[妙立寺]
 子供の頃は忍者寺のことは知らなかった。
 寺町の妙立寺(みょうりゅうじ)が忍者寺として有名になったのは後のことで、私が行ってみたのも、大学生時代の夏休みに東京から遊びに来た友達を連れていった時だった。
 その時も観光客が大勢来てはいたが、今のように、予約が必要ということはなかった。
 先ず中に入って賽銭箱が床に埋めるように据えてあるのに驚いた。いざという時は落とし穴にするという。入り組んだ階段、隠し廊下に隠し部屋、井戸まで隠してあった。
 そして最後には大屋根の天辺の物見窓にまで行き着いた。小さな窓からは四方がよく見渡せた。外から見ても屋根の上に窓があるとは気付かない。
 何ともとぼけた建物だった。設計した人はきっと面白くて仕方がなかっただろう。
 いかにも巧妙に出来ているから、こういう建築を専門とする集団があったのかもしれない。こんな家に住んでいたら一日中隠れん坊をしていても飽きない。
 吉良上野介の屋敷にも、こんな仕掛けがあったら、むざむざ赤穂浪士に討たれずに済んだかもしれない。
 何のためにこの建物を作ったのかは謎だが、南から敵の軍勢が攻めてきた場合に備え、寺町台地の寺院群を砦にして戦う時の本陣に使うつもりだったと云われている。
 三代利常が作らせたというが、茶室まであるところを見ると、利常という人は遊び心のあった人なのだろう。
 これだけ工夫した仕掛けが何故か長い間忘れられていた。
 藩政時代が終われば、隠し本陣の必要もなくなる。やがて時の経つうちに、寺町の寺々の中にひっそりと埋もれていく。
 冬に備えてリスが木の実を隠しておいたままどこかへ行ってしまって、穴の中の木の実だけが残ったようなものだろう。



ご覧の通り外から見るとただのお寺です。

Atsuさんのホームページよりお借りした写真です。
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/flow/menu.htm

表紙へ戻る