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image 教習所物語
〜とあるオトコが教習指導員になるまでのSTORY〜






それは一枚の求人チラシから始まったお話デス。

わしにとって24歳の夏がもう間もなく終わろうとしていた頃のコトでした。
その頃のわしはパートタイムソルジャー。
良く言うと家事手伝い、悪く言うとプー太郎デス。
その数ヶ月前まで続けていた公務員を辞め、
ダラリと日々生活していたのでした。

とある日、
ふと新聞を見ていると、目に飛び込んできたのが、
『自動車教習所指導員募集』の求人広告デス。
その頃お付き合いしてたのが、今のかみさん。
付き合い始めてほんの数ヶ月で、
今じゃ考えられないらヴらヴ状態でした。
「このままじゃ、いけないよネ!」
と思いつつ、遊び呆ける毎日です。
いつまでも家事手伝いじゃいけないと思い、
大して深く考えるまでもなく、一念発起、教習所の門をくぐったのでした。
決してかみさんに脅されて履歴書を書いたわけじゃないデス。

教習所というところ、入社してみてわかったのですが、
すぐに指導員になれる、という訳にはいきません。
他の教習所についてはわかりませんが、だいたい入社してから送迎バスの運転手をしつつ、
働きながら指導員の資格を取る為の勉強をして、
地元公安委員会の資格審査に合格した後に、
晴れて『教習指導員』という肩書きが管理者(組織のボス)から貰える、
っつー、なかなかめんどくさいシステムなんですネ。
その頃わしは、大型免許を持ってなかったので、
送迎のニーチャンにもなれず、まったくお手当をもらえない極貧の状態で勉強となるわけデス。
で、その審査というのがまたややこしくて
運転実技(警察官である試験官の前で運転)、
学科教習実技(試験官の前で学科教習)、
他にも論文試験やら、面接試験やらと、
「きっと学生時代でこれだけ勉強していれば、いい大学にも行けたよネ!」
っつー感じの、ひたすら厳しい門なのデス。
教習所に通っては教習車に乗って、教習生に混じって運転練習。
家に戻っては射幸心を煽る球技に行きたい誘惑を抑えて学科の勉強。
それはもう、涙なしでは語れない数ヶ月だったのデス。

「空が高くなってきたなぁー。」
なんて感じるようになってきたある日、
トップの方から有り難い一報がありました。
お偉方の目をかいくぐって、ちゃっかり合格した模様デス。
まさに晴れて立派な社会人として更生する事に成功した瞬間デス。
そしてそれは、これから始まる、涙抜きには語れない、
辛い日々の始まりでもあったのデス。





わしは今、ずらりと並んだ先輩指導員の前に立たされていました。
どうやら仕事を始める前の朝礼で、
新入社員であるわしを披露する上司の目論見のよーデス。
諸先輩方、初めて見る男に対して、優しい目つきではありません。
それはまさに、
「よく来やがったな、このヤロー。」
といわんばかりの、挑戦者に対するチャンピオンの目つきでした。
我関せずと言わんばかりに、知らんぷりしてるオッサンもいます。

イヤ。
これがイヤなのですヨ。
新しいモノに対する排除的な目が。
ただ、わしの横には、同じ新入社員の顔が二つ並んでいたのが救いでした。
でも、どうやらわしより年上の模様。
「しんどいとこに来ちゃったなー。」
これが、わしの教習所っつー職場とのFirstContactだったのでした。

一通りの自己紹介が終わり、
「さー、教習を始めましょ。」
っつー訳にはいかないとこが、こういうお堅い職場に定められた宿命デス。
これからまた、法に定められた、厳しい事後教養が待っているのデス。
「さすがに警察の末端機関だなー。」
これから何がはじまるかわからない恐怖感で、
ただただ、うろつくだけのわしデス。
とりあえず、先輩指導員の教習の様子を、
教習車に同乗させてもらい、見学と洒落こみましょ。
「げぇ。」
ちょっとしたカルチャーショックって奴ですネ。
たまたま乗車した時の生徒さんが、いわゆる「オオモノさん」だったんですネ。
「ど、どうやってこの人に運転を教えろっつーの?」
このオオモノ生徒の山田さん(仮名)、直線すら真っ直ぐ走れないけど、
笑顔がキュート&コケティッシュなオバサマ。
先輩指導員の丁寧かつ的確な助言が、車内に響きます。
「ほぉー。」
ただひたすら感心しきりのわし。
少しずつ、車は道の上を走るようになっていきマス。
(今の教習所は、生徒を引っ叩かないのかぁー。)
変なところで感心していると、突然先輩指導員が問い掛けてきました。
「どう? ハンコ、押してもいい?」
「げ。」
突然、厳しく、それでいて非常に答えにくい質問デス。
先輩指導員の、優しくもわしを試そうかという厳しい二つの瞳と、
オオモノ生徒さんの山田さん(仮名)の懇願するかのような二つの瞳が、
後部座席に乗ったわしを容赦なく突き刺します。
「ぃ、ぃ、いいんじゃないっすか?」

