第三部隊の愉快な活動、夏のある日編

 

序、第三部隊の近況

 

第三部隊が新結成されてから、早くも三月半が経過した。

無数の流れ者がエンフィールドに入り込み、軽い騒ぎが起こるというような事もあったものの

全体的には平和で、レヴォルドの指揮の下、第三部隊は着実に成果を上げていた。

隊員達、トリーシャ、リオ、アルベルトらによるレヴォルドの評価は、かなり高い位置にあったが

だが同時に、同じ思いを抱かせてもいた。 即ち、<頼りになるけど訳が分からないし凄く疲れる>。

特にトリーシャは、夜道で斬られかけて以来というもの、信頼と同時に軽い恐怖も覚えていたが

それ以上に奇妙な信頼感も大きく、暇さえあればレヴォルドと一緒にいることが多かった。

どちらかと言えば口数が少ないレヴォルドと、何かにつけてお喋りしているトリーシャは

コンビとして、全く釣り合わないようにも思えたが

実際に二人が一緒にいると、妙にしっくりくるものがあり

ましてトリーシャに振り回されるのではなく、逆に振り回すことが出来るのは

全世界でレヴォルドくらいしかいなかったため、貴重な組み合わせとも言えたのだった。

それには、レヴォルドがトリーシャの深刻な家庭の悩みに気付いていると言うこともあったのだが

流石に、そこまで気付いているものは、誰もいなかったのが現状である。

トリーシャに比べて、リオはレヴォルドとの行動が多いのに

傍目からは以前に比べて、さほど仲良くなっていないように見えた。

だが、それは間違いである。 リオの方から、沸き上がる感情を必死に殺すことに精一杯で

本当は誰よりも、下手すると両親よりレヴォルドを信頼しているのに、こういう態度をとっているのだ。

流石にその理由についてレヴォルドは理解していなかった。

年頃の少年が異性に見せる照れかと思ったりもしたのだが、それにしては腑に落ちない点が多すぎる。

今は判断材料が少なすぎるため、それに対する思考は中断しているレヴォルドであったが

近い内に起こる事件が、それを一気に突き動かすことを、彼女は予測していなかった。

最後にアルベルトである。 第一部隊からレンタルされているこの若者は

純粋な戦士としては有能で、年も同じで経歴も総合的な能力も、ほぼレヴォルドに拮抗する

文字通りのライバルだが、それ故にレヴォルドを認め、故に無意味に突っかかることが多いのが現状だ。

しかしながら、役者が違い過ぎる故、何時も簡単にあしらわれてしまう

実際の所、アルベルトがレヴォルドをどう思っているかは、現時点ではよく分からない

しかし、信頼していることは疑いなく、根本的な面で逆らうことは一度もなかったのが事実だ。

つまり、第三部隊は過不足無くレヴォルドによって統率され

そればかりか数々の業績を上げ、今日に至っている。

内外の評判は、<変わり者集団だが>というおまけが付くが、極めて良い方向で一致している。

そして、夏のある日がやってきた。

 

1,トリーシャ、大八車で登校する

 

町一番の名医、ドクター・トーヤの元で修行している少女ディアーナと

トリーシャは仲がよい友達であり(親友というレベルには達していない)

今日は登校中のトリーシャがディアーナを見付け、一緒に歩いて談笑していた。

談笑の内容は他愛のない話で、今時の流行だとか、どこの男の子がどのように格好いいかだとか

(もっとも男性関係の話題に関しては、ディアーナは退屈そうだった。

ドクター・トーヤ以外の男性に全く興味が無いのだから、当然なのかも知れないが)

