力尽きぬ蛇

 

序、背水

 

木が燃える音に叩き起こされる。

ヤトが身を起こすと、外は修羅場になっていた。

幸い、まだ集落への敵の侵入は許していない。しかしもはや姿を隠す意味も無いと判断したのだろう。

集落の前には無数の敵が展開して、一方的に矢を放ってきていた。

数が違いすぎる。

集落の彼方此方が燃えていた。なんと敵は、油の入った土器に火を付けて、そのまま投げ込んできているらしい。

味方の負傷者は増える一方だ。

扉の上から顔を出そうとした瞬間、数本の矢が襲いかかってきた。慌てて頭を引っ込める。

崖の上から、敵に応戦している戦士達もいる。

だが、どう考えても、善戦と言うにはほど遠いだろう。この扉もかなり熱くなっている。散々火攻めされているからだ。

「状況は」

「見ての通りだ!」

叫んだのは、普段は冷静なイワオトシという戦士だ。かなりの熟練者で、猪をいままで二十頭以上仕留めている。そんな戦士でも、慌てるほどの状況という事である。無言でヤトは崖の上に上がる。敵の射線の死角を通って、上に。

集落の前に展開している敵は、百五十以上。

すぐ後ろに、その倍はいる。

矢を放ち、すぐに身を岩陰に隠す。敵を一人射貫いても、どうにもならない。この様子では、クマの集落も、援軍などは寄越さないだろう。

矢を手に取る。

幸い、敵が放ってきた矢が豊富にある。

そのまま、敵に射返す事が出来る。

岩陰から身を躍り出し、矢を速射。二本の矢が、それぞれ敵を仕留めた。休みを取ったから、かなり目が冴えている。

すぐに応射が来る。

身を岩陰に隠し、次の矢をつがえた。

側にシシが来た。

「ミコ、どうするんだ! 逃げるか!」

「……そう、だな」

無理をすれば、此処で崖と心中することになる。

だが、アオヘビの戦士達は、皆歯を食いしばって、必死に戦っている。彼らが此処を捨てることを納得するとは思えない。

敵は此方の力を削り取ることだけに終始していて、それが幸いだ。まだ、攻めこむには早いと思っているのだろう。

更に言えば、此処で負ければ、クマの集落は掌を返すだろう。

つまり死が確定する。

アオヘビの戦士達もろとも、ヤトは生け贄として差し出されるというわけだ。

弓を引き絞る。

矢を放つ。

また一人倒した。敵が引いていくが、すぐに新手が出てきた。向こうは休んできているから、気力も充分。

それに対して此方は、既に全員が疲れ切っている。

此処までか。

いや、まだこの程度で、終わるわけにはいかない。この程度で死んだら、ヤマトにとって有象無象の一つとして、処理されるだけだろう。そのようなこと、認めてたまるか。負けるのはまだ許せる。

何もかも奪われたあげく笑いものにされる。

そのようなことだけは、絶対に認めない。

矢を放つ。

鎧を着けている奴の、額に命中。

そいつが倒れるのを見て、敵が泡を食って逃げ出した。呼吸を整える。どうやら、ヨロイを着ていても、無敵では無いという事が証明できたようだ。

逃げ出した敵の背中に、矢を降り注がせる。

十人以上を倒した。

敵が次の攻撃を繰り出してくるかと備えていたが、そうはならなかった。一端距離を取って、此方を見ているようだ。

「死体を集めてこい」

シシに指示。ヤトは敵が攻撃してこないその間も、カラスを飛ばして状況を確認。敵が仕掛けてくる様子があったら、すぐに戸を閉めなければならない。

敵の死体に突き刺さっている矢を回収する意味もある。

何より、もしも食糧の備蓄が尽きたときには。殺した相手の肉は、貴重な食糧ともなる。戦士達の士気が落ちるだろうから、これは敢えて言わない。

集落の外に出た戦士達が、死体を集め始める。

その間に、カルノを呼んで現在の被害について確認した。

「今、無事な戦士は百二十人という所だ。 四十人以上が怪我をして、穴の方で休んでいる」

「そうなると、戦いが始まってから、四十人がやられたか」

「ああ。 敵はそれ以上を倒してはいるのだが」

とはいっても、倒せているのは精々倍程度。

元々、敵は五倍いるのだ。戦力の差は、開く一方である。

カラスが戻ってきた。

敵は距離を置いたまま、此方がする事を見ているようだ。頷くと、エサをやって空に放つ。

さて、此処からどうするか。

敵がこの程度で、音を上げるとは思えない。

 

タケルは腕組みして、抵抗を続ける敵の集落を見ていた。

崖の中に作られていて、入り口に頑強な扉を設置している、非常に堅固な集落だ。タケルが今まで見た中でも、五本の指に入るほどに、手強い構造をしている。

それに何より、敵にやたらに優れた射手がいる。

おそらくあのヤトだろう。

先も、鎧を与えている下級指揮官が一人やられた。熟練の指揮官であり、タケルが信頼している男だったのだが。

戦場では、どれだけ強くても、運が無ければ死ぬ。

「破城槌を使いますか」

「もう少し待て」

苛立ちを込めて、側で進言してきたチカラオに返す。

敵の戦力は、予定通りに削り取れている。

問題は、味方の被害が想定以上という事だ。しかし、敵を休ませる訳にもいかない。そろそろ、次の攻撃を仕掛けた方が良いだろう。

「次の部隊、攻撃開始。 火矢をありったけ叩き込め」

「分かりました」

百五十名ほどの攻撃部隊が出る。

油はまだまだたっぷりある。火攻めは充分に出来る。

問題は、敵の士気が落ちないことだ。これだけ叩いてやれば、普通は逃げ出そうとするものなのだが。

此処にいるツチグモたちを励ましているのは、やはりヤトか。

たまに現れる手強い敵。今の時点では、戦闘経験でタケルに分があるが、このまま成長させると厄介かも知れない。

攻撃部隊が、火攻めを開始した。

敵はしばらくだんまりを決め込んでいたが。攻撃部隊が一定距離に近づくと、いきなり姿を現して、反撃をはじめる。

さっきまでとは、まるで別の鋭さだ。

勿論敵にも被害を出すが、味方の被害が馬鹿にならない。

兵を一端引かせる。

タケルが見たところ、敵の二倍の被害が出続けている。勿論このまま行けば勝てるのだが、どうも嫌な予感がしてならない。

戻ってきた指揮官が、悔しそうに言った。

「八名戦死しました。 敵に優れた射手がおり、二名がそ奴に倒されました」

「おそらくは、敵の神子であろうな」

「神子が戦うのですか」

「この間直接会ったが、中々に肝の据わった奴であった」

しかもタケルが見たところ、腕が加速度的に良くなってきている。鎧を着ている指揮官の頭を打ち抜いてきたが、その内神業とも言えるような射術のさえを見せつけてくる可能性もあった。

既に敵の戦力は、半分強にまで削られているはずだ。

それならば、全軍で攻め立てれば、押し切れるか。

しかしあの堅固な守り、もう少し敵を削らないとまずいだろう。

「銅鑼を前に」

「はい」

銅を使って作った、攻撃の合図をする巨大な円盤状のもの。銅鑼。

木組みの中に吊してあり、車輪をつけているので、持ち運びも容易だ。先ほどから、攻撃の際には叩き鳴らしている。

これを、敢えて敵に聞こえるように、叩き鳴らす。

案の定、敵は反応していた。

だが、攻撃部隊は出さない。

次にならしたときは、今度は攻撃部隊を出し、敵陣に火矢を叩き込ませる。敵は反撃してくるが、その時にはさっさと引き上げさせている。そうやって、攻撃するときと、しない時を敢えて混ぜていく。

そして、銅鑼を鳴らすペースは、かなり早くする。

こうすることで、敵はいちいち銅鑼に反応しなければならなくなる。敵の数を削ると同時に、精神的な打撃も与えることが可能だ。

案の定、これを一昼夜続けた頃には。

敵は相当に動きが鈍くなってきていた。

だが、そろそろ備えてくるだろう。

本気で攻撃してこないと思うかも知れない。

其処で、攻撃を変える。

「破城槌を前に」

いよいよ、満を持して、破城槌の登場だ。

二頭の牛に引かせるこの武器は、特別に大きな木を切り出したものである。文字通りの杭状になっていて、敵の城塞の戸を文字通りたたき割るために作られている。牛を突進させて引かせ、そして敵の城にぶつけるのだ。

加速から生じる衝撃は凄まじい。

少なくとも、あのような土と木で作った扉などは、ひとたまりも無いだろう。

敵にも、勿論破城槌は見えているはずだ。

これをいつ使ってくるのか、戦々恐々とするだろう。どう使うか、見当がつかない可能性もある。

いずれにしろ、連日の猛攻でかなり疲弊しているところに、破城槌が登場すれば、平静ではいられない。

破れかぶれに打って出れば、その時点で勝利が確定。

今までの敵の動きから見て、可能性は半々という所だろう。

残りのほぼ半分として、そのまま立てこもり続け、全滅するというものもあるが。

どちらをあのヤトが選ぶかは、歴戦のタケルにさえ分からなかった。

極小の可能性として、敵に援軍が来る。或いは、集落を捨てて逃げる、というものもあるが。

それらは無いだろうと、タケルは思っていた。

ただし、戦場では何があるか分からない。

ましてや相手は、得体が知れない方法で、此方の奇襲を防ぎ続けたヤトだ。奇策を繰り出してくるかも知れない。

足をすくわれる可能性は低くない。

「警戒を厳重にせよ」

「もはや勝ちは揺るがないように思えますが」

「だからこそだ。 こういうときこそ、気を引き締めろ。 そうやって破れた男を、俺は何人も見てきた」

チカラオに訓戒すると、タケルは近くの木に上がった。

敵の集落を見る限り、此方の襲撃に冷や冷やのし通しである。出撃してくる気配はない、が。

百名ほどの部隊に攻撃させる。

しっかり敵は反撃してくる。

疲弊は酷いが、まだ抵抗の意思は捨てていない。タケルは嘆息した。

「これでは、降伏を促すだけ無駄か」

陥落寸前にまで追い詰めたが。

まだ、敵は倒れそうに無い。

 

1、起死回生へ

 

肉が焦げる臭い。勿論、蓄積物資の肉を焼いているのでは無い。死んだ人間が、燃えているのだ。

嫌な臭いだ。

あの時。クロヘビ集落が落ちたときと、同じ臭い。

ヤトは口元を抑えながら、被害の状態を確認していた。

既に抵抗能力はほとんど残っていない。敵が持ち出した巨大な木を用いたらしい道具を前に、戦士達も怯えきっている。あれをどう使うか、分からないのだろう。死んだ戦士を弔う余裕さえなくなっていた。

