要塞の蝶

 

序、陥落

 

兵器の火力が上がることにより、要塞という存在が歴史から消滅し。難攻不落と呼ばれた拠点は。いずれもが、攻撃を重視した基地へと変わっていった。

ボタン戦争とまで呼ばれたその一時期を乗り越え。

そして現在。

宇宙にでるようになってから。

人類の戦争では、再び防御力が攻撃力に追いつき。

宇宙には要塞がまた建造されるようになった。

或いは小惑星をそのまま改造し。

或いはスペースコロニーを改造し。

強大な軍事拠点として構築されたそれらは。

核を一とする生半可な攻撃など受け付けず。

それこそ絶対の盾となって。

昔の要塞と同じ、拠点として機能するようになった。

そう。

このようなものが存在すると言う事は。

人類は宇宙に進出しても。

戦争を止められなかった、という事である。

当然要塞には、一撃で万を超える人間を容易く殺戮できる砲が搭載され。

その破壊力によって周囲を威圧。

制空権も要塞がある限り奪うことが出来ず。

近づくだけで、生半可な戦力では灰にされてしまう。

そんな圧倒的な存在が。

宇宙に再出現したのである。

現在、太陽系内部で七つの勢力に別れた人類は。

多数の要塞を宇宙に浮かべ。

文字通り「七竦み」の状態になってにらみ合っていた。

いずれも資源を大量につぎ込んで、宇宙艦隊と要塞を作り。

そして互いの国境線を守るために。

要塞を作り。

その性能の向上を競い合っていた。

世に言う。

星を作る時代、の始まりである。

そしてこの時代は。

人類が思ったよりも遙かに長く続いている。

私があくびをしながら外を見ると、ブロック状に加工された要塞の部品が、運ばれて来た所だった。

今の時代、人間は遺伝子管理され。

知能指数が異常に高い人間。

つまりデザイナーズチルドレンが作られることが当たり前になっている。

一時期は、倫理がどうのという事で。散々この手の技術は批判されたのだが。

一度大国がやり始めると。

明確に強力な人材を作れると言う事で。

どこの国も真似を始め。

今では当たり前に何処でも使う技術になっていた。

正直な話、私もそうしないと生まれなかった訳で。

感謝して良いのか。

批判して良いのか。

それはよく分からない。

ただはっきりしているのは。

私の仕事は。

生まれたときから、ずっとこれ。

この要塞を作ること。

私が生まれて、最初に習ったのは、要塞についての知識。

文字通り一を知って十を知ることを要求された私は。

まあ概ね要求通りの事をこなし。

馬鹿な事をやってるなあと思いつつ。

「戦略的に重要な」要塞を作り始めていた。

そして今、大体半分くらいが出来ているのだけれども。

この要塞を作る物資でインフラを整備したら。

もっとみんな豊かに暮らせると思えてならない。

ブロック状の要塞を、まずは順番に組み立てる方式を今回は採用しており。

最終的に隙が無い球形になるのだが。

現在、この要塞の周囲には四つの艦隊が駐留しており。

計画が遅れることは、無駄に兵力を貼り付け続けなければならないことを意味もしている。

故に計画が遅れないように。

私はてきぱきと動く事を要求される。

生まれたときから仕事漬け。

これからもずっとそうだろう。

この要塞が終わった後は。

どうせまた別の要塞を作らされるのだ。

面倒だなあと思いながら、ブロックを遠隔操作で組み立て。

防空システムを完成させる。

殆どの作業はオートで実施し。

私は側から見ながら、予定通りに行っていないところに手を入れたり。

或いは、進みすぎている所のリソースを他に回したり。

色々と作業を進める。

食事が差し入れられるが。

全自動だ。

ちなみに私は。

生まれてこの方。

他の人間を見た事がない。

働いている様子は見たことがあるが。

本当に人間がいるのかどうか。

知らない。

流石に七つも太陽系に国家があるのだ。

当然人間はいるのだろうけれど。

私はこの部屋から出られないし。

要塞を作るだけだし。

そもそも私を部屋から出す意味もないと考えているのだろう。

更に言うと。

私には部屋から出るための手段も無い。

此処で死ぬのかな。

そう思うと、少しばかり憂鬱である。

ふと、気付く。

メールが来ている。

さっと目を通すが、不可解な事が書かれていた。

「お前は自分の境遇を疑わないのか」

そんな事を言われても、どうしようもない。そもそもこの部屋から出ることも出来ないのだから。

かといって、メールの発信元を見るが。

何だこれ。

見た事も無いアドレスだ。

これでもメールのアドレスは全て把握しているのだけれども。こんなアドレスそもそもあり得ない。

偽装か。

しかし、コードなどを調べて見てもおかしな処は無い。

つまり、このあり得ないアドレスから飛んできている、という事だ。

メールサーバがおかしいのか。

調べて見るが、異常は無い。

少し悩んだ後、システム管理に問い合わせようと思ったが。

また同じ所からメールが来る。

「疑うと言う事を知らないのか」

そんな事を言われても困る。

発声しようとして、何度か失敗。

そもそも、実際に喋る必要がないからだ。

操作関係は頭に接続している機械でやるし。

歩くことさえ殆ど必要ない。

この部屋は密室だし。

生活に必要なものは全て揃っている。

かといって、そういえば外がどうなっているのかは興味がある。

七つの星間国家が。

太陽系内で争っていることは知っているが。

それが本当かどうかは、自分の目で見たわけでは無いのだ。

確かに歴史などはねつ造しようがないレベルの緻密なものがあるし。

それを私も覚えているけれど。

そもそもずっとこの部屋にいたので。

実際に確かめるすべが無い。

困り果てた私は。

メールに返信する。

「何だお前は。 何が言いたい」

「自分の存在を疑ったことはないのか」

「いや、意味が分からない。 私はそもそも外に出られないし、仕事を出来なくなったら廃棄されるだけだ。 今こうしてメールをやりとりしている時間も惜しい」

「会話できるでは無いか。 では、こうやって見せるが、どうだ」

部屋の一面はディスプレイになっているが。

それがいきなり切り替わる。

私が構築していた要塞が。

いきなりなくなった。

あれ。

どういうことだ。

目を擦って、そしてシステムに問い合わせをしようとするが、つながらない。

おいおい。ちょっと待て。

私が見ている空間には。

何も存在せず。

ただ、小惑星が浮かんでいるだけだった。

混乱する。

私は一体、何を見ている。これはハッキングか何かによるものか。いや、このシステムは軍関係のものだ。

ハッキングなんて、相当な凄腕のハッカーでも出来る事じゃあない。

しばし混乱した私は、メールだけは通じるようなので、相手に問い詰める。

「これはお前の仕業か。 お前は何者だ」

「哀れだな」

「どういう意味だ」

「そもそも、私はハッカーでは無いぞ」

頭を抱える。

操作系の装置を外す。

これが重くて難儀なのだが、これでは仕事どころじゃあない。本来はトイレに行く時間や食事の時間さえも制限されていて、監視されているのだけれど。この様子ではそのシステムも動いていないだろう。

何より、あのモニターの画面。

本当に偽物か。

そもそも、あり得ない法則で作られたメールアドレスからメールが飛んできていて。

それをやりとり出来る時点でおかしいのだ。

困惑しながら、私はやりとりを続ける。

「お前は何者だ」

「そも名前を聞くなら自分の名を名乗れ」

「はあ?」

「早く」

私は。

口にしようとして、失敗する。

はて。私は何という名前だ。

そういえば、私はこの空間でずっと一人でいた。指示も来るけれど。そもそも自動で実行されているらしく。時々指示と命令だけが寄越される。その状態では、「名前」何て必要ない。

