[路面電車]
 今は無くなってしまったが、以前には金沢にも路面電車が走っていた。
 兼六園下の、今は観光バスの駐車場になっている所が北陸鉄道の市電の車庫だった。
 そこから百間堀、広坂通り、南町、尾張町、橋場町の順に金沢城を廻り、金沢駅、小立野、寺町、野町、東金沢へも延びていた。今でも小立野終点、寺町終点といった停留所の名を覚えている。
 旧い型の車両は濃い緑色で、腰をゆらゆら揺すりながらごとんごとんと走っていた。
 小立野の坂を上がる時はよじ登るようにしていた。中は狭く、木の床だった。
 型が新しくなると下が赤、上がクリーム色の二色になった。
 子供の頃の私は、乗る時はいつも運転席の後ろに立ち、運転手がレバーを操作する様子や前方の景色を見て楽しんだ。今でもバスに乗る時は、前の方に座る癖が抜けない。
 春に寺町を走る時は道に張り出した松月寺の大桜の花をゆっくり眺めることが出来た。
 香林坊の交差点にはトーチカのような構造物があって、その中で線路のポイントの操作をしていた。その頃の写真を見ると自動車も少なく、通りの真中で乗り降りできた。
 何時の間にか金沢の町の中にも自動車が増え、狭い道を市電と争いながら走るようになった。市電の乗客も減り、やがて市電の方が撤退してしまった。その頃はどこの都市でもそうだった。昭和四十二年の最後の営業日には花電車が走った。
 金沢で使っていた車両の中に今も愛知県の豊橋で走っているのがあるという。
 機会があったら、一度行って乗ってみたい。


(左)石川橋から見た旧型の市電
(右)営業終了時の花電車

金沢大学創立50周年記念展示のHPよりお借りしました。
http://web.kanazawa-u.ac.jp/~shiryo/50th/index.html

豊橋に行った市電は現役のままアメリカに渡ったとのことです。
この章を書く際には「石川の鉄道」 
http://www2.nsknet.or.jp/~ohara216/isitetu.index.html
のお世話になりました。

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