様々な雑談に華を咲かせながら歩いていた二人の歩みが、ふと停止した。

「トリーシャちゃん、どうしたの?」

「しっ! 前々! レヴォルドさんとヘキサ君がいる!」

物陰にディアーナを引っ張り込んだトリーシャの言葉通り、確かに其処にはレヴォルドがいて

良き相棒であるヘキサと、何か話し込みながら自警団事務所に向かっている様だった。

「お仕事の話かな・・・」

「よーし、何時も驚かされてるから、お返しだ!」

小首を傾げるディアーナは、トリーシャの発言に青ざめ、慌てて両手を上下に振り回した。

どう考えても、トリーシャとレヴォルドでは、役者が違いすぎる。

トリーシャの<悪戯>如きが、到底通用する相手とは思えなかったからである。

「ト、トリーシャちゃん! やめようよ!」

「大丈夫だって。 よーし、いくよー!」

制止を振り切り、トリーシャは身を沈め、一気に駆け出し、レヴォルドとの間合いを詰めた。

そして、右手を振りかぶり、必殺の奥義を繰り出す。 無論、相手がかわせると考えての行動である。

「てーい! トリーシャチョーップ!」

次の瞬間、レヴォルドの側頭部にトリーシャの攻撃がめり込み、大木がへし折れるような音がした。

硬直するトリーシャ、ディアーナが慌てて駆け寄る。 気まずい沈黙が、数瞬の時を支配する。

「あ・・・・の・・・・あの・・・・・レヴォルド・・・・さん?」

こわごわ声を掛けるトリーシャ、おどおどしながらその様を見守るディアーナ

頭にチョップの一撃を受け、静止していたレヴォルドは、やがて静かに言葉を発した。

「・・・・トリーシャ」

「は、はいいっ!」

引きつるトリーシャは、冗談のつもりで攻撃したことを忘れ、蒼白になり

嫌な予感が全身を満たしたディアーナは、無意識のうちにトリーシャにしがみつく。

そして、それを嘲笑うように、レヴォルドが振り返った。

「・・・・痛かったぞ!」

「・・・・・・・・・!!! きゃあぁぁあああああああぁああああああああああっ!」

振り向いたレヴォルドの顔は、断頭台の間近に立っていて鮮血を浴びたが如く、真っ赤に染まっていた。

そして、それを見た二人の娘は抱き合って絶叫したように見えたが、上がった声色は一つだけだった。

何故なら、血に弱いディアーナは、その凄まじい有様を見た瞬間卒倒してしまったからである。

「ふふ、私の勝ちだな。」

絶叫し腰を抜かしたトリーシャと、朱を見て卒倒したディアーナを見下ろし、不敵にレヴォルドは微笑む

この時初めて、トリーシャはレヴォルドの血が偽物だと気が付いた。

そう、この間自分も参加した劇で、効果に使った血糊と同じ臭いがしたからである。

「私を驚かそうなど、百年早い! これぞフリアイ流暗黒武神剣術奥義! 血塗れもどき!」

「分かったから! 分かったからー! ディアーナさんが動かないよぉっ!」

怒り泣きというか笑い泣きというか、奇妙な表情で、ディアーナを揺り動かすトリーシャ

レヴォルドは鼻を鳴らすと、その場に片膝をつき、ディアーナの柔な肩を掴んで、気合いを入れた。

と、意識を失っていたディアーナは、一瞬体を痙攣させたかと思うと、静かに目を開ける。

「・・・・あれ・・・・? あたし・・・・・・・・・・・!!!!?」

目を開けたディアーナ、レヴォルドの顔を再び至近から見てしまい、またしても卒倒したのだった。

先ほどから少し上で、完全に傍観者を決め込んで楽しそうに見ているヘキサと対照的に

ディアーナの様子に、動揺しきったトリーシャが泣きながら叫ぶ。

「レヴォルドさーん! いい加減にしてよおおおおおおおおおおおおおっ!」

「案ずるな、大丈夫だ。 この血糊は、すぐに落ちると知っているだろう」

落ち着き払った態度でレヴォルドは、ハンカチで血糊を拭き、そしてまたディアーナに気合いを入れる

今度こそ意識をちゃんと取り戻したディアーナは、既に遅刻寸前であることに気付き

礼も半ば、土煙を上げながら走ってトーヤ医院の方に消えていった。

それを見送る皆の顔は様々で、面白いものを見てヘキサは喜んでいたし

奥義が炸裂してレヴォルドは満足げであったし、トリーシャはマラソンの後のように疲れ切っていた。

「ふむ、元気で結構なことだ。 トリーシャ、学校に遅れるぞ、何時まで座っている?」

「え・・・? あれ・・・・? お、おかしいな。 ボク立てないや?」

放心状態から立ち直ったトリーシャ、言われて立ち上がろうとしたが、すぐにそれが出来ない事に気付く。

腰が抜けてしまったのだ。 時間が少し立てば治るだろうが、逆に言えばすぐには治らないであろう。

「腰が抜けたか。 困ったな、トリーシャ」

自分から悪戯をしかけて強烈極まるカウンターを喰らったのだから、何も言い返すことが出来ず

トリーシャは困惑した表情で学校の方を見たが、やがてレヴォルドが指を鳴らした。

「では、私とヘキサが学校まで送ってやろう。 コースはこれらがある。 好きな物を選べ」

そう言って、異様に準備良くレヴォルドが紙片を取りだし、トリーシャに手渡した

そこには、様々な文字が羅列されている。 最初は<山賊>等とかかれており

続いて<子供><老婆><荷物><寿司><姫>等々と言葉が続き、最後に<大八>とかかれていた。

「何・・・これ・・・山賊? 寿司??」

「コースだ。 この中から二つ選ぶが良い。 学校に送ってやるぞ」

蒼白な顔で紙片を見ていたトリーシャ、流石に最初からレヴォルドが展開を予測しきっていて

準備をしていたなどとは、彼女の頭脳では思いも寄らなかったが

選んだコース次第では、とんでもない方法で学校に送られる可能性がある。

自分の能力なりに、トリーシャは必死に考える。 既にそろそろ遅刻の危険時間が迫っているし

真っ白になった頭では、名案など浮かぶはずがない。 やがて、トリーシャは、二つの文字を指さした。

結局、特に考えてのことではなく、適当に指さしただけだった。

「ほう、姫と大八か。 ヘキサ! 例の物を用意しろ!」

「おう、任せとけ! これだったよな」

そう言って、手際よくヘキサは路地裏に飛んでいき、板と車輪を組み合わせた道具を引っぱり出してきた。

いわゆる<大八車>である。 <大八>の意味を理解したトリーシャは、貧血を覚えた。

「ま、まさかこれで、ひゃあっ!」

「その通りだ。 しっかり捕まっていろ、そして喋るな。 舌を噛むぞ」

軽々とトリーシャを抱き上げると、レヴォルドは苦もなく大八車に乗せ、そして長い二本の棒を掴む

その間、ヘキサはトリーシャの足をバンドで板に固定、それを見届けて後レヴォルドは立ち上がる。

「第三部隊在住、最新車型兵器、名付けて暗黒号! 発進!」

一瞬、強烈に体を後ろに引っ張られるような感覚を、トリーシャは覚えていた。

レヴォルドが地面を蹴り、土煙を上げながら大八車が走り出したのである。

そのスピードは、自分が実際に走るよりも、遙かに早くトリーシャには感じられた。

振り落とされないよう、必死にトリーシャは板を掴んだ、体の側では車輪が高速回転している

周囲の風景は高速で後ろに吹き飛んで行く、風が容赦なくトリーシャの体を叩いた。

「わははははははははははははははははははは! どけどけどけどけどけぇ!」

怯えきったエンフィールド学園の生徒達が、吹き上がりつつ迫る爆煙を見て、或いは飛びずさり

或いは硬直する中、レヴォルドの引っ張る大八車は或いは蛇行し、或いは直進しつつ爆走し

トリーシャの学友シェリルやクリス、それにマリアらを追い越し、そして学園の前に辿り着いた。

クリスなどは余りに凄まじい光景に硬直、数十秒を経過してようやく我に返ったほどである。

鋭い擦過音が響き、地面が激しく煙を上げる、レヴォルドがドリフト走行で門を曲がったからである。

驚く園芸の先生の前を、レヴォルドは高速で走り抜け、そして大八車の軌道を斜めにずらしながら

校舎の寸前で急カーブ、ブレーキを強引に掛けて停止し、そして爆走は止まった。

トリーシャの髪が、忘れていたかのように風に揺られ、壁に触れた。

髪の持ち主は、全身に冷や汗をかき、真っ青な顔で、焦点の合わない目で前を見ていた。

「大八コース終了。 ヘキサ、次に行くぞ!」

「おう、任せとけっ!」

今の爆走に付いてきていたヘキサが、完全に停止しているトリーシャの足のバンドを外す

それと同時に、正気に戻ったトリーシャが、宙に持ち上げられる。

レヴォルドが肩と膝の裏に手を回し、持ち上げたのだ。

「ひゃああっ! レ、レ、レ、レ、レヴォルドさん!?」

それは、いわゆる乙女の夢、<お姫様だっこ>とも<お嫁さんだっこ>とも呼ばれる抱き上げ方だった。

即ち、これが<姫>コースである。

「ヘキサ、上履きを持て! いざ行くぞ! わはははははははははははははははは!」

何時もと全く同じ表情(つまり真顔のまま)言い放つと、レヴォルドは校舎の中に身を躍らせ

トリーシャの教室へと、再び怯えきった生徒や困惑する生徒を蹴散らしつつ、駆け込んだのだった

そして、呆然とする生徒達の視線を受けながら、平然とトリーシャの席まで行き

ゆっくり椅子を引いて、トリーシャを降ろしてやり、そして言った。

「着いたぞ、トリーシャ。 また必要になったら何時でも送ってやるから、言うがいい。」

青ざめ、無言のまま頷くトリーシャ、レヴォルドは颯爽と身を翻すと、学校を離れていった。

何もしていなければ、その姿は実に格好が良かっただろう。 普通にしてさえいれば。

だが、普通でないことがレヴォルドの良さだったのだから、これで問題ないのである。

「相変わらず・・・訳が分からない人・・・」

そう言ったのは、学校に来て停止しているトリーシャを見、事情を知ったシェリルであった。

この時、トリーシャはマラソンを三本連続で行った位疲れ切っていたが、だが一つ忘れていたことがある。

それは今日の朝、父リカルドと軽く口喧嘩し、感じていたストレスである。

(と言っても、一方的にトリーシャが怒っていたことなのだが)