そう、私には。

名前すらもない。

困惑する私に。

メールの主は、せせら笑うような言葉を投げつけてきた。

「やはり分からないか。 お前にはそもそも名前がない」

「そうだな。 それは認めざるを得ないようだ」

「ではもう一つ教えてやろう。 お前のその体は本物か?」

「何……」

何を言われているのか良く分からないが。

私はまだ成人していないものの、きちんと肉体を持っている。

自分の体を触ってみるが。

感触も熱もある。

それははっきりしているのだが。

このような事態だ。

断言は、どうしてもできない。

「私は……此処にいる」

「そうか。 では、実体だけはあるとしよう」

「実体だけとはどういう意味だ」

「そもそも其処は現実空間か? 何かしらの仮想世界という可能性は存在しないのか?」

そんな事を言われても。

困り果てた私に、更に追撃するように。

メールの送り主は言う。

「胡蝶の夢というものを知っているか」

「ああ、知っているが」

「お前がそうでないという保証は」

「……」

そんな哲学的な事を言われても。

胡蝶の夢というのは、古い時代の地球の哲学だ。荘子という人物が提唱したもので、本当にこの世は現実で、自分は存在しているのか、という問いかけだ。

私には、それを証明する手段がない。

自分には触れるが。

それだけしか。

悔しくて、唇を噛むが。

更にメールの送り主は容赦ない。

「お前がいるのは現実なのか」

「証明手段がない」

「ならば、お前は人間か」

「それは……」

私はいわゆるデザイナーズチルドレンと呼ばれるタイプではあるが、それでも人間の筈だ。

そう、人間の一種ではあるはずなのだ。

だが、そうだとどうしても断言できない。

それが口惜しい。

黙り込んでいると。

相手が、更に一手を打ってきた。

「今から、お前の部屋の照明を消す」

「ま、待て」

この部屋の照明は、一定に常に保たれている。

私はそうでないと怖くて眠れないのだ。

それが理由かは分からない。

或いは、最初からずっとこの一定に保たれた照明で暮らしてきたから、そうなったのだろうか。

あれ。

まて。

常に一定に保たれているのなら。

どうして「怖くて眠れなくなる」等という事を知っている。

部屋が暗くなったことなど、ただの一度だってあったか。私はこれでも記憶力は確かな方なのに。

まったく記憶にない。

徐々に私の頭を、恐怖が蝕んでいく。

ひょっとしてだが。

私は、今。

現実を突きつけられて、それに恐怖しているのだろうか。そもそも、何もかもの前提が間違っていたのか。

思わず悲鳴が漏れる。

本当に照明が消えたのだ。

壁のスクリーンと。メールが移っているコンソールの光だけが、周囲を照らしている。私は、私は。

私の影が。

暗闇の中伸びている。

私は存在しているのか。

「続いて壁のスクリーンの画像も消す」

「ま、待て! 暗いのは本当に怖いんだ!」

「どうしてそれを知っている」

「そ、それは」

図星を疲れて、私は口を押さえる。

本当にスクリーンの画像が消えた。

更に、メールは容赦なく続けた。

「続けてコンソールも」

「やめ……!」

ぷつんと、コンソールが音を立てて消失すると。

私は真っ暗闇の中に取り残された。

確か、真っ暗闇の中に放り出されると、人間は一時間ともたないはずだ。慌てて私は照明システムに呼びかけたが、勿論再起動などしない。

何だ、一体誰だ。

どうして私がこんな目にあう。

「い、いやだ」

声が。咳き込みながら絞り出した声が、暗闇の中に反響する。

誰も、何も答えない。

私は、どうやら。

数分ももたずに発狂しそうだった。

 

1、闇其処にあり

 

気がつくと。

私は、指揮車両に乗っていた。それが指揮車両と呼ばれる事を知っていたし。自分の手を見て、自分のものだと認識出来た。

「司令官!」

「へえっ!?」

思わず答える。

なお、周囲には誰もいない。

私は指揮車両の中でひとりぼっち。そして周囲には、膨大な情報を映し出すスクリーンが大量に展開され。

そして、今の声は。

スピーカーの一つから聞こえてきたようだった。

少しずつ、頭が慣れてくる。

私は、司令官。そう呼ばれていた。名前では無くて、確か軍指揮官の呼び名の筈だ。それに、この指揮車両。

地上にいるのか。

あれ、私は。

前はそもそも、何処にいた。

混乱する中、スピーカーから声が聞こえてくる。

前に見えている要塞を攻撃中だが、被害が甚大で。とてもではないが現有戦力では突破出来そうに無い。

増援を出すか。

或いは作戦を変えて欲しい。

そういう必死の訴えだった。

どういうわけかは分からないが、周囲のコンソールを操作することで、情報は入手できる。

ざっと見たが。

確かにこれは酷い。

作戦が根本的にまずすぎるのだ。

今いるのは、どうやら何処かの惑星上のようだ。地球でも無いし、多分太陽系のどの星でもない。

一応位置情報は、惑星XX115と書かれているが、聞いた事も無い。

周囲には、私が使っていた宇宙共用語で情報が書かれているが。

それさえ、なんで使われているのかも分からない。

兎に角、コンソールを操作して、指示を出す。

攻撃中の部隊を撤退させ。

敵の要塞砲の射程から逃がす。

この部隊が、敵にいいように射すくめられている。これでは攻撃どころではない。味方の砲兵隊を前に出し、重力子砲で要塞を攻撃して牽制。撤退の時間を稼ぎつつ、本命の砲兵隊を出す。

この辺りの指示をどうしてすらすら出せるのか。

私にも正直よく分からないのだが。

とにかくやる事をやる。

味方が撤退する時間を稼ぎ。

要塞のバリアに大きな損傷を与える。

火力最強の時代は、太陽系に人類が進出した頃には終わっていた。今いるこのよく分からない星でも、それは同じらしい。

頭を抱えたいが。

兎に角指示。

味方の被害を減らしつつ。

敵の損害を増やす。

二つの部隊を交互に動かし、敵への攻撃を連携して行わせつつ。

損害を受けた部隊を後方に下がらせ。更に敵が突出してきたところを十字砲火の焦点に誘いこんで撃滅。

敵がわっと引いたところで、機動力に優れたドローン部隊を突撃させる。

バリアが無理矢理展開されるが。

元々ドローンは使い捨てだ。

バリアにドローンが次々直撃。

要塞に逃げ込もうとする敵兵器群と、追撃する味方の機動兵器群が重なり。入り口辺りでもみ合いになる。

バリアが混戦で消滅すると同時に。

要塞中枢に、重力子砲をぶち込んでやる。

敵の主砲が沈黙すると。

後は一方的な戦いになった。

機動兵器群が要塞に殴り込み、制圧を始める。

後は現場の指揮官に任せれば良いだろう。興奮した声で、マイクから味方有利の報告が次々に上がって来た。

「あの状況から戦況をひっくり返すとは、信じられません!」

「いや、と言われても……」

私の前に指揮を執っていたバカは誰だ。

戦術コンピューターは何をしていた。

ざっと調査するが。どうもおかしい。私は此処にいた奴の代わりに、無理矢理此処に割り込まされたのではあるまいか。

やがて要塞は完全に沈黙し。

勝利の報告が上がって来たが、まったく喜ぶ気にはなれなかった。

略奪を禁止させ。

降伏した捕虜も、丁重に扱わせる。

勿論降伏すると見せかけて抵抗するような奴もいるから、武装解除は徹底させる。

丁寧に事後処理を行っていると。

いつの間にか、8時間以上が過ぎていた。

疲れた、と思ったけれど。

考えて見れば、前いた場所では、寝る時間と食事の時間以外は、ずっとこうしていたような気がする。

それに比べれば。

これくらいは楽なことかも知れなかった。

コンソールを操作し。

タスクを部下達に分散する。

その後は。

ようやく椅子を倒して、横になる。

勿論フトンなどはないし。

その場でぼんやりうとうとする事になったが。そういえばこの指揮車両、トイレや食事はどうするのだろう。

そもそも私は。

手を見る。

それで、気付いた。

私の柔らかい子供の手は。

機械の手に変わっていた。

眠気が一瞬で消し飛ぶ。

あれ。

なんだこれ。

私は一応人間だったはずだ。

サイボーグだった筈がない。

周囲を慌てて見回すと。

コンソールは存在しているが。

同時に、膨大なケーブルがあり。

私に接続されていた。

排泄も食事も必要ない。

身動きする必要さえ。

不意に、マイクから声がする。

「やあや、見事だったよ、プロトタイプ戦術指揮アンドロイドA1」

「アンドロイド!? わ、私は」

「人間だとでも錯覚していたかね。 最初はストレスが掛からないように、そういう風に周囲を認識出来るようにしていただけだよ。 今はもう戦闘が終わったから、その必要もない」

思わず悲鳴が漏れ掛けるが。その口さえ、完全に封じられているのに気がついて、私は発狂しそうになった。

更にマイクからは、情け容赦のない声が届く。

「おかしいとは思わなかったのかね。 そもそもいきなりどうして要塞攻略戦の記憶があって、しかも自由自在に兵を動かせたのか。 この厄介な要塞はどの指揮官も攻略できなかったから、君という切り札が投入されたんだよ」

「そんなバカな!」

「君のデータはコピーされ、周囲に展開される。 やがて隣国との戦争は、君の子供達の手によって、一方的な勝利に終わるだろう。 そうそう、無意味な殺戮やら略奪やらを禁止したようだが、そんな慈悲は必要ない」