オオモノ生徒の山田さん(仮名)、肩をガックリと落として、
教習車から降り、校舎の方に戻っていきました。
どうやらハンコ、1個も貰えなかったよーデス。
いいって言った、わしの立場は。
いいって言った、わしの信用は。
先輩指導員、にやりと左の口角だけ上げてつぶやきました。
「あれでハンコ、あげちゃうのかー。」
「・・・・・。」
勘弁してクダサイ。
ヒジョーに、バツの悪い乗車教養でした。

まだまだ教養は始まったばかりのわし、24の秋でした。





さー、今度は学科教習の教養デス。
こういう学科の授業を聞くのは、何年振りのコトでしょーか。
わし、学科教習の時に流れるビデオ、意外と好きだったので、
心なしか、期待している自分自身にびっくりデス。
で、入室。
「シーン・・」
っつー擬音が聞こえてきそうな程、静まり返った教室に、
ザワザワと呟き声が聞こえてきました。
そりゃそーですヨ。
指導員の格好をした男が、入ってくるなり、後ろの席に座ったのですから。
「あんまりジロジロわしを見ないでちょーだい。」
わし、こういう注目の浴び方は、あまり好きではありません。
「これだけの人数の前で話が出来るだろうか?」
ちょっとだけ、不安がよぎったのは、いうまでもありません。
遠慮がちにコソッと座っていると、予鈴がなり、いよいよ学科教習がスタート。
先輩指導員の学科教習方法を学ぶっつー趣旨の教養ですネ。
当校では授業ごとに指導員が入れ替わる為、いろいろなタイプの教習が繰り広げられます。
ひたすら喋りまくる指導員。
つとめて事務的に教本の内容を進める指導員。
ウィットにとんだ会話で終始和やかな指導員。
教習の内容よりも、その話術の方に関心がいくっつーもんデス。
生徒のほうも、いろいろなスタイルで授業に参加しています。
最前列に陣取り、ひたすらメモを取る生徒さん。
窓際に座り、終始無関係そうな顔をしてる生徒さん。
大あくびをしながら、退屈そうな生徒さん。
「全ての生徒の関心を惹きつけるには、大変だねぇ。」
改めて集団教習の難しさを実感させられました。

「ん?」
わしの目の前で、意味もなく頷いている生徒さんがいます。
「あ。」
どうやらその生徒さん、居眠りを始めた様子デス。
気持ち良さそーにコックリコックリと頷いています。
まがいなりにも指導員の端くれ、見逃す訳にはいきません。
「引っ叩いた方がいいのかな?」
ふと、そう思ったのですが、さすがにそれはマズイでしょ。
努めて優しげに、持っていたペンでツンツンと、突っついてあげました。
「ビクッ!」
どうやら後ろにいるわしの存在を、すっかり忘れていた模様。
小声で謝る声が聞こえます。
大笑いしたい気持ちを堪えるのに、どれほど苦労した事か。
後で聞いた話、こういう生徒さんはまだいい方、
注意すると開き直ったり逆ギレする生徒もいるらしいのですネ。
改めて若い世代に対する注意の仕方の難しさを実感しました。

時間は進み、明るかった外の景色も、暮れ始めてきました。
もう何時限、学科教習を聞いたのでしょうか。
すっかりわからなくなってきています。
ふと気付くと、横に座っていた同期が肘打をしています。
「ん?」
「ビクッ!」
遠くで教習をしながら先輩指導員、ニヤニヤしています。
「・・・・・。」
どうやら、居眠りをしていたよーデス。
わし。
さっきの生徒と一緒ですネ。
あたふたあたふた、目は泳ぎ回ります。
「考え事をしていたんですぅ!」
「教本を見ていたんですぅ!」
様々な言い訳が、一瞬の間に頭に浮かびます。
しかし相手は百戦錬磨の強者。
そんな言い訳はさんざん聞いているはずデス。
何度も何度も頭を下げて、お詫びをするフリをしておきました。
学科のLD(映画)を流している時、その先輩指導員、そっと近付いてきて、
ニヤケ顔で一言。
「つまらない授業ですまないねぇー。」
「ス、スイマセン。」
と、渾身の力をこめて謝罪。
「・・・指導員って、イヤミを言うのも上手じゃないといけないんだねぇ。」
ひたすら頭を下げながらも、頭の中では違うコトを考えてるわし。
「意外と冷静さも兼ね備えているのだなぁ〜」
自分の意外な一面を垣間見て、変な感心をする秋の夕暮れでした。