だから、死体が燃えるに任せているのだ。

ヤトには何となく見当がついた。

ベコに引かせて、ぶつけてくるつもりだ。あんな巨大な木がぶつかったら、集落の扉はひとたまりも無い。

既に無事な戦士は半数を切っている。

敵にもかなりの被害を与え続けてはいる。だが、敵は人員を交代する余裕さえ見せている。此方とは、完全に状況が違うのだ。

隠し通路から、戦士を他の集落に出して、援軍は求めている。

しかし、あの圧倒的な数を前に、殆どの集落は尻込みしてしまっているのが現状だ。それを責めるのは酷だろう。

どうにかしなければならない。

大きな音が響くと、戦士達が怯えきった顔を上げた。

敵が攻めてくるかも知れない。

ひっきりなしに鳴り続ける音は、戦士達の心を折るには充分だった。音だけ鳴らして、攻めてこない事もある。

そして、あの巨大な木の武器。

あれがいつ、集落の扉を食い破るか、分からない。

「ミコ! 援軍だ!」

隠し通路から、十人ほどの戦士が入ってきた。つれているのは、カルノだ。

少し前から、援軍を求めに、他の集落を廻っていたのだ。

どうにか、これだけかき集めることが出来た。それが事実だろう。悲しい話だ。クマの集落の戦士は、一人もいない。

そういえば、戦いの時、連中を見かけなかった。さては、戦いの状況を見て、さっさと集落に戻ったのかも知れない。

「何だ敵のあの数は」

戦士の一人が言った。

髪がちりちりになっている戦士である。アカムシ集落のキシロという有名な狩人で、今までに五十の鹿を仕留めたという話がある。

弓の名手だという話だが。

しかし、それでも。今は心強くは思えない。

はっきりいって、焼け石に水だ。

「見ての通り、敵は本腰を入れてきている」

「だが、一体どうやって、あんな数が沸いてきたんだ」

「オロチの連中の話によると、ヤマトの人間は此方の何千倍、下手をすると万倍はいるというではないか。 あれくらいの数は、どうと言うことも無いのだろう」

自嘲気味に言うヤトだが。

しかし、まだ負けていないと、内心では炎を滾らせている。

このままでは終わらせない。

けが人の手当や、集落の修復は任せて、自身は扉の上に上がる。

敵は今のところ、出てきていない。先ほどの大きな音は、攻撃をするというふりだったようだ。

あの大きな、木の化け物。

あれを壊すことが出来れば、或いは。敵の心を、挫けるだろうか。

いや、それでは駄目だ。

ヤマトの力なら、あれくらい。いくらでも用意できるはず。もしもやるならば、兵士達の心を折る方法を考えなければならない。

敵の集落を襲うのはどうか。

一か八かの作戦になる。此処をがら空きにするのだ。

備えている敵の後ろを通って、敵の集落に火を付ける。油はまだあるだろうから、上手く行けば、一気に焼き払えるかも知れない。

だが、相手はタケルだ。

そのように、今思いついた策では駄目だ。確実に、備えてくるだろう。

ならば、相手が知らない手を打つしか無い。

動物たちを用いるとして、何か敵の肝を冷やさせる方法は。

穴に戻って、考える。

蝮たちは既に卵から孵っている。世話は続けているが、まだ慣れていない。もう少し、世話をしないと、ヤトを飼い主だとさえ認識しないだろう。

まだ、使えない。

この子達は、実戦に用いるには早い。

カラスや梟は、戦闘力に限界がある。集落で飼っている犬たちには、相応の使い道があるにはあるが。

しかし、あれだけ多数の敵戦士と戦わせる訳にはいかない。

狩で使う犬たちは、集落の宝なのだ。

どの作戦にも、大きな危険が伴う。

ヤトは腕組みして、一つずつ、考えをまとめていった。

だが、どれも良い案は無い。

心配して、カラスが此方の様子を見ているのが分かる。外が怖いだろうに、此処まで来てくれているのだ。

カラスは死体を荒らすが、動物としては集団を重視する。性質は人間に近い。ヤトに言わせれば、人間などよりもずっと善良な生物だ。動物らしい残虐さは当然持ち合わせているが、人間とはその性質が違う。

カラスたちに心配を掛けるのも問題だと、ヤトは思う。

そう考えると、だいぶ楽になっては来た。

谷の上に登って、手をかざして敵の様子を見る。

敵は山の上に相変わらず本体を置いて、攻撃部隊を入れ替えしながら、此方に打撃を与えてきている。

攻撃するための部隊が三百くらい。

本体は六百くらいだろう。これらを入れ替えながら、此方を休ませないように、攻撃を続けている様子だ。

作戦自体は以前と変わっていない。

大きな丸太のような武器は、今のところ動いていない。

使い方は見当がついているから、おそらくは、此方が疲弊しきったところで叩き込んでくるつもりだろう。

また、百名ほどの部隊が動き始めた。

金属の板を叩き鳴らして、此方を威嚇してくる。

右往左往しているアオヘビの戦士達。

敵の放ってきた無数の火矢が、集落を襲う。集落が燃えるように、辺りが火だらけになっていく。

この攻撃は、本気では無い。

ヤトはそう看破した。

或いは、手が一つあるかも知れない。

夜を待つ。

これまでに、かなりの苦戦を強いられてきているが。それでも、戦士達は生き延びているのだ。

夜までは、もつ。

そして、敵が身動き取れなくなったら。其処で、反撃の策を撃つ。

 

アオヘビの戦士達は、そろって集落を出た。身動きできない少数も含めて、戦える百十二名全員が、である。

その全員に、残った武器の全てを渡した。

これから、文字通り最後の戦いを行うのだ。集落は空だが、このまま籠もっていても、何も出来ることはない。

そして、罠も仕掛けてある。

崖の上に、一人だけ、戦士を残した。

カルノだ。

罠を発動するかどうかは、カルノに任せてある。

大きく森を迂回して、進む。

敵の退路を断つつもりは無い。狙うのは、敵の戦士達では無いからだ。敵の集落の風上に出る。

長大な柵と、念入りな警備。

さすがはタケルだ。

しっかり此処にも警備を配置している。この人数でも、攻撃を仕掛けたら、間違いなく失敗するだろう。

犬も多くいる。

攻撃するどころか、近づいただけで察知される。

「ミコ、どうするんだ。 攻撃なんか、上手く行きっこないぞ」

「普通だったら、そうだろうな」

「? どういうことだ」

シシの言葉に、ヤトが応える。

その時。

丁度良い具合に、大きな音が鳴った。

巨大な煙が、アオヘビの集落の方から上がっている。カルノがやってくれたと見て良いだろう。

全員を促して、矢を放つ。

見張りについていた敵の戦士達が、次々に矢に倒れた。犬も狙って、打ち倒す。今のところ、味方が有利だが。

案の定、奥から戦士達がわらわらと出てくる。ヤトはすぐに引くように口笛で指示。戦士達をつれて、森の奥へ。

放った矢には、火矢も含まれていた。

敵が消火に躍起になっているのを、遠くから一瞥。そのまま森の中を逆走する。戦士達が、不安そうに、ヤトの後ろをついてくる。

敵の戦士達が、集落に慌てて戻っているのが見えた。

数が多ければ無視。

少ない場合は、さっと攻撃して、森の中に。

敵の動きが、予想通り鈍い。

それはそうだろう。アオヘビの集落の中には、備蓄しておいた油を徹底的にぶちまけておいたのだ。

空だと見抜いた敵が、突入してくると同時に、カルノが火を放った。

それで全ておしまい。

敵の攻撃部隊は、大混乱に陥ったはず。

更に、同時に敵の集落を攻撃したのだ。敵が何が起きているか把握するまで、此方がやりたい放題にたたける、その筈だ。

勿論失敗したら、全てが台無しである。

アオヘビ集落は丸焼けだし、敵の戦士達も大半が無事なのだから。

混乱している敵を、たたいたり、見逃したりしながら、アオヘビ集落の方へ。煙が盛大に上がっていて、夜とはとても思えない。

カルノは無事だろうか。

それは分からない。だが、敵の様子から言って、打撃を与えた事は間違いが無い。作戦そのものは、成功した。

だが。

山の上にいるタケルが率いる本体は、まるで動揺している様子が無い。

攻撃に参加していた部隊は大慌てで逃げ惑っているのがわかるのだが。これでは、手の出しようが無い。

仕方が無い。

「逃げ惑っている敵を、可能な限りたたく。 山にいる敵が動き始めたら、一度逃げる」

「集落が、丸焼きじゃねえか!」

「敵に取られるよりましだ!」

悲鳴を上げた戦士を黙らせると、ヤトは指揮に戻った。

戦士達も、戦いの中だ。今は悲鳴を上げているよりも、武器を振るう時間だと、認識は出来ているらしい。

敵の集団を見かけ次第、矢を射こんで潰しはじめる。

夜の間、戦いはずっと続いた。

 

敵の混乱はかなり長引いたが。それでも、思ったほどの敵は倒すことが出来なかった。敵の本体はまるごと無事だし、ヤトが手をかざして見ている先で、既に秩序も取り戻している。

夜通しの戦いだったが。

どうしてか、目が冴えて仕方が無かった。

「九百は無事だな……」

「あれだけ戦ったのにか」

「しかも集落にいる敵戦士もいる」

昨日の夜の戦いそのものは、此方の勝利だ。

だが、敵はタケルを中心にまとまって、それでも隙を見せなかった。幸いなのは、集落の中で、あの木を使った大きな武器も、ベコごと炭になっている事だろうか。

敵が、退きはじめるのが分かった。

兵力の大半を保ったままだ。これは、勝ったとは言えないだろう。

山には、それでも三百ほどの敵がまるごと残っている。どうやら、あの山に、集落を作るつもりらしい。

悔しいが、それを食い止める方法は無い。

ヤト達も、そのまま丸焼きにしてしまった集落に戻る。

蝮は事前に避難させておいたから無事だ。だが、立てこもる事に備えて蓄えておいた物資は。

穴を塞いでおいたから、どうにか燃えていない。

だが、かなりの量が駄目になった。

入り口の扉も、完全に壊されてしまっている。

アオヘビの集落は。

壊滅だ。

これから再建する事が出来るだけ、クロヘビに比べればマシだが。それでも、これは勝ったとは言えない。

それでも、ヤトは声を張り上げなければならなかった。

「敵は追い払った!」

「おおっ!」

戦士の何名かが、声を上げてくれた。

旧クロヘビ集落の戦士が、その主な面子だった。

口惜しいのを飲み込んで、ヤトはなおも叫ぶ。

「集落の中に点々としている敵の戦士達の無様な有様を見ろ! 我らは勝ち、敵は多くが死んだ!」

味方だって、多くが死んだ。

結局、被害の比率は、味方が大きかったのだ。

それでも、ヤトは勝利を主張しなければならない。単純な戦士達は、勝ったと思わなければ、次に戦えないのだから。

「これから、女子供を戻して、集落を再建する!」

勝ったことで、クマの集落をはじめとする幾つかの集落から、物資や人員を廻しては貰えるだろう。

アオヘビの戦士達の消耗は酷いし、再建にはどれだけの時間が掛かるか、見当もつかない。

だが、やるしかないのだ。

ヤトは、責任のある立場である。

タケル。

凄まじい敵だ。あの夜襲の中でも、当然のように無事だっただろう。この程度の戦いは、肩慣らしだと思っているに違いない。

だが、次は。

ヤト自身も、強くならなければならない。

そして、色々と、戦いのための手段を、増やしていかなければならなかった。

 