流石に其処まで計算して、レヴォルドが行動したかは分からない

だが疲れながらも、妙にすっきりした気分をトリーシャが味わっていたのは事実であった。

 

2,リオ、猫を捜す

 

第三部隊に常駐している人材は、五名のうちレヴォルドとリオとヘキサである。

アルベルトは力仕事を任されていて、大体一日中出払っていることが多く

トリーシャは学校帰りに此処に寄り、任されている雑務を片づけ、事務を処理して帰って行く。

と言うわけで、今日もこの三名が、事務所で先日の仕事の残務処理や、他の仕事の下準備をしていたが

昼少し前、急な仕事が飛び込んできたため、全員の顔に緊張が走った。

依頼主は中年の裕福そうな女性で、依頼内容は失踪した猫の捜索であったが

それでも仕事は仕事、特に失踪となると何かの事件に巻き込まれた可能性もあり、事は一刻を争う。

早速常駐の第一部隊の歩哨にアルベルトへの伝言を頼むと、レヴォルドはリオを連れて事務所を出

その様子を見ていた依頼主は、感心したように呟いた

「まあ・・・対応が早い。 公安じゃ猫なんて自分で捜せとかって突っ返されたのに」

こういう対応の早さが、評判に大きく響き、そしてそれが依頼の質に大きく関係してくる。

エリート集団を自称しながら、実際は自分の肥大したプライドに振り回されている公安は

この程度のことにも気付けない間抜けな連中であり、それ故に現在の評判は著しく悪い。

無料であるという利点を生かし切れぬ、正真正銘の無能な連中だと、言い切っても良かったかも知れない。

実際、エリート意識に飲み込まれたエリートなどと言うものは、こんなものだ。

先頃公安をやめて自警団に入ったヴァネッサなどは、それを誰よりも分かっていたことだろう。

 