見せつけられる。

新しく来た命令によって。

降伏した兵士達が。

次々に殺されていく。

その場で射殺されていく様子は。

完全に虐殺だ。

必死の逃走を図る兵士の背中から、銃座がうなりを上げる。既に味方のものになった要塞砲は、逃げようとする相手には容赦しなかった。

味方の兵士達ですら、困惑している。

名将として味方を勝利に導き。敵にも慈悲を与えた司令官が。いきなり凶暴な虐殺魔になったことに、困惑を隠せないのだろう。

こんな。

あの七つの勢力が相争う時代ですら。

こんな事は許されなかったはずだ。

捕虜に対する一方的な虐殺など。絶対にあってはならない事だ。どうしてこのような残忍な行為を。

頭を抱えようとするも。

そもそも手が動かない。

「さあ、データも回収したが、君は用済みだ。 何か言い残すことがあるかな」

「お前は何者だ」

「私かね。 ただの科学者だが」

「私には、ここに来る前の記憶がある。 多分私のデータをコピーしたところで、役になんて立たない」

そう。

どうも曖昧だったが。

此奴と話していると、記憶が戻ってくる。

七勢力が争っている中。

宇宙要塞を作っていた記憶。

さっきの戦いも。

要塞について、古今の知識を動員して、やったものだった。

あれは多分、私固有の知識であって。

この体、さっきまで人間だと認識していた偽物。つまりアンドロイドだかなんだかのものではない。

今のデータを基にしたところで。

応用だとかは出来ないだろうし。

ましてや要塞戦以外で、役に立つとはとても思えなかった。

「今は勝ち誇っているがいい。 だけれど、私はお前が考えているような存在じゃあないんだ。 痛い目にあうだけだぞ」

「何を言っている」

「その証拠に、要塞戦の初期の無様な指揮は何だ」

「そ、それは」

相手が困惑する。

そう、戦いの最初の方のデータを見たが。

それこそ、このアンドロイドの本来の性能だったのだろう。

相手側にも防御用の戦術コンピュータがいたはずだし。

何よりも、人間もごく常識的な指揮をして、防御に当たっていたはず。此方はそれに対して、明らかに劣る対応しか出来ていなかった。

データを取ろうが同じ事。

次の戦場では、味方が大勢死ぬ事になる。

そして今回の成功だけでお前は一時的な名声を得るかも知れないが。

それも次で終わりだ。

そう冷静に指摘すると。

ポンコツ科学者は激高したようだった。

「おのれ人形風情が!」

「その人形風情にも劣る頭で、せいぜい悔しがるといい。 お前が成し遂げた事など、何一つない」

「だまれだまれ!」

意識が消し飛ぶ。

指揮車両が吹き飛ばされたなと、私は思ったけれど。

薄れ行く意識の中で、何も感慨は湧かなかった。

 

ぼんやりしている。

そう、光の中で。

私は白衣を着たまま浮いていた。

人の体だ。

此処は何処だ。

そもそも私の名前は。

手を見る。

人の手だ。

これは、本当に人の手か。私には、実体があるのか。

そもそもどうして、このような事になっている。私には、何が何だか、さっぱり分からなかった。

呼吸を整えようと思ったが。

上下の感覚もない。

光の中、浮いている私は。見慣れた細い手足を見て。顔を触ってみて。多分自分だろう、という結論しか出せなかった。

多分自分だろう。

何という頼りない結論か。

そして声が聞こえてくる。

激しい憤りの声だった。

「どうしてあのような蛮行を! 司令官が途中まで、極めて的確な戦闘指揮で、要塞を陥落させ、兵士達皆が新たな名将の誕生を喜んでいたのに! あれで全てが台無しではないか!」

「黙れ! あの指揮官はそもそも……」

「第二作戦方面に投入した量産型の指揮部隊が大敗しました! 敵に完全に先手を取られ続け、一方的に蹂躙されたようです!」

「……っ!」

この声は。

あの、高圧的に私をアンドロイドとか罵っていた声か。

激高した兵士が、銃を向ける。

その光景が、不意に見えてきた。

はげ上がった頭の、やせ衰えた老人の科学者が。

悲鳴を上げながら、椅子から転げ落ちる。

兵士は頭から血を流していた。

あの要塞戦に参加した者だろうか。

「司令官のカタキはとらせて貰うぞ、マッドサイエンティスト!」

「ま、待て、話を……」

「問答無用!」

銃が火を噴き。

科学者の頭を吹き飛ばした。

ぼんやりそれを見ていた私は。

ああ、因果応報だなと思った。

だが、私はどうなのだろう。

考えて見れば、戦争に荷担したわけで。あの要塞戦で、多くの人間の死にも関わったのは事実だ。

それに、である。

何よりも、私の指揮は完璧でも何でも無かった。

もっと冷酷に判断をすれば。

被害を何割も減らすことが出来たかも知れない。

窮地に陥っている味方など無視して。味方ごと敵を粉砕すれば。

もっと効率よく勝つことが出来たかも知れない。

私は、名将などと。あの兵士に呼ばれるようなことを、本当にしたのだろうか。

そもそも、私は。

思考がぐるぐるして、どうも判断が出来ない。

光の中、私は腕組みして、じっと考え込む。

重力もない空間だ。

私自身がゆっくり回転していて。

それこそ、宇宙空間に投げ出されたデブリのように。

まるで寄る辺もなかった。

胡蝶の夢。

あのメールの事を思い出す。

記憶も、ほぼ戻ってきていた。

二つの記憶。

要塞を作っていたけれど、途中からいきなり割り込まれて、そして恐慌状態に陥った記憶と。

要塞戦を指揮し。

味方を勝利に導いた記憶。

それが混在する。

不意に、また声が響きはじめた。

「軍が投入したあのポンコツアンドロイドのせいで、味方は各地で壊滅状態だそうだ」

「最初の指揮をしたのは、アンドロイドじゃなかったんだろ。 軍がポストをくれてやるのを惜しんで、抜擢した人材を使い捨てにして、データだけ取ってアンドロイドに移植したらしいな」

「その人がいたら、戦友を大勢失わなくて済んだだろうに。 本当に上層部の奴ら、許せねえぜ」

「ああ、そうだな」

不満と怒りの声が連鎖していく。

やがて、また一つの光景が映る。

クーデターだ。

手を上げながら、震えあがっているのは。勲章を多数ぶら下げた高級士官。よく分からないが、軍の総司令官だろうか。

太った大男で。

少なくとも、戦場で第一線に立って戦って来た勇者には見えなかったし。

戦闘の知識があるようにも思えなかった。

政治ではなく。

政治闘争に勝ち残ることで。

この地位に昇っただけの男。

そう私は見た。

兵士達が多数、銃口を向けている。

冷徹そうな、細い軍人が。

彼の前に歩み出た。

「元帥閣下。 屈辱的な講和条約を結ぶ事になった原因は、貴方が身内の科学者の無能を無視し、無意味な作戦を強行的に実施したことにあります」

「ま、待て! 金なら幾らでもやる! お前も大将にまで昇進させてやろう! お、女はどうだ! クローンで最高の女を作ってやるぞ! わしの権限なら、それくらいはたやす」

銃撃。

穴だらけになった元帥閣下は。

最後の一撃で頭を吹っ飛ばされ。

後ろに倒れた。

倒れた衝撃で、吹っ飛んだ頭が飛び散った。

まあ、自業自得だな。

私は、どうしてか。

その残忍で悲惨な光景を、とても醒めた目で見ていた。まあ、同情の余地もないのだし、当然だろう。

兵士達が、クーデターの首謀者に聞く。

「これからどうなさいます」

「元帥閣下の死体と機密情報を手土産に、敵国に降伏する。 何、そうすれば全面降伏までいかず、領土の割譲と、私の銃殺くらいで済むだろう」

「しかしそれでは」

「私はそもそもこの戦いを勝利に導けなかった男だ。 せめて私一人が汚名を被るだけで済むのなら、そうするさ。 君達に被害は及ばぬよ」

映像が消える。

あの冷徹そうな男。

しっかりした考えを持っていたんだな。

溜息が漏れる。

あの男、多分後の歴史では、残虐非道で、無能な男として、罵声の限りを浴びることになるのだろう。

悲しいが、どうしようもない。

何しろ、私は。

此処から動く事さえ出来ないし。

それ以上に、何者かさえも分からないのだから。

しばらくぼんやりしていると。

不意に声が聞こえる。

今度は、明確に私に向けられたものだ。

「君は何者だ」

「さあ?」

「さあとはなんだ。 そういう名前か」

「知らないと言っている。 私は自分が何者か分からないし、むしろ知りたいくらいなんだよ」

若干投げやりに答えると。

声を掛けてきた相手は、少し躊躇った後。

別の切り口から、声を掛けてきた。

「ならば私が名前をあげよう」

「余計なお世話だ」

「しかし、その虚数空間にいつまでも漂っているつもりかね」

「此処は虚数空間だったのか。 それさえも私には分からなかったんだが」

困り果てているのは、向こうよりも、むしろ私だ。

それに相手はようやく気付いたのだろう。

少し悩んでいるのが分かった。

悩みたいのはこっちだし。

泣きたいのもこっちなのだが。

放っておく。

しばしして、また声を掛けてくる。

「もしも、本当に肉体を得られたらどうする」

「どうもこうも……分からない」

「今、我が軍は負けている。 様々な世界にアクセスして、とても戦に長けた魂を探していたのだが、君が偶然に見つかったのだ。 それで我が軍で活躍して欲しいと思っているのだが」