夜襲による被害は出したが、軍の損害そのものは押さえ込んだ。連れて来た直属精鋭には被害は殆どでていない。

被害を出したのは、主に近辺で徴収した部隊。訓練をしてはおいたが、まだ少し経験が浅かったか。

主力は無事。

主な指揮官にも、死者は一人も出していない。

更に言えば、補給地点となる後方の村も、ほぼ無事。

対して敵は集落を丸焼けにし、戦士達の半数近くを失ったはずだ。

タケルはそれでも、自分が勝ったとは思わなかった。損害は一割に達している。これ以上の損害を出すと、思わぬ犠牲が味方に生じる可能性が高い。敵も集落を丸焼きにしたとは言え、既に戻り、抗戦の意思を見せている。

引き時だ。

悔しそうにうなだれているチカラヲを見下すと、タケルは鷹揚に言った。

「そなたには、この砦を任せる。 名は鳥前砦、とでもしておこう」

何故そうなづけたのか。

どうもタケルには、あのヤトが冷酷で残虐なカラスの王か何かに思えるからだ。人間だとは分かっているのだが、どうにも動物的な要素を強く感じる。或いは蛇かと思ったのだが。

蛇は、太古より、非常に神聖な生物とされている。

だから、たとえに使うには、不遜だとタケルは思った。

「連日の戦いで、敵に充分な損害は与えた。 後は隙を見て、敵をたたけば、次には落とせるだろう」

「は……」

「戦いには順序がある。 今回は勝ちきれなかったが、損害の比率で言っても、敵集落の打撃から言っても、此方の勝利は揺るがない。 敵を駆逐するのは、また次の戦いでやれば良いだけだ」

とはいっても。

これほど手強いツチグモは、タケルもはじめて見る。

まさか集落を丸ごとおとりに使い、更に此方の後方にある砦を陽動攻撃することで混乱を誘発。自分たちに有利な夜間の森で、可能な限り戦力を削っていくとは。ヤトという女、まだ若かったが、育てばどれほどの指揮官になるか、見当もつかない。

というよりも、あまり性欲を満たす相手という意味での、女という感じはしない。

あれは敵だ。

「チカラヲよ。 悔しいか」

「まさか、これほどにツチグモ如きに侮られることになろうとは」

「それでかまわん。 相手は人間である事を忘れるな」

あのヤトという女。

いわゆる戦に関する、天賦の才の持ち主だろう。

タケルとしても、次の戦いでは、本気で行かないと危ないかも知れない。

留守居の戦力を残すと、一端タケルは後方の村に退く。他にもツチグモが巣くっている地域はあるし、睨みを利かせておく必要があるからだ。

目標は、今年中のアオヘビ集落陥落。

それで構わない。

無理をして被害を出すようでは、本末転倒だ。

タケルが預かっている精鋭一師は、朝廷の宝。そしてタケルという名前は、朝廷の威信を背負っているのだから。

一度集落に戻ると、タケルは風呂に入った。

風呂とは、大きな水桶の事では無い。薪によって湯気を造り、それを浴びて垢を落とすものだ。

水浴びとはまた別。

しばらく熱気を浴びながら、タケルは頭を冷やす。

悔しかったのは、なにもチカラヲばかりではない。まさかあのような大胆極まりない策に出てくるとは、タケルも予想できてはいなかった。そう言う意味で、タケルも負けたのだ。

あまり長時間放置しておくと、アオヘビ集落は調子づく可能性がある。

何かしらの手段で、あの女。

ヤトは、無力化した方が良いだろう。殺せれば殺す。そうでなければ。

ツチグモは、集落同士の独立性が強い。

以前何度か用いた手だが、利権の食い合いを利用して、内紛を発生させるという手がある。戦っているときは強固であっても、手を引いた振りを見せたら、瞬時に瓦解、という結果は何度も見てきた。

風呂から出ると、タケルの所に、朝廷の使者が来ていた。

大王からの書状を携えていた。

少し前に、タケルは諏訪にて、長く抵抗していたツチグモの一派を制圧することに成功している。その感状である。

朝廷の使者はまだ若い男で、ツクヨミという。

やり手の文官として知られていて、渡来人の間でも評判が高いそうだ。

「タケルどの、このたびは見事な勝利だったと聞いております」

「いや、丁度少し前に、この地にいるツチグモと引き分けた所だ。 常に私が勝っているわけでは無い」

公式の場だから、タケルも一人称に私と用いる。

ツクヨミは線が細そうな若者だが。目は鋭い。その目が、獲物を狙う鷹のように一瞬だけ細まった。

「貴方ほどの将軍と引き分けるとは、何者ですか」

「ヤトという名前の女だ。 この辺りは選出された女が神子と呼ばれ、集落の長を努める風習があってな。 普通は戦下手な場合が多いのだが、この女は例外だな。 早めに潰さないと、朝廷に大きな禍となる畏れがあるだろう」

「更に一師を呼び寄せますか」

「いや、この戦力で充分。 後は現地調達する」

まだアキツの島にツチグモは多いが。

しかし、それでも東海道はほぼ朝廷の支配下に置かれている。元々農耕文化が発達していた地域も多く、人口は決して少なくない。

この村はあくまで前線基地なのだ。

しかも、拡大中の前線基地である。戦いでは引き分けたが、この村そのものに打撃は一切加わっていない。村の防備を強化しつつ、人間を増やしていけば、後々の朝廷のためにもなる。

更に言えば、後方から、兵力は好きなだけ調達可能だ。ただしやり過ぎると、朝廷の威信に関わるし、民の不満も高まる。兵を多数養うのは、それだけの兵糧が必要になるし、働き手を取られれば民は恨む。

関東を押さえ込めば、後は東北のみ。

民の消耗を押さえ込むか、侵攻の速度を上げるか。両立は難しい。

「それよりも、大陸の情勢は」

「晋が崩壊してから、未だに新しい統一王朝は出来ておりません。 惜しいところまで行く国はあるようなのですが」

「ふむ、いずれにしても、アキツにちょっかいを出す余裕はあるまい」

「そのようで。 避難して此方に来る渡来人にも期待出来ます」

他人の不幸は、必ずしも此方にとっては不幸という分けでも無い。

実際問題、圧倒的な人数がいるため、文化を独占している大陸から、こういう形で技術が流出するのは有り難い。

馬も、そうやって流れてきた存在の一つ。

まだアキツの島は、大陸に比べれば本当に貧弱だ。

人間の数も、それに技術も。

いずれ、大陸とは関係無く、立脚できる国にならなければならない。

幸い、アキツの島は、大陸から適度な距離にある。まだ、時間はある。それまでに、朝廷を強くする。

多くの力と技術を手に入れ、人間を増やす。

タケルが生きているうちは、無理だろう。

だが。タケルの子の世代、孫の世代には。アキツの島をまとめ上げて、大陸に対抗できる強国にしたい。

それが、タケルの願いだ。

かといって、ヤトのような者達の思いを、けがすつもりは無い。

あの者達には、あの者達なりの生活がある。

戦わなければならない以上戦うが。向こうが膝を屈してくれさえすれば、悪いようにはしない。

「苦戦しているようであれば、いつでもお申し付けください。 何なら、影の手の者達を、お貸しいたしましょう」

「無用だ。 朝廷のある大和の地にも、まだ不穏はあるのだろう。 朝廷をしっかり固めるのが、そなたの仕事だ。 この辺りの、いうならば枝葉を刈り従えるのは、私の仕事だと忘れるな」

「は。 出過ぎた真似をいたしました」

ツクヨミが頭を下げ、そして退出していった。

頭が切れる男だが。

それが故に嫌われもする。実際、後から来たチカラヲは、まるで汚物でも見るかのように、ツクヨミを見送っていた。

「砦の様子は」

「しっかり固めてきました。 敵も、集落の修復を始めた様子です」

「人数は」

「百五十という所でしょうか。 女子供が戻ってきて、作業を手伝っている様子です」

森の中に路を作るかと言われたので、不要と応える。

その代わり、見張りの監視塔が必要になる。

「森の中を、奴らの庭としないために、塔と犬が重要だ。少しずつ、連中の支配地域をこそぎ落としていく。 それと並行して、奴らに交渉を持ちかけ続けろ。 場合によっては、農耕をしなくてもよいと伝えてもかまわん」

「それは、よろしいのですか」

「森は切り開けば田畑にも出来るが、山はそうもいかん。 どうせ農耕には適さない土地もある、ということだ」

それに、勇敢に戦ったアオヘビ集落はともかく。

その他のツチグモまで、甘く扱ってやるつもりはない。

チカラヲを砦に戻すと、タケルは部下を呼び、地図を広げさせる。

常陸の国は思った以上に手こずっている。むしろ諏訪の辺りの平定を更に進めて、越後から東進した方が、アキツの統一は早いかも知れない。

一番の懸念は、東北辺りに、蝦夷を代表とする、大和朝廷に反発する連中が集結することだ。

まだあの辺りには、それなりに力を持った農耕民族の小規模政権が幾つもある。朝廷ほどの規模も人数も無いが、まとめられると厄介だ。その中でも最大の蝦夷は激しい抵抗を続けているし、このままだと面倒な事態になりかねない。

他のタケルが今東北周辺で転戦しているが、必ずしも統一に向けて動いているとは言いがたいという話も聞いている。

それだけ敵の抵抗が激しいのだ。

元々厳しい気候という事もあるが、朝廷に追われたツチグモの残党が、それだけ集まっているのである。

勿論、オロチやクマソの残党も、多くが集っていることだろう。

其処に、ヤトが加わって、一定の地位が与えられでもしたら。

腕組みした。

大軍を使いこなせるようになったヤトと、やり合って見たいという意思はある。これは用兵家としての病気のようなものだ。

いずれにしても、先の先まで読みすぎたかも知れない。

タケルは一端此処を離れて、周辺のツチグモを平定するべきかと思い、書状を書きはじめた。

 

2、再建への道のり

 