「お姉ちゃん、いなくなった猫って、どうしたら探せるのかな」

「まずは情報の整理だ。 今から言うことを頭に入れておけ

私が見逃しても、お前達が見付けられることもある。 分かったな、リオ、ヘキサ」

リオの言葉に即答すると、レヴォルドは小さなメモを取りだし、要点を読む。

「名前はアレン。 色は白、かなり太っている。 首輪の色は茶で鈴が三つ、瞳の色は蒼。

鰯が好物で、特に固口鰯が好物だそうだ。 太っているくせに木登りが得意だそうで

十時のおやつの時間には必ず帰ってくるのに、今日は帰ってこなかったらしい」

「おーっす。 覚えたぜ」

「僕はちょっと・・・・メモしても良い?」

レヴォルドは二人の返事を聞くと、まずリオに準備していたらしいメモを渡し

そしてヘキサには、メモを渡さず静かに聞いた。

「ではヘキサ、猫の首輪の色は?」

「えーと、蒼! 蒼だろ蒼!」

「違うよヘキサ君・・・首輪の色は茶だったと思うよ・・・」

その答えを一通り聞くと、レヴォルドはヘキサにメモを渡した。 ヘキサはメモを見て舌打ちし

一方で、レヴォルドはリオの方にもあまり好意的でない視線を向けた。

「色を覚えていたのは立派だ。 しかし、鈴のことを忘れていたな。 80点と言ったところだ」

「ご、ごめんなさい・・・」

「分かればいい。 ヘキサ、メロディを呼んできてくれ。 その間、街のあちこちを捜してきてくれ

私とリオはこの辺りで聞き込みを行う。 一時間後にジョートショップの前で集合だ」

手際よく指示を出すレヴォルドであったが、ヘキサは不満を顔上に浮かべた。

レヴォルドの指示に不満があり、尚かつ自分がもっといいと思う策を考えたとき、必ずヘキサは逆らうが

それはレヴォルドにとっても都合がいいことだったので、不快感を覚えるような真似はしなかった。

従順な人形より、必要とあれば意見を呈してくる者の方が、遙かに有用だと彼女は知っていたのである。

「なあ、全員で別れて捜した方が早いんじゃねえのか? 一刻を争うんだろ?」

「全く情報がない場合はそれでもいいが、今は纏まって捜した方が効率がいい

本番はメロディを連れてきてからだ。 留守であれば、別の秘策もあるがな

いずれにしろ、すぐ見つかるなどと思うな。 我々はまず危険な場所を中心に捜してくる

お前の方は少し余裕があるから、時間にさえ遅れなければ少しくらい間食してきても良いぞ」

「・・・・ういっす。 わーったよ。 いってやるぜ、てゆーかすぐにいく!」

最後の言葉を聞き、小遣いを渡された途端、ヘキサの機嫌は掌を返すように良くなり

すぐにメロディの元に、つまりは由羅の家に飛んでいった。

それを見届けると、早速レヴォルドはリオと共に川に向かい

川沿いを早足で駆け抜けながら、特に猫が落ちそうな場所を探し

リオと手分けして聞き込みを行ったが、猫の悲鳴が聞こえたというような証言はなく

川にも猫の死体や、溺れている猫はおらず、不発に終わった。

ここでもう下流までながされたという様な考えに捕らわれ、諦めるのは幾ら何でも消極的すぎる

レヴォルドは頭を巡らせると、川に猫は落ちていないと言う結論を出した。

「お姉ちゃん、由羅さんがー」

ふと苦しそうなリオの声に振り向くと、其処では由羅がリオを後ろから羽交い締めにして頬ずりしていた。

もっともこの間の劇以来、リオは度胸を付けてきていて、由羅の包容にも怯える事なく平常のままだった。

「あーら、レヴォルドちゃん。 うふふふふ・・こんにちわ。 こんな所でなにしてるのーん?」

「由羅、猫を見たのか?」

リオの言葉から由羅が証言をしたことを即座に判断し、聞くと、それは案の上であり

苦しがるリオにべたべたしながら、由羅は応えた。

「あのデブ猫でしょ? 見たわよ。 おやつの時間で、家に帰ろうとしてたわよーん」

「ここで見たのか? 違うなら見た場所は何処だ?」

「えーっとねえ・・・あっちのほう。 あの猫、川沿いは通らないから、多分落ちてはないと思うわよ

それにしてもー・・・いやーん! リオ君、かっわいいーん♪ お持ち帰りしちゃいたいくらい!」

「う、うわあっ! やめてよお!」

流石にそれは嫌だと思ったのか、半泣きになってリオが言う、やはりまだまだ慣れきった訳ではない

「その辺にしておけ。 今は仕事中だ」

冷め切ったレヴォルドの声を聞くと、頬を膨らませながら、由羅はリオを離してやった

天真爛漫な由羅も、レヴォルドには一目置いているようで、仲は良く、言うことも良く聞いた。

「その地点で見たとなると、捜す地点は絞られてくるな。 いずれにしろ、感謝するぞ由羅

これは情報量だ、とっておけ」

レヴォルドが由羅に手渡したのは、さくら亭でのただ食事券であった

ただの中には、当然酒も混じってくる。 大喜びした由羅は、投げキッスまでして二人を見送った。

由羅が大分離れてくると、目にたまった涙を拭いながら、リオは愚痴る

嫌だとか腹立たしいと言うよりも、むしろ不思議で理解できないと言った口調であった。

「何で由羅さんって、僕に抱きついて来るんだろう・・・」

「あれは単純な愛情表現だろう。 由羅の場合は完全に一線を越えているが、慣れれば楽なものだ

・・・ま、会いに来るとき、出来るだけ酒を飲まないようにしているようだから、勘弁してやれ

お、ヘキサがいるな。 メロディもいるようだ」

レヴォルドの視線の先には、どうも寄り道してアイスクリームを食べたらしいヘキサと

面白いゲームでもさせて貰えると思って、無邪気に着いてきたメロディの姿があった

この娘は由羅の良き(?)理解者であるレヴォルドのことも慕っており、見付けるやいなや

遠くから大きく手を振って、自分の存在をアピールした。

「うわーい、レヴォルドちゃんとリオちゃんだー! こんにちわーです!」

「こんにちわ、メロディ。 元気なようでなによりだ」

「こんにちわ・・・メロディさん」

レヴォルドは無表情のまま手を振り(以前笑ったら、メロディが泡を吹いて失神してしまったので)

リオも静かに手を振り、丁寧に応じた。

由羅と違って、この少女には恐怖感を感じるわけでもなく、応じることが出来るからだ

メロディは由羅の被保護者で、猫の耳と尻尾を持つ、無邪気で愛らしい少女で

見かけに違わず、猫的な要素を多分に持ち合わせ、精神的に幼いと言うよりむしろ動物的である

ヘキサはおごって貰ったにも関わらず、何故か不機嫌そうであった。

実は渡された小遣いで、アイスクリームを二つ食べようとしたのだが

メロディにねだられて、結局一つを譲ったからである。

幸せそうな無垢な少女の、口の周りのクリームをハンカチで拭いてやりながら

いつもの言動とは若干違い、意外にも面倒見がいいヘキサは、レヴォルドに聞いた

ひょっとするとヘキサは、ローラの様な、根っからの我が儘自由奔放タイプは苦手でも

メロディのような、根は従順で素直な年下の子供には優しいのかも知れない。

それは性格差であり、各に優劣は無いが、やはり性格的な相性というものは厳然と存在するのだろう。

もっとも、ヘキサにしてみればローラが苦手でも嫌いというわけではなく、喧嘩友達と言った感じだが。

「で、そっちの方は見つかったのか?」

「幸いにも、猫の死体は見つからなかった。 おそらくアレンは生きている

と言うわけで、これからが本番だ。 周囲を徹底的に捜すぞ」

「ねーねーレヴォルドちゃん、今日はどんなことをして遊ぶんですかぁ?」

尻尾を左右に、それは楽しそうに振りながら、満面の笑顔を浮かべてメロディが二人に問う

レヴォルドはしばしの沈黙の後、メロディの頭を撫でながら応じた

「メロディ。 お前は確か、猫の言葉を理解できたな」

「はい。 理解できまーす!」

「驚け、私は犬の言葉を理解できる」

リオとヘキサが同時に噴き出し、咳き込んだが、レヴォルドは全く動じることなく続けた

その表情に狂気はなく、完全に素面である。 どうやら、彼女に関する噂の一つは本当だったようである

即ち、猫の言葉は理解できないが、犬の言葉は理解できる。

地図を取り出すと、レヴォルドは目を輝かせてそれを覗き込むメロディに、一つの家を指してみせた

「この家に住んでいる猫、アレンという猫を知っているか?」

「ふみゅうううう? アレンちゃんですかぁ? 知っていまーす!

でも、今何処にいるかはしりませーん!」

予想通りの返事に、レヴォルドはほくそ笑むと、静かに続けた

「では、これからゲームだ。 メロディ、お前はこの辺の猫に、今どこにアレンがいるか聞け

私は、この辺の犬に、この猫が何処にいるか聞く。 勝った方には・・・・」

レヴォルドが指さしたのは、何故かリオだった。 あまりの事態に硬直するリオを嘲笑うように

いや、全く気にしないかのように、レヴォルドは続けた

「明日、リオと好きなだけ遊んでも良いぞ券が与えられる!」

「うわーい! やったー!」

周囲を飛び回るメロディ、それを見てリオは硬直し、ヘキサはこっそりつっこみを入れていた

「なんてゆーかよぉ。 詐欺に近いぞ、それ」

「ヘキサ!」

つっこみを知ってか知らずか、レヴォルドはヘキサの方に振り向き、姿を確認すると

小さなクラッカーを手渡し、そして言った

「私はリオと組む。 お前はメロディと組め

何時も通り、見付けたらこれを鳴らせ。 私も見付けたら同じ事をする

ひもを引くだけだから簡単だ。 間違っても、人や他の全ての生き物や壊れる物には向けるな。

特に絶対テディには向けるな。 分かったな」

「うぃーっす。 で、先に見付けた場合の、俺の報酬は?」

「メロディと一緒に、リオと明日一日遊んで貰え」

げんなりしきった表情で、ヘキサが、スキップで向こうに消えるメロディに連れられ、去っていく。

「何で、僕と一日遊ぶのが報酬なの?」

青ざめて問うリオ。 別に自分を出しにされたことが不満なのではなく、意味が分からなかったようだ。

レヴォルドはその表情を見て、頭に手を置いて応える。

「リオ、お前と遊ぶことが、メロディには楽しみと言うことだ

もし私が負けたら、有給にしてやるから、明日メロディと思う存分遊んでこい。 それでいい」

よく分からない理屈であったが、それでもリオは納得したのか、レヴォルドの後について歩き始めた。

 