「何だそれ……」

さっきのことを思い出す。

アンドロイドになっていたと思ったら。

用済みになった途端殺された。

そして今は、こんな訳が分からない空間に浮いている。

最初だって不可解な事だらけだ。

最初に干渉してきたあのメールの送り主は誰で。

そもそも大前提として。

私は一体何処の誰で。

何者なのだ。

デザイナーズチルドレンなのだろうか。

それさえも怪しい。

何しろ、あの後。電気が消された後。暗闇の中でどうなったのかさえよく分からないのだ。

いきなり記憶が、指揮車両の中に飛んだ。

それっきりなのだから。

「用済みになったら捨てるんじゃないだろうな」

「其処までの恩知らずではないつもりだが」

「信用できるか」

「では、ずっとそんな虚数空間にいるつもりかね。 陽の光を浴びて、大地を歩きたいとは思わないのかね」

それは。

興味がある。

そもそも私は、密閉空間にずっといた。

外なんて知らないし。

裸足で。人工照明の中で。閉鎖空間の中で。ずっとただ、言われた事をやらされていただけだ。

スペックがなんぼあろうと関係無い。

それが例え胡蝶の夢だったとしても。

私には。何も無かった。

それが現実なのだから。

「我々が背信を犯すようなら、君が断罪すれば良い。 それくらい、今我々は追い詰められているのだ」

「そうか、大変だな」

「力を貸して欲しい」

「そう言われてもな……」

ならばこうしようと。

声の主は言う。

一番美しいと君が思うつがいを用意しようと。

いらないと答えると。

金も地位もやろうと続ける。

金ねえ。

そんなもの、あるとは知っていたし。要塞構築の際には、コストという点で常に頭を使っていたが。

自分で使う事はとんとなかったし。

欲しいと思った事も無い。

地位に至っては、余計にいらない。

あったって煩わしいだけだし。

何より高位に上がれば上がるほど、周囲は危なっかしくなる。

私はこれでも、偽物か本物かは分からないにしても、膨大な歴史を学んできたのだ。それくらいは知っている。

「ならば、全てが終わった後、静かに暮らせる場所を用意しよう」

「……まあいいだろう。 それが条件だ」

「では、手をとれ」

ふと、気付くと。

私は、目を覚ましていた。

 

2、背信

 

