[田端大龍寺]
 正岡子規の墓は山手線田端駅の近くの大龍寺にある。根岸の子規庵からも近い。
 静かな寺に葬って欲しい、という子規の日頃の希望に沿った寺を弟子達が探して、武蔵野台地の端にあり、林に囲まれて静かなこの寺が選ばれた。
 小さい墓だが横に自撰の碑文があり、松山藩士の子であることや、陸羯南の日本新聞から貰っていた月給三十円まで誇らしく述べている。
 陸軍軍医総監まで勤めた森鴎外が、ただ「 森林太郎墓」としか記そうとはしなかったのとは大きく違う。
 若死にはしたけれど、鴎外のような屈折した心を持たずに済んだ、ある意味では幸福な人だった。
 夏に私が訪ねた時は、竹ノ里人の号に因んで植えたのか、墓の後ろに生えた竹が前の方まで根を拡げてきて、そこから伸びた筍がアスファルトの舗面を突き上げていた。






田端の大龍寺

今はコンクリート造りの立派な
建物になっています。
右の木々は八幡神社、
左奥が墓地です。






正岡子規の墓

花が供えられています。






大龍寺の墓地

正岡子規の墓は左の方にあります。
奥の建物は小学校です。

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