三十秒も歩くと、犬を飼っている家があった。 地図に付けた、猫がいると思われる範囲にある。

レヴォルドが近づいていくと、先ほどまで吼えていた犬が嘘のように大人しくなり

尻尾を下げ、レヴォルドにすり寄った。 頭を撫でてやると、レヴォルドは言う。

「アレンという猫を捜している。 今どこにいる?」

犬は短く何度か吼え、そして東の方向を見た、レヴォルドは頷くと、リオの方を見た。

「いつもはここを通るのに、今日は通って無いそうだ。 

東の方に、ひょっとしたらいるかも知れないとも言っていた」

「お、お姉ちゃん・・・本当だったんだ」

「本当で何か問題があるか。 次に行くぞ、今度はこっちを捜してみよう」

歩を進めかけて、レヴォルドは妙なリオの行動に足を止めた

そして、その表情ともじもじした動作の意味を察し、頭に手をやって溜息をついた

「信じられないか。 では、これならどうだ

ロバート、少し聞きたいことがある。」

「ぼ、僕、そんなつもりじゃ・・・ごめんなさい」

困惑するリオの言葉が聞こえぬかのように、再びレヴォルドは犬の方に向き、耳に手を当て何かを囁いた。

犬はその間ずっと大人しくしており、そしてそれが終わって後、視線でリオの側の木を指し吼える。

「リオ、その木の根本を掘って見ろ。 この犬、ロバートの宝物が埋まっている

紅くて固くて、丸みを帯びていて長いものだそうだ」

いわれるまま地面を掘るリオは、すぐに紅い小さなスコップが出てきたので驚き

レヴォルドの言葉が真実であることを悟った。 同時に、誇らしげにロバートが一声吼えた。

「という訳だ。 行くぞリオ、私が犬との会話の要点をいうから、お前がメモしろ」

「うん。 分かった。 お姉ちゃん、疑ったりしてごめんなさい」

「・・・一度で信じて貰えたことなど一度もない。 お前はむしろ素直な方だ」

それだけ言ってリオの頭に手を置くと、レヴォルドは次の知り合いの犬の所に走り出した。

そして、自分の頭が感じたぬくもりに、この時リオはこの上ない貴重さを感じたのだった。

 

それから三十分ほどは、とにかく地味な作業が続いた。

既にエンフィールドの住民達は、レヴォルドが変で個性的ながらも有能だと知っていたため

彼女が犬と話そうが猫と話そうが別に驚かず、また変人隊長が変なことをしている位にしか思わなかった。

散歩経路の犬を片っ端から当たり、途中でアレンが風に飛ばされるリボンを追って別の道に入り

姿を消したことを突き止めてしまえば、後は早かった。

裏道の先には公園があり、そして比較的高い植木があった。 そしてその上に、アレンはいたのである

多少薄汚れてはいたが、視認可能な特徴を全て満たしている。 絶対に、アレンに間違いない。

間抜けにも、どうもリボンを木の上まで追っていった挙げ句、降りられなくなったらしく

その場には数分遅れで、メロディとヘキサも駆けつけてきた、そして木の上を見て呆然とした。

特にメロディは友人の危機に取り乱し、子供らしい純粋な動揺と困惑を浮かべてレヴォルドにしがみつく。

「ふみゅううううう! レヴォルドちゃん! アレンちゃんが、おちそうだよー!」

「ひえー、本当に太ってやがるな。 ありゃ俺じゃ支えられねーぞ!」

口々にメロディとヘキサが言った。 この木の枝は細く、メロディの体重を支えられそうにない

無論梯子もかけられそうにないし、メロディも上れないのにレヴォルドでは尚更不可能だ

木登りが得意という特徴は、この事からも正しかったと分かるが、故に危地に陥ってしまったことになる。

優秀な能力が、常に福をもたらすとは限らない・・・これは、その好例であっただろう。

おそらく、勇気を出して飛び出せば、クッションさえあれば無傷で済むはずだが

あの飼い猫に、そんな勇気があるとは到底思えない。

手詰まりを感じ、舌打ちしたレヴォルドは、何かクッションになる物を捜そうと身を翻しかけ

そしてリオの行動に目を見張り、思わず声を挙げかけてやめた。

「大丈夫、大丈夫・・・ほら、飛んでみて」

リオが笑顔のまま、木の上に向けて両手をあげている。 掌を広げ、体ごと受け止める態勢だ。

誰もが場の雰囲気を感じ、時が止まったようにも思えた。 アレンは震えていたが、やがて意を決し

木の下にいる、一番信頼できそうな子供に向けて跳躍した。

無限とも思える一瞬が通り過ぎ、跳躍した白い肉の塊は、重力で加速されてリオに衝突

少年はそれを柔らかく受け止めるように、実際は体が柔過ぎたために半分吹き飛ばされる形で後ろに倒れ

短い音と共に、地面に横たわっていた。 幸い後ろの地面には石も何もなく、少年は怪我せず済んだ。

猫を抱き上げると、レヴォルドは静かに笑った。

自然な笑みであり、前にメロディに無理に笑って見せたような怖い笑みではなかった。

「良くやったぞ、リオ。 褒美に明日一日有給をやるから、好きに使うが良い」

「有り難う、お姉ちゃん・・・・」

「うわーい! リオちゃんの勝ちだー! すごいですー!

由羅おねーちゃんにも、このすごさを教えてあげます!」

負けたことなど宇宙の果てに忘却し、無邪気に喜び、はしゃぎ回るメロディに向け

草原に寝転がるという経験を、実は今初めてした少年は、穏やかに笑った。

結局、誰が勝ったところで、リオはメロディと一日遊ぶことになったのかも知れない。

 

3,アルベルト、危機を味わう

 

アレンの捜索意外には、簡単な仕事を終始片づけるばかりであったため

トリーシャが合流してからも特に大きな仕事の混乱はなく、仕事は時間通りに進んだ。

そんな中、アルベルトが仕事を終えて帰ってきた。 オーガ二匹をとっくみあいの末捕まえたそうで

顔には無数の傷があり、髪も乱れ、何より化粧も乱れていた。

身長2mにわずか1pだけ足りないこの巨漢の青年は、見かけと裏腹に重度のナルシストであり

化粧に関する造詣は深く、しかも自分の<美>に自信を持っていたから

鏡を見せられて、自分の姿を確認すると驚倒せんばかりに驚き、すぐに化粧室に駆け込んで色を直した。

「レヴォルドさーん、仕事終わったよ!」

書類の束をトリーシャが取りだし、妙にすっきりした笑顔を向けると

丁度レヴォルドも事件報告書の整理を終えたところで、立ち上がるところだった。

アルベルトはまだ化粧室でなにやらやっており、化粧室を睨み付けるとレヴォルドは言った。

「アルベルト、今日は皆でさくら亭に行くつもりだが、お前はどうする?」

「おう、俺もいくぜ! ちきしょう、汗まみれだぜ! 早く風呂に入りてーなあ!