教養はまだまだ続きます。
教習を始めるのは、まだまだ遠い将来のよーデス。





学校の雰囲気にも慣れ、
事後教養もそろそろ飽きて、身についてきたある日のコト。
「路上教習のコースでも見てくるか?」
教養を総括して担当してくれていた上司が有難い言葉を。
そろそろ教養に飽き、煮詰まってきていたので、
喜んで受諾する事にしました。
勿論、反対する事は出来ません。
わしと同期入社の5つ上の人と2人で地図を片手に、
学校所有の車(教習車じゃありません)で、表に出ることにしました。
運転はやはり、歳下のわしの仕事です。
「指導員見習、運転中に事故!」
嫌な見出しが頭に浮かんできました。
ココロなしか、力んでいる自分に苦笑いデス。
ただ2人とも、緊張から開放されたせいか、笑顔丸出しデス。
ラジオさえ付いていない車の中で、笑い声が絶えることはありませんでした。

路上教習というもの、教習車両は所轄の警察署に届け出た道以外は、
走ってはいけないことになっているんですネ。
まずは走る事のできる道を、覚えなければいけません。
そのあたりの確認という意味で散歩、ルート検索に出掛けました。
しかし、この辺りはわしの地元。
この辺りなら知らない道を探すほうが難しいくらいデス。
そして同乗者も、この辺りのニンゲンなのデス。
今更、道を覚える必要はありません。
とりあえず、A地点からB地点まで、時間でどれくらいかかるのか、
どの程度の混み具合なのかを、調べることに。
路上教習というもの、どれだけ練習になる道を使えるか、
どれだけ1時限をきっちり使えるかが、指導員の腕の見せ所って奴デス。
「この交差点は、練習になるのかな。」
「この交差点は、初心者には難しーカモ。」
活発且つ建設的な議論が、狭い車内に響きます。
ただ、時間配分など、全くと言っていい程、わかりません。
「まっ、教習はじめればわかるか。」
お気楽な2人でした。

「暇だな・・・」
「暇ですな・・・」
「・・・・・。」
「!」
いい事を思いつきました。
「免許センターに行ってみましょーか!」
今、考えると、全然いい事じゃありませんネ。
たしかこの日、同期が免許センターで資格審査を受けているはず。
それの冷やかし、激励という大義名分をでっち上げる事にしました。
勿論、内緒デス。
バレたら怒られる事、必至デス。
でも男が一度決めた事は、そう簡単に撤回してはいけません。
わしは5速MT車のチェンジレバーを巧みに操り、
アクセルを踏み、免許センターへとクルマを向かわせるのでした。
数十分後、二人を乗せた車は免許センターの駐車場に滑り込みました。
で、ビックリしたのは同期のヒト。
いるはずのないニンゲンが、制服を着てそこに立っていたのですから。
ただ、どうやらあまり嬉しくない様子デス。
「ほっといてくれぇ!」
と言う感情が、言葉の端々に見てとれマス。
そうデス。
彼が受けている審査は、前回不合格だった審査の追試だったのデス。
とにかくわし達から離れたい様子。
勿論、わし達も長居をする訳にはいきません。
バツの悪い空気が3人の周りを支配します。
その時デス。
「あっ、校長だ。」
追試の彼がポツリと呟きました。
なぜだか知りませんが、当校の校長らしき人物が、
遠くの方からこちらに近付いてくるではありませんか。
ただ、校長らしき人物であり、校長かどうかはわかりません。
あれ位の年代は、みんな校長のように見えなくもありません。
しかし頭の中では様々なシチュエーションを計算しています。
計算の結果、校長がここにいてもおかしくない、という結論に達しました。
校長なのだろうか? 
疑わしいには違いありません。
「疑わしきは罰せず」
法治国家である日本の正義は、今この場面では通用しません。
逃げろ! ダッシュ! ダッシュだヨ!
脱兎のごとく走り出す5歳年上の同期。
一歩で遅れたわしは、必死になって同期を追いかけます。
同期の体が、刹那の感、宙に浮いたかと思ったら、
われわれの前を立ち塞がるフェンスを、ヒラリと乗り越えていきました。
とてもわしより5歳も上の人間のする行為とは思えないほど見事な飛びっぷり。
必死になって後を追うわし。
後から考えると、わし達の行動は、本館正面で丸見えデス。
教習所の制服を来た男2人が、駐車場の影でうずくまり、息を潜めています。
明らかにまずいデス。
異常事態デス。
免許センターはいわゆる警察組織に違いはありません。
職務質問されてもおかしくない状況の中、
われわれのとった行動は、間違いなく犯罪者のそれデス。
しかし神は、苦労して資格を取ったわし達を見放す事はありませんでした。
校長らしき人物に見つかる事もなく、
職務質問をされることもありませんでした。
そう、
われわれはそこには存在しなかったのデス。
そして何も起きなかったのですネ。
そう言い聞かせる事にしました。
ただ、急に走ったせいで痛む、脇腹の鈍痛と、乱れた呼吸だけが、
ゆったりと流れる時間の中で、2人には確かに残っていました。