どうにか、敵の大軍勢は追い払うことが出来たが。

丸焼けになったアオヘビ集落。眼前に作られた敵の集落。それに、何より。多くを失ってしまった戦士達。

ヤトにとっては、憂鬱な材料が、あまりにも揃いすぎていた。

丸焼けになった集落を見て、戻ってきたハハ達が、まっさきになじったのはヤトだった。だが、彼女らも、なじる以上の事はしなかった。

ヤトがいなければ、更に悪い結果になっていたのは、目に見えていたからである。

ヤト自身は無傷だったが、正直な話、今回は勝ったとは思っていない。

これからやるべき事があまりにも多すぎるのだ。

まず、戻ってきたハハ達や子供達も含めて、集落を修復させる。壊れてしまった扉には、巨大な木を使った武器の焼け焦げたのこりカスがくっついていた。

カルノは無事だったが、凄まじい光景だったと、一言言っただけだ。

幸い、皆が住む穴は無事だ。

集落の中に落ちていた無数の焼け焦げた死体は。扉を杭が打ち破った後、なだれ込んできた敵の戦士の成れの果てだろう。

まとめて外に捨てさせる。

残っていた物資をまとめて、焼けてしまった構造物を捨てると、外にちょっとした壁が出来た。

敵を防ぐには、良いかもしれない。

捨てた物資を、放置しておくように指示。これは土をかぶせれば、敵の突進を防ぐための壁に出来る。

丁度良さそうな木を探してこさせる。その間にも、ハハ達には、皆の食事を作らせていた。

ヤトは食事をせずに、指示を続ける。

作業の間にも、カラスや梟を飛ばして、敵の様子は確認し続けていた。

「森の中に奴ら、訳が分からんものを作り始めてやがる」

だから、戦士の一人がそう報告してきたときには。ヤトはもう、それを知っていた。戦士は驚いていたようだが、別に構わない。

どうやら監視に使うもののようだ。木を組み合わせて作っているほか、基盤部には石や土も使っている。

簡単に対処はできないだろう。

手を出すよりも先に、此方がやるべき事が幾つもある。

どうにか、扉が出来たのが、二日後。

その頃には、どうにか集落の中は、片付きはじめていた。

援軍に来てくれていた戦士達を戻して、それで数える。

戦士は半減。

死んだ戦士の数もそうだが、多くの戦士が手足を失って、もう戦えない状態になった。そんな状況でも戦おうというカルノのような例外の方が珍しいのだ。手足を失うと、少なくとも狩では役に立てなくなる。

戦士としては、おしまいなのだ。

だが、ほぼ全滅したクロヘビに比べればまだマシか。クロヘビ集落から逃げ延びていた戦士達も、何名か死んだ。

援軍としてきてくれていた戦士達も、半数ほどしか生き残れなかった。

皆、状態は同じだ。

ハハ達を集めると、ヤトは咳払いした。

「多くの犠牲を出した。 しかも、戦いは、今後も続くとみて良いだろう」

「何だよそれ!」

「どうすればいいのさ!」

「まず、多くの子供を産んでもらう。 少しでも多くの子供を作り、戦士となってもらう他ない」

ハハ達が、顔を見合わせる。

ヤトの苦労を、彼女たちは知っている。だが、それでも声を荒げたくなる、という訳なのだろう。

更に、此処で突きつけられた指示。

彼女たちも、いつも子供は出来るだけ多く作っている。そのようなことは、言われるまでも無い、という事か。

健康なハハでも、子供を産める数には限度がある。

ヤトが知る限り、クロヘビ集落に十二人の子供を育てたハハがいたが、それが限界だろう。それ以上の数になると、産んでも育てられるとは思えない。

ヤト自身は、これから更に忙しくなる。

子供を孕む暇も産む時間も育てる余裕も無い。

「んな事は分かってるよ!」

ハハの一人が喚く。

ヤトとしては、彼女らをどうしても説得しなければならない。

「敵を追い払えないのかい」

「あの、敵が山に作った集落を落とす事なら、可能かも知れない」

「ならば、何故やらない」

「その背後には、この間攻めこんできた以上の数の敵戦士がいるかも知れないからだ」

女達が押し黙る。

不満そうだが、ヤトの言葉を否定できないのだろう。実際、それは嘘でも何でもないのだから。

ヤトが見たところ、オロチの老人の言葉は本当だ。

敵の集落は、造りが根本的に違っている。

あれだけの人間を養うことが出来るのだ。戦士の数も多くて当然。それならば、戦い方を、変えていくしかない。

「敵は何度か、降伏を持ちかけてきている。 この土地を持つことを許してやるから、くだれとな」

「それは……」

「もし聞き入れたら、戦士達は毎度戦いが起きるたびに、奴らに連れて行かれることになる。 それにこの森も、やがて全て奪われるだろう」

それだけではない。

戦士達は、理由も分からない戦いで、使い捨てされる。

そしてその死体も、帰ってくる事は無いだろう。

そういうものだ。

実際、このアオヘビ集落に攻めこんできた敵も、そうして死んでいった元ツチグモの戦士が、少なからず混じっているはずだ。

「我々も、生き残れるとは限らない。 敵に負けるというのは、そう言うことだ」

「だけど……勝てるのか」

「勝つ」

正確には、敵に音を上げさせる。

今まで来た書状は、全てオロチの老人に読ませている。自分も、ある程度は読めるようになってきた。

それらの書状で保証しているのは、ヤトの命と、アオヘビ集落の民の安全のみ。

戦争の度に戦士達を連れて行く事は否定していない。

更に言えば、土地も保証すると言っているが。土地を開墾させないとは、一言も言っていないのである。

どうせ降伏したら、たくさんの民が押しかけてきて、あっという間に森を食い尽くしてしまうだろう。

実例もあると言う。

オロチの老人は、降伏したツチグモがどのような目に遭うか、何度も見てきた、というのだ。

怒らせたら面倒だと、思わせる。

そして、戦ったら、大きな被害が出ることを見せつける。

そうすることで、ようやくアオヘビは。いや、ツチグモは、ヤマトと対等になる事が出来る。

そのためには、まだ戦いが必要なのだ。

まだ不満そうなハハ達を一度下がらせる。幸い、敵には、今のところ仕掛けてくるつもりが無い様子だ。

ただし、山の上に集落を作ったという事は。

此方の動きは、ある程度見られているという事も意味している。

今後は、見張りの負担が重くなる。

そして、森の中での狩も、出来る場所が制限されてしまう。幸いにも、アオヘビ集落の前の森では、狩は禁止していた。

大きな被害は無いのだけが救いだ。

ハハ達の後は、戦士達を呼ぶ。

戦えないほどでは無いにしても、皆傷が増えている。

無傷で戦い抜けた者は、殆どいなかった。そう言う意味では、ヤトも幸運だったと言える。最後まで弓を持って、敵と戦っていたのだから。

戦士達は、ハハ達よりも、ヤトに好意的だった。

ただし、敵への恐怖を、植え付けられてしまっている。

そればかりはどうにもできない。

あの数。

進んだ武器。

知らない戦法。

いずれもが、戦士達の心を痛めつけるには、充分だった。

しかも、敵はいなくなっていない。目前の山を占領して、其処に居座っているのだ。

まだ戦いを続ける事を告げると、戦士達は無言で解散していった。

ようやく、これで皆への話は終わる。

後は、黙々と。集落を再建していくしか無い。

 

数日が過ぎた頃。クマのミコから、呼び出しが掛かった。

戦いの経過について説明を受けたいというのである。

勝手なものだ。

クマの集落から来た戦士達が、戦いの途中でいなくなったことを、ヤトは忘れていない。監視のために来ていたことは分かっているが。それでも、戦いを放棄して逃げるとは、何事か。

クマの集落としては当然の措置だと言うことは分かっている。

ヤトも合意の上だ。

そもそも、アオヘビという防波堤が無くなったら、複数の集落がヤマトによる攻撃の直撃を受けるのである。

戦況を見て、場合によってはアオヘビに全てを押しつけ、自分は知らぬ存じぬを決め込み。そして、残った集落の人間の生存を測る。

それがクマの集落の戦略だ。

分かっているが、それでも腹立たしい。

今のところ、敵は動きを見せていない。集落を再建したところで、たたきつぶせると思っているからだろう。

事実、その通りだ。

多少の鉄を手に入れたくらいで、撃退できるような甘い相手では無い。

ほぼ一日を掛けて、クマの集落に。

集落に着くと、やはり逃げた戦士がいるのをヤトは確認。向こうも此方の視線に気付いたらしく、気まずそうに目をそらした。

この集落は、人数こそ多いが、戦いには向いていない。

そういえば、ヤマトの集落も、どちらかと言えば、多くの人数を養うことに特化しているように見えた。

単純な技術力の差だけでは無い。人数の差が、なしえる事だ。

既にかなりの数のミコ達が集まっている。

一人、見慣れない顔がいた。

記憶をたどっても、思い出せない。ヤトより更に年少で、肌の白いミコだ。この辺りの集落で、ミコが変わったのなら、すぐに連絡が来るはず。ヤトが知らないという事は、戦いの最中に変わったのか。

いや、そんな大胆なことが、されるのだろうか。

ヤトがタケルの攻撃を受けて必死の防戦をしている最中、どこの集落も戦々恐々としていたはずだ。

どんと構えていただろうクマの集落にしても、アオヘビが破れたらすぐに降伏するべく、準備をしていただろう。

そんな中、集落の未来を決めるミコの選定など、しているとは思えない。

たき火の周囲を独占し、円座を組む。

イノムシの集落のミコは、今回も見当たらない。アオヘビが壊滅したのを、喜んでいるのだろうか。

そうかも知れない。

だが、最初にヤマトに手を出したイノムシが。無事で済むとは、ヤトにはどうしても思えなかった。

老齢のクマのミコが来る。

相変わらず目の光は強く、とてもではないが、ヤトの祖母の更に上の代だとは思えない。歩いているのを見ると、腰も曲がってはいないようだ。

腰を下ろすと、皆で一礼。

満足そうに頷くと、クマのミコは咳払いをわざと三度もした。

「集まったかい。 それじゃあ、最初に、紹介する。 そちらの若いのは、北の土地から来た者だ。 エミシの集落だったかい」

「いいえ。 蝦夷国です。 大和朝廷に対抗するべく、そう名乗っています」

対抗する、か。

北の土地にはまだヤマトに属していない多くの民がいると聞いているが。その一人という事だろう。

しかし、対抗できるとは思えない。

今までのヤマトの戦力を考えると、少なくともアキツの島に、あれ以上の兵がいるとは考えられないのだ。

「この娘は、ミコではなく巫女だそうだ。 我らのように、集落を一つ預かっている訳では無くて、あくまで一番偉い奴の補佐らしい」

「ミコの見習いか?」

「それとはまただいぶ違います」

若い娘が、何だか不思議なしゃべり方をする。

或いは、ツチグモには無い概念の言葉なのかもしれない。

「アオヘビの。 この娘は、御前さんの所に、援軍を出したいと言っている」

これは。

なるほど。オロチの連中が言っていたことが、或いは良い具合に進んだ、という事か。

現在、ヤマトの勢力範囲は、この辺りが限界点だと言うことだった。更に北の方では、もう少し東まで進んでいるそうなのだが。まだ抵抗しているツチグモや農耕民族が多くいるのだという。

それならば、其処から援軍を引き出せるかも知れない。

だが、いくら何でも、話がうますぎる。

「援軍は有り難いが、見返りは」

「我々の蝦夷国は、長い間ずっと朝廷の圧迫に苦しんでいます。 戦いは続いてはいますが、どうにか敵の軍勢を食い止めるというので精一杯です。 今、タケルの名を持つ将軍三人が、それぞれ軍勢を率いて来ています。 此処に、貴方たちを攻撃していたタケルが加わると、我々にはもう勝ち目が無くなります」