早めに片づけて、さっさとお開きにしようぜ! 晩飯だけな!」

酒を飲むとは誰も一言も言っていないのに、それだけ言うとアルベルトは化粧室から出てきた

何やら化粧品を使って、戦闘で生じた乱れを消したらしい。

化粧に殆ど興味のないレヴォルドには、良く分からない事だったが

アルベルトにとっては重要なことである以上、馬鹿にするわけには行かないだろう。

化粧室から出てきたアルベルトを確認すると、レヴォルドは皆の方に振り向いた。

「トリーシャ、リオ、ヘキサ、異存はないか?」

「ボクは構わないよ。 というかすぐ行こう!」

トリーシャが満面の笑顔で挙手したのに続き、ヘキサもリオも言う

「僕も・・・行きたい」

「俺は行くぞ! てゆーか早くしろ、アルベルト!」

口々に言う言葉を聞き流し、レヴォルドは頭の中で出費予測をたて、そして問題無しと結論を出した

「良し、さくら亭に突撃だ! 我に続け!」

立ち上がり、さくら亭を指さしてレヴォルドが真顔で言うと、皆手を振り上げて唱和した

「おーっ! 突撃だー!」

 

さくら亭はこういう濃い上にテンションの高い客を捌き慣れている店で、出す食事も値段の割に美味しく

育ち盛りの若者達の胃袋を満たすには充分な量をも、標準的に料理が満たしていて

そして頼めば酒も出るため、特に自警団員や、労働階級を中心に人気のある大衆食堂だった。

流石に味は高級料理店のラ・ルナに劣るが、バランスでは此方の方が上であり

故にこの店は人気があり、他のライバル点に比べて一歩水をあけていた。

名前の通り、ここは宿屋も兼ねている店であり、泊まり込んで済んでいる従業員もいる。

その代表が元傭兵のリサであり、彼女はウェイトレスのアルバイトをしながら、店の用心棒も兼ねていた。

レヴォルドは店にはいると、早速席を確保、注文を取りに来たパティに対し耳打ちする

その表情は真剣であり、何度か痛い目にあった経験からも深刻だった。

「分かっていると思うが、私に例の量以上の酒は出すな。 どうなっても責任もてんからな

それと、注文はAランチだ。 ビールも少し付けてくれ」

「OK・・・てゆーか、みんな知ってるから大丈夫よ」

何やら小声で恐ろしげな会話を済ませると、パティは他の皆にも注文を取りに回った。

相変わらずリオは注文の量が少なく、そしてそわそわして周囲を見回していた。

どうも、由羅と鉢合わせするのがいやらしい。 それを察したパティが、笑いながら肩を叩いた。

「大丈夫よ、由羅なら昼過ぎに来て、さっきべろんべろんに酔っぱらって帰ってったわ」

「そ、そうなんだ・・・・ごめんなさいパティさん。 余計な心配かけて・・・」

「いいのいいの。 気にしない気にしない。 アルベルト、アンタは何にする?」

会話を振られたアルベルトは、暫く考え込んでいたが、やがて口を開いた

「俺はダイエットに良いのがいいな。 最近少し贅肉がつき気味でな。 ビールも一杯だけな」

「じゃ、サラダ定食ね。 ビール一杯と。」

言下に相手の注文を察し、慣れた手つきで書き込むと、パティは心中で笑った

アルベルトは身長に比べて体重が少ない。 これはいざというとき必ず不利になる事で

戦士であるアルベルトは当然それを知っているはずだが、どうも美に対する追求がそれを上回る様で

時々リカルドに文句を言われているのを目にするが、その点だけは絶対に譲ろうとしない。

本来なら、二食分を食べても足りないはずなのに、普通の大人でも満足しない量を食べるアルベルト

いつか必ず痛烈なしっぺ返しが来るはずであり、そしてそれはいざ来ないと分からないはずだ。

「じゃ、トリーシャは何にする?」

「ボクは新メニュー! 美味しいのが出来たんだって?」

言下に即答したトリーシャが目を輝かせると、パティは喜んでそれに応じた

「相変わらず耳が早い。 OK、新メニューね」

「俺は俺は! サンドイッチ定食!」

最後にヘキサの注文を取ると、パティは厨房に引き上げていった

この店における最大のトラブルメーカは、無論(?)橘由羅だが

実のところ二番目は他ならぬレヴォルドであり、だがそれがマイナスに作用するばかりでもないので

この二人は、パティから出入り禁止も謹慎も喰らっていない。

程なく食事が運ばれてきて、ささやかな食事が始まった。

否、それは否。 ささやかに終わるはずの食事が、今始まったのだった。

 