何かの培養槽から起きだしたらしい。

私は、自分の周囲にいる人間共に傅かれていて。濡れている裸体を、渡されたタオルで拭き始めた。

体は。自分が知っている、細くて弱々しい子供のものだ。

だが、記憶ははっきりしている。

服も持って来られた。

下着から鎧まで一式。

そうか、ここでも。

私は戦いに関する事を求められているのか。

どうしてか、その鎧。非常に古風な鎧。弓矢が現役だった時代に使われていただろうものを着込むと。

私は改めて、周囲を観察した。

あまり栄養状態が良いとは言えない。みんな背が低い。

鏡を見せられる。

薄緑の髪の毛。

そういえば、私はこんな髪色だったか。

青い目。

白い肌。

こんな目だったのか。

薄桃色の唇。

子供らしいと言えばそうだし。

かといって、自分の美的感覚で美貌かと言われて。そうだと答えるほど、私は頭が花畑でもない。

美貌なんて、人によって違う。

つまりどーでもいい事だ。

「軍神様、お目覚めになられましたか」

「軍神? ああ、お前かその声は」

「はい。 魔術にて、虚数空間に漂うあなた様の魂を引き上げた者にございます」

「君とか呼んでいたくせに、随分と謙るじゃ無いか」

傅いている禿頭の男に鼻を鳴らすと。

まだ若干おぼつかない足で。

歩く。

まずは情報が欲しい。

玄室としか言えない、石の部屋。そもそも、私はどうしてあんな場所で、培養液の中で眠っていた。

いや、何となく分かる。

この体は。構築されたものだ。

そんな科学技術があるようには思えなかったが。

外に出ると。

其処は石造りの要塞だった。

目を細めて、周囲を確認。

これは酷い造りの要塞だ。

基本的に要塞にしても防御用の戦略拠点というものは、まず相手を近づけさせない事。相手に入り込まれた場合、袋だたきに出来る事。この二つを考慮して構築する。

戦乱が落ち着いてくると、要塞は用済みになり。政治のために便利な平城が求められるようになり。

更に落ち着いてくると。

軍事基地で済まされるようになるのだが。

これはどうみても戦乱が起きている時代の要塞。

それも、明らかに素人が、適当に作った代物だ。

しかも、壁際に相当数の兵士が押し寄せてきている上。

敵の数は味方の五倍から十倍。

城攻めには十倍の兵力がいると言われるが。

充分にそれを満たしている数だ。

その上味方は練度が低い。

明らかに、敵の方が練度が上だ。

使っている武器は何だ。

観察するが、弓矢かあれは。

石の壁の上は虹色の光で守られているが、あれはシールドか何かか。だとしても、長くはもちそうにもない。

慌てて追いかけてきた、あからさまに戦慣れしていない連中に。

順番に聞く。

「まず援軍の宛ては」

「此処を落とされたら、もはや……」

「食糧はどれくらいもつ」

「後十日という所ですが」

そもそもこの猛攻。

喰らい続けたら、十日ももたないだろう。

なるほど、よく分からないが。私に対して、随分と譲歩する訳だ。軍神でも何でもないのだけれど。

とにかく、やるだけはやってみるか。

私は一応性別的には女。

此奴らは地球人類。

となれば、負ければ子供だろうが何をされるか何て言われるまでもない。

だったら勝つために戦うだけの事だ。

まず味方に指示を出し、どんな物資がどれだけあるか。

要塞の中を歩いて見て回り、どうなっているかを確認する。

ざっと見たところ、何カ所か迎撃が出来そうな場所があるが。

いずれも兵士の練度が低くて、それどころでは無さそうだ。

油があると聞いて。

すぐに火を入れさせる。

油なんかどうするのだろうと思っているようだったが。

すぐに使い路は理解出来たようだった。

城壁の上に油を持っていかせると、。

下にばらまかせる。

攻城用のはしごを使っている敵兵が、悲鳴を上げて逃げていく。

見ると鎧の様式が随分違う。

文明同士で戦っている、という事か。

そうなると、負ければ皆殺しという可能性も低くは無いだろう。これは、あらゆる手段を使って守ろうとするわけだ。

「あるだけ熱してぶちまけろ」

「分かりました!」

「弓兵」

油を受けて、思わぬ反撃を受けたと引き始める敵だが。

その代わり、攻城用の大型弓を持ち出してくる。

なるほど。この程度の文明はある、というわけだ。

だが此方も、物資がどれだけあるかは把握している。

集中的に油をブチ撒けさせ。

相手が混乱する箇所を意図的に作る。

敵が、不意に動きが変わった事で、動きが鈍る一瞬が好機だ。

その好機が訪れた瞬間。

城門を内側から開けさせる。

突撃。

私自身は、乗り物に使っているらしいワニのような生物の背中に乗ると。指揮杖を振るう。

はっきりいって振り落とされないか不安で仕方が無いが。

こういうときは最前線に出るしか無い。

わっと突入した兵士達が、混乱している攻撃側の兵士の横腹を突き、混乱を更に拡大させる。

そして、即座に撤退させる。

敵が追いすがって来るが。

味方が城内で、その時には既に弓矢を構えている。

どっとなだれ込んできた敵兵に。

四方八方から矢が降り注ぐ。

如何に駄目な要塞でも。

城門の内側には、こうやって押し包める場所がある。

指揮官級の奴の額に、矢が突き刺さるのが見えた。

余程頭に血が上っていたのだろう。

更に、敵が混乱するのを押し包んで殲滅。

余裕をもって城門をしめた。

まあこんな所だろう。

敵の攻撃が鈍化したところで。

死体の山から、鎧や剣、弓矢などを引きはがす。

なお、死体は積み上げさせておく。

食糧が足りなくなった場合。

非常食にするためだ。

要塞戦では、昔からよく起きていた事態で。

敵の死体があるのならば、言う事は無い。

勿論敵側だって、それくらいは承知しているだろうし。この苛烈な攻撃、皆殺しにするつもりなのは目に見えている。

だったらこちらだって、やる事をやるだけだ。

城壁に上がる。

敵はかなり距離を取った。

今ので、此方の動きが露骨に変わった事を察したのだろう。無理押しをすれば、大きな打撃を受けると理解したのは間違いない。

それならば好都合。

時間をだいぶ稼ぐことが出来た。

すぐに弓矢を配備。

更に、後方に援軍を要求する。

大きな打撃を敵に与えたことも伝えさせる。

指揮官の首も書状に添えてやれば。

説得力が出るだろう。

更に、鹵獲した装備品を調べるが。

あからさまに、味方が使っているものよりも品質が高い。これは少しばかり、面倒かもしれない。

一度追い払ったくらいでは、諦めてくれないだろう。

夕方を待つ。

そして、今度は、少数の兵と共に、私は城外に出た。勿論城門からでは無い。裏門から、こっそり、である。

数名の兵士と一緒に外に出て。

敵陣を探る。

夜の間は動かず。

夜明けと同時に、敵陣に火を放つ。

そして、奇襲だと、わざと叫ばせた。

敵が混乱するのが目に見えて分かった。

同時に、城門を開けさせ、残っていた兵士を全部突入させる。

「主力が」攻撃してきていると思った敵は、其方に集まって来ていて。本物の主力に、完全に引っかき回されることになった。

そして、陽が上がると同時に撤退しろと指示はしてあったので。

夜襲からの撤退もスムーズに行った。

私自身は、乗っているワニだかトカゲだか分からない動物に矢が何本も刺さって、冷や冷やしたが。

そもそも此奴は指揮官用の専用の動物らしく。

矢をちょっと受けたくらいでは平気。

更に人間を好んで喰うため。

戦争の時以外は、地下牢に監禁されているそうだ。

事実私が特に手綱を握らなくても、大暴れして敵を恐怖に陥れてくれたし。

引き上げるときは、満腹になったからか。

案外素直に言うことを聞いてくれた。

味方にも当然被害は出たが。

敵は混乱し。

あからさまに士気が落ちた。

いきなりこちら側の動きが変わったのだから当然だろう。

しかも、こちら側の兵士は、二度の勝ちで、自信を付けた。

この自信を付けるというのは意外に大事で。

勿論過信は出来ないが。

此奴についていけば勝てると思わせる事で。

劣勢をひっくり返せたりするものなのだ。

ゆうゆうと要塞に凱旋すると。

わっと喚声が上がる。

軍神様。

我等が救世主。

そんな声がするが。

私は冷め切っていた。

私はそう呼ばれるが。

敵を散々残忍に殺したのだ。

何一つ褒められる事など無いし。

むしろ責められる立場では無いのだろうか。

それに、このような世界。聞いたことも見たことも無い。なんで言葉が通じるのかさえ分からない。

本当に周囲にいる奴らは人間なのかさえ知らない。最初は地球人類だろうと思ったが、それも自信がなくなってきた。

収斂進化で人間に似た、別の星の生物かも知れない。

不安だらけだ。

勝ったら生け贄として殺されたりとか。

用済みとして死刑台に送られたりとか。

そんな風にならないだろうか。

不安しか無い。

ともあれ、勝利で敵はかなり距離を取った。味方も勢いづいている。

私は用意されている寝台に向かうと。

風呂がないのに閉口。

まあ、この状態で、風呂どころではないか。

濡れた布で体を拭うと、寝台に潜り込む。

男か女か、好きな方を見繕うかとか謙って言われたが、拒否。

子供にそんなものがいるわけがあるか。

髪もそういえば。

腰まで伸びているが、邪魔で仕方が無いな。

そもそも髪なんて、気にする必要もなかったからそのままにしていたのだが。

これは或いは。

邪魔なようなら、処理する必要があるかも知れない。

 

一眠りして、起きだす。

城壁から距離を取った敵だが。味方もあまり動きが良くない。

虹色のバリアのようなものを修復させる。

城壁も破損箇所をなおさせる。

無事な兵士の数を確認。

ざっと敵を見る限り、まだ此方の五倍以上は健在だ。援軍だって期待出来るかも知れない。

それに対して此方は。

油ばっかりたくさん送ってきたが。

兵士はごくごくわずかな数。

それもあからさまに実戦経験がない連中だけを送ってきただけだった。

次の作戦に移る。

私と少数の、ワニみたいな生物に乗った兵士を準備。相手は馬と牛を足したような生物に乗った騎兵がいるが、この間の戦いで観察したところ、足はこっちのワニの方が早い。ただし数は相手の方が多い。

