◎挨拶のことばと身ぶり

 昔、チベット近くのヒマラヤ山中を歩いていたとき、数人のチベット
人にすれちがいざま舌をつき出されて驚いたことがある。日本のいわゆ
る「アカンベエ」は敵対心や侮蔑を表わす子供のジェスチャアだが、そ
のチベット人たちの表情にそういう感情はなかった。後になって、舌を
出すのはチベット人の親愛の情を表わす挨拶の方法と知って、挨拶を返
さなかった自分の無知無礼を恥じた。

 世界には数多くの言語があり、外国語を学ぶのにはまず挨拶から覚え
るのが通例である。しかし挨拶のことばは言語によってそれぞれに違う。
それどころか、言語が共通でも挨拶のことばが違う場合さえある。
 例えば、インドのベンガル地方とバングラディシュでは同じベンガル
語が話されているが、挨拶はインドでは「ノモシュカル」、バングラデ
ィシュでは「サラーム」となる。これは両国の宗教の違いからきている
のだが、ことばのみに頼って海外を旅しようとすると、いろいろとやや
こしいことも生じてくる。

 その点、挨拶のジェスチャアは、バリエーションとしては言語より数
も少ないし、知っておいて損はない。
 欧米諸国の人々は握手をしたり、抱き合ったり、キスしあったりして
親愛の情を表わすが、南アジアの国々では、胸の前で手を合わせて合掌
する―― それだけで十分丁寧な挨拶になる。日本のおじぎとほぼ同じ
と思えばよい。細かいことは言わなくても、この合掌ひとつで通る場面
もずいぶん多い。

 ことばの通じない外国へ行ったときは、まずその国の人々の挨拶の身
ぶりを覚えよう。それだけであなたの旅は、ずいぶん違ったものになっ
ていくはずである。
 けれど、異国の習慣の物真似ばかりでは意味がない。世界中どこに行
っても共通する親愛の身ぶり ―― 心からの微笑 ―― は決して忘
れないことにしよう。口先でどんなに甘いことばを並べても、その語り
手の表情や態度に誠意が見られなかったら、あなたはその人を信頼する
気にはなれないだろう。これもまた、世界中どこに行っても共通する人
間の感情というものである。 (Y)

 *寺小屋だより(1992冬の号)

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