教習所に戻り、何事もなかったように教養を進めるわし達。
指導員デビューも、もう、すぐそこまで近付いているよーデス。





「平成○年○月○日DEBUT!」

いよいよわし達、新米指導員デビューの日が決まりました。
ついさっき、上司に教えてもらったばかりで、こころなしかドキドキしています。
まるで、デビューコンサートが、いきなり武道館のようなアイドル歌手の心境デス。
ただ、なによりも違うのは、相手が何万人ものファンではなく、
たった一人のニンゲンっつーコト。
しかし、そのたった一人のニンゲンの人生を、
わしの指導いかんによって、もしかしたら狂わせてしまうのではないかという、
あまりにも大袈裟で誇大妄想にも似た不安感が、
その日からわしを、夜な夜な待ち受けているのでした。
しばらくの間、「みきわめ」っつーものは、決まりに従い、出来ません。
更に路上教習はしばらくの間、外してくれることになっています。
とりあえず、路上教習中に一般車両とコンニチワっつー、
最悪の事態はしばらくの間、起きる可能性はない模様デス。
これだけで、だいぶ気分は楽になりました。
オマケに、教習を始める前に担当する生徒の進度をあらかじめ教えてもらい、
予習をしておくことが可能らしいデス。
つまり、相当の準備をして教習に臨むことができるので、
何とかやっていく事が出来そうな実感が湧いてきました。
家に戻っても、
「この教習項目の生徒には、これとこれを教える。」
「この教習項目が上手くいかなかった生徒には、こういう形で進める。」
自分であんちょこを作り、頭の中で「リピートアフターミー」デス。
問題は上手くできる生徒ではなく、いかなかった時の生徒さん。
「どーやってフォローすればいいのか?」
「原簿の記載方法はどうすればいいのか?」
「申送り欄の活用方法は?」
考えれば考えるほど、頭の中は昨晩の鍋のようにグツグツと煮詰まってきます。

まぁいいか。
デビュー前の夜は、静かに、そして確実に更けていきました。



その日の朝は、まるで「教習指導員」という新しい人生の大海原に、
初めて旅立つわしを、まるで祝福するかのように曇天でした。
別にいいデス。
曇天でも。
ただ心の中は、すっかり寝不足で嵐の予感。
「キュッ!」と締めるネクタイも凛々しく、いよいよ出勤デス。
目の前にたむろするカラス達も、
「DEBUT! DEBUT! DEBUT!」と鳴いているよーデス。
いつもよりも早く職場に着き、朝の寒さと相まって身が引き締まります。
早速、今日、初めて担当する生徒さんの情報収集開始です。
どうやらわしの初生徒さんは2段階(当時。現1段階)の女性の方。
「ぅ。緊張してきた。」
コトバには出さないものの、トイレにいく回数が雄弁にそれを物語っています。
今日からわしが担当する教習車はMTの37号車。
どうやら今まで担当者がいなかったせいか、埃をかぶっています。
まるで自分の身を清めるかのように、洗車を開始。
ピッカピカの37号車。いよいよ始動デス。
朝の朝礼で、わし達のデビューが先輩指導員に紹介され、
そして待つこと、しばし。
「♪ 教習開始、5分前です ♪」
爽やかで、それでいてどこかCOOLなお姉さんのアナウンスが教習所に響きます。
軽やかな音楽に合わせ、姿見で服装チェック。
ネクタイも曲がってないし、ズボンのプレスもOK。
先輩指導員より少し早めに、37号車に向かいます。
「今日、初めて教習するのを生徒にわからないようにしないと・・・。」
きっと生徒さんも初めて教習を行う指導員じゃ、不安なはず。
緊張で引きつりそうになる顔を微塵も見せないように、大きく深呼吸。
落ち着きのない仕草は、端から見ればトイレに行きたいのか、新米指導員のどちらか。
間もなく教習開始の鐘が鳴ろうとしています。
配車券を見ながら、一人の女性が37号車に近付いてきます。
「あっ、これだ!」
そんな顔をしたかと思うと、まじまじとわしの顔を眺めながら近付く生徒さん1号。
目が合い、やがてお互いがそれとなく会釈。

「おはようございますっ!」
「お、おはようございます!」

この言葉で、わしの指導員人生はスタートを切ったのでした。

〜 Fin 〜






Background-image is にゃにゃぎーさんpresents.
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