[九谷焼]
 いつだったか、何人かの食事の席で焼物談議になったことがあった。
 その中に佐賀県出身の人がいたが、いきなり、「有田焼がいい。何といっても有田焼がいい。有田焼がいいに決まっている」と言ったきり、後は聞く耳持たぬ、という風に皿の上の物をぱくつきだした。お国自慢もここまで来ると可愛いといって良い。
 私自身はといえば九谷焼が好きだ。家の中に九谷焼が転がっていて、山のように九谷焼が並んでいる陶器店の前をいつも通っていれば、いつの間にか意識の中に九谷焼の絵付けがされてしまう。
 紺屋坂や広坂通りの店には大きさも色も形も様々な九谷焼が並べられ、観光客があれこれ適当な品を見繕っている。皿や壷と一緒に、大きな五重塔や観音様、布袋様が店の同じ場所にずっと置いてあり、商品というより、店の飾りだった。
 東京の本郷の加賀藩邸に隣接した大聖寺藩邸跡から出土した古九谷の破片を分析すると、その多くが九州肥前の土で作られていたという。
 古九谷は実は肥前製だったのではないかということだが、別にそれでも構わない。
 自分とっての九谷焼がそれで何か変わる訳でもない。
 古九谷の厚塗りの緑や黄色のぶっくりした色合いは心が落ち着く。
 美術館などで古九谷の大皿を見つけると、「おうおう、お前ここにいたか」と声を掛けたくなる。

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