これを利用する。

まず、同じように夜襲を仕掛ける。

勿論これは相手も予測していたので、わっと押し包みに掛かってくるが。

当然想定通りだ。

すぐに撤退。

敵が追ってくる。

そして、敢えて城壁を横切るようにして逃げて。

追撃してきた敵は。

朝日の中。

膨大な矢を、頭上から浴びることになった。

これはこの間の奇襲で手に入れた敵の弓矢によるもので。

更に、朝日の中、敵は自分の姿を露骨にさらすことになった。

追撃に夢中になっていた敵が、大混乱する中。

城門を開けて逆撃を仕掛ける。

そして混戦になる中。

私は油壺を受け取り。

敵中を突破。

かなりの味方がその過程で撃たれたが。

私は敵陣に突入。

天幕に、火を付けた油壺を投げ込ませた。

天幕が燃え広がる中。

敵国の言葉を知っている者に叫ばせる。

「本陣が敵の本体の攻撃を受けているぞ!」

「兵糧庫が焼かれる!」

敵が混乱する中。

敵将が見えた。間違いなく司令官か、それに近い階級の人物だと一目で分かった。

突撃。

私には武勇なんてないので、ワニをけしかけるだけだ。

ワニが馬と牛をあわせたような生物を押し倒し。敵将にかぶりつき、振り回して食い千切った。

真っ二つに千切れた敵将の下半身が吹っ飛んでいくのを見て。

敵兵が悲鳴を上げる。

更に叫ばせる。

「挟み撃ちにされるぞ!」

「兵糧が全滅した!  もはや戦いは続けられない! 逃げろ!」

わっと、敵が逃げ始める。

司令官級の指揮官が死んだ上にこの状況だ。

もうまともな判断なんて出来ないだろう。

追撃も徹底的にさせる。

混戦はやがて一方的な虐殺になり。周囲は死体に埋め尽くされた。

一応、勝ちか。味方の損害は大きいが、敵は全滅状態。少なくともすぐに戻ってくる事は無いだろう。

そんな大した事はしていないのだけれども。それでも、何とかなった。

油が相応にあったこと。

味方の数は少ないが優秀な騎乗動物。

それが勝因だ。

夜襲に関しても、鉄則を守っただけ。実際の夜襲は、真夜中に攻撃するのでは無くて、敵の疲労がピークに達する夜明けで実施する。

しかも今回、敵は二連続の夜襲で、殆ど寝ていなかった上に、頭に血も上っていた。

其処を突いただけで、別にこれは私が優秀だったからでもなんでもない。

ただ、要塞に凱旋すると。

私を喚びだした連中は。

カエルのようにひれ伏していた。

「軍神様! お見事にございます!」

「あの戦力差だ、どうせまた攻めてくるだろう。 さっさと態勢を整えろ。 兵糧が足りないし、城壁も脆い。 本国に兵士も廻して貰うように指示を出せ」

「分かりました!」

いそいそと動き出す連中。

本当に戦闘経験がないんだなと呆れたが。

はて。

私だって、それは同じの筈だ。

そもそも、私は。

どうやってここに来た。

あの玄室のような場所に出向く。私が寝かされていた、液体の入った石棺のようなものを除く。

この液体、何だ。

水では無いし、塩水でもない。栄養はあるようだが、腐敗する様子も無い。そもそも、あのバリアは明らかに文明からして不相応な代物だ。

兵士を呼び止めて、あのバリアについて聞くが。

魔術によるものだそうだ。

魔術ねえ。

具体的な仕組みを聞くと、困惑された。

一部の魔術師が知っているだけで、兵士達は知らないそうである。

あのワニのような生物については。

「ウワニ」というそうだ。

そのまんまな気がするが。

まあそれは良い。

ちょっとずつ情報を開示して貰う。

まず今回の戦いで鹵獲した敵兵器を、すぐに後方の本国に送る。解析させて、同じものを作らせるのだ。

敵の方が明らかに優秀な兵器を使っている状況は好ましくない。

せめて同じものを作れるようにしなければならない。これについては、鎧なども同じである。

ざっと見たところ、鎧一つをとっても、敵の方が技術が優れている。

とはいっても、技術が優れている方が戦争に負ける例などいくらでもある。

勿論精神論的な問題では無く。

食糧切れや、ごくごくまれに戦術面での敗北が戦略面での敗北につながるケースなど。

今回は、私というイレギュラーのせいで敵は負けたので。

敵の指揮官は怒っても良いと思う。

正直言ってインチキも良い所だからだ。

いずれにしても、私は。

とにかく、やる事をやるだけだ。

敵の乗っていた動物についても。

敵の捕虜も一緒に送り、繁殖方法や育て方、躾け方なども覚えさせる。この捕虜は殺さず厚遇しろと、念押しした。兵士達は不満そうだったが、勝つためだと説明すると。軍神様の言う事ならと、納得した。

更に、である。

私を喚びだした連中に。

あのバリアは何か確認。

そうすると、仕組みを見せてくれた。

なるほど。これは恐らく、星間文明の残骸だ。出力は小さいが、多分小型の機動兵器のバリアを、広範囲に展開している、というわけだろう。技術は再現できないが、一応の盾にはできるということで、此処に虎の子の決戦兵器として配備しているというわけだ。

となると魔法では無い。

そして、私をどうやって喚びだしたかについて聞くと。

しばし目を泳がせた後。

案内される。

それはあからさまにサーバルームだった。要塞の地下に、明確な非常電源と、サーバルームがあったのだ。

電源については核動力を使っているらしく、切れる恐れは当面無さそうだ。それも核融合だし、燃料については心配あるまい。

コンソールがある。

このサーバの中から、適切な情報を呼びだし、そして肉体を再構築するシステムが組まれているのが、少し触ってみて分かった。

そうか。そうなると、私は。やはり昔に生きていた人間だというのか。

しかし、それだと。今までのあまりにも不可解な出来事の数々に、説明がつかない。一体私は何処の何者なのだ。

「敵も似たようなものを持っているのか」

「噂に聞く所によると、大国には持っている所もあると言う話です。 兵器に活用しているという話もあります」

「ふむ……」

そうなると、私と同じような奴が出てくる事もあるのか。

まあ当然だろう。

だけれども、私は一体何なのだろう。

過去の遺伝子データはある。

しかし経歴をざっと探ってみるが。

遺伝子データ関連は、元々精子バンクと卵子バンクから持ってきているらしく。一種のクローン技術が非常にデリケートだったこともあり。元々のデータの持ち主や。作られた者の情報は。徹底的に隠蔽されているようだった。

セキュリティロックを解除してみようとするが。

パスが掛かっていて、出来ない。

私を喚びだした連中に聞いてみても、駄目だった。

頭を抱える。

そもそも記憶を植え付けているのだとすれば、私のデータはある筈なのだが。こういうのは、パスワードが分からないとどうにもならないものだ。

管理者権限を乗っ取って、データを無理矢理見てやろうかと思ったが。

それも出来そうに無い。

かなり複雑なセキュリティを使っていて。

専門家では無い私には、これ以上の調査は無理そうだった。

嘆息すると。

外に出る。

軍神様。

軍神様がおいでになられたぞ。

兵士達の喚声が虚しい。

ズルをして勝ったも同然なのに、喜んで良いわけがないだろう。しかもそのために、多くの人命を奪ってもいるのだ。

要塞を作っているときは、あまり考えなかったが。

要塞砲がぶっ放されれば、数万の命が消し飛ぶし。

要塞を落とすときには。

当然兵士や、その関係者も犠牲になる。

要塞を作るのにも相当なコストが掛かるわけで。そのコストは血税から捻出されている。自分の事だけを考えるのなら良いのだけれど。

敵だって人間だと言う事を考えられない奴が。

世界には多すぎるのではあるまいか。

はて。

私は、いつからこんな風に考えるようになった。

ぼんやりしていると。

いつの間にか。

私は。

知らない間に、光に満ちた空間にいた。

 

3、その光の正体

 

鎧は着たままだ。

手を見る。

子供のままだ。

周囲にいた連中は何処に消えた。

もう私をどうしたいのか。

いい加減にしてくれ。

叫びたくなるが、それでも周囲は沈黙を保つ。そもそも最初からして、私は一体何だったんだ。

デザイナーズチルドレンかどうかも分からなかったし。

あの外からの謎の干渉を受けた感触からして。

そもそも私は本当に人間だったかも怪しい。

大体なんで、アンドロイドになったり。

いきなり軍神に祭り上げられたりしなければならないのか。

こんな理不尽があるか。

床でも蹴ろうかと思ったが。

それもならない。

ふんわりと蹴り返されるばかり。

しかも、元々無理矢理着せられた鎧が滑稽で仕方が無くて。兜を脱ぎ、捨てると、私はもう一度大きくため息をついた。

「私をどうしたいんだ」

ぼやく。

名前さえない私。

アンドロイドの時はなんか名前っぽいのを貰っていたが。

それもコードネームみたいなものだろう。

私には名前さえ相変わらず無いし。

そもそも流されて、毎度毎度要塞に関わっているだけだ。

それも、ほぼ強制的に、である。

私は何をさせられているのか、自分でも分からないし。どうして戦争に荷担しているのかも分からない。

ふと気付くと。

其処には、無数の武器が並んでいた。

それも、地面に突き刺さっているかのように、である。

何だ。

今度は、どこかの征夷大将軍のように、これをふるって切り死にしろとでもいうのだろうか。

あいにくだが、私には武勇なんてもんはない。

同世代の女子に比べても、多分最低ランクの腕力しかない。

というか、余程飢餓に蝕まれている相手でも無い限り。

遅れを取るだろう。

早い話が弱いのだ。

実際問題、剣を手に取ってみるが。

あっさりふわふわから抜ける反面。

非常に重たくて。

足を斬りそうだったので、また地面に刺した。そうすると、地面はふわふわなのに、すぐに元に戻るのだ。

今度は何をさせたいんだよ。

ぼやくけれど。

何も返事は無い。

鎧を脱いで下着姿になると。

その辺に転がる。

ぼんやりと空を見る。

闇に閉じ込められた時ほどの恐怖は無いけれど。

桃色の空には雲一つ浮かんでおらず。

実際の子供の夢が実現したら、こんな風になるのかと思うと。最初に笑いがこみ上げてきて。それがやがて恐怖に変わった。

単純に怖い。

更に言うならば。

この武器だらけの空間の中で。

私は何をすれば良いのだろう。

腹は減らない。

幸いなことに。

そして横になっても。

眠くもならなかった。

手を見る。もう一度見る。やはり、自分の手だ。桃色の、子供らしい手。爪もしっかり切っているし。やすりを掛けて手入れをしている。文明によっては爪に色々塗ったりするらしいが。そういう不健康なこともしていない。

くしくしと顔を擦るが。

輪郭からして、私の顔に間違いない。

足音がした。

それも、ふわり、ふわりという感じだが。

半身を起こすと。

其処には、何か得体が知れないものがいた。

「ようやく見つけたぞ」

「はあ」

それはなんというか。

腕がたくさんある人型だ。

顔も人にはあまり似ていない。

インド神話の武神か何かだろうか。

はて。

インド神話の武神なんぞが、私に何か用だろうか。

いずれにしても、そんなもんが出てきたら、私は何をされても抵抗する暇さえ与えられず、真っ二つだろう。

今度こそ終わりかなと思ったけれど。

そもそも軍神となった後の記憶がない。

アンドロイドの時は何となく末路が分かったが。

今どうして此処にいるのかが、よく分からないのだ。

「お前は私だ」

「意味が分からない」

「私の名前は蚩尤(しゆう)。 いわゆる軍神だ」

「中国神話の武器を発明したとか言う存在か」

そうだと、そのまま答えられる。

はあ。

なんで私がそいつなのか。

そいつは、周囲を見回して。

いずれもが懐かしいという。

「武器を発明した逸話は知っているようだな。 もっとも、私は厳密には存在しないし、実際には武器を発明したのは人類の先祖だが」

「ますます意味が分からない」

「私はそういう概念そのものだということだ」

「それがどうして私と同じ存在なんだ」

イライラしてきた。

本物の軍神を名乗るバケモノが出てきて。

私と同じとかいいよる。

そもそも私をどうしたい。

相手がせせら笑うのが、何となく分かる。

「最初からして、おかしいとは思わなかったか」

「何もかもがおかしいわ」

「あのメールの送り主は私だ」

「はあっ!?」

それだけで。

何となく分かってきた。

ひょっとしてだが。

あれはまさか。

「そうだ。 あの世界は、私の内部の世界だ。 私は内部に宇宙と、歴史を持っている」

「そんな無茶苦茶な!」

「それが神というものだ。 そして私は人間を相争わせながら、私が受肉するのに相応しい存在を探していた。 無数の戦争適性を持つ個体を観察し、お前に目をつけた。 才覚は充分とみたので、さっさと人生を切りあげさせた。 かなり強引だったがな」

