[七稲地蔵]
 東の茶屋街の近く、観音院への上り口に大きな七体の地蔵が稲穂を持って並んでいる。
 以前は道端に立っているだけだったが、今は小屋も建てられ、お盆の頃の夜には、灯されたろうそくの明かりの中に、頭巾や涎掛けの紅色が浮かび上がっている。
 見ていると童話のような光景だが、地蔵が出来た経緯は童話とは遠い。
 藩政時代に、米価が上がって生活に苦しんだ金沢の庶民達が、当時は登ることを禁じられていた卯辰山に夜中に大勢で登り、一斉に城に向かって「ひだるいわい」と叫んで、苦境を訴えた。この「泣き一揆」事件の首謀者として処刑された七人を祀ったのが、この地蔵だという。横には、その七人の名を刻んだ石碑もある。全員が唯の町人なので、苗字はなく、河原市屋などの屋号しかついていない。
 たかがシュプレヒコールをした位で処刑するとは、兼六園に贅を尽くす割には、藩も無粋なことをする。








寿経寺前の七稲地蔵
写真は「金沢地蔵物語」のHPより
お借りしました。
http://www.cute.to/~tokusabu/zizou1.htm

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