[尾山神社]
 尾山神社の神門は変わった形をしている。
 見慣れているので普段は感じないが、意識して見ると、かなりおかしい。竜宮城の火の見櫓のようで、中国風にも見えるが、ステンドグラスがあるので洋風とも言える。子供の頃は、ずっと昔に南蛮人が建てたのだと勝手に思い込んでいた。
 実際は、明治維新で解体を始めた加賀藩士族の気持を再結集するため、藩祖利家を祀る尾山神社の神門として建てられたという。明治の初めだから、本格的西洋建築以前の洋風建築ということになったらしい。建てた頃は新奇だった神門も、今では金沢の風景の中に溶け込んでいる。
 兼六園に立つ日本武尊の銅像も西南戦争に出征した加賀藩士族の慰霊のために建てられた。これも子供の頃はどうしてこんな巨大な物が公園の中に立っているのだろうと不思議だった。像の鼻の穴から頭へ真直ぐの穴が抜けているのでその穴を通して空が見える、という話があったのでよく見上げて探したが見えなかった。
 巨石を積み上げた高い台座の上に、高岡で鋳造した屋外では日本最古という巨像を据えるというのは大変な意気込みを感じる。
 このように西南戦争の祝勝をする一方で、野田山には西南戦争を指導した大久保利通を暗殺した島田一良達の立派な墓もある。
 神門も日本武尊の像も士族の灯の消える間際の最後の輝きだったのだろう。
 ステンドグラスに夕陽を受ける時間の神門は心寂しく美しい。夕暮れ近くの薄く紫がかった空の色の中に、青や紅の光のかけらが取り残されて浮かんでいる。

  つかの間の むかしを映す 五色窓   















尾山神社の神門
三層目のステンドグラスの色が微かに見えます。

写真は「Sight-seeing Japan」のHPよりお借りしました。
全国の観光地の写真が都道府県別に載っています。
http://www2c.airnet.ne.jp/m-ito/sight-seeing/index.html

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