[金沢弁]
 高校の時、県の南部から通学してくる同級生がいたが、彼と話していて、アクセントが微妙に違うのに気が付いた。「心」を発音する時、最初の「こ」を強く発音する。
 その時は、方言というものは、少し地域がずれるだけでも変わるものだと思っていた。
 後になって、金沢のアクセントは東日本型で、県南部からは西日本型になると知った。
 それにしても、語尾を賑やかに飾る金沢弁というのは関西弁に近いと思うのだが。
 最近、ラジオの何かの企画で、室生犀星のインタビューを再放送していたが、それを聞いていて、ああ金沢の人だな、と思った。
 犀星の自作の「ふるさとは 遠きにありて・…」の詩の朗読を聞くと、「そして 悲しく うたふもの」の「うたふ」を、「ウトウ」と発音している。
 泉鏡花も室生犀星も金沢を舞台にした小説では金沢弁を使っていない。
 「照葉狂言」でも「幼年時代」でも、登場人物は自由に東京言葉を操って、久保市神社や犀川べりで遊んでいる。特に金沢人を嫌い、江戸に憧れた鏡花にすれば金沢弁など使いたくもなかったのだろう。
 鏡花は初めて上京した時、下町の娘さんの「ちょいと」という言葉に感激している。
 鏡花の少年時代がモデルの「一の巻」では、尾張町の時計店の美しいお姐さんのお秀さんは、主人公の新次少年を将棋に誘うのに見事な下町言葉で呼びかけている。
 「あら、あんなことをいって、憎らしいよ。まあ、何でもようござんすからさ。よう、新ちゃん」。「よう、新ちゃん」の粋なこと。
 鏡花は日常も江戸弁を心がけて使っている。余程勉強したのだろうが、少年時代は英語が得意だったというし、そこは何といっても鏡花、言葉の習得はうまかったのだろう。
 鏡花には意地の悪いところがあって憎まれ役のお婆さんなどに金沢弁を使わせている。
 「吉原新話」で、東京の下谷の暗がりから現れた死神の婆さんは(見るかいや)(したがいの)(明るくしたかて)などという、金沢弁めいた言葉を駆使している。
 金沢弁を知らない人が読むと無気味な雰囲気を感じるかもしれないが、金沢人の私は、この死神に親近感を覚えてしまう。それにしても、金沢弁をここで使うとは、鏡花という人は言葉の扱いが憎い程にうまい。
 徳田秋声の、金沢を舞台にした「挿話」には金沢弁が入っている。
 五木寛之氏の「朱鷺の墓」になると、しっかり金沢弁になる。
 現代の読者に金沢という町を意識させるためだろう。それだけ、鏡花の頃に比べ、今は金沢の文学的なイメージが定着しているということだろう。








尾張町の山田時計店

「お秀さん」のモデルはこの店の
お嬢さんでした。
絵は尾張町商店街さんのHPより
お借りしました。
http://www.owaricho.or.jp/


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