[鏡花の小学校]
 泉鏡花は卯辰山に近い、今の馬場小学校の前身の小学校を出ている。
 その鏡花に、小学校を舞台にした「朱日記」という作品がある。
 金沢と思われる町の小学校の教頭心得の雑所先生は、生徒の宮浜少年から聞いた話に戸惑っている。町が放火されるというのである。
 事実だとすれば、すぐにも生徒達を避難させねばならないが、話があまりに突飛なため、うかつに信じては教師としての威信にかかわる。実は、先生自身も、異形の者が大勢の猿を従えて卯辰山と思われる山から下りてくるのを目撃している。
 悩んだ雑所先生は用務員の源助に相談する。源助は同僚を旧藩時代の呼び方の「同役」と呼ぶような昔のままの人物だが、この話を聞くや、事実に違いないと断言する。
 しかし、その時には本願寺の末寺の床下から出た火災は町中に燃え拡がっている。
 先生のつけている日記の文字の朱色、少年の持っているグミの実の赤、山人の振る旗の赤が火災の炎を連想させて、鏡花らしい色彩の印象の強い作品になっている。
 鏡花自身は東京に出ていて目撃していないが、生家も焼いてしまった明治二十五年の味噌蔵町焼けと呼ばれた大火の記憶もあるのだろう。
 この作品を読むと、私は小さい頃に遭った材木町小学校の火事と、中学校時代の東別院の火事を思い出す。 二つとも夜火事だった。私の金沢の家は材木町小学校に近いので、木造の校舎が真赤な炎と火の粉を高く空一杯に吹き上げる光景は物凄く、私は恐ろしさに震えていた。東別院の火事では、夜空の下で屋根を葺いた銅板が鮮やかな緑色の炎を吐いて燃え上がるのがよく見えた。
 「朱日記」では雑所先生の惑いが面白い。彼の中で近代思想と土着思想が闘っている。
 近代を代表する学校の教師の立場と、宮浜少年や源助の言う山人の存在が、火事というのっぴきならない形で衝突している。
 この闘いは町を焼き尽くす大火という形で決着がついた。
 鏡花の「化鳥」という作品にも似た場面がある。鏡花の分身である少年は小学校で女性教師と問答する。先生は動物や植物に対する人間の優位を説き、少年は人も動植物もその地位に上下はないと、豊かな表現力を駆使して主張する。
 少年は終いには、証拠として花の方が先生より余程美しいと言い放って、「色の黒い、なりの低い、巌乗な、でくでく肥った」およそ鏡花の好みとは遠い姿の先生の機嫌をいたく損ねてしまう。
 この話の場合は、先生の持ちこむ近代と少年の信じる土着思想がぶつかり合い、少年は理論の効かない美意識の世界に先生を引きずり込んでいる。
 卯辰山は、遠くはやがて白山山系に連なり、その白山山系は近代以前の土着文化を包み込んでいる。
卯辰山が迫る馬場小学校は、鏡花にとって近代という化物と遭遇した最初の戦場だったのだろう。



昭和初期の東別院の絵葉書写真            現在の東別院

写真は骨董店の永和堂さんのHPよりお借りしました。
http://www2.ocn.ne.jp/~eiwadou/index.htm




晩秋の卯辰山

泉鏡花もこのような景色の記憶から「朱日記」を書いたのでしょうか。

写真は「ウォーキングで金沢めぐり」のHPの中の「金沢風物詩」よりお借りしました。
http://www.cute.to/~tokusabu/index.html


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