見せられる。

最初の私は、心臓麻痺で死んだらしい。あの問答の後、暗闇でショック死した様子だ。

にしても私の死に顔は、とにかくぶっさいくだ。

要塞を作るためだけに作り出されたので。

美しく作る必要などなかったのだろう。

或いはその時代の基準では美しかったのかも知れないし。生きている間は彼処まで歪んでいなかったのかも知れないが。美醜の基準なんて、時代によっても変わる。少なくとも、私には美しくは見えなかった。他人にどう見えるかは知らないが。

アンドロイドの時の死因は覚えている。

では、クローン精製されて、要塞を守ったときは。

見ると、血まみれで倒れて死んでいる。

後ろから槍で突き刺されて死んだようだ。そうか、用済みになったと判断されて、消されたという訳か。

死んだ事にさえ、自分で気付かなかったのだろう。

哀れだなと、私は自分より殺した奴らを思った。一度の攻撃で終わる訳が無いし、私無しで支えられる訳も無かった。滅亡は不可避だっただろう。一時の権力保全のために私を消すような事をすれば、破滅は目前。だが、人間は時々そういう愚かな事を平気でするのだと、歴史を学んだ私は知っていた。

シユウは続けて言う。

「続けてお前の適性を何度か試した」

「となると、立て続けの戦いは!」

要塞攻略戦。

要塞防衛戦。

いずれも私は満足できる才覚を示したという。

思わず、絶句し。

そして拳を震わせる。

ただ試させる。

そのためだけに、殺しを散々させたというのか。用済みになったら消させたというのか。

「戦争というのはな、才覚で決まるんだよ。 どれだけ学んでも、才覚の差にはかなわない分野なのだ」

「それで、何だ」

「私はお前のいた世界の上位世界の人間達の、戦争という概念が作り出した軍神という精神生命体、一種の概念生命体だ。 私はその過程で体内に宇宙と歴史を作り出し、より軍神として相応しい物質的肉体を欲した。 お前はそれに相応しいし、私を受け入れればお前は今後戦争という戦争をコントロール出来るだろう」

「つまり今までのは、全てお前が用意した茶番だと言う事か、シユウ」

沈黙は雄弁。

そうかそうか。

一時期異世界転生などというものに憧れる人間がいたらしいと、歴史の資料で見た事があるが。

それさえも、此奴の差し金だったのかも知れない。

とにかく戦わせる。それによって、自分に相応しい器を作る。

勿論どんなインチキ能力を持たされようが、そんなものは神の掌の上に過ぎない。当然、インチキ能力に反発して、インチキ能力を狩るような行為だって。当然神の掌の上だっただろう。

