ラブレター(ナナオ サカキ)
半径 1mの円があれば
人は 座り 祈り 歌うよ
半径 10mの小屋があれば
雨のどか 夢まどか
半径 100mの平地があれば
人は 稲を植え 山羊を飼うよ
半径 1kmの谷があれば
薪と 水と 山菜と 紅天狗茸
半径 10kmの森があれば
狸 鷹 蝮 ルリタテハが来て遊ぶ
半径 100km
みすず刈る 信濃の国に 人住むとかや
半径 1000km
夏には歩く サンゴの海
冬は 流氷のオホーツク
半径 1万km
地球のどこかを 歩いているよ
半径 10万km
流星の海を 歩いているよ
半径 100万km
菜の花や 月は東に 日は西に
半径 100億km
太陽系マンダラを 昨日のように通りすぎ
半径 1万光年
銀河系宇宙は 春の花 いまさかりなり
半径 100万光年
アンドロメダ星雲は 桜吹雪に溶けてゆく
半径 100億光年
時間と 空間と すべての思い 燃えつきるところ
そこで また
人は 座り 祈り 歌うよ
人は 座り 祈り 歌うよ
1976 春
(ナナオ サカキ詩集『犬も歩けば』野草社刊)
* 放浪の詩人ナナオの絶唱。ミクロからマクロへ。点から無限へ。まこと
に宇宙的なスケールの詩である。ぜひ一度、声に出して音読してみること
を、おすすめする。
彼の詩には何人かのシンガーが曲を付けて歌っているが、この「ラブレ
ター」だけは、誰も歌にしていないようだ。数年前、飯田のお寺でナナオの
詩の朗読会があったとき、そのことを本人に直接確かめると、「いや、あま
りにスケールの大きい詩だから、なかなかかんたんには歌にできないんで
しょう」というような返事だった。その朗読会でも、最後にこの詩が朗詠された。
ちなみに、この詩を書いていた頃のナナオは、信州生坂村の山中に家族
とともに暮らしていた。世界をまたにかけて歩く日本のビートニクの元祖とし
ては、珍しく一ヶ所に腰を落ち着けていた時期だったのではないか。そんな
安定したまなざしが、この時期の詩からは感じられる。
その後は、アメリカ滞在が長くなり、信州には日本へ帰国したおり、ときど
き立ち寄るだけとなった詩人である。