 明治、大正の頃は藍染川という小川が流れ、上野不忍池に注いでいた。
 夏目漱石の「三四郎」の中で、団子坂の菊人形を見た三四郎と美禰子は、この藍染川で休んでいる。その頃は農家が野菜を洗う川だった。
 台地に上がるにも幾つかの坂があり、上野台には谷中の、本郷台には駒込の寺々が集まっている。古い町並みも残っていて、歩いていると金沢の寺町か東山辺りのような気がしてくる。
 団子坂を上がり、鴎外記念図書館を左に見て進むと本郷台を貫く本郷通りに出る。
 本郷通りを左に行くと左側に加賀藩上屋敷跡の東京大学の広大な敷地が拡がっている。戊辰戦争の時、官軍はこの加賀藩邸の馬場に鍋島藩の英国製アームストロング砲を据え付け、上野台地の寛永寺に篭る彰義隊に不忍池を越えて砲弾を撃ち込み、彼らを敗走させている。今、地図で見るとその距離は千メートルくらいはあり、上野台地から本郷台地を見てもかなり遠く見えるから、そんな遠くから砲弾が飛んで来れば彰義隊も仰天したことだろう。
 東大の正門の向い側を入った小路の本郷森川町に金沢出身の小説家、徳田秋声の旧宅がある。
 板塀に囲まれた広い敷地の木造家屋で、関東大震災と戦災を免れたこともあって、今は東京都の史跡になっている。もっとも始めは借家で、後から建物だけは買い取ったが、土地は借地のままだったというから自然主義小説家として有名だった割には家計は苦しかったらしい。
 秋声は加賀前田家の家老横山家の家来の家に、明治維新後の没落した時期に後妻の子で三男として生まれた。そのため、常に余計者意識が付きまとっていたというから、旧藩を懐かしむ気持ちも薄い。その秋声が旧加賀藩邸の真向かいに住んでいた。



 徳田秋声旧宅                旧加賀藩邸 現在の東京大学赤門

(左)は安島喜一さんのHP「おたまじゃくし」よりお借りしました。
http://www.asahi-net.or.jp/~hm9k-ajm/index.htm

(右)は「Sight-seeing Japan」のHPよりお借りしました。
http://www2c.airnet.ne.jp/m-ito/sight-seeing/index.html



夕暮れの団子坂

坂を上ると本郷台で、左側に観潮楼跡の鴎外記念図書館があります。
坂にはビルが迫っていて狭く感じます。
手前の道を左に行くと上野、右に行くと田端です。

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