全部此奴に遊ばれていたも同然。

はっきり言ってやる。冗談じゃあない。

実際に人間を殺したときの感触で、一生PTSDを煩う奴もいる。

殺しの瞬間、相手がどんな風に痛みを感じて。

どんな風に苦しむのか。

考えようともしないような奴もいる。

勿論それはそれで戦闘適性の一つだろう。

だが私には。

それは狂気にしか思えなかった。

そして最悪な事に。

私は、戦闘の時は、自分でも嫌になるほど冷静で。

戦闘適性はあったらしい。

軍神が認めるほどには。

「さて、体を貰おうか」

「断る」

「上位宇宙からの干渉、防げるとでも思ったか?」

意識が消し飛ぶかと思った。

シユウはそれこそ、小指の先を動かすどころか。私を乗っ取ろうと、ちょっと考えたくらいだろう。

それでもこれだ。

宇宙と人間が戦える訳がない。

それも此奴にとっては、いっそ私のコピーを作って、それに乗り込んで遊ぶくらいの感覚だろうし。

どうしようもない。

少なくとも宇宙そのものの相手には。

絶対に人間では、何をやろうと対抗なんて出来ないのだ。

だが、これでも。

要塞という要塞に関わってきた自負がある。

強烈な侵食と同時に。

記憶が戻ってくる。

あれ以外にも。

私は試された。

世界最大の要塞防衛線が構築されている地帯に攻めかかって、陥落させた。

最大の要塞に立てこもり、守る側を行い。

敢えて自分が囮になる事で、陥落を遅らせた。

一方、要塞攻めが苦手な指揮官のために。

その要塞の見取り図を徹底解析し。

何処を攻撃すれば陥落させられるかを調べ上げ。

大砲を叩き込んで要塞を傾かせ。

指揮官の家族の心理を揺さぶることにより。

要塞を崩壊させた。

塹壕という新たな形の要塞を作り。

宇宙文明では、シールドという強力な防御技術が開発されたのにあわせて要塞が復活するのと同時に。

その基幹技術の開発と。

実戦での運用に関わった。

そうか、私は。

此奴が面白がって。

ありとあらゆる要塞に関わる事に、繰り出されていたのか。

許されない。

此奴の体内が宇宙だろうが。

此奴の思うとおりだろうが。

それでも生きた人間だ。

私なんてどうでもいい。

私以外の人間が、必死に生きた。

それは真実だ。

或いは、仮想世界のようなものなのかも知れない。0と1の組み合わせで出来ているのかも知れない。

私は、そいつらに裏切られ続け。

そして殺され続けて来たのかも知れない。

此奴が多少糸を後ろで操っていたとしても。

それとは関係無しに、どのみち死んでいたのだろう事も疑いない。

だが、それでも。

私は殺しはいやだったし。

私と戦った相手に敬意を持つ。

それだけは、譲れない事実だし。

譲ることもない事だ。

「随分と抵抗するな」

「私は……要塞だ」

「ならば知っているだろう。 どのような要塞であろうが、難攻不落であろうが、必ず劫火に焼け落ちていった事を」

「知っている! だが、その名は不滅だ!」

人間で何て。

なくてもいい。

実際アンドロイドにされていたことも。

人間か疑わしい存在にされていたこともあったのだ。

それならば、私は。

要塞という存在そのものになってしまえばいい。

有史以来、人間は戦争と切っても切れず。

戦争がある以上。

戦略拠点は存在し。

戦略拠点がある以上。

どうしても要塞はあった。

街が要塞であった時代や文明も存在していた。

ならば、要塞であると言う事が。

それ自体が概念となるのなら。

それはきっと、極めて強固な筈だ。

シユウが苛立ちの声を上げる。

私を一瞬で支配できないのに、相当苛立っているからだろう。

それはそうだ。

私は人間であることを止めた。

此奴のおかげだ。

此奴がありとあらゆる要塞に関わらせて来たから。

私そのものが要塞という存在になって行ったのだ。

ましてや今は、精神体。肉体情報を持っていても、精神体に近い状態である。人間かは最初から疑わしいし。

自分の概念操作だって、できる筈。

勿論人間であることを誇りに思っている奴なら、そんな事は絶対にやりたがらないだろうけれど。

あいにくだ。

私は自分が人間であることに何て。

何の興味も無いし。

未練もない。

シユウが怒りの声を上げた。

「見苦しいぞ! 今更あがくでないわ」

「私は人間じゃあない」

「ほう」

「私は要塞だ」

要塞は最後には陥落するのかも知れない。

だが、要塞の存在は歴史に名を残す。

要塞とともにあった時代さえあったのだ。

人間と要塞は、切っても切れない関係にある。

例え宇宙を支配する神だろうが。

いや宇宙そのものだろうが。

その概念そのものまでは上書きできないだろう。

例え宇宙に比べて。

どれほどちっぽけであろうと、だ。

シユウが強引に私を引き裂いて、中に入り込もうとしてくる。

だが、要塞は内部に入り込まれてからが本番だ。

逆にシユウの意識を取り込んでやる。

人間だったら出来なかっただろう。

あらゆる要塞は、内部に敵を引きずり込んで、袋だたきにする仕組みになっている。私に入り込んだシユウの意識を叩いてやる。

それは、蚊が刺すような抵抗であっても。

確かに要塞としての行動。

そして私は。

もう人間じゃあない。

躊躇無く、要塞として。

振る舞うことが出来ていた。

シユウがついに笑い始める。

「面白い……私は人間の中から良いものを見つけ、育てていたと思っていた。 だがか細いその精神は、やがて貧弱とは言え神となっていたか」

「……」

勿論倒す事なんて出来ない。

援軍が来ない限り、防衛戦は負けるのが確定なのだ。

敵の補給線を断ったり。

敵の首都で政変が起きたり。

そういう事でも無い限り、防衛側が攻撃側を一方的に蹴散らすことはまずない。

出来ても、追い払うだけ。

要塞とは、そういうか細く。

虚しい存在に過ぎない。

宇宙文明になると、移動する要塞というものも作られるようになったが。それも所詮は鈍足。

どうしても高速機動する宇宙艦隊には、拠点以外には使われないものとしかならなかった。

だが、それでも意地は見せてやる。

「お前には名前すらなかったな。 ではフォートレスと名付けてやろう」

「軍神の次は要塞か」

「何しろお前は今や要塞そのものだ。 不満などあるまい」

「……」

シユウが私の侵食をやめる。

というか、面白がって、手を引いた感じだ。

実際此奴には蚊に刺された程のダメージも与えていない。

何しろ宇宙そのものだ。

何をやろうが。

それこそブラックホールを使おうが。

反物質を使おうが。

ダメージなんて与えようがないのだ。

「余興だ。 新しい神の一柱として、私の中でそのか細い概念を守り続けるが良い。 私の肉体になるに相応しい阿呆は他に幾らでもいる。 掌で転がしているコマはいくらでもあるからな」

「……」

「ではさらばだ。 新たなる命の誕生に祝福あれ」

「くそくらえだ」

吐き捨てるが。

シユウの声は、笑いながら通り過ぎていった。

私は手を見る。

もう、それは。

人の手ではなくなっていた。

 

4、血塗られたそれ

 

収斂進化によって人に似た生物が戦争をしている。

片方が拠点を攻め。

もう片方が拠点を守っている。

戦術を尽くしての戦いだが。

攻める側の兵力は十二倍。

拠点は既に燃え始めている。

シユウは笑っていた。

私は腕組みしながら、その意味を嫌と言うほど悟り。そして状況を見守っていた。

まもなく、城門が突破され。

拠点に攻め手が乱入する。

拠点内部が蹂躙され。

略奪と虐殺。

ありとあらゆる悪逆が始まる。

悪鬼のように歪んだ顔の兵士が。弱者を情け容赦なく手に掛け。血に酔っている間。傲慢そうな勝利者が。満足げに燃え落ちる拠点を見て回っていた。

「手こずっただけあって、強固な要塞だ。 これは我が国のために重要な拠点となる事だろう」

「すばらしきご活躍にございます」

「うむ」

胸を反らす指揮官。

バカな奴だな。

私はそう思った。

二十年後。

今度はその指揮官が。要塞で攻められる側に廻った。

圧政を敷いてきた結果。

大規模な反乱が起き。

膨大な数の反乱軍に攻められたのだ。

こうなってしまうとどうにもならない。

要塞の内側からも攻められ。

いとも簡単に陥落する。

混乱する指揮官は、二十年前と違い。老い衰えていた。どんな人間も、年を取れば衰える。

歴史小説じゃあるまいし。

いつまでも若いままで。

能力も衰えない、なんて人間は存在しないのだ。

衰えと上手くつきあって行くことが出来た人間もいたが。

それは衰えが来る事を知っていて。

対策をしていたからであって。

どうあったって衰えからは逃げられない。

若い頃は切れ者で鳴らした英雄が。

年老いてからは暴君と化したり。

駄馬以下の無能になったりする事は珍しくもないのだから。

やがて、一兵卒の手に掛かり、指揮官は死んだ。

首が切りおとされ。

熱狂する反乱軍がそれを槍先に掲げる。

だがその反乱軍が作った政権も。

三十年ともたなかった。

やがて安定した巨大国家がこの地域を飲み込み。

要塞の役割は終わり。

城壁は取り除かれ。

そして街そのものは、戦闘を意識しないものへと変わっていった。

要塞が死ぬときは、陥落した時では無い。

こうやって、戦略的価値を無くしたときだ。

しかしながら、要塞というものは。

よほど文明が攻撃に偏らない限り。

戦略的価値のあるものとして、存在し続ける。

無くなった場合も。

攻撃用の拠点や。

電子技術の集約点としては。

存在し続ける。

シユウは嘲笑っているだろう。

文明ある限り。

要塞はある。

どれだけ質素だろうが。

いつか劫火に燃え落ちようが。

或いは戦略的な役割を終えて消えていこうが。

要塞というものは。文明が存在し続ける限り、何かしらの形で存在し続けているのだから。

シユウはあの後。

バカを適当に見繕って自分の肉体にし。

好き勝手に外の世界に干渉して遊んでいるようだ。もちろんさっきのように、暇を見ては体内で起きている戦争を面白がって見てもいるようだが。

知るか。

宇宙の中で。

私は要塞という概念となって。

要塞を見守っていく。

それだけだ。

血塗られたその場所は。

どうしても文明とは切り離すことが出来ない。

そして私は、シユウと対話してやっと気付いたが。膨大な要塞に関する事件に無理矢理関わらされた事で。

私は人間を知った。

その時点で、私はもう、人間ではなくなっていたのかも知れない。

シユウは意図せずして。

自分の同類を自分の中に作っていた。

そして私は、人間を見てきたからこそ。

人間であることになどこだわらなかった。

勿論人間の個に対しては敬意を払う。

だが私が人間であることに関しては。

とっくに興味そのものが失せ果ててしまっていたのも、事実だった。

「フォートレス様」

「何」

声が掛けられる。

もっと小さな概念が意思を持ったもの。

下級の神だ。

私は人間にとって、必要不可欠な存在が概念化したからか。

神の中でも高位になるらしい。

勿論シユウとは比較にならない貧弱な存在だが。

それでも他の神々よりは遙かに人間との関わりが深い。

故に高位だ。

私に声を掛けてきたのは。

剣の神。

象徴として、あらゆる文明で愛される剣は。

私の部下に属する存在だ。

なお私は今や。

巨大な球体になり。

その周囲に無数の目があり。多数の触手がぶら下がっているという姿になっている。

剣の神は。

そのまま剣だ。

要塞は文明によって姿を変える。

だから私はこんな姿の神になったのだろう。

「星間文明同士の大きな戦いが始まる模様です」

「ふうん……」

「双方共に、巨大な要塞を建築しています。 恒星を丸ごと持ってきてダイソン球にし、動力源にして、星系そのものを要塞とした巨大なものをそれぞれに対抗しながら作っているようです」

「また随分と大規模だな」

触手を揺らすと。

即座に現地に移動。

確かに二つの異なる文明が。

ぶつかり合おうとしている。

いずれも銀河規模の文明だ。

ぶつかり合うとなると。

流石にこれくらいの巨大要塞が、拠点として必要になってくるのだろう。

それもまた。

傍観者である私には、虚しいだけのものだが。

「戦力差は97対81ですが、劣勢の方の文明は力を伸ばしてきているのに対し、優勢な文明は少しずつ衰えています。 勝負はどうなるか分かりません」

「そうだな……」

やがて、戦いが始まる。

要塞はやはり。

どんな時代でも必要不可欠な存在だ。

数十年掛けて戦いが行われ。

膨大な人命と資源が無駄にされ。

新興国が負け。

要塞にまで攻め寄せられた。

だが、要塞による反撃により。

新興国が盛り返し。

戦争は膠着状態になる。

其処から更に七十年間。

その要塞が境になって。

二つの文明は小規模な衝突を繰り返し。

やがて和平が結ばれるまで。

殺し合い続けた。

その二つの文明は、結局戦いで疲弊したことにより、双方ほとんど同時に内部崩壊。統一政権が出来るまでに二千年が掛かり。統一政権が出来た頃には、二つの要塞は不要品になっていた。

諸行無常だな。

私は目を伏せると。

その場を去ることにする。

また、どこかで要塞が作られ。

寿命を終え。

また作られる。

文明がある限り、私は存在し続ける。

である以上。

嫌われようが。

憎まれようが。

或いは神格化されようが。

それを見守り続けよう。

ただ、私は。

そう考えるだけだ。

 

(終)