◎深呼吸の必要 ――「ムカつく!」

 塾に来ている中学生たちの間で、「ムカつく」ということばが流行り
始めたのは、もうだいぶ前のことである。
 数学でちょっとこみいった問題にぶつかると、「ムカつく!」。友達
の態度で何か気に食わないところがあると、「ムカつく!」。何かこと
あるごとに、二言目にはすぐ「ムカつく!」というせりふが聞かれるよ
うになった。どうせまたテレビか何かの流行の受け売りなのだろうとは
思ったが、私にとってこれはいささか憂えるべき事態に思えた。

 もう25年以上も前になるが、当時私の通っていた東京の都心にある
高校でも、この
「ムカつく」ということばが一世を風靡したことがある
からだ。
 大学の付属の男子校だったが、推薦で系列の大学にストレートで入れ
るのは学年の三分の一程度で、日頃から生徒同士の間は一種の視えない
競争にさらされていた。管理や規則も厳しく、自ずと生徒たちの間に鬱
積してくる思いも大きかった。外に吐き出されずに内向した若い心の不
満は、次第に膨れ上がり、必然的に集団が1匹の生贄の羊を屠ることで
ストレスを解消しようとする。
 そんなとき、流行り始めたのが、この「ムカつく!」ということばだ
った。

 「あの野郎、ムカつくぜ!」。
 最初は遊び半分で、休み時間などに体力の余っている運動部の連中が、
遅刻ばかりしている病気がちの生徒を小突いたりしていた。これだけな
ら、まあよくある光景である。
 ところが回が重なるにつれて、
ことばの冗談がだんだん一人歩きを始
めて、状況が少しずつシリアスなものに変わってきた。そして気がつい
てみたら、昼休みや放課後の校内での集団リンチが、日常茶飯のものに
なってしまっていたのだ。―― 「いじめ」の本格化である。

 一緒にリンチに加勢して憂さを晴らすもの、関わりになるのを恐れて
見て見ぬふりをするもの、リンチを止めようとしてかえって孤立してい
くもの等々と、生徒同士の反応も様々だった。昼休みや放課後の教室で
何が行なわれているのか、その実態を知らなかったのは、たぶん教師だ
けだろう。
 結局私のいたクラスでは、リンチで耳の鼓膜が破れた被害者の生徒の
「密告」によって、数人の不良グループの生徒が落第・転校処分になる
ことで表面上の片はついたが、その後味の悪さは卒業するまで残った。
その発端となったのが、「ムカつく!」ということばの流行だったので
ある。

 あれから四半世紀を隔てた今頃になって、山国信州の子供たちの間で
までまたこのことばが流行することになろうとは、正直言って思ってい
なかった。そしていまや、「ムカつく」から「キレる」へと、事態はい
っそう深刻度を増しているように見える。
 しかし振り返って、そういう子どもたちの姿が我々大人社会の何らか
の反映だと考えれば、それもわからないではない。
 私自身、ときどき休日に山へ行って、静寂のなかで一息ついていると、
いかにふだんの自分が浅い、せわしない呼吸で、イライラとした日々を
過ごしているかに気づいて、ハッとすることがよくある。浅い呼吸から
は、怒りが生じやすい。そんなときは思いっきり深呼吸をして、邪気を
吐き出す。すべてのヨーガの根本が深い呼吸法にあるのも、故のないこ
とではない。

 いま子どもたちに必要なのは、タテマエのスローガンではなく、もっ
と深い呼吸と、もっと深い夢見である。そしてそれを可能にするために
は、まず我々大人たち自身がそれを実践していくほかはない。子どもは
大人の鏡なのだから。

2000.1月

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