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公認野球規則(2007年版) |
付 記 (野球規則適用の沿革)
| アマチュア野球の沿革 | |
| ● | 1950年3月、社会人野球協会、日本学生野球協会及び全日本軟式野球連盟が共同して「日本アマチュア野球規則」を統一制定した。 |
| ● | 1951年新たに全日本大学野球連盟及び全国高等学校野球連盟の二団体を加えて、1950年制定の「日本アマチュア野球規則を改め「公認野球規則」を編纂し、これを適用した。 |
| ● | 爾後毎年米国のルール改正に伴い改訂をなし、これを採用した。 |
| プロ野球の沿革 | |
| ● | 1936年2月「最新野球規則(山内以九士編)」に改正を加え施行した。 |
| ● | 1941年2月、1940年度米国改正ルールを基として「日本野球規則(広瀬謙三、山内以九士共編)」を編纂した。 |
| ● | 1951年1月、セ・パ両リーグ合同野球規則協議会を開催し、従来の「日本野球規則」に代えて、「1950年改訂最新野球規則(神田順治編)」に訂正補足を加え、これを適用することとした。 |
| ● | 1953年1月、1951年度制定の規則書及び米国改正ルールに基づいて「最新野球規則」を制定しこれを適用した。 |
| ● | 爾後両リーグ野球規則協議会は米国のルール改正に伴い適宜改正補足してこれを適用した。 |
| 1955年日本におけるプロ野球とアマチュア野球の規則書の合同化を図り、これが実現を見た。 | |
| ● | 1955年12月26日、プロ野球とアマチュア野球の各代表が会合して規則書の合同化を決定した。この時の編纂委員として、相田暢一、小川正太郎、神田順治、久保田高行、島秀之助、鈴木美嶺、坪井忠郎、二出川延明、萩原兼顕、柳原基、山内以九士、横沢三郎(以上五十音順)の各氏を選出し、規則書執筆担当者は、山内、柳原、坪井、鈴木各委員、「審判員の手引」執筆者は島、二出川、相田の各委員および山本英一郎氏、索引執筆者は坪井委員に決定した。 1956年1月6日、第一回編纂委員会を開催して、具体的方法について検討し、爾後審議を重ねて同年3月新しく「1956年度公認野球規則」の発刊を見るに至った。 |
| ● | 1957年1月、日本野球規則委員会(仮称)は、米国の大幅なルール改正に伴い、前年度規則に検討を加えて、1957年度野球規則の決定をなし、これを適用した。 |
| ● | 1958年以後、毎年米国のルール改正にわが国独自の改訂が加えられ、現在に至っている。 |
| ● | 2007年度日本野球規則委員会は、1月12日に開催し、麻生紘二、 中本尚、後勝、二階堂昭雄、木嶋一黄、吉川芳人、清水幹裕、林清一、小山克仁、桑原一彦、中村勝年、倉島今朝徳、黒岩彰、丸山博、石井重夫、関口寿昭、前川芳男、井野修、東水流幸二、山田繁の各氏が編纂にあたった。 |
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