食事は最初極めて穏便に始まった。 ヘキサも食べるのに夢中で大人しくしていたし

レヴォルドは、自分が<冗談>を言うと店中の客が料理を吹き出しかねないことを知っていたので

大人しく、若干不器用にナイフとフォークを使って食事し、時々ビールを口に入れていた。

エンフィールドが周囲に誇れる最大の長所の一つは、そのモラルの高さと末端までの徹底である。

それは凶悪犯罪の発生率も減少させるし、何より社会のシステムを効率よく維持する

ただ、度が過ぎてしまうとそれはそれで問題になってくるのであるが

少なくともここで、度が過ぎたモラル上昇は起こっておらず、バランスの取れた状態にあった。

エンフィールドで、二十歳未満の人間は、酒を飲まない。 酒も出されない。

これは乱脈な生活を送っているアレフさえ遵守していることで、一般常識の一つだった。

故に、ビールをちびちびやるやるレヴォルドとアルベルトを見ながら

リオもトリーシャも、文句を一言も言わなかったが

だが、ただ一人、例外がいた。 魔法生物ヘキサである。

「なあなあレヴォルド、俺にも酒くれ! 俺、二十才なんてとっくに超えてるぞ!」

「駄目だ。 お前は普段でも爆弾と同じなのに、酒などのませたらどうなるかわからん」

「なっ! そんなのおめーも同じじゃねーかよ!」

ヘキサの反論はもっともだったので、周囲の者達は(第三部隊以外の者も含めて)素早く頷いたが

だがレヴォルドの言葉も正鵠を射ていたので、ヘキサに肩入れするわけにもいかなかった。

「ともかく駄目だ。 ・・・そうだな、これを飲んでみて様子を見ろ」

そう言ってレヴォルドが注文したのは、アルコール度数が1%を切る超低濃度アルコールで

殆どジュースと同じ代物であったが、酒を飲ませて貰った事は初めてだったので、ヘキサは喜んで飲んだ。

と、この瞬間、パティは大きな間違いを犯していた。

なんと此処で持ってきた酒は、アルコール度数65%を超す高濃度の蒸留酒だったのである。

現在、パティは殺人的な忙しさにあり、リサもほぼ同様の状態にあり

ほんの一文字のスペル違いでかくも恐ろしい結果がもたらされるとは、誰も夢想だにしていなかった。

持ってこられた酒をちびりとやっただけで、ヘキサは真っ赤になって後ろにひっくり返ってしまい

それ見たことかとレヴォルドは鼻を鳴らし、酒のことは忘却の縁に追いやってしまった。

これが第二のミスであった。 そして、定食の最後の人参をレヴォルドが口に運んでいる途中

恐るべき事態の扉は開いた。 第三のミスが起こったのである。

「おう、そろそろ上がろうぜ。 もったいないからその酒、のんじまえよ」

そう言って、アルベルトはヘキサの酒を全部レヴォルドのグラスにそそぎ込み

人参を飲み込んだレヴォルドは、曖昧に頷いてその酒を一気に飲み干した。

その瞬間、リサがレヴォルドの側に置かれている酒瓶に気付き、素早く静止の声を挙げたが、遅かった。

「ふ・・・・ふふふ・・・・ふふふふふふははははははははははははは!」

不気味な笑い声をあげながら、レヴォルドが立ち上がった

酒によって解放される、第二の人格<さやかさん>が目覚めたのである。

舌なめずりすると、<さやかさん>と化したレヴォルドは

怯えて硬直するリオと、あまりの事態に青ざめるトリーシャを一瞥し

そしてアルベルトの頭に手をやって掴みあげた、驚くべき腕力であった。

「アルベルトー・・・・!」

「ぐわっ! レヴォルド、お前・・・何飲んだんだよ!」

苦痛に顔をゆがめるアルベルトに、レヴォルドは完全に据わった目を向けると、言い放つ

「私はレヴォルドであってレヴォルドではない! 私は<さやかさん>だ!

前々から気にはなっていた。 アルベルト! お前はその髪型で、身長を10pは誤魔化しているな!」

店の客達が一斉に吹きだし、その後確かにもっともな言葉に頷きあった。

リサは一度、<さやかさん>になったレヴォルドを止めようとして、一撃で昏倒させられたことがあり

その恐るべき実力を良く知っていたから、下手に手出しできず、推移を見守るばかりだった。

<さやかさん>はひとしきり笑うと、アルベルトを片手で引きずってさくら亭の外に出て行き

近くにあった枯れ木を素手でへし折り、二本の棒を作ると、一本を呆然としているアルベルトに放った。

この時点で、<さやかさん>は店内で暴れた事にはならない。 レヴォルドが出入り禁止にならないのは

暴走状態でも、こういう<店への気配り>を欠かさないからであり

しかも迷惑千万な酔っぱらいを撃破したことが、一度や二度ではなかったからである。

「勝負だ、アルベルト! 三本勝負で、二本先取した方が勝ち!

私が勝ったら、貴様の頭を丸刈りにしてやろう!」

この時、騒ぎを聞きつけてアルベルトの妹クレアが現場に駆けつけ

そしてあまりに驚くべき<さやかさん>の言葉を聞いて、一瞬の虚脱の後叫んでいた

「いやあああああああ! お兄様ーっ!」

「ちなみに私が負けたら! ・・・お前に三日間の有給をやるぞ、アルベルト!」

「どうしてそれで勝負が成り立つんだよ! わけわかんねーよ!」

三者三様の言葉を発しながら、場は一気に張りつめた。

アルベルトの表情は不可解な言葉に揺れていたが、三日間の有給も捨てがたい誘惑のようで

更に勝負好きの気質が勝負を受ける事を自身に承諾させ、やがてアルベルトは棒を取っていた

「おもしれえ・・・有給の件は間違いないだろうな」

「ふっ・・・間違いないとも。 勝負は三本勝負、相手を地面に這わせたら一本!