つまり、四人目のタケルを、此処に引きつけなければならない、そう言うことか。

話としては理にかなっている。

滅亡を防ぐための、最後の防波堤になれ、というわけだ。

そしてクマの集落にとっても、これは悪い話では無いだろう。最悪の場合、アオヘビを後ろから刺せばいい。

そうしてヤマトにこう主張するのだ。

蝦夷に通じて暴虐を働いていたアオヘビを討伐いたしました。故に、降伏をお許しください、と。

あまりにも綺麗すぎる戦略に吐き気がする。

だが、これが戦いだ。殺し合いでありつぶし合いである以上、其処に決まったものなどは存在しない。

ましてや、今は生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。

「援軍は、どれだけの数を出せる」

「最大で五百ほど」

「五百……!」

皆がどよめくのが分かった。

なるほど、それだけの数が出るのなら。或いは、どうにか出来るかも知れない。

相手を追い払う事は無理でも、食い止めることなら何とかなるはずだ。其処に、鉄の武器が加われば。

「ただし、貴方の手腕を見せてもらいます」

蝦夷の巫女とやらは、そう言って、ヤトの目を見据えた。

頷くと、ヤトは次の議題に入る。

手腕を見せれば援軍を出してもらえるというのなら、これ以上の事は無い。かなり負担が小さくなったのを感じる。

これならば、或いは。

どうにかなるかも知れない。

「時に、貴様の蝦夷国というのは、どれほどの戦士を抱えている」

「今、前線に展開しているのは一万二千。 大和朝廷の軍勢は二万を少し超える程度です」

あまりにも想像を絶する数が提示されたので、思わず生唾を飲み込んでしまう。

なるほど、ヤマトがまるで本気になっていないと感じるわけだ。

タケルもほんの一部隊だけをつれて、攻撃してきていた、という事なのだろう。前線に出ているだけで二万を越える軍勢。

背筋が寒くなるとは、このことだ。

この辺りの集落の戦士を全てかき集めても、精々数百。

更に、蝦夷国の援軍が五百だとしても、千を超えることは無いだろう。

三人のタケルが率いている戦士が二万だとすると、今まで戦っていたタケルも、最低でも六千程度の戦士を連れてくることになる。

更に言えば、ヤマトの底力は、その程度では無いだろう。

蝦夷国はずっとヤマトより小さいはずだ。その気になれば、もっと多くの軍勢を、ヤマトは動員できるのでは無いのか。

正に、天と地ほどもある力の差だ。

状況が更に絶望的になるのを、ヤトは感じたが。

少なくとも、平静を装う。

そうしなければ、せっかくの好機が逃げてしまうだろう。

「守りに徹するしか無いだろうな」

「そうなることを、期待しています」

一礼すると、白い肌の巫女は、立ち上がって、その場を離れた。

最後まで話を聞いていくのかと思ったのだが。不満そうにしている他のミコ達に、クマのミコが咳払いする。

「風習が違うのだ。 怒っても仕方が無いだろう」

「分かっている。 それで、クマのミコ。 これから、どうするのだ」

「どうするも何も、決まっているさね」

クマのミコが、ヤトを見る。

その通り。この辺りの防衛線は、ヤトが引き受けるしか無い。

被害について、説明する。

今回は、百名近い戦士を失う事になったと結論すると、戦慄する集落が多かった。ようやく、今の巫女の話が嘘では無いと、気付いたのだろう。

「何という恐ろしい……」

「被害は、野分の比では無いな」

アカムシの集落の巫女が、身を震わせた。

援軍に出ていた戦士達から、被害については聞いていたのだろう。だが、それが実感できる数値が出てくると、やはり平静ではいられないらしい。

「とにかく、今後は多くの戦士を養ってもらいたい。 蝦夷には、援軍よりも、物資を送って欲しいほどだ」

食物があれば、それ相応の数を養うことが出来る。

ヤトが説明をするが、ミコ達は顔を見合わせるばかり。

これは、時間が掛かるかも知れない。

 

話し合いが終わる。

肩が凝ったので、ヤトはたき火を離れて、少し小高い陸に上がった。なにやら不思議な布のようなものを敷いて、座っている先ほどの巫女を見つける。

近くで見ると、ヤトより少し小柄。

動きからして、戦った経験などないだろう。その気になれば、すぐにでも殺す事が出来るなと、ヤトは思った。

首をへし折っても良いし、絞め殺しても良い。

「何でしょうか。 アオヘビのミコ」

「私の名前はヤトだ。 貴方は」

「本名を名乗るミコには、はじめて出会いました。 私はヤヨイと言います」

字を書いてみせる。

弥生と書くのだそうだ。

意味はよく分からないが、文字で名前を示せるのは羨ましい。ちなみにヤトはどう書くのかと聞いてみた。

少し悩んだ後、弥生は書いてみせる。

夜刀。

なるほど、これは良いかもしれない。

意味については理解できる。

夜に走る刀。刀というのは、ツルギの一種だと聞いているから、自分にはなおさら相応しい。

夜闇に紛れて走り回り、敵を殺す。

何とも、ヤトに相応しい名前だ。

「此方のミコと仕事が随分違うと聞いたが」

「はい。 私達の仕事は、神の言葉を聞く神官の告を分析する事です。 また、私のような見習いは、情報収集も兼ねています」

そういえば。

弥生の連れて来た戦士達は、どこにいるのか。

この戦闘力では、旅をするのは無理だろう。殆どのツチグモはそうではないが、中には女を消耗品としてしか見ていない連中もいると聞いている。そんな奴らに掴まったら、最後だ。

「弥生」

不意に、声が掛かる。

弥生の少し後ろに、いつの間にか長身の男が立っていた。

筋肉はさほどついていないが、ヤトから気配を隠し通せるか。腰にはヤマトが使っているものより、かなり長くて細いツルギをぶら下げている。

「荒猪、どうしたの」

「話は済んだのか」

「ええ。 これからアオヘビの集落に向かいます。 貴方は、他の護衛達をつれて、アオヘビのミコと一緒にお願い。 私は少しクマの集落のミコと話した後に、遅れて向かいます」

「そうか。 よろしく頼む」

頭を下げられた。

此方とは違う礼だが、意図は伝わった。

荒猪とやらが部下らしい戦士を呼ぶ。

どうやら他の戦士は、この辺りの戦士達よりもずっと力が落ちるようだ。ヤトでも充分に対処できる連中ばかりである。

ヤトも、アオヘビの戦士達を集めて、戻る事にする。

大きな収穫はあったが、それ以上の絶望を覚えてしまった。だが、これから先こそが、本番の勝負。

タケルは一度距離を取ったようだが。再戦まで、さほどの時間は無いだろう。

奴が再び攻めてきたときには。

今度こそ、集落を焼かれずとも、対抗できるだけの力を身につけておかなければならない。

 

カラスたちが戻ってきた。

話を聞く限り、ヤマトの連中は、森を崩す事にはさほど積極的では無いらしい。ただし、森の中に作った見張りのための木組みの周囲は、警備がかなり厳重な様子だ。簡単には近づけないだろう。

弥生はまだクマの集落にいるらしい。

ヤト自身は、戦士達を連れて見回りに出る。荒猪とやらも、一緒についてきた。

他の戦士達とは、あまり話をしていない。

喋るのが苦手なのかも知れない。

「じゃあ、狩をしているわけじゃないんだな」

「俺たちは、蝦夷でも精鋭だ。 基本は巫女や神官、王族の護衛だな」

「王族?」

「この辺りで言うミコの事だ」

何だか違和感があるが、戦士達はそれで納得しているようなので、よしとするべきなのだろう。

山の集落を見て廻る。

敵は警戒を崩していない。というよりも、戦士だけしかいない。

こんな集落は見たことが無い。確かに、女がいなくても、食い物だけあれば人間は生きていけるかも知れないが。

鎧を着けている戦士もかなり数が多い。

手をかざして様子を見ながら、荒猪は言う。

「小規模な砦だな」

「砦?」

「お前達が言う、集落のことだ。 戦闘用にのみ作られている」

「人間同士の殺し合いだけを目的に作られている集落か」

やはり、分からない。

人間が増えると、このようなことは多くなってくるのだろうか。

砦とやらにいる戦士達は、何を考えているのだろう。あの様子では、ハハと交わることも出来ないだろうし、狩りをする楽しみも無い。

毎日ヤトのいるアオヘビ集落を見張って、命令されれば殺しに来る。

それだけのために生きていて、何の意味があるのか、よく分からない。

砦とやらはわかった。分からないが、どういうものかは理解できた。

そのまま森の奥へ進む。

今度は、見張りように作られている木組みを直接自分の目で確認する。あれは危険だ。あの木組みがある限り、敵の砦とやらは、好き勝手に戦士を補充できるだろう。そしてヤマトの物量は、ヤトから見れば無限も同じだと言うことが、よく分かった。

森の中を進むと、戦士達の口数が減る。

露骨に分かるのだ。

ヤトにさえ分かる。

獣が減っている。人間が侵略してきたことを悟って、山の奥や森の奥へと逃げ込んだのだろう。

この辺りは、もういろいろな意味で、狩には使えない。

「何か悲しい事でもあったのか」

「この森はもう喰われた」

「意味がよく分からない。 森はまだあるように思えるが」

「貴様は戦士としての力はあるようだが、森の民としては生きていけないな。 獣がほとんどいない事が分からないか。 これでは、この森で生きていくことは難しい」

小首をかしげている荒猪を置いて、更に奥に。

カラスに聞いていたとおりの位置に、見張りのための木組みがある。犬がかなりの数放されていて、戦士と一緒に巡回もしていた。

下手に近づくと、あっという間に囲まれるだろう。

囲まれても突破は出来るだろうが、あの砦から戦士も出てくる。そうなると、無事では済むまい。

逃げ延びることが出来たとしても。戦士を失う事になる。

今は、それを避けなければならない。

敵の集落に着く。

既に平穏を取り戻している様子だ。まず攻撃するならば、此処からだろう。ただし、戦士を大勢連れて攻撃するのでは無い。

この間、分かったことがある。

此奴らも人間だと言うことだ。得体が知れない恐怖には、かなりの打撃を受ける。ヤトが動物を使えることは、まだ理解されていない。

それならば、最大限に、敵の無知を利用していくのが良いだろう。

高い柵は既に作り直されている。

森はもはや影も形も無い。

河は縦横に切り刻まれて、大地にその屍をさらしていた。

森が喰われると、最終的にはこうなる。やがてアキツの島全てが、こうなるのだろうか。そう思うと、怒りが深奥からこみ上げてくる。

問題は、力を貸してくれるという蝦夷も似たような連中だと言うことだが。

今は、手段を選んではいられない。

それにヤマトに首尾良くいい返事をさせることが出来れば。蝦夷にも、当然譲歩を迫ることが出来るだろう。

いずれにしても、敵は此方が仕掛けてこないと、見切ったと判断して良い。

警備も若干甘い。

これならば、曇りの夜や、雨の日などに侵入できる。

クロヘビ集落を裏切ったハハ達を殺すならば、好機だ。

一度戻る。カラスたちに、女達がどこにいるかは突き止めさせている。あれからも探させていたから、全部で十二人逃げ延びた裏切り者がいる事は確認できていた。その内二人を殺したから、残りは十人だ。

