[わらべ歌・昔話]
 泉鏡花の「照葉狂言」では主人公の貢少年は童歌を歌っている。
 鏡花自身が母の歌うのを聞いて覚えた、昔からの歌だろう。
 鏡花自筆年譜でも「町内のうつくしき娘たちに、口碑、伝説を聞くこと多し。」とある。
 明治六年生まれの鏡花の周囲には、豊富に童歌や昔話が存在し、口伝えに伝えられていた。
 戦後生まれの私は、まったく土地の童歌や民話を知らない。母の歌っていた子守唄や童謡はすべて、全国共通の近代のものだった。母が学校で習ったものだろう。
 金沢の名の由来にもなった芋堀藤五郎の話も本で読んで知った。
 昭和三年生まれの母自身は、どれほどの童歌を聞いていたのだろうか。
 祖父は、幼い頃の私に昔話を聞かせようとしたことがある。
 祖父自身が幼い頃に寝物語として聞いたときの習慣で、私にも聞くときには話の合間に「ハト」と合の手を入れるようにいった。聞いている子どもが「ハト」と答えている間はまだ寝ていないということだろう。
 しかし、講談社の少年少女世界文学全集の愛読者になっていた私は良い聞き手ではなかった。したがって祖父の語った話はまったく覚えていない。今思えば惜しいことをした。
 私達の受けた近代教育というものは、気付かないうちに、昔からの文化を底で支えていた土壌を流し去ってしまう。そして、その上に別の新しい土を被せていく。




芋堀藤五郎が芋に付いた砂金を洗ったという金城霊沢

兼六園の小立野側の端にあります。
写真は「金城霊澤の秘密」のHPからお借りしました。
http://www.nsknet.or.jp/~mita/eat/index.html

富樫小学校さんのHPにも芋堀藤五郎の話が載っています。
http://www.ishikawa-c.ed.jp/~togase/index.html

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