ルールは一切無用のデスマッチだ。 急所攻撃だろうが魔法攻撃だろうが

助っ人による攻撃だろうが、何をやってもかまわんぞ・・・死んでも良いならな」

そう言って、<さやかさん>は周囲を見回した。 おそらく周囲全体から一斉攻撃を受けても

全てを圧倒し、勝利する自信があるのだろう。 それを立証する実力が身を満たしている。

しかも、それらの攻撃に対し容赦なく反撃する意志を示してもいるのだ、下手に近寄るのは危険である。

リサはそれを察知し、何かあったら攻撃魔法で加勢しようと考えていたリオとトリーシャを、手で制し

ふらふらと前に出ようとしていたクレアの襟首を捕まえて、後ろに引き戻した

「何やってるんだい! 今前に出たら死ぬよ!」

「いや・・・お兄様が・・・!」

何を言われながらも涙しながら前に出ようとするクレアに舌打ちしたリサは、鳩尾に一撃を加えて眠らせ

死闘の場に視線を移す・・・今その瞬間、二人の間が詰まるところだった。

刹那の一瞬、以前ジョートショップで助っ人をしたことがあるパティとリサだけが、剣閃を見切っていた。

爆弾が炸裂したような音が響き、<さやかさん>が棒に付いた血を払い、視線を後ろに移す

其処には、竿立ちになったアルベルトが、ゆっくり前のめりに倒れる様があった。

「フリアイ流暗黒武神剣術最終奥義その136・・・」

<さやかさん>がそれだけ言うと、頭から血を流しながら、アルベルトが地響きを立てて地面に伏した

「・・・さやかさん、こんばんわ。」

あまりな奥義の名前に、周囲の全員が吹き出したが、<さやかさん>は無論気にせず

一瞬の交差から六発もの打撃を浴びせた相手を見下ろし、そして言った

「まだやるか、アルベルト」

「ぐっ・・・やる・・・にきまってん・・・だろ・・・・!」

棒を杖代わりに、アルベルトが立ち上がる、口からは鮮血が糸を引き、膝は笑っていた

アルベルトをほんの一撃でここまで粉砕するとは、<さやかさんこんばんわ>、全く常識外の奥義である

おそらく、回復魔法を使えば頑丈なアルベルトのことだから、すぐに良くなるではあろうが

それにしても、ひょっとすると今の<さやかさん>の戦闘力は、リカルド隊長にも迫るかも知れない。

再び距離を取り、アルベルトが構えを取る、次の瞬間<さやかさん>の姿がかき消えた

大砲を撃ち放つような音と共に、<さやかさん>がアルベルトの後方に現れ、棒を振るう

次の瞬間、アルベルトの棒が木っ端微塵に吹っ飛び

そしてアルベルト自身は見えざる手に押しのけられるように、ゆっくり後ろに倒れた。

「フリアイ流暗黒武神剣術最終奥義その47・・・さやかさん、風邪ですか?」

「何で数字が減るの? お姉ちゃん!?」

ここで気丈にも唯一リオがつっこみを入れたが、その場の全員誰も同調しなかった。

何故なら、殆ど全員が、何故風邪なのかと心の中でつっこみを入れていたからである。

虚しさを消し去るように、アルベルトが倒れる轟音が周囲に響き、<さやかさん>は笑った。

「さて、髪を刈らせて貰うか」

以前、この形態にレヴォルドをしてしまった由羅は、あやうくその尻尾を狩られかけ

しかも止めに入ろうとしたパティは、居合い抜きを喰らい、鼻の1o先を真剣が通って腰を抜かした。

パティはパティで、<店の前>で行われる喧嘩には寛大だったから、割って入ろうとするような事はせず

また<さやかさん>を本気で止めようとすれば、リカルド隊長かそれに迫る実力者を連れて来ねば無理だ。

観客達の間からどよめきが起こった、<さやかさん>が振り向くと、其処にはアルベルトが立っていた。

顔からは血をだらだら流し、内部に達する傷はないようだが、相当精神には打撃が来ているようだった。

「勝負は・・・三番・・・だって・・・・・いったよな・・・・・・

俺は・・・俺は負けちゃいねえ! まだ最後が・・・・のこってる・・・ぜ

丸刈りに・・・丸刈りになんてされてたまるかああああああああっ!」

其処まで丸刈りはいやなのだろうか、命を懸けるほどに。

その場の全員が、アルベルトの丸刈りを想像したが、とうとう誰ひとり想像することは出来なかった

「武器はないぞ、素手で良いのだな」

<さやかさん>が棒を構えて言うが、アルベルトは立っているだけで精一杯のようであり

鼻を鳴らすと、<さやかさん>は歩いて間を詰め、アルベルトの胸を棒で軽く押した。

情けないことに、それだけで充分だった。 枯れ木が朽ち果てるように、アルベルトは三度転倒した

「フリアイ流暗黒武神剣術最終奥義その14・・・さやかさん、また来週」

来週もまた来るのだろうか。 恐怖に引きつる皆を無視するように、アルベルトに歩み寄ると

<さやかさん>は鋏を取りだし、アルベルトの頭を掴んで持ち上げた。

「狩ってやるぞ、狩ってやるぞアルベルト! わははははは・・・は・・・・・は・・・・?」

「しめた、酒が切れた!」

<さやかさん>の様子の変化を見たリサが言う、それを肯定するように、<さやかさん>の瞼は落ち

そして、何事もなかったかのように、目を瞑ったまま帰宅していった。

後には、完全に目を回しているアルベルトが残され、ショウが終わったと感じた見物人は

皆めいめいに帰宅して行き、その後現場検証が行われた。

「何でレヴォルドさん、暴走したのかな?」

開口一番にそう言ったのはリオだった。

その原因を知っているリサは、気疲れからかさっさと二階に引き上げてしまっていた。

アルベルトは、側にあるソファに寝かされており

教会から寝間着のまま連れてこられたローラが回復魔法をかけた為、もう傷は良くなり寝息を立てていた。

呆れたほどに頑丈な肉体ではあるが、<さやかさん>が手加減したのもあったことであろう。

「レヴォルドってば、お酒がある一定限度を超えるとああなるらしいの」

真相を話し始めたのはパティだった。 皆が聞き入る中、彼女は続ける

「それで、本人もそれを知ってるらしくって、絶対に許容量を超えて飲まないらしいんだけど

誰かが強い酒をうっかり飲ませたりしちゃうと、暴走開始

自警団に入団するとき、同期の三人が、当時は可愛かったレヴォルドに悪戯しようとして酒飲ませたら

半殺しにされて、三人ともパンツ一丁で、しかも丸坊主にされて、翌朝木に吊されてたんだって

それ以来、その三人はレヴォルドに絶対逆らえ無いどころか、何か言われただけですくみ上がるそうよ」

こわごわ言うパティの顔は、先ほどの光景を思い出して青ざめていた

「原因は何かな? 強いお酒を、誰が飲ませたんだろ」

と、全員の視線が、先ほどまでレヴォルドが飲んでいた机に移る

其処にある瓶の一つに目を留めたパティの顔が蒼くなるのを、リオは見逃さなかった。

その言葉には、純粋な事実を確認する要素のみがあり、特に咎めるような口調は混じっていなかった。

「あの瓶、強いお酒じゃないかな」

「・・・・あーもう、そうよ! 私としたことが・・・!」

駆け寄ったパティは、自分のミスがとんでもない事態を引き起こしたことを悟った

責任を感じた彼女は、リオとトリーシャと後から来たローラに二枚ずつただ食事券を渡し

手を合わせて頭を下げると、苦笑しながら言った。

「ごめん、明日アルとレヴォルドに、ついでにヘキサにも渡しといて

この様子じゃ、まず間違いなく覚えてないから。 あは・・・はははは・・・ごめん」

これは多分収賄になるのだろう。 しかし、別に受けたところで問題があるような物ではないし

三人は互いに顔を見合わせると、苦笑してそれを受け取った

勿論、一人の取り分は一枚ずつで、のこりはアルベルトとレヴォルドとヘキサに渡すのである

案の定であったが、三人は三人とも今晩のことは覚えておらず、結局何も問題は起きなかったのだった。

 

4,そしてまた新たなる日が始まる

 

自警団第三部隊は、翌日リオを有給で休ませながらも、平常通り任務を実行し

着実に収益をあげ、そして住民の支持を一日ごとに勝ち取っていった。

それにはレヴォルドの力が大きく関与していたし、皆もそれを自覚していたことだろう

先日の夜の戦闘騒ぎは、結局何者残さなかったが、唯一の後遺症があった

それは<さやかさん>という言葉について、街の皆が恐怖を覚えるようになったことである。

レヴォルドは情報収集を常々欠かさなかったから、すぐにそれを耳に入れ、そしてトリーシャに聞いた

「トリーシャ、一つ聞きたい。 さやかさんとは何だ」

あの夜のことを良く知っているトリーシャは、身も心も引きつらせたが、知らないフリなど出来ないし

嘘をついた所で、レヴォルドにはすぐ見破られてしまうだろう。

冷や汗をながしながら、必死にいいわけを考えるトリーシャ

今日も、エンフィールドでは、大過無く一日が過ぎていた

                                 (続)