全員を促して、一度戻る。

集落に戻ると、弥生が来ていた。弥生の取り巻き達もである。

既に、どの穴を使って良いかという話は済ませてある。持ってきた荷物類を、穴に運び込んでいる様子だ。

生活が根本的に違うだろうに、弥生は嫌な顔一つしていない。忍耐強い女だと、ヤトは思った。

「夜刀様。 お戻りになられましたか」

「ああ。 これから、幾つかやる事がある。 援軍は、どれくらいで此方に到着する」

「もう向かっています。 一月以内には、この集落の近辺に来るかと」

「そうか。 それならば、準備を進めておくか」

戦士達を散らして、無事だった武器を集めさせる。

鉄製の武器は、殆どが猛火の中でも無事だった。というよりも、猛火の中で焼け死んだ敵の戦士達の武器も、幾らかが回収できた。

焦げ付いてしまっているものや、形が変わっているものに関しては、オロチの方に廻して、修復させる。

ヤトが拾い上げたのは、まだ無事な鏃だ。かなりの数がある。

鏃を見繕って、矢につけていく。それを見ながら、弥生が小首をかしげた。

「夜刀様、何をなさっているのですか」

「蝦夷では女が戦わないのか」

「え……」

「此処では、女も戦うのが当然だ。 もっともハハ達は子育てに専念するから、あくまで補助的な役割だがな。 私も弓ならば、ある程度は使える」

残念ながら、木弓の方は、殆どが駄目だ。こればかりは仕方が無い。木は、火には弱いものなのだ。

これに関しては、後方の集落から、良さそうなものを廻してもらうしか無い。すぐに生産できるものではないのだ。

一通りの作業を終えると、どうにか夜刀が戦うための装備の予備くらいは整った。ただし、今は予備を作っている余裕が無い。

戦士達を呼んで、弓が無い人間に呼びかける。

少し前に、戦士になったばかりの若い男が、挙手した。

あの戦いの後。戦士としてはまだ一人前には遠い男の中から、狩の経験者を戦士に抜擢したのだ。

その中の一人。

マムシという。名前の由来は、単に夜刀が今飼っている蝮からだ。

戦士は一人前と認められると、名前をミコからもらう。マムシは、ヤトが最初に名前を付けた戦士だ。

あまり印象は無い。

クロヘビの集落にいたときは、名前を付ける機会が結局無かった。

今回は初めての事で、とても緊張する状況だったのだろうに。戦いの後片付けで忙しすぎて、適当に名前を付けてしまった。

それなのに、喜んでくれているので、少し罪悪感がある。

だから、弓を渡す事は、むしろ嬉しい。

「ミコ、俺にくれ。 活躍してみせる」

「その言葉やよし。 必ずや敵を倒せ」

「分かった!」

嬉しそうに弓矢を受け取るマムシ。

今まで槍しか無かったマムシだから、今後は狩でも活躍できるだろう。マムシはまだ十二歳。

このくらいの年から、ようやく病気で死ぬ確率が減ってくる。一人前の戦士とは認められたが、まだ子作りには早いだろう。

ハハ達に受け入れられるには、何かしらの活躍をする必要がある。

まだ、食糧はある。

戦士達には、しばらく武器の整備と、戦いの準備をさせる。

狩をするのは、それからだ。

 

3、月夜に牙を剥く蛇

 

梟が、ヤトの手にとまる。

丁度、夜の森に出ていたところだ。とまった梟を見て、連れてきていた弥生が口を押さえた。

「鳥を、飼い慣らしているんですか」

「ツキヨだ」

ツキヨを離す。

鳴き声から、何が起きたかは理解できた。どうやら、いきなり好機が巡ってきたらしい。元クロヘビ集落の女が、一人で森に入ったという。しかも、護衛の類は、周囲にはいないというのだ。

すぐに梟たちを離して、周囲を探らせる。

罠の可能性があるからだ。

ヤトは戦士達を促して、森を走る。

敵の勢力圏が増えているとは言え、この辺りの森は、ヤトの庭だ。それは戦士達も同じである。

弥生は右往左往していたが、カルノが抱えて、走り出した。

女を、見つけた。

クロヘビ集落のハハの一人。見習い時代の、ヤトの隣に住んでいた。

まだ若いが、子供が中々出来ずに、苦労していたハハである。ヤトがミコになってからも、いつも苛立っていて、不満を毎日零していた。

あれは思うに、子供が出来ない事を、周囲に突き上げられていたから、だろう。

見ると、野草を取っている様子だ。

しかも、その野草は。

子だからに恵まれるという、この時期にだけ生えるもの。

躊躇う理由は、みじんも存在しなかった。

ヤトは即座に矢を番え、放つ。

矢は女の首筋に吸い込まれた。

音も無く、女は体を硬直させると、横倒しになる。少し痙攣していたが、すぐに死んだ。ここからが、仕込みだ。

矢を引き抜いて、鏃を取り出す。

袖から、蝮を出す。

そして女の首筋に、食いつかせた。まだ飼い慣らせているとは言いがたいが、これくらいの命令は聞くようになった。

そして、女の手に、石の短剣を握らせる。短刀は、首の傷口にねじ込んだ。大量の血がにじみ出してくる。

これでいい。

不可解な死を演出する。

どうせ、矢で死んだか、短剣を突き刺して死んだかなど、分かるはずも無い。蝮の噛み傷は、分かり易いようにつけた。

これでこの女は。

蝮に襲われ、錯乱して首を刺して死んだ、という事になる。

戦いが終わって、油断していた所での死だ。だが、錯乱して死ぬ、などと言うことがあるのだろうかと、誰もが疑う。

其処で、ヤトが浮かび上がってくるのだ。

不可解な力を持つ、ツチグモのミコ。

怪しげな力を使って、女を殺したのでは無いか。そう思う人間が増えれば、それだけで万々歳。

皆を促して、その場を離れる。

「今の非道は……」

弥生の声が震えている。

ひょっとして、人が死ぬのを見たのは、初めてなのか。

それなりに頭は回るようだが。なるほど、これはしばらくは苦労することになるだろう。

「裏切り者を消した。 それだけだ」

「裏切り者……」

犬が死体を見つけたらしい。

森の中が騒ぎになっているのが分かった。二十人以上の敵戦士が、うろうろしながら、周囲を探っているようだ。

ヤトは皆を促して、遠くに。

孤立した奴が出たら、同じようにして殺す。

だが、敵はそれなりに動きが統一されていて、誰もはぐれなかった。たいまつの動きも、かなりなめらかだ。

砦の方からも、人間が出てきた。

残念だが、これ以上此処にいるのは危険だ。

森の中の闇を使って、連中をやり過ごす。弥生は声を出しそうだと自分で思ったからか、ずっと口を押さえ続けていた。

 

翌日、様子を見に行く。

女が死んだ辺りは痕跡も無いが。周囲では、念のためか。犬を連れた戦士達が、哨戒していた。

数は三十人ほど。

だが、森の中では、此方の動きなど察知させない。

森の中に注意が向いている今夜が好機。

一度、集落に戻る。

砦は沈黙している。三百以上の敵戦士がいるとはいえ、夜にはそれほど危険は無い。動きも、此方が素早く察知できる。

敵集落の側へ。

ヤトは戦士達に、頭を下げさせた。どうやら、タケルは集落にはいない様子だ。何となく分かるのだ。

集落に潜り込む隙を探す。

今回は、流石に弥生を連れてきていない。

昼間に殺した女を間近で見たことで、気分が悪くなったらしい。忍耐強いと思っていたが、案外線が細い所もある。

ひょっとしてあの女、厄介払いでもされてここに来たのだろうか。

いや、話を聞く限り、此処は蝦夷にとって重要な場所だ。倍近い敵と戦っているのに、援軍を出すことからもそれは明らか。

ならば、どうしてだろう。

弥生という女は何が出来る。どうして、ここに来ているのか。

空は曇っているのだが。

犬が巡回している事もあって、中々集落に入り込む隙が無い。ヤトは舌打ちして、ゆっくりと森の中から、集落を観察する。

敵の監視は侮りがたい。

二十人や三十人、戦士を割いたくらいでは、隙は生じないか。

「ミコ、此方だ」

後ろから、カルノが声を掛けてきた。

見ると、一カ所だけ。針の穴のような隙がある。とはいっても、ヤトは口を押さえて考え込んだ。

ひょっとして、罠では無いのか。

「彼処へ走り込めば……」

「いや、待て」

梟たちを放つ。

どうもおかしな予感がしてならないのだ。

しばらく、茂みに身を伏せて、相手の様子をうかがう。巡回の戦士が、前を通り過ぎていった。

梟が戻る。

鳴き声を聞いていて、やはりと思った。

「罠だ。 別を探す」

「ミコがそういうなら……」

「死角に、犬の小屋があって、二匹いる。 あの場所は、死角から、丸見えになっている」

つまり、敵が意図的に作った隙だった、という事だ。

カルノほどの手練れを騙すほどである。やはり、この集落、侮りがたい。

森の橋に出る。

河の辺りに、敵の警戒が薄い場所があった。河を潜ってなら、或いは集落の中に入り込めるかも知れない。

だが、河に手を入れてみて、無理だと悟る。

既に、氷のように冷たい。

如何にツチグモの戦士であっても、これでは川の中を泳いで渡る、という事は不可能だ。ましてやヤトには出来ない。

雨でも降れば、更に隙は増えるのだが。

この様子では、数日は降らないだろう。残念だが、引き上げるしか無い。

「やはり手強いか、ミコ」

「ああ。 焦った方が負ける」

カルノに返すと、森の中を通って、アオヘビ集落に戻ってきた。

穴に戻ると、横になる。

朝方までは眠ることを周囲に告げて、ヤトは強引に目を閉じた。かなり集中して歩き回っていたから、つかれも溜まっている。

休むには、丁度良い。

ぼんやりしていると、すぐに瞼が落ちた。

 

ハハ達が、森から戻ってくる。

この時期は、椎の実が採れる。ただし、森の動物たちのためにも、ある程度は残しておくのが、森の民としての掟だ。

椎の実はそのままでは食べられない。

まず殻を割って中身を取り出した後、水につけてあく抜きをする。その後乾燥させ、粉々にすりつぶす。

こうして出来る粉を練ったり、或いは焼いたりして、食べるのだ。

この時期にしか食べられないごちそうである。

ヤトも作業には加わる。

土器とすり鉢を使って、黙々と椎の実を潰す。あく抜きが終わっている実を見極めるのは、ハハ達の中でも年老いた者の役割だ。

ハハも戦士と同じように引退する。引退後は、こういった見極めや、若い者達に知識を伝える役割が主になる。

弥生は手伝いたそうな顔をしていたが、荒猪が何処かに連れて行った。

勿論監視の戦士はつけてある。

利害が一致しているとは言え、放免するほど、ヤトも大胆では無いのだ。

弥生がいなくなってしばらくして。弥生につけている見張りの一人が、戻ってきた。

「弥生は何をしている」

「連れてきた奴らと、何だか難しい話をしていたな。 その二人が、集落を出て、北へ向かっていった」

「なるほど、そう言うことか」

状況報告を部下にさせている、ということか。

ほどなく弥生が戻ってくる。

ヤトの隣に座ったので、椎の実をすりつぶす作業をさせてみる。案外上手に出来るので、驚いた。

「似たような事はしているのか」

「はい。 椎の実ではないですけれど、何種類かの穀物は、こうやってすりつぶすことで、粉状にしてから加工しますから」

「なるほどな」

すりつぶし終わった椎の実は、また少しの間寝かせてから、錬ったり焼いたりする。

そうすることで、随分と味が良くなるのだ。

弥生に聞いてみると、オロチの老人とは違う角度から、農耕民族の知識を得ることが出来る。

元々、大陸から来た農耕は、狩猟民に比べて多くの民を養えることが魅力だったそうだ。ただし、このアキツの島では、少し事情が違うらしい。

大陸では、農耕に使える土地は、さほど多くないのだという。

このアキツの島では、殆どの土地が農耕に適している。非常に希有な土地なのだという。

最初、狩猟民がこの島では主流だったが。

爆発的に農耕民が増えていったのには、そういう事情もあった、のだそうだ。

人数が増えれば、出来ることも増える。

「大陸から技術が伝わると、それが瞬く間に広がっていくのも、この国の特徴だそうでして」

「誰から聞いた。 又聞きか」

「いえ、蝦夷にも渡来人がいます。 大陸から来た人です」

ヤマトだけに渡来人がいるわけではない、ということか。

椎の実はだいたいすりつぶし終わる。

次は、普段なら、男達が狩の獲物を捕ってくるところだが。今は、狩は中止させているから、男達は暇そうだ。

椎の実を加工するような作業は、ハハ達が男にはやらせない。

かといって、武器に加工できるようなものは、手近には無い。他の集落から運ばれてくるのを、待つしか無い状態だ。

必然的に出来ることは、限られてくる。

「暇な戦士達はいるか」

ヤトが声を掛けると、数名が挙手した。

彼らをオロチの所へ行かせる。

武器の手入れの仕方などを覚えさせるためだ。作業を手伝わせるためでもある。

蝦夷からの増援が来るまで、あと少し。

敵が動きを止めている間、出来ることは一つでも多く、処理しておかなければならなかった。

男達と入れ違いに、荷車が来る。

かなりの量の山の幸が積み込まれていた。

この間の戦いで役に立てなかったからと、イシオニの集落から送ってきたものだ。野いちごの類もあった。

甘酸っぱい野いちごは、ハハ達の好物だ。

一方でヤトはあまり野いちごが好きでは無い。もっと塩辛い味の食べ物が好きで、たとえばよく焼いた猪のもも肉などは好物である。ただし、何が好きかと言うことは、他人には示さない。

これはミコにとっては必須の条件だ。

場合によっては、他の人間の前に姿さえ見せないミコにとっては、嗜好を知らせる事など言語道断なのである。

荒くれ揃いのツチグモを従えるには、それだけ他人と距離を置く必要がある。

「イシオニの集落の近くは、山の幸に恵まれているな」

「あの風振りの谷周辺が荒野だから、その分土地が肥えているのかもな」

うまいうまいと運ばれてきた山の幸をほおばりながら、ハハ達が好き勝手な事を言っている。

ヤトからすれば。

別に、どうでも良いことだった。

今夜も、出る。

そして隙があれば。

クロヘビの裏切り者達を、殺さなければならない。

 

3、タケルの苦悩

 

二つ目の集落を陥落させたタケルは、馬上で手にした干し肉を食いちぎりながら、心中で呟いていた。

脆すぎる。

抵抗を続けていたツチグモの集落だったのだが、タケルの率いる精鋭の攻撃に、三日ともたなかった。

やはりあのアオヘビの集落と言うよりも、ヤトが水準を遙かに超えた戦の才能を持っている、という事なのだろう。

この集落のツチグモたちも、決してアオヘビの戦士達におとるものでは無かった。それなのに、陽動攻撃にあっさり引き寄せられ、包囲されて壊滅。集落そのものも、今陥落したのだった。

降伏した者達は、丁重に取り扱う。

一方で、逆らうものには、容赦しなかった。

その場で斬り捨てさせた死体が、山積みになっている。血の臭いが凄まじい。腕組みして死体の山を見ているタケルの元に、伝令が来た。

「蝦夷討伐中の、第三軍からの連絡です!」

「申せ」

「どうやら、蝦夷からの増援が、常陸にあるツチグモの集落に向かっている模様!」

そうかと、タケルは短く呟いた。

蝦夷は今のところ、朝廷に逆らう最大戦力だが、残念ながら朝廷との力の差は悲しいほどに開いている。しかも、タケルの名を持つ将軍三人が率いる軍勢が、容赦の無い攻撃を続け、土地を毎年削り取っていた。

タケルが見るところ、おそらく数年で、敵は戦線を更に縮小するだろう。

ただしそうなると、朝廷との距離が敵の防壁になる。

誰か有力な将軍に大軍を預けて、一気に叩かない限り、蝦夷を滅ぼすことは出来ないだろうと、タケルは見ていた。

それはおそらく、何百年も先のことになる。

常陸に援軍を出したのは、敵も延命措置だとは分かっているのだろうが。

それでも、タケルとしては、見逃すことが出来ない。

アオヘビ集落に敵の増援が入った場合、対処は容易では無くなるからだ。

「念のため、相模と駿河にいる軍勢を此方に回せ」

「相模では今だツチグモの抵抗が激しく、増援を多くは出せないと思いますが」

「これから叩き潰す」

関東では、未だに全域でツチグモの激しい抵抗が続いている。

だが、元々ツチグモは農耕民では無い。

叩き潰せば回復は殆ど出来ない。それだけ、人口の増加が見込めないのだ。

相模と駿河にいる軍勢は二千。

相模にいるツチグモを叩いておけば、更に五百の増援を、常陸に廻すことが出来るだろう。

蝦夷が割く事が出来る戦力は、精々五百から千。

タケル三人による猛攻の事を考えると、五百。出せても六百が精々か。精鋭とはいいがたい上、鉄の武具の装備率から考えてもたいした相手では無い蝦夷の軍勢だが。タケルは、知っている。

名将に指揮されると、弱兵が別もののように生まれ変わる。

ヤトが大規模な軍勢を指揮する手腕を持っているかは分からないが。早めに、総力で叩き潰す準備はしておいたほうがいい。

「すぐに軍勢を西に向ける」

「分かりました」

将校達が、兵を動かす。

タケルは馬上で相模の敵について思い出しながら、どう各個撃破するかについて、考えていた。

敵の集落については、既に割れている。

特に反抗的な三つを潰せば、後は雪崩を打って、タケルに従うだろう。そうすれば、敵の戦士も、味方の兵に加えることが出来る。

蝦夷の増援が常陸につく頃には。

此方も、充分な数の増援を、前線に廻すことが可能だ。後方に更に安全圏を増やせば、更に多くの兵力を出すことも出来るだろう。

それから一昼夜。

殆ど休まず進軍を続けたタケルは、立て続けに相模の敵を排除。二つの集落を焼き払い、一つの集落を四日の攻防の末叩き潰した。

敵の降伏と武装解除を受け入れた後、部下に事後処理を任せて、更に自身は半日ほど北上、それからは東に進み、武蔵の国に入った。

武蔵でも、ツチグモに備えるために、軍勢は分散している。

タケルが叩いておけば、分散した軍勢を、更に多く前線に廻すことが可能だ。

阿修羅のごとく暴れ回りながら、タケルはやはり物足りないと思った。

 

前線のチカラヲから、タケルに書状が来る。

タケルは進軍中だったのだが、馬上にて声を掛けられたのだ。

アオヘビ集落が、急速に復旧しているゆえ、攻撃の許可を願う、という内容だった。

武蔵に入ってから、二つ目の集落を攻略している最中だったタケルは舌打ちする。そして、すぐに書状を出す事とした。

大陸から紙は既に伝わっているが、貴重品なので、基本的には木に書き記す。ただし墨と硯は既に普及しているため、馬上でも書き記す事に問題は無い。

馬上にて、タケルは書状をしたためた。

その後、間違いが無いように、自分で何度か内容を確認する。この辺りは、大将としてのつとめだ。

大将の言動は、多くの人間の生死を握る。

兵士達が、ちょっとした伝達の失敗で死ぬ事は日常茶飯事だ。大将は隅々まで目を配り、兵士達の命を預かっている自覚を持たなければならない。

故にタケルは、ある程度の年から、極めて慎重に物事を進めるようになった。

文面を、四度読み返した。

攻撃は許可しない。

敵集落の兵力は容易には回復しない。砦を固めておけば、蝦夷の増援が来たとしても、簡単には陥落もしない。

むしろ、焦って攻撃をする方が危険だ。

現在、関東の反抗的なツチグモを掃討している。この作戦が終わったら、三千から五千の軍勢を率いて、そちらに合流するから、しばし待つように。

書状をしたためると、配下の小柄な男に渡す。

猿のような顔をした老人である。

ツチグモと同じく、山に生きる民の中から、朝廷に服属したものを鍛え上げ、情報伝達役や、闇での働きに特化した部隊を作ろうという動きは、少し前から出ている。

この老人は、その試験的な部隊の長。

大陸では、細作や間諜と呼んでいるらしい。

少し前に来たツクヨミが、半ば無理矢理押しつけてきた者達だ。試験運用を、タケルにやってほしい、というのだろう。影の者という正規部隊もいるが、それは主に近畿を中心に活動していて、朝廷の土台固めに忙しい。

影の者ほどの精鋭を動かすわけにはいかないが、この程度の小規模実験部隊であれば、別に構わない。

タケルとしても、吝かでは無い。

ツチグモのような連中を相手にするには、このような存在が、最も適していると感じるからだ。

「ヤゴ。 それでは、これをチカラヲに渡してくるように」

「分かりましてございまする」

ヤゴというのは本名では無い。

本名を、影働きの者達は必要としない。状況に応じて、名を変えなければならず、更には変えた名前になりきらなければならないからだ。

見事な動きで、老人とは思えぬ俊敏さ。

ヤゴは見る間に、竹林の奥へと消えた。

文字通り、猿のような動きだった。

ツチグモの集落が見えてきた。アオヘビ集落とほぼ同規模で、周辺に幾つか小さな集落もある。

この辺りの、反抗的な態度を取るツチグモの長とも言える集落だ。

戦意も旺盛で、千以上いるタケルの直属精鋭に対して、抵抗の意思を隠そうともしていない。

「敵の兵力は」

「間諜達によると、二百を少し超えているとか」

「ならば、周辺の集落からもかき集めた戦力だな」

「かなりの数ですが」

「いや、吉報だ。 此処を潰せば、周辺の集落も、一気に降伏させることが出来る」

この集落は、近辺の駐屯軍の攻撃を四回退けており、調子に乗っている。

それも好都合だ。

今回来た精鋭は、今までと訳が違うことを、理解できていない。

谷に作られた頑強な集落。

この辺りも、アオヘビ集落に似ている。前哨戦としても、訓練としても、実に都合が良い。

「火矢!」

まずは、定番の火攻めからだ。

しかも秋が深くなって、空気も乾燥してきている。一気に敵の集落を焼き払うことも可能だが。

あまりやり過ぎないようにする。

抵抗を続けているとは言え、ツチグモも朝廷の民に変わりは無いのだから。

勿論抵抗を続ける限りは潰す。

すぐに、敵集落に、組織的な火矢が叩き込まれる。彼方此方が燃えはじめたが、敵も対応が冷静だ。

消火を行っているようだが、タケルは第二射、第三射を続けて命じた。

柵が燃えはじめ、敵が消火に追われる中、タケルは攻撃を指示した。

兵士達が、敵の集落に殺到していく。

敵は門に集中して守ろうとするが、其処へ精鋭が射撃を浴びせた。波状攻撃を受けて、敵が崩れる。

タケル自身も、四人張りの剛弓を引き絞り、矢を撃ち込む。

敵が悲鳴を上げて、見張り台から落ちた。

かなり頑強に抵抗するが、既に彼方此方で上がっている火は消えなくなり始めている。一端兵を引き、火矢をもう一射叩き込ませる。

敵が疲弊しているのが、目に見えて分かった。

まさか一度の戦いで、これほど削られるとは思わなかったのだろう。敵は明らかに動揺している。

此処で一端攻勢を和らげるべきか。そうタケルは思った。

「降伏を促せ」

「は。 しかし……」

「どうした」

「この近辺の集落では、ヤマトに降伏するものは神に呪われると言われているらしく、今までの降伏勧告は全て失敗しております」

確かこの辺りは、母系社会では無く、神主と呼ばれる男が集落をまとめているはずだ。

そいつが出した悪知恵だろう。

単純な戦士達を縛るのに、神の名を出すほど簡単なことは無い。

朝廷にも神はいるが、基本的に宗旨は押しつけないことがタケル達の暗黙の了解となっている。

これは以前までの戦いで、非常に激しい抵抗を招いたからだ。

まずは農耕をさせ、生活の豊かさを実感させてから、邪教の類を崇めているのなら止めさせる。

そうすることで、多くのツチグモや、朝廷外勢力を、屈服させてきた。

「やむをえんな。 波状攻撃を開始」

「分かりました」

将校達が部隊に散り、攻撃を開始。

火矢を撃ち込み、敵が出てきたところを射すくめる。

何度か繰り返しているうちに、ついにたまりかねた敵が門を開いて、飛び出してきた。タケルは馬上で冷静に迎撃を指示。

見る間に入り乱れる戦士達。

だが、武装の違いがものをいう。その上、そもそもの数が違う。

敵が見る間に数の差に押し潰されていく。

そんな中、タケルの至近にまで迫る敵もいる。

奇声を上げながら、躍りかかってきた敵戦士。乱戦の中猪突してきて、全身は既に傷だらけ。左目に矢を突き立てたまま、飛びかかってきたが。

タケルが冷静に振り抜いた剣が、戦士の首を飛ばしていた。

勇者だが、戦うべき場では無かった。

そう、勇敢な敵に対して敬意を表しながら、タケルは剣を振り、血を落とす。

既に敵は支離滅裂。

この集落も、今日中には陥落するだろう。

集落に逃げ込もうとする敵に、味方の前衛が乱戦に乗じて食い込む。後は、一気に集落を制圧するだけだ。

「敵の首魁を探し、捕らえよ!」

馬を進めながら、タケルが吼える。

兵士達が一気にやる気を出す。捕らえれば、報償が出るからだ。場合によっては、指揮官への路も開ける。

元々劣勢だったツチグモの戦士達が、文字通り蹴散らされていく。

抵抗しない相手は殺すなと事前に通知はしてあるが。ツチグモの女子供もある程度の武芸が出来る場合が多い。

実際、タケルが切り払った矢を放ったのは、まだほんの子供だった。

集落の中に、馬を乗り入れる。

既に、戦いは掃討戦に入っている。タケルをにらみつける無数の目は、地面にはいつくばされた敵戦士の憎悪だった。

まだ戦いは続いているが、間もなくそれも終わる。

音も無く後ろから近づいてきた敵戦士を、タケルが首を曲げてにらみつける。

「惜しいな。 他の男だったら、刺せたかもしれんが」

解読不能の声を上げて飛びかかってきた敵を、両断。

血しぶきを浴びながら、タケルは部下達に命じた。

「もう一度降伏を呼びかけろ」

「分かりました」

神官は逃げたようで、この場にはいなかった。

戦士達に、徹底抗戦を呼びかけておいて、自分はさっさと逃げるとは。どうしようもない輩だ。

これなら、常陸の方で主流な、神がかりの神子による統治の方が、まだマシかも知れない。下手な知恵が働く分、タチが悪い。

「神官は、お前達を見捨てて逃げた!」

タケルが吼える。

戦士達も、それに気付いているらしい。だが、まだ心が折れていない勇敢な戦士も、数多くいた。

「勇敢に戦ったお前達を、俺は厚遇する! しかし、お前達を見捨ててさっさと自分だけ逃げた神官を、俺は許さん!」

吐き捨てると、タケルは後を部下達に任せて。

神官を追うべく、集落を後にした。

それから、兵士達を散らせて、神官の捜索に当たらせる。他の集落は、既に陥落を知っている筈で、神官を受け入れることは無いだろう。

後は、森の中を重点的に探していけば、見つかるはずだ。

結局、翌日の夜。神官は、近くの森の中で、死体になって発見された。

護衛としてつれていた戦士の一人が、首を持って立っていたのだ。首を落とすのに使った剣は、駐屯軍から奪った鉄製のものだった。

戦士は神官の死体を一瞥すると、首を放り投げて、自身は森の中に消えた。

通報を受けて到着したタケルの、目の前で起きた出来事だった。

「追うな」

タケルは、追おうとする部下達を止める。

あの戦士は、おそらくはもう、朝廷には抵抗しない。何もかもに絶望して山の中で静かに暮らすか、或いはその内に帰農でもして、余生を過ごすことだろう。

此処で追えば、死者を出す可能性もある。

それは無意味な犠牲だ。

「これで、この辺りのツチグモは、あらかた片付いたか」

「はい。 この先、東北にまでいけば、蝦夷の支援を受けた大きな勢力もありますが、それは別のタケル将軍の管轄になります」

「そうか。 それならば、やむを得んな」

他のタケル達も知っている筈だ。

今、アキツをまとめるのが、最優先事項である事は。それができなければ、この島はいずれ、大陸の強力な軍事力に飲み込まれてしまう。

やがて、この島を日本と呼称することを、朝廷では決めているらしい。

日本となった時には。

この国では、ツチグモという存在はいなくなっていなければならない。或いは、山の中で暮らすこともありだろう。だが、農耕民を脅かすことが無く、交流が成立していなければいけないのだ。

もう少し朝廷の勢力が圧倒的になれば、ツチグモは抵抗を諦めるのだろうか。

いや、そうとは思えない。

まだ時間が掛かる。

タケルが年老いて死ぬまでには、どうにか成し遂げたいものだ。

いずれにしても、大規模なツチグモを潰したら、その後は小規模な反抗勢力を従えていく作業になるだろう。

大陸から来た渡来人によると、まだこの国では、戸籍が作れる状況には無いという。

つまり、どれだけの民がいて、どのような仕事についていて、最終的な国力がどれくらいか、判断できる状況に無いという事だ。

それでは大陸に侮られるのも無理が無い。

民を束ねて、大陸に対抗できる国を作る。

そのためには、タケルは冷酷であっても。戦い続けなければならない。

「各地の駐屯軍を集結させろ。 常陸のアオヘビ集落と、その近辺のツチグモを、一掃する」

兵士達が歓声を上げる。

この戦いが終われば、しばらくは休めると思っているのだろう。

確かにそうなる。

東北の戦況を見ながら、解体した部隊を再編成して、場合によっては参戦する必要が生じてくる。

だが、兵士達の多くは、臨時で徴募された者達だ。

故郷が懐かしかろう。

彼らを故郷に帰してやることは、タケルにとっても、望みの一つであった。

今はそれが出来ない。

口惜しくてならない現実が、目の前に巨大な壁となって立ちふさがっている。

次は、常陸だ。

軍勢が、動き出す。

 

4、乱戦の渦

 

チカラヲは砦の中を、せわしなく歩き回っていた。

タケルからの書状は、専守防衛を命じるものだった。実際に、タケルが凄まじい勢いで後方のツチグモたちを掃討していることは、チカラヲの耳にも届いている。関東にいるツチグモの多くは圧倒的な武力で叩き潰され、帰農化されはじめていた。

関東の土地は広い。

此処を農耕地として確保できれば、朝廷の国力は一気に増加する。

チカラヲ自身も、出身はこの辺りでは無いにしても、何代か前はツチグモだったのだ。祖父母から、その時代の苦しかった時代については聞いている。そして、父母からも、聞かされた。

この時代が、如何に豊か、かと。

しかし、知っている。

祖父母と父母が、ついに埋め得ぬ溝を抱えていたことを。

武力による討伐。

その後の融和。

本当に上手く行っているのだろうか。

確かにタケルが言うことが正しいことは、チカラヲにも実感できている。もたついていると、大陸が統一政権を作ったとき、此方に兵を派遣してくる可能性もある。その場合、朝廷の力が弱ければ、一気に蹂躙されてしまう。

急がなければならないのだ。

分かってはいるが、どうも気に掛かる。

ましてやヤトのような強烈な闇を抱えた指導者がいるツチグモは。何百年と禍根を残す存在になるのでは無いかと、不安でならない。

「伝令です」

「どうした」

考え事を中断されたタケルが顔を上げると、肩当てに矢を受けた兵士が跪いていた。

何かあったということだ。

「蝦夷の軍勢、百五十。 南下中です。 後方には更に多数の本隊と思われる兵力が存在しています」

「来たか……!」

まだこの辺りは、朝廷も勢力圏を確保しきっていない。

敵が五百増えるとなると、駐屯軍では攻勢に出るのが難しい。タケルが置いていった兵力を加味しても、短期間でアオヘビを落とすのは無理だろう。

「守りを固めるように、全軍に指示」

「分かりました。 後方の村にはどう伝えますか」

「敵の軍勢に備えて、警戒を密にするようにと伝えろ」

形通りの指示だが、これで充分。

二百弱のツチグモに手間取っていたのに、敵に五百以上の増援が来るとなると、誰もが気を引き締める。

まだ此方が数でも質でもずっと上だが。

それでも、あのヤトが指揮を執る場合、決して油断は出来ないだろう。

間もなく、タケルが圧倒的な大軍をつれて、再度ここに来るはず。

そうなれば、勝ちは確定する。

アオヘビ集落は堅固だが、数千の軍勢に攻撃されて、もつような城では無い。一息に押し潰すことが出来るだろう。

まず、チカラヲが、敵を此処で支えぬかなければならない。

見張り台に、出ようとした、その時だった。

伝令が駆け込んできた。

「後方の村より連絡です!」

「何が起きた!」

「また、旧クロヘビ集落の女が怪死しました! 民が動揺しはじめています!」

またか。

つい数日前も、森の中に出た旧クロヘビ集落の女が、不可解な死を遂げたばかりだった。あまり放置してはいられないだろう。

調査を命じると、チカラヲは腕組みした。

嫌な予感が、加速していくのを感じる。

だが、今は何も出来ない。

それが、もどかしくてならなかった。

 

(続)