24 灰方駅 H13.10.1
平成 5年 8月 1日、利用客の減少で月潟~燕間 11.9kmが廃止された。
『開業前の竣工検査の後日談』 昭和8年8月15日に開通した白根~燕間の線路は、道床がまだ完全に固まっていなかった。検査官は鉄道監督局の某技師で、そうとう神経質な人のようだった。 白根から新飯田までは電車に乗ったが新飯田から先を乗ろうとしない。まだ道床が固まらず、線路がガタガタしていたから怖かったのだろう。 「こんなに早く走れるか、ここで待っているから灰方まで行ってすぐに戻ってこい。我々はここで時間を計っている」と、とうとう電車に乗らなかった。 当時責任者であった佐野さんは、ダイヤを引いた責任上悲壮な覚悟で乗り込んだ。地盤の軟弱な泥湿地帯の埋め立てで難航したことを誰よりも知っていた。 「地盤の満足でなかった所だ。まさか転覆という危険はないだろうが、うまくいかないと・・・あとはどうなる。」 運転手を杖とも柱とも頼んで走った。新飯田~灰方間を往復してピタリとダイヤ通り、新飯田駅へすべり込んだ時はさすがに嬉しかった、と。