[久保市乙剣宮]
 私の家は尾張町の久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)の氏子になっている。
 短く久保市さんと呼んでいた。
 泉鏡花の生家はすぐ側で、子供時代の鏡花は久保市の境内を遊び場にしていた。
 五月と十月のお祭りになると家の軒先や塀に注連縄を張る。
 そして子供の頃はよくお祭りの縁日に行った。尾張町の大通りの一つ裏の細い道の両側には駄菓子やおもちゃ、お面など色々な出店が賑やかに並んでいた。お面などを売る店では風が吹くと風車がくるくる回り、店一杯に賑やかな色があふれていた。
 金魚掬いは必ず失敗した。おまけでもらった金魚は平たい花活けに入れて飼った。
 綿菓子がふわふわと出来上がって割り箸に絡め取られるのを感心して見ていた。
 よく買ったのは茶色をした平たく丸い飴で、短い棒に差してあって粉を敷いた台の上に並べて売っていた。ずっと後になって俵屋の飴をなめた時に、その味を思い出して懐かしくなった。竹ひごの先に付けた、白くて丸く、中に赤い筋の入った飴も売っていた。あれもおいしかった。
 一度水飴を買ったことがある。石油缶の中に透明で粘りのある重い液が詰まっていた。
 店を開けたばかりの時だったのでまだ手が付いておらず、液の表面も平らにきらきらと光っていた。いかにもおいしそうなので買うと、割り箸を突っ込んで、くるくると絡めて渡してくれた。見た目にきれいな割には味はたいしたことは無かった。
 私の子供の頃はお菓子の種類も多くなかったので、飴でも充分楽しかったのだろう。
 今は子供の数が減ったためか、お祭りの日も露店はほとんど出ていない。

 泉鏡花の随筆に、麹町の自宅の小さい庭にやってくる雀達を書いたものがあるが、雀をつくづくと眺めて、お前は飴で出来ているのかい、と賛嘆している。
 この飴は、縁日や俵屋の茶色の麦芽飴のことを言っているのだろう。
 私が縁日で遊んでいた頃は泉鏡花など知らなかった。久保市神社界隈のことも書かれた「照葉狂言」を読んだのも、ずっと後のことだった。

 久保市の境内の横手の階段を下りていくと主計町の裏になる。
 階段も小路も狭く小暗い。 その暗い主計町の裏から表に抜けると、明るく拡がる浅野川べりの景色の前に出る。



久保市乙剣宮
この辺りが金沢発祥の地と
云われています。

写真は「鉄道で行く旅」のHPの中の
「照葉狂言/泉鏡花」よりお借りしました。
各地の鉄道と文芸についてのページです。
http://www.asahi-net.or.jp/~PU7T-KMR/aki650.htm














久保市横の暗がり坂 木立が久保市神社

写真はJR西日本の「記憶する坂の風景」のHPより
お借りしました。
http://www.westjr.co.jp/kou/b-signal/00_vol_11/index.html








坂を下りて主計町に出たところ

写真は「楽天市場」の中の「坂の町金沢」の
HPよりお借りしました。
http://www.rakuten.co.jp/iine/412142/










主計町の茶屋街と浅野川

写真は「Sight-seeing Japan」のHPよりお借りしました。
http://www2c.airnet.ne.jp/m-ito/sight-seeing/index.html


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