[街頭写真屋]
 小学生の私が街の中で父と並んで写っている写真がある。
 もう四十年も昔になる。私はその日、父と出かけていて香林坊裏の鞍月用水の辺りを連れ立って歩いていた。そこを街頭写真屋に呼びとめられた。まだカメラがそれ程普及していなかった頃のことで、繁華街などで客の写真を撮り、住所を聞いて、出来た写真を後日送る商売があった。その時の写真屋は六十歳位だったろうか、白髪混じりのぼさぼさ頭で傷んだ服を着ていた。一眼レフの吊り紐や皮ケースはかなり擦り切れ、いかにも貧しい商売といった風だった。
 「はいはい、日曜にお父さんと一緒に楽しいお出かけですね。はいはい、記念に一枚撮りましょうね。はい、並んで。はい、撮れました」
 断る暇も無いうちにシャッターが押され、金を払うことになった。その後、歩きながら父は「ちゃんとフィルムいれてあるんかいね。」と怪しんでいたが、写真は届いた。
 私は、祖父、父、私と三代続いた癖の、右肩を下げた姿勢のまま、ぼおっとした顔で写っていた。父はその時の気持ちが現れて、中途半端な表情をしていた。
 映画館もあり、人通りの多いその辺りでは戦闘帽に白衣姿で義手や義足を着けた傷痍軍人がアコーディオンを弾いて小銭を得ている時代だった。
 彼が暮らしていくには毎日何人の客を捉まえなくてはならなかっただろうか。
 いつまであの商売を続けていただろうか。











昭和三十年代の香林坊

市電やボンネットバスが走り、
手前には「モグラ信号所」が見えます。

写真は金沢大学創立50周年記念展示の
HPよりお借りしました。
http://web.kanazawa-u.ac.jp/~shiryo